115 ティアの無力感
結局、自分は何の役にも立たなかった。
(ガルムトカゲの件もビョルンさんの件も、結果的には良い結果に落ち着いたけど、でも)
ティアとしては素直に喜べないのであった。
ガルムトカゲもジェイコブが上位魔術で焼き払い、細かい魔獣たちも結果的には町へ一歩も踏み込むことが出来なかったらしい。その報せをティアは治療院で聞くだけだった。
「さすが、ティダール王都の魔術師は違うねぇ。腕は確かだった、か」
ライカがしみじみと言う。
呼び出されて、ティアは院長室で立たされていた。横合いでは事務仕事をしているレンファの姿もある。
珍しく、あまり話してはくれない。しくじりを、咎めたいのだろうか。ティアは勘繰ってしまい、自らの器が小さく思えて、またげんなりする。
ティア自身の左肩の上ではドラコがすやすやと寝入っていた。
(ジェイコブさんは、あんなに、助平で変態なのに、働きでしっかり実力を見せた。それに対して、私は)
ビョルンを助けることも出来ず、ただドラコの魔力を浪費させた。
(それこそ、ドラコがいなかったら、ビョルンさんは、私の眼の前で死んでた)
重たすぎる想定にティアは今ひとつ実感が湧かないながら、それでも考えれば事の重たさはよく分かる。
「ごめんね、ドラコ」
ティアはそっと肩の上で眠る幼竜に囁く。
ドラコの鱗、少し色味が悪くなったように思えてならなかった。
(リドに会いたい)
こんな時、手放しで慰めてくれるリドナーも残党の魔獣がうろついているとかで掃討に出ていた。
(情けないな、私。リドに依存してる)
一人で放り出されたはずの場所で思っていたよりもはるかに幸せに過ごさせてもらっていることをティアは自覚するのだった。だから、少しの失敗で弱くなる。理性では分かっていてるのに、まだ割り切れていない。
「ドラコもドラコでね。リカバーも出来るなんて、さすが神竜様だよ。大きくなったら、本当に神様みたいになるだろうね」
笑ってライカが告げる。
なぜ、自分とドラコを呼び出したのか。
(多分、院長、わたしたちに優しいから。だから)
心配してくれているのだ、とティアにも分かる。他のヒーラーたちが本件負傷した守備隊隊員たちの治療にあたっている中での呼び出しだった。
(魔力が、まだ、回復しきってないって名目だけど)
思うにつけて、また、役に立てなかった自分が情けなくなった。
「いつまでウジウジしてるんだい、シャキッとしな、シャキッと」
ライカが歩み寄って、バシッと右の肩をたたいてきた。身体が揺れたのと大きな音と、でドラコがゆっくりと首をもたげる。
「ドラコの手柄はあんたの手柄だ。そう、割り切りな」
どういう意味だろうか。思いつつもティアはライカの言葉を考える。
(私、どうなってたら、満足したの?)
ドラコのリカバー。大本は自分の魔力を使ったということではあるのだが。自分がリカバーを使った、とでも思えばいいのか。
(でも、だからって)
当然、神に祈って自身がリカバーを使えるようになったとして、満足できるわけもなかった。
自分のヒールで治せていたなら満足だったのか。だがヒールでは治らない、火傷だったのだ。
「でも、それじゃ、私、ただ魔力をドラコにあげて。ドラコも私の代わりをしてるだけ」
自分の存在意義はただの魔力供給係ではないか。
ティアは嫌だと思いたい。技術の向上も知識を得ることにも、自分の人生では何も意味を持たないということにならないか。
ガリっとレンファの方から音がした。ペン先が机か何か硬いところに刺さったらしい。多分、書類を作っていてペンが紙からはみ出てしまったのだ。珍しい、間違いである。
(私の人生、そんなのでいいの?)
レンファに構わずティアは思う。
一生、ドラコの付属物として生きていく。何をするのにもドラコの付け足しだ。今回はその最初に過ぎないのだ、と思わされている。
「若いし、いろいろ思うんだろうけど。あんた以外には出来ないことだよ。胸を張りな」
珍しく、ライカが少し困った顔をした。
「でも」
ティアは何か言い募ろうとした。
自分は何を葛藤しているのか。理性ではライカの言う通り割り切るべきだと自分でもわかるのだ。子供っぽい不満を言い募るべきではない。
「これから先、全部ドラコにやってもらおう、それが当たり前だってあんたが思わなけりゃ、それでいいんだよ」
慰めるような言い方をライカがしてくれる。ただの気の持ちようを言われているだけの気もする。
「そんなこと、当然、思ってません」
ティアは両手を握り拳にしたまま告げる。自然、力が入ってしまうのであった。
「でも、今度、また、ドラコにしか出来ないことばっかり続いちゃったら」
結局、力を借りるしかないのではないか。
どうしても自分には出来ないことのほうが多い。
(もとは私の魔力だった、とか、そんなの)
図々しいことだ。
(だから、じゃあ、どうなったらいいのよ)
とうとうティアは自問自答してしまう。
自分の感情がグチャグチャで、どこへどう持っていったらいいのかも分からない。
「いい加減にしなさい、ウジウジするのは」
乱暴にペンを机に叩きつけてレンファが告げた。
「何かしたくても、どうすることも出来なくて、眼の前で死なせるしかなかった人もいるの。ライカ院長だって、私だってそう」
いつになく厳しい口調でレンファが言う。
「あなたには、いいじゃない。最後の最後にはまだ、飛び道具みたいな選択肢が残されてる。今回だって、ビョルン君を助けられた。その結果を、素直に喜びなさい。わたしは、羨ましいぐらいなのよ」
冷たくすら思えるほどの硬い物言いだった。
(でも、そうだ、レンファさんは)
元々ヒーラーでいて、出来ていたことがある日急に出来なくなった人だ。
眼の前で死なせ続けるしかなかった、そんな経験の重たさなど自分に言及出来るわけもない。
「ごめんなさい」
ティアはただ謝罪するしかなかった。
「弱音も謝罪も要らないわ。しっかりして、みんなの希望に応えて。今すぐにでも、治療が必要な人、片っ端から助けてきて」
レンファが追い打ちをかけてきた。
「まったく、レンファ。あんたはあんたで言い過ぎだよ」
ライカが苦笑してレンファの、頭に手を置いた。
レンファが、ハッとした顔をする。
「あ、ティアちゃん、ごめんなさい。私も、ちょっと言い過ぎちゃったわ」
気付くと自分の両目から大粒の温かい涙がボロボロと流れていた。
「ピッ」
ドラコが心配そうに顔を頬に寄せてくる。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
ティアはただ謝るしかなかった。
泣いて謝って済ませたいわけではない。それでも泣いてしまう。
「言うべきは言ってくれていいんだけどね。この子だってコロコロコロコロ状況変わって、こんがらがっちまうよ。手加減してやんな。気持ちはわかるけどね。ドラコがものになりゃ、私らもまた現役のヒーラーに戻れるかもしれない。ついね、ともすれば打算しちまうよ。あたしもあたしで、浅ましい」
ライカが自嘲気味に告げる。
「そ、そんなこと、ないです。自分の手で誰かを助けたいなんて、素敵です。ライカ院長もレンファさんも。それなのに、ごめんなさい」
器の小さいことを言って、2人を困らせてしまった。
いけないのは自分で、複雑な気分になるのも甘えだ。
「私、もっとしっかりします。ドラコのことも自分のことも」
ティアは決意し、両頬を両手で挟み込む。
ライカとレンファがかえって心配そうな顔になるのには気が付けないのであった。




