15-3, 新学期 -放課後-
「よっし!本格的にやるぞ!」
始業式のため、半日で終わった学校。
近くのファストフード店で、立雲は教科書を広げていた。
その目の前で、もくもくとハンバーガーを食べているのは八代。
「八代、ちゃんと勉強してるの?」
その問いに答えない。
立雲の顔を見ながら今度はドリンクを飲む。
「何?」
ずっとこちらを見ているので、耐え切れなくなって怪訝な表情をする。
「可愛いなあって思って」
八代はそれだけ言うと、また口を動かす。
「ばかじゃないの」
立雲は赤面しながらも呆れた様子で、筆箱をあける。
「・・・不思議な話だよね」
シャープペンを取り出しながら、立雲が呟く。
「せっかくの中高一貫名門女子校なのに、わざわざ高校受験」
ペンを指でくるくると回す。
そして、落とす。
立雲がそれをとろうとしたとき、八代の手がすでにそれに触れていた。
「ありがと」
受け取り、微笑む立雲。
「八代にペン拾ってもらうの、二回目だね」
嬉しそうに語る。
「ねえ、覚えてる?」
ペンを八代の目の前に突き出す。
「六年生のとき、テスト中に私が落とした鉛筆を、拾ってくれようとして、先生に怒られてた」
先ほどまでハンバーガーにかじりついていた八代が、食べ終えたゴミを丁寧にまとめている。
立雲はその中から一枚の包み紙をとって、正方形に切り出す。
「八代は、何考えてるかわからないけれど、すごくやさしいからね」
正方形となった紙を半分、また半分と折っていく。
「たくさん勉強教えてもらったし」
「そうだっけ」と、仏頂面の八代。
「あ、わからないことがあったらきいてね。今度は私が教えてあげる。
っていうか、いい加減教科書開きなよ」
いつまでも八代がいじっているゴミを取り上げると、自分が折っていた紙と共にゴミ箱に捨てる。
戻ってきて、綺麗になった八代の前の机をばんばんと叩くと、八代はだるそうにカバンをあさり始めた。
「あっ、言ったそばから悪いんだけれど」
教科書をぱらぱらとめくっていた立雲が、申し訳なさそうに顔をあげる。
「どこ?」
八代は頼みをきく前に、手を差し出した。
立雲は微笑んで、その手に教科書を乗せる。
「この問題。ごめんね」
八代は黙って適当な裏紙を出すと、問題を解き始めた。
──変わってないなあ。
その姿は、どことなく微笑ましかった。
──あのころのまんまだ。
六年生のとき・・・
周りに反対されながらも、密かに好きだった彼。
落とした鉛筆を拾ってもらったのを機に、一緒に勉強をするようになった。
わからないことを質問したら、いつも黙って問題を解いて、そしてそのあと、丁寧に説明してくれた。
あの頃のは、小学生の単純な恋だったけれど、中学にあがってからも頻繁に会って・・・
そして、気持ちは確信に変わっていた。
かしこまった告白はしていない。
ただ、「八代のそういうところ好き」
そんな感じの、日常会話から始まったんだ。
まさか、「俺も」なんて、返ってくるとは思わなかったんだ。
──まるで少女漫画みたいだけれど。
こうして、その彼と同じ高校を目指せるのは、とても幸せだな。
笑みがこぼれる。
それを見た八代が、気持ち悪いとでもいいたそうな顔を向けてくる。
しばらくして、教科書をこちらにつき返すと、今といた計算式を見せてくれた。
「ここの角度がここと同じだから、こことここが相似で・・・」
ひとつひとつ指をさしながら、時々「わかる?」と確認しながら。
「・・・頑張るね」
「は?」
突然口からこぼれでた言葉に、即座に反応を見せる八代。
「合格、しなきゃ」
小声でそう言ってみた。
八代は一瞬、かすかに微笑むと、シャープペンの先で教科書を突いた。