130 兵士グラム1
メルディフ公爵領から1人、『後背兵装』の力も借りて、ではあるが数日で鉱山都市ビクヨンまでを兵士グラムは走破した。第1皇子の一行が都度、魔獣を倒すたび停止していたことも、追いつけた理由ではある。
兵士グラムは矢の突き立った重装ジャッカルを見て凍りつく。つい先程まで、自分と組んずほぐれつ、で格闘をしていた一際大きな個体である。
(この殿下、俺に当たるとか考えねぇのよ)
自分は命懸けで、疲れた身体に鞭打って、一際大きい個体の重装ジャッカルに助けようと飛びかかったというのに、随分ではないか。
涼しい顔で岩の上に立つリベイシア帝国第1皇子ルディを見上げて思う。身なりもよく、それと分かるだけの気品が漂っているから間違いない。他の面子からも遠慮が見られる。
腕が立ちそうなくせに魔獣への反応の遅かった剣士も同様だ。この剣士を見ていると、なんとなく自分を送り込んだメルディフ公爵らの意図も分かるのだった。
「驚かせてすまなかった。それと、助けようとしてくれたことには礼を言う」
岩の上から油断なく辺りを見回しながらルディが告げる。
鉱山都市ビクヨン。都市の隣に鉱山の立つ、一風変わった都市だ。だが、この鉱山の採掘が付近流通経済の肝となっていて、メルディフ公爵領にも影響するほどである。
(それにしても)
グラムは山の斜面に目を凝らす。
(なんだありゃ)
何かは実のところ分かっている。重装ジャッカルの死骸が数百、折り重なっているのだ。
グラムは臭いにも顔をしかめた。
「いや、やられるよりはいい、です」
一応、当たり障りのない返事は出来た。
「実に勇敢だ。回避する手間が省けたよ。君、名をなんと言う?」
ルディ皇子が岩から降りてきた。もう終わった、という判断のようだ。
(まぁ、実のところはそうだろうよ)
おそらく自分が飛びかからなくとも、この皇子なら躱して反撃していただろう。鋭い目つきを襲い掛かる重装ジャッカルから外していなかった。きちんと反応していたのだ。助けたのは自分の反射的な行動だった。
「はっ、メルディフ公爵の私兵団の兵長の一人でグラムと申します」
跪いてグラムは名乗る。顔も伏せた。粗野とよく言われるが、上司から最低限の礼儀ぐらいは叩き込まれている。
「メルディフ公爵の?これはまた、どういうことだ?」
訝しげにルディ皇子が問うてくる。
「殿下がご自身で、我が主にも派兵の依頼をされた、と聞きますが」
グラムも詳しい経緯を知らない。同じく首を傾げてあらましを告げる。
(なんでか、俺だけ別行動だったからな)
仲間たちは仲間たちで、メルディフ公爵領近郊の旧ティダール地方に魔獣討伐と索敵のため出撃準備している中、自分だけが先行してルディ皇子ら一行を追ったのだ。
「確かに派兵を依頼したが、兵士1人を私のもとに、ということではない。一隊を各地の魔獣駆除に向けてほしかったのだが」
余計なことを、とルディの目が加えて言っているようだ。
なんとなくグラムは笑いたくなってしまう。
(どうやら、俺は公爵閣下かカレンお嬢様から、この殿下への心尽くしらしい)
重装ジャッカルの死骸がルディのお付きらしい男指揮の下、運ばれているのが見えた。全て額に矢が突き立って絶命している。ものによっては喉を貫かれていた。
(全部、一発で仕留めたんかい。この距離で?)
恐ろしいほどの腕前を誇る弓手の第一皇子殿下。苦手とするのは接近戦だろうから自分をメルディフ公爵が送り込んだのだ。
「恐れながら、我が主の正確な意図を私も聞けてはおりませんが、私も腕には自信があります。私に殿下の盾となれと、そういうことではないかと」
なんとか長々しい言葉で、丁寧な口調を崩さずに告げることが出来た。いつかはボロが出そうな気がする。
「メルディフ公爵閣下は、ご指示の通り。私以外の私兵を領土の近郊に送り込んでもおりますので」
さらに付け加えておくことも忘れなかった。
「まぁ、腕利きではあるのだろうね。さきの突撃は鋭いものだった。その背中の装備のおかげかな?」
腕組みして、何か渋々受け入れるような顔でルディが尋ねてくる。
背中の筐体、『後背兵装』のことを言いたいようだ。
「これぁ、ティダールのゴタゴタんときにティダールからうちに流れてきたのを、なんかで手柄立てて、メルディフ公爵閣下がくださったもんです」
試作品だということだったが、かなり便利だ。少ない魔力でも流し込むと筐体に貯め込まれる。貯め込んだ魔力を身体の機能を強化する成分に変換して、身体の機能を強化するのだ。
(ティダールは貧弱な頭でっかちが多かったからな。身体が強いってのには、憧れがあったらしい)
他にも幼い子供を改造して魔獣みたいにしていた、などという噂もある。
この後背兵装にもティダールの願望がよくあらわれていた。感覚としては、身体が想像したとおりに動かせるというものだ。
「ふむ。身体能力の強化か」
察してルディが頷く。まじまじと後背兵装を眺めながら、だ。
「俺は私兵団の中じゃ珍しく魔力持ちだから。頭、悪くて魔術なんざ覚えらんねぇし。この試作品とやらを有効活用するんにゃ、ちょうどいいってなったんです」
多少、口調が崩れてしまったものの、なんとかグラムは説明仕切ることができた。
「ちと、持続時間とやらが短いんですが」
いつも思う不満もまた、グラムは告げてしまうのだった。




