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12 ヒーラーの先輩と1

 夕方、最後の患者が帰宅して、ティアは診察を終える。

 初めて解毒をした次の日、昼休みにはいつもどおりウキウキとしたリドナーが来た。自分が魔獣討伐に派遣されることも把握していて、『頑張ろうね』などと、たくさん話をしてくれたのだが。

(足、引っ張らないようにしなきゃ)

 初めての経験を前にどうしてもティアは緊張してしまうのであった。

 ただ、そんな緊張感も次から次へと運び込まれてくる、毒を食らった患者の治癒の忙しさにかき消されてしまう。治せるとはいえ、普通のヒールよりも解毒は遥かに魔力を使うのだ。人数も尋常ではない。

 ティアは肩に重くのしかかるような疲労を覚えつつ、書類机に向かって報告書に取り組んでいた。

「ティアちゃん、お疲れ様っ」

 ノックもせずに治療室に鳶色の髪をした女性が飛び込んで来る。

「あ、ネイフィさんも。お疲れ様です」

 机から顔を上げてティアは返した。

 先輩のヒーラーであり、寮で相部屋、同室の女性だ。年齢は自分より2つ上の18歳である。

 治療院に隣接している寮への帰宅がてら、自分に声をかけてくれたのだった。

「聞いたよ、ドクジグモの毒、いっぱい解毒したんでしょ、今日も」

 ネイフィは自分よりも頭1つ分ほど背が高い、細身の女性だ。明るくて元気がいい。痩せているがよく食べる。右も左もわからないティアの面倒もよく見てくれていた。

 ドクジグモという魔獣の毒だということは、事例が増えたことで分かったことだ。ティアも初日で感覚を掴んだことで何とか治せるようにはなっている。

「はい、昨日初めてで、びっくりしましたけど」 

 ティアは頷く。今日は毒で変色した傷を見ても動揺せずにはいられた。

「ね、最近はあんまりなかったんだけど。私の方も今日は毒受けた人ばっかり。怖いよねー」

 ネイフィもコクコクと頷いて告げる。ネイフィもまた、解毒魔法のキュアが使えるのであった。

 2人で頷き合うようになって、自然と笑みが溢れてしまう。

「まだ、私、解毒とか慣れてないから。確かに怖いです」

 ティアは笑い続けては不謹慎に思えて、笑みを引っ込める。

 対してネイフィの方は苦笑いをしていた。

「ごめんね、そうじゃなくって」

 言葉を切って、ネイフィは少し考える顔をした。

「毒を受ける人が多いってことは、毒を出す魔獣が出没してるってことだから。それで、怖いねって。街に入ってきたり、街を出たら襲われたり。あと、お薬とか食糧とか町に運べなくなったりとか。しちゃうかもしれないから」

 丁寧にティアに説明してくれるネイフィ。手振りで『書類

を進めて』とティアは促される。

「すいません、私、分かってなくって」

 ティアは書類をまた書き始めながら言った。

 さすがに皇都で魔獣に悩まされることがほとんどなかったから、自分はまだ意識も甘いのだと思わざるを得ない。

「こっちこそごめんね。ベイルはネブリル地方の隣だからどうしても魔獣がよく出るでしょう?どうしてもさ、仕事が忙しくなるから気にするようになっちゃって」

 ネイフィもここ3日間では一番疲れた顔をしている。1日に診る患者はネイフィのほうが遥かに多いのだが。それでも自分などより遥かに手際よく書類を仕上げたのであった。

 患者用の椅子に腰掛けて、ペチャクチャと話しながらティアの仕事が終わるのを待つ。

 ティアが来てから仕事が終わるまで、いつも待ってくれるのだった。面倒もよく見てくれる。『後輩が来て、面倒見るの夢だったんだー』と本人は言ってくれていた。

(私、仕事が遅いから)

 申し訳なく思いつつ、ティアはなんとか患者全員分の報告書を仕上げて、机の上にある、厚紙で造った小箱に収める。本人の症状、治療後の状態、特段の注意を要することなど書くべきことは多岐にわたるのであった。情報に漏れがあると、他のヒーラーが同じ患者の診察を担当した時に不備があるかもしれない。

