100 リドナーの懊悩1
ティアのもとにリベイシア帝国第1皇子ルディからの手紙が届いた。
翌日の夜、リドナーは夕方までティアの護衛をこなした上で、同僚のビョルンとともに街を出ている。今は山岳都市ベイルの東側に広がる森の中にいた。
(恋敵、なのかな?一応は)
リドナーは目的地である見張り台に着いてから、ルディ皇子に関して首を傾げる。
もし本当にルディ皇子がティアに想いを寄せているとして自分も退く気は一切無い。
(せっかく、付き合ってるってのにさ。で、ティアちゃんから誘ってくれたのに)
まだ、恋人らしいこともあまり出来ていないのだ。
もともとティアの気持ちが見えづらかった。そんな中で出発前に一緒にお出かけがしたい、もっと恋人らしいこともしたいのだ、と不器用でとつとつとした口調で伝えてくれたのである。
(絶対、手放すもんか)
リドナーはあまりに嬉しくて、若干、当時の記憶が飛んでいる。当然、快諾した上でビョルンと2人で偵察の任務についたのだった。
「なぁ、リド、ティアちゃんとは、どうなんだよ」
見張り台の上、狭い空間でビョルンが尋ねてくる。
退屈なのだろう、とリドナーは察した。だが、夜を徹しての任務は始まったばかりだ。
「仕事に集中しろよ」
答える代わりに硬い声でリドナーは注意する。自分もこんなところでビョルンといるぐらいなら、ティアと一緒にいたい。
(でも我慢。魔獣をまた、街へ入れるわけにはいかない)
リドナーは自らにも言い聞かせる。
精一杯仕事をして、目一杯、ティアを愛するのだ。街へ戻ったら力一杯の抱擁である。
「街を守るのは俺たちなんだからさ」
リドナーはさらに言い足した。
(もう、ガウソルさんはいないものとして扱う)
リドナーは心に決めていたのだった。
悪い意味ばかりではない。結局、ここ数か年、少しでも強敵がいるとガウソルに倒してもらってばかりだった。頼り過ぎないようにしよう、ということでもある。
(逮捕にまで、踏み切ったのはこっちなんだから)
ガウソルの気持ちは読み難いものの、さすがにもう助けようとはしてくれないだろう。
「ふざけた話じゃねぇよ、真面目に聞いてる」
だが、ビョルンが執拗だった。確かに真剣な目で尋ねてくる。
偵察任務中だ。他にもいくつかある見張り台に各隊から人員を割いて魔獣の接近を警戒している。第26分隊からは自分とビョルンであり、見張り台としては番号8番についたのだった。
「ビョルンだって付き合ってる娘、いるんだろ?その子のためにもさ、街に魔獣、絶対にいれちゃだめだ」
リドナーは森の方に顔を向けて告げる。
「そういう話だよ。お前、急に真面目になり過ぎ。かえって心配だよ。ティアちゃんと上手くいってないせいなのかなって」
口調からして本当に心配してくれているのだ、とリドナーにも伝わってきた。
だが、恋愛が上手くいっていないから仕事に打ち込んでいるのだ、というのは心外だ。なんなら上手く行っているからこそ街を守りたいのである。
リドナーは振り向いた。
心配しているという言葉どおり、少しビョルンが怒ったような顔をしている。
「ガウソルさんがいないんだからさ。俺たちがやんなくちゃ。俺も、ティアちゃんと神竜樣、両方ともずっと守っていきたいんだよ」
改めてリドナーは決意表明する。
ガウソルの逮捕に際してはビョルンもヒックスを手助けしていたらしい。他の分隊員達からも目撃者からの調書ということでの助けを得ていた。
(あのときのガウソルさんに呆れて、幻滅してって人が本当に今は多いからな)
リドナーは思い返していた。
神竜ドラコもまた自分には他の人間に比べ、心を許してくれているような印象もある。
気のいいビョルンなら分かってくれる、そうリドナーは踏んでいたのだが。
「その、ティアちゃんだよ。神竜様の卵を孵したって街中で噂になってる。彼氏のお前はまったく、これっぽっちも話題になってないけどさ。ティアちゃんの人気、見ていてすごいよ。若いやつだけじゃない。じーさんやばーさんの世代も、道ですれ違ったら裏で聖女様だって拝んでるらしいぜ」
ビョルンがさらに言い募る。
リドナーも察していることではあった。
治療院でも護衛についていたのは、そのあたりの事情からだったからだ。
ティアと神竜を見せろと凄む者がちらほら見受けられた。凄む者だけではない。泣きつくようにする者も多く、そういう人の大半は治療院の事務レンファなどが追い返している。
(結局、治療中はドラコのほうが騒がしくしてて、一緒にはいられなかったけど)
なぜだかドラコも自分にはかなり気を許してくれている印象だ。
(分かるのかな?ティアちゃんがお母さんなら、当然、お父さんは俺だ、って)
なんとも愚かなことを思い、リドナーは苦笑いを浮かべるのだった。
「もともと、可愛くて性格の良いヒーラーちゃんで支持されてたのがさ、神竜様の卵を孵したって、どっからか漏れて熱狂的な人間も増えてる」
ビョルンが更に少し考えてからまた告げる。嫌なことばかりを並べ立てるのだった。
「だから、何が言いたいんだよ」
なんとなく面白くなくてリドナーも返す。
目や神経だけは森の方へと向けている。いつ魔獣が襲いかかってくるのか。前回まで活躍してくれた腕利きのマイラもどれだけ働いてくれるかも分からない。
「街の若い男の間じゃさ。勝手にティアちゃんの親衛隊みたいなの作ろうって向きもあるんだぜ」
なかなか衝撃的なことをビョルンが告げる。
リドナーは予想外の言葉に驚き、目を見張るのであった。




