14-9, 今自分に出来ること
雨宮渉が家へ帰ると、玄関の前で、幼馴染が体育座りをしていた。
彼女はこちらに気付くと立ち上がり、潤む目元をこすった。
一瞬混乱した。だが、すぐに何のことだか理解した。
彼女、初浦彩葉は、渉が進学を希望している初浦学院の理事長令嬢である。
だが、そんなことは互いに気にしておらず、ただ、幼い頃から一緒にいる、そんな存在だった。
彼女には、麗と同い年の兄がいるのだが、顔を見たことはない。
逆に、彼女のほうは麗とは仲が良かった。
「渉… 麗ちゃんのところ、もういったよね」
彩葉は、涙ぐんでいた。
「わかったからとりあえずあがってけって。そんなとこで泣かれたら困るの」
「…ごめん」
そういって、彩葉を居間へとあげた。
相変わらず泣いている。
「そんなに心配?」
「だって、私、みたんだもん」
目を合わせるのが怖い。
だから互いにうつむいている。
それでも、渉には彩葉の様子がうかがえた。
「麗ちゃん、歌波ちゃんを庇ってたの」
「うん」
「強い人だね」
「うん」
手を握りしめる。
彩葉がそっと口を開く。
「あのね、私、見たんだ・・・ 歌波ちゃん、窓に手をかけてね・・・自分から・・・それで、麗ちゃんが咄嗟に・・・。どうしよう。歌波ちゃん、何でなのかな。何があるのかな。もしかして、麗ちゃんと喧嘩になったとか・・・喧嘩になって、飛び降りようとしたとか・・・わかんない、わかんないよ」
「ばかだな」
あまりの呆気なさに、ついつぶやいてしまった。
彩葉の涙が一瞬とまる。対する渉は、少し震えていた。
「知らなくていいんだよ。知らないよ。姉ちゃんが誰と何やってたって。そんなのさ、オレたちにわかんなくていいんだよ!そんなの・・・姉ちゃんたちの勝手だよ。だってオレ、姉ちゃんの考えてること全然わかんねぇっ!お前だって、従姉妹とはいえ、あの人のこと知り尽くしてるわけじゃないだろ?元気づけたいって気持ちがあるんだろうけどさ、そんなときに逆にマイナスなこと考えてどうするの?お前は心配しすぎなんだよ!泣くなっていってんだから泣くな!きっと何もないって