それぞれの感情の色彩
キド「お前か?俺のお気に入りのマグカップを壊したのは?」
キドの手元には割れたマグカップがあり、修復は難しそうだ。
アイ「ち、ちがう…わざとじゃ、ないの…」
アイは今にも泣きそうになっていた。ぷるぷると体を震わせ唇を噛み、涙が溢れるのを我慢しているようだ。
キド「わざともクソもあるか!壊したんだろう!」
アイ「ご、ごめんな、さい…」
アイは我慢ができなくなり、涙がこぼれてしまった。それでもキドは起こり続ける。
キド「お前はいつもノロマで鈍臭い!いつも目障りなんだよ!」
アイ「ご、めん…」
キド「ごめんしか言えないのか!!」
ラク「その辺にしなよキド。怒るのは疲れるだろう?」
寝っ転がっていたラクが起き上がり、喧嘩の仲裁に入る。しかし、キドの怒りは収まることはなくラクにまで八つ当たりを始めた。
キド「無駄な労力を使わせてるのはアイだ!邪魔なんだよ!お前が片付けでもしてくれるのか!」
ラク「誰だって失敗はあるさ。だから落ち着いて、優雅に昼寝でもしよう」
アイはキドを少しでも刺激しないようにと、嗚咽を必死に抑えている。その様子をラクは横目で見て息をはいた。
キド「いいよな?おまえは。気楽に生きて。だったらこの怒りはどこにぶつければいいんだよ?」
ラク「キド自身にぶつければ?僕を巻き込まないでよ。めんどくさいから」
キド「やっぱお前は癪にさわるやつだな」
キドがゆっくりとラクに近づき、殴りかかる。アイは目を閉じて、その光景を見ないようにした。
先生「こら、やめなさい」
キドの拳は先生によって止められ、ラクに届くことはなかった。アイは安堵し、膝から崩れ落ちてしまった。
キド「先生、邪魔しないでください」
先生「拳を下ろしなさい。一体何があったんですか?」
キドが渋々拳を下ろす。
キド「アイが俺のマグカップ壊しやがった」
先生がアイに目を向ける。アイは怯えていた。日頃の行いを見る限りわざとではないはずだ。
先生「アイ、わざとやったのではないのでしょう?」
アイはゆっくりと頷き、それを見てキドがまた怒りだした。
キド「ふざけるな!!わざとじゃなければいいとでも?そんな都合のいいことなんてないですよ!!」
先生「キド、落ち着きなさい。マグカップは新調しましょう。」
キド「いらねぇ!俺はこれがいいだよ!」
先生「ですが、それを使ったら怪我をしますよ?」
キド「先生に何がわかるっていうんですか!これは俺の!」
ラク「キド!いい加減にしろ!」
静寂。珍しく声を荒げたラクにキドは戸惑い、文句を言いながら出て行ってしまった。
先生「ラク、一部始終を見ていたのですね」
ラク「さぁ、僕は知りませんよ。昼寝をしていただけです」
先生「…アイ、大丈夫ですか?」
アイ「は、い。ありがとう、ございます」
先生「破片は私が片付けておきますので…」
ラク「僕が片付けるよ」
先生「おや、面倒事は嫌いなのでは?」
ラク「面倒事は嫌いですが楽できるのが一番なので」
先生「では、よろしくお願いします」
ラクが破片を集め始める。アイも手伝おうするが、まだ足に力が入らないようだ。
アイ「ラク、ありがとう」
ラク「ああ、アイは大丈夫か?」
アイ「うん…でも、壊しちゃった…」
ラク「…物はいつか壊れる。気にするな」
アイ「でも…キドのために私達で作った…マグカップ…大切に使ってくれてたのに…私が…」
キドが大切にしていたマグカップはアイとラクが誕生日プレゼントで渡した物だった。二人でキドのために作った世界に一つだけのマグカップ。
ラク「なら、修復してみる?」
アイ「…え?」
ラク「なら、すぐにやろうか」
アイ「うん…」
マグカップはすぐに修復できた。
ラク「よし、できた」
アイ「ありがとう、ラク」
ラク「うん。さ、キドのもとへ行こう」
アイ「…でも……」
ラク「キドは確かに怒っていたが、君に対してじゃない。彼は不器用だからね」
アイ「うん…」
ラク「僕がついてるから大丈夫」
二人はキドを探した。キドは三人がよく遊んでいた広場でうずくまっていた。
アイ「キド、その…」
キド「なんのようだ?」
キドの言葉には少し怒気がこもっていたが、優しさも感じられた。その言葉を聞いてラクは笑みをこぼす。
アイ「マグカップ、修復してみたの…これ」
マグカップをキドに差し出す。キドはゆっくりと受け取りまじまじとそれを見つめた。
キド「俺のために……?」
アイ「うん」
アイの目には涙が溜まっていた。体は縮こまり、震えている。しかしその目はしっかりとキドを捉えていた。
キド「…ごめん……さっきは酷いこと言って…俺は…アイとラクが作ってくれたマグカップが…不恰好で色の滲んだマグカップが…好きだったんだ…」
ラク「謝罪の言葉はもういらないだろう?僕は感謝の言葉が聞きたいな。だって、そっちの方が嬉しいだろう?」
キド「…ありがとう……俺はわがままだから…また二人を傷つけてしまった…」
アイ「キド、私は大丈夫だよ」
アイの頬に涙がつたう。キドはそれを見て謝ろうとしたが、アイがゆっくりと微笑みそれを止める。
キド「ありがとう…」
アイ「喜んでくれて嬉しいよ」
ラク「うんうん、一件落着かな」
キド「ラク…八つ当たりしてすまなかった」
ラク「気にしてないよ。気にするだけ疲れるし」
キド「お前らしい…助かる」
ラク「ああ」
キドはアイの方を向いて、吃りながらも話し出す。
キド「アイ、その…今回のお詫びと言ってはなんだが…うん…お前がこの前食べたがっていた…なんだ…その…新しくできたケーキ屋のケーキをだな…」
アイ「ほんと!ありがとう!」
アイは喜び、キドも安堵していた。
キド「ラクも行かないか?」
ラク「んー、お土産買ってきて欲しいかな」
キド「わかった。楽しみにしとけよ」
ラク「うん、楽しみにしてる」
アイ「キドー早くー」
キド「ま、待てよ!!」
二人はケーキ屋へと向かって行った。その様子を見てラクは楽しそうに頬を緩めた。
先生「おや、随分と楽しそうですね」
ラク「先生…」
先生「一番楽をしたがっているあなたにはいつも苦労をさせてしまう。申し訳ない限りです」
ラク「いいえ、先生。僕は二人の笑顔を見るるのが好きですから。ずっと三人で過ごせるのが一番楽で楽しいです」
先生「あなたには敵いませんね」
ラク「ご冗談を。僕はただ、キドとアイが好きなだけですよ」
ラクがふぅと息をはき、先生に挨拶をしてその場を後にする。やっとゆっくりと昼寝ができると横になったところでケーキ屋から帰ってきた二人に叩き起こされ、おやつタイムになった。
キド「ここのケーキ全部うまかったぞ!」
アイ「うん!ほっぺた落ちるかと思った!」
ラク「へぇ、オススメはどれかな?」
キドとアイがそれぞれ別のオススメをして、再び喧嘩が始まった。今度はアイも一歩も譲らないみたいだ。そんな様子を横目に楽しそうにケーキを頬張る。ラクは思う。
この幸せな時間がずっと続けばいいのにと。




