122 慰めるためのデート2
「大丈夫かな、ドラコ。変なこと、されてないといいけど」
馬車に乗り込んで窓から外を眺めつつティアがこぼす。言葉とは裏腹に町の景色に目を奪われているようだった。
「そういうティアちゃんは大丈夫?変なことされてない?」
ジェイコブのことだ。心配になってリドナーは尋ねる。
「ものすごい失礼だけど、大丈夫だよ」
顔をしかめてティアが答える。
事あるごとにティアのことを『貧相で子供っぽい幼児体型だ』と謗っているのはリドナーも目の当たりにしていた。
(温厚なティアちゃんでも怒るってもんだよ)
リドナーもその度にたたっ斬ってやろうかと思うほどに腹も立つのだが、一方で、『あのいやらしい這うような視線をティアに向けられるよりかはいいか』となってしまうのだった。
「こんなに可愛いのになぁ」
清楚な出で立ちのティアを見てしみじみとリドナーは告げる。簡素だが実家の公爵家から持ち出していたものなのだろう。一見して良い布に良いあつらえの上質なブラウスにスカートである。
いつものローブ姿とはまた違った可愛らしさがあった。
「やだっ、リドったら」
真っ赤になったティアがうつむいてしまう。
なお、馬車の中である。実は他の乗客5人ほどがともに乗車していた。二人きりで惚気けているわけではないのである。
微笑ましいものを見る目を向けられていた。
(なにせ、ティアちゃんが可愛らしすぎるからな)
リドナーは鼻が高くなるのだった。
(あっ)
1人、高齢の女性がティアの方を拝んでいる。
髪色でティアのことを神竜を孵したヒーラーのティアだと気付いたのだ。ライカやヴェクターのおかげで広くは知られていないから、馬車の中でこうしてマジマジと見られないと気付かれづらいということでもあるのだが。
(でも、これ、繁華街とか歩くとまずいかも)
見る人の数が増えれば気付かれる可能性も比例して上がる。中には騒ぎ出す者も出てくるかもしれない。
静かにちょっと拝む、で済ませてくれる人ばかりとは限らないのだ。
(しまったな、デートできる喜びで人目のことをあまり考えてなかった)
そのうち、『神竜様ともあろうものがありながら、なぜ人間の男とデートしているのだ』などと言い出す難物も出てくるのではないか。
(ジェイコブさんは全然大丈夫って言ってたけどさ)
理路整然と説明をしたところで、理不尽な文句を言う人間は本当に理不尽で物分りが悪い。守備隊の仕事をしていても、無茶を言われることはしょっちゅうだったからよく分かる。
リドナーは目的地の1つ手前の停留所で降りることとした。
「ちょっと歩くことになっちゃうけど」
リドナーは苦笑して告げる。
ティアも苦笑いして頷く。拝まれたことに気づいていたのか、少し居心地悪そうだった。
「ううん。魔獣討伐のときも、私、いっぱい歩いてたでしょ?」
笑ってティアが答える。
「そういえばそうだったね」
リドナーも懐かしくなって笑顔をこぼしてしまう。
まだ長い付き合いではないながら思い出のようなものがえるというのは、素直に嬉しい。
山岳都市ベイルは標高の高い地域に治療院や守備隊の本営、裁判所などの公的施設が固まっており、標高の低い地域が商業区域となっている。本格的に買い物をするなら、治療院からそこまで降りてこなくてはならない。
「ティアちゃん、頭を隠そう。その綺麗な髪でひと目についちゃう。で、神竜様の母ってばれちゃう」
リドナーは告げて見かけた帽子屋にティアを誘導する。
取り敢えず頭を隠せれば、それでいい。リドナーは入り口付近に会ったつばの広い麦わら帽子を購入した。
「ありがとう。贈り物」
心底嬉しそうに、そしてはにかんでティアが麦わら帽子を頭に乗せてうつむく。また、真っ赤っ赤になっているのだろう。
(もっと良いもの、これからいっぱい贈るつもりだから、そんな認識なかったな)
当座をしのぐためだけの買い物だった。ティアの言葉で自分は贈り物をしたのだと気付かされる。
「私と同じ髪の人、あまりティダールにはいないもんね。だから、見られてる感じがしたんだ」
ティアが帽子に隠れてしみじみと告げた。確かに緑がかった綺麗な髪色なので、山岳都市ベイルではよく目立つ。
「私、みんなリドを見てるんだって思ってた。かっこ」
言いかけてティアがハッとする。
とんだお惚気でこそばゆいがリドナーとしては楽しくなってきた。
「俺が?なあに?」
店を出て歩き出したところである。リドナーはティアの顔を覗き込むようにした。
「リドの馬鹿。やだよ」
ティアが両手で帽子のつばを抑えて横をむこうとする。いかにも精一杯の抵抗という感じで可愛かった。
(ほんとにいちいち可愛いんだから)
リドナーは思い、さらにティアの向いた方へ回り込む。
またティアが反対を向く。他愛もないやり取りをひとしきりしてから、ティアが本格的に怒ってポカポカと叩いてくる。
「リドったら、私、真剣に、反省しなきゃなのに」
とうとうティアが苦笑いして告げる。
「落ち込んでるみたいだったけど、落ち込むことないよ」
リドナーは返した。
「でも、私、ウジウジしてレンファさんにも怒られたばかりで。そういうのは無しだけど、リドと楽しすぎると不謹慎な気がする。ドラコのこともあるのに」
大真面目な顔でティアが告げる。本当に思ったままを分かりやすく言葉にしてくれるのだ。
リドナーは感心してしまう。
「切り替えるって大事だよ。人生も仕事も戦いも、どんな形でも多分死ぬまで終わらないんだからさ」
リドナーもリドナーで、思っていることを告げた。
「楽しめるときは楽しもう。次に頑張らなきゃいけないときのために。で、その時が来たら、また目一杯頑張ろう」
結局、行動のなにかを変えるわけではないのだ。リドナーも分かっている。それでも、気の持ちようというのも役に立つのだ、と心から思っているのであった。