13 ヒーラーの先輩と2
廊下の突き当りに両開きのガラス扉が見えた。寮への入り口であり、入って右側が食堂、左に進むと寮の各部屋へと至る。
「ティアちゃんなら、もっとお祈りを捧げれば、可愛いし、神様も喜んで力を貸してくれると思うけどね」
扉に手をかけてネイフィが言う。
さすがに嬉しくない言葉だ。が、自分の生い立ち、素姓を知らないネイフィに悪気などあるわけもない。ティアにもそれぐらいは分かる。
「私、お祈りは、その」
それだけに、家族やルディにしたような拒絶をティアもすることが出来ず、言葉を濁す。
「あっ、そっか。ティアちゃん、神竜様の信者だったっけ?」
勝手にネイフィが納得してくれた。そのまま両手で扉を開ける。
「そうだよね、いくら何でも、そこは急に変えられないし、譲れないよね」
少し痛ましげにネイフィが自分を見下ろして告げる。
ネイフィのように、リベイシア帝国と同じ神様の信者は珍しいのだろう。神竜を失って、神聖魔術を失った人のほうがティダールでは多いのだ。
(他の属性魔術は使えるそうだけど)
今までのティダールの地では、大地を通じて神竜から神聖な魔力を借り、神聖属性の魔術を行使してきたのだ、とティアも学問として学んできた。旧王都デイダムには、神竜の神殿も王宮近くの山上にあったのだと聞く。
(知識としては知っていても、ただそうだってだけで、当時の私には他人事みたいだった)
いざ、直接それに触れてきた人々と接すると、何かが違うようにティアにも感じられるのだった。
そして、神に祈らずヒールを使う自分もこの土地では目立たない。
(もしかして、だから、私をここに?)
ちらりとティアは思う。ルディにはそういうところがあった。話をしていてもついていけず、いきなり結論に至るのだ。頭がただ良いのだろうと思っていた。
姉の大聖女レティとはただ楽しそうに話をしていたものだが。ルディの話が飛躍しても同じように飛躍できる唯一の存在だったのだ。
(まさか、ね。考えすぎだよ、私)
今となってはもう確かめようもないことだった。
右に曲がって、2人は食堂に入る。すでに他のヒーラーたちが並んでそれぞれの席に座り、食事を始めていた。
「やった、今日はお魚っ」
テーブルの上にある料理を見て、ネイフィが歓声をあげた。赤身魚のムニエルである。
ヒーラーが大事にされているというのも分かるほど、食事は充実していた。量も質も、である。一人一皿の魚料理の他、野菜やパンの入ったカゴも長テーブルの各所に置かれていた。
「美味しそうですね」
ティアもつい微笑んで、ネイフィの隣に座る。魚はティアも好物なのであった。内心喜びながら、ネイフィが食事への感謝の祈りを捧げるのを待って、食事を始める。
「ね、ティアちゃん、今度の魔獣討伐に派遣されるんだっけ?誰のところ?」
白パンを齧りつつ、ネイフィが尋ねてきた。魔力を大量に使うからヒーラーのみんなはよく食べる。ネイフィに限らず食事中はあまり話さない。一心不乱に食べていることが多いようだったが。激務の日は貪るように食うのだという。
なんなら自分も実はよく食べる。
「第26分隊だそうです」
ティアは口元についたソースをハンカチで拭きながら答えた。
何人かの女性たちから生温かい視線を注がれる。昼食をリドナーと取っているところを3日間目撃され続けていた。
恥ずかしくなって、ティアは俯いてしまう。だが、自分でもリドナーのいる分隊への派遣、ということで安心している部分もあった。
「あぁ、じゃぁ、ガウソルさんのところね、いいわねぇ」
惚れ惚れとした表情でネイフィが言う。
そっちが出てくると思わなくて、ティアは意外だった。ガウソルについてはただ、怖い顔しか思い浮かばない。
