15-2, 新学期 -病院-
麗は相変わらず、本を読んでいた。
その隣に、峰岡千景は座っていた。
「先輩は、夢とかあります?」
麗のほうを見ることなく、千景がつぶやく。
麗も本から視線を外さない。
「真夜先輩は、留学するんですよ。きっと・・・していただきたいです」
自身の手を握り締める。
「1月ですか」
今度は麗が呟いた。
「高校は、刃流にでも行こうかと」
「え?!」
千景が目を丸くする。
「あんなに頭いいのに?!刃流も名門っちゃ名門ですけれど・・・もっといけるんじゃないですか?」
声を荒げる千景。
麗は寂しそうに微笑む。
窓の外を見る麗。
今頃、始業式が行われているだろうか・・・などと考えながら。
「・・・新しい自分を見つけるなら、近場じゃなくてもいい気がします」
麗の背中に語りかける。
「先輩は、昔から・・・頭、いいんです?」
麗が手に持っている本を覗き込むと、それは英語でかかれていて千景には読めなかった。
麗は本を閉じると、千景と向き合った。
「僕は天才なんかじゃないんです」
「勉強ばかりしてたんです、ずっと」
真剣な目で麗を見る千景。
真夜を前にしたときとはまた違った、ある種の憧れを抱いて。
「友達と遊んだり、家族と旅行に行ったり・・・ 周りがそうしている間、ただ、少しでも難しい本が読めるよう、知識ばかり増やして」
麗は振り返ると、千景に笑いかけた。
「ほかに打ち込めるものがなかったから、というのもあったのですが・・・ 恐いんですよ、わからないということが」
千景はただ、黙ってきいているだけだった。
「親は何も教えてはくれなかった。結局、お互いがお互いをよく知らないまま、彼らは僕の前から去ったんです」
その寂しげな姿に、千景の涙腺は緩み始めていた。
「先輩はただ・・・ 人と接するのを恐れていただけなんじゃないですか?」
その言葉で、目があう。
「あまり感情を出さないのも、そうやって誰に対しても敬語なのも・・・ 人と親しくなるのが怖いからですか?」
目で訴えかける千景。
その勢いに、思わず目をそらしてしまう。
「強がっていてもいいことはないと思います」
千景は、麗の手を握り締めた。
とても冷たかった。
「雨宮先輩って、なんだか真夜先輩と似てますね」
くすっと笑う千景。
千景は握っていた手をそっと離すと、「では」と一礼し、部屋を出て行った。
その後姿を、麗は目で追う。
──似てる?
部屋を見回す。
なんだか少し、懐かしい光景。
あの日も、こうして、こんな感じの部屋に寝かされていた気がする。
横のベッドのカーテンは閉まっていた。
──あのときは、そこに春日崎さんがいたのだろうか?
しばらくカーテンを見つめ、そしてまた本に戻った。