「終わりました。すいません、お待たせしちゃって」

 ティアはペンなども片付けてからネイフィに告げる。

「お疲れ様、いつも丁寧に書いてて、先輩は感心です」

 緑がかった自分の金髪頭をネイフィが撫でてくれた。黙って見守ってくれるネイフィに、ティアのほうが感謝しているぐらいだった。

「よーし、帰ろう。今日はご飯、なぁにっかなぁ」

 元気よくネイフィが立ち上がって伸びをした。

 広大な治療院の敷地であるが、石造りの白い塀の内側、南側が診療棟、北側には住み込みのヒーラーたちの寮となっている。寮住みのヒーラーたちは診察時間終了後、寮にある食堂に会して夕飯を取ることとなっていた。食事を作ってくれるのは3名いる寮母さんたちだ。

(食事は、いつも楽しいから好き)

 いつも一緒にいてくれるネイフィはもちろん、他の面子も席が近くなると何かと世話を焼いてくれる。傷の治し方や診方についての話も興味深かった。

「可愛いけどティアちゃんって不思議な子よねぇ。ヒールで大概のもの、治しちゃうんだもん」

 歩きながらネイフィがしみじみと告げる。

 やはり自分の仕事は遅かったようで、治療院から寮への廊下に他のヒーラーの姿はない。皆、食堂にいるのだろう。

「私なんて、毎日お祈りしてきて、やっとキュア使えるようになったのに」

 少し恨めしげにネイフィに言われてしまった。キュアというのはもっとも一般的な状態異常を治す魔術だ。

 他のヒーラーと自分が違うことをしている。ここに来て初めてティアは知った。

 傷に限らず不調を治す。それが、ティアにとってのヒールだったが、皆は傷を塞ぐだけだ。違うことをしているのではないかと勤めて2日目に確認されたのだが、やはり魔力の波動、その色合いなど、自分の発しているものも、ヒールはヒールで間違いないらしい。

 ライカ始め皆が首を傾げていた。

「うちの国はほら、神竜信仰が盛んだったから。神竜様が亡くなると、回復術とか神聖なのを使えない人が増えちゃって。私みたいなのでも、今は貴重みたいなんだけどね」

 さらに歩きながらネイフィが言う。自分よりも頭1つ分だけ背が高い。

 ティアは見上げて話を聞いていた。だが、少し申し訳なくなる。

(それでも私、お祈りはしたくない)

 使える魔術の幅がたとえ広がるのだとしても。旧ティダール王国の各地方が困っているのだとしても。

「すいません、私、ヒールしか出来なくて。お役に立てなくて」

 下を向いてティアは告げた。

 次の瞬間には手で頭を挟み込まれてしまう。

「もうー、なんで暗くなっちゃうのよ。ただの愚痴と世間話も出来なくなっちゃうでしょ」

 むすっと怒った顔のネイフィが告げる。

「みんな、やれることやってるよ、ってだけ。ティアちゃんも。もし、特別なヒールが使えるなら、それで一緒に頑張ろうね」

 神に恵まれている、などとティアは思いたくない。

(でも)

 ネイフィには会えて良かった。他の治療院の面子にも、リドナーたちにも。

(私、人との出会いに恵まれてる)

 ティアは思い、頷くのであった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ティアちゃん、頑張ってますねー! 周りの人たちも確かにいい人たちですが、家を放り出された先で「恵まれてる」と思えるのはやっぱりいい子だと思います(*´꒳`*) だけど毒に侵された患者がど…
[良い点] ティアちゃん、とても優しいネイフィ先輩と同部屋で良かったですね。 大食い、という意外さが面白かったです。 こちらの生活がどんな厳しいものになるかと心配しましたが、大変でも充実した毎日が送れ…
[良い点] ネルフィが可愛いです。 こういうお姉さんキャラは大好物です。 ティアもなんだかんだで周囲の人に恵まれてますね!
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