「派遣先としては、その、良い悪いがあって、第26分隊は良い方なんですか?」
そもそもが分からないから、まどろこしい聞き方をしてしまうティア。
「うん、そうよぉ、魔獣討伐は当然、私達ヒーラーにとって危険だけど。でも、ガウソルさんのところは皆、強いから。今まで怪我して帰ってきたヒーラーは皆無。すごいことなのよ?それに、ガウソルさん、格好良いし」
ポッ、とネイフィが頬を赤らめて告げる。『また言ってる』と冷やかすような声も聞こえてきた。
「私が新人だから気を使って頂けたんでしょうか?」
ティアはライカの顔を思い浮かべながら尋ねる。
「うーん、ライカ院長の考えは分かんない。でも、そうかもしれないね。院長は、魔獣討伐はすごく大事だからって言って、結構、積極的に私らを派遣してるのよね」
ネイフィが魚を平らげながら言う。尻尾まで残さず食べている。とても良い食べっぷりで、ティアも見ていて気持ちが良かった。
「魔獣がやっぱり、危ないからですか?」
ティアはイワトビザルを思い出しながら言う。
「そうよぉ、結局、私らがいくら治しても、怪我をさせる大元がいるんじゃ、何も解決しない。倒してもらうのは大事なことだから。ベイルの人間ならその辺のことはちっちゃい時から刷り込まれてるの」
肩をすくめてみせるネイフィ。
少し考えれば当たり前のことでも、ティアは知らなかった。自分のいた場所は安全であり、魔獣を心配することはなかったからだ。
(でも、私は今、ここにいる)
例えばこの町が魔獣に襲われたとして、自分に何ができるのだろうか。
(魔獣は怖い。あんな下級だっていうのですら。それなのに、お姉ちゃんは)
邪竜王がどれほどのものか、ティアは知識でしか知らない。いざ、この身体で向かい合ってみると、遥かに弱いはずの魔獣でも怖かった。
(ううん、向かい合える?私にそんな勇気は)
神に祈りたくないだけで、姉を尊敬する気持ちは変わらない。
ふと気付くと皆が自分を見ていた。
「もーうっ、あなたって子は!」
ネイフィに右側のほっぺたをフニィッと抓られた。
「すーぐ、暗い顔して、考え込まないのっ!食事時ぐらいは馬鹿笑いしなきゃだめよ、だめっ!」
ネイフィに怒られてしまう。
「あんたが能天気に明るすぎるのよ」
自分の向かいに座る紺色短髪のヒーラーが苦笑して指摘する。
「何よ、レベッカ」
むすっとしてネイフィが抓る手はそのままにレベッカの方を向く。
(痛いので離してください)
ティアは切実に思うのだった。
「そんな喧しすぎるから、ガウソルさんに避けられちゃうのよ」
レベッカが冷やかし始めた。少し離れたところで男性ヒーラーがククッと笑みをこぼす。
「ガウソルさんは、私じゃなくても、避けまくってるじゃない」
唇を尖らせてネイフィが言う。
確かにそんな仏頂面だった。思わずティアは笑みをこぼしてしまう。しかし、そろそろ手を離してほしい。痛いのである。
「ま、確かにね」
あっさり認めて肩をすくめるレベッカ。皆、食事を終えると途端に和気藹々と喋りだすのだった。
「それに、悩まし気なティアちゃんも、底なしの能天気に当てられて元気出たみたいね」
優しい顔を向けてレベッカが言う。
「誰が能天気よ。ま、良かったけど」
ネイフィを尻目にレベッカが続ける。真っ直ぐにティアを見つめて柔らかくほほえんでいた。
「怖いときもあるし、辛いことも怖いこともあるけどね。下とか後ろばかり向いていたら駄目だよ」
その通りだとティアも思い、こくこくと頷く。ここでようやくネイフィが手を離してくれた。
「ちょっと、そういう良いことはルームメイトの私に言わせてよ」
そしてネイフィが告げると、レベッカも言い返し、賑やかに時間が過ぎていくのであった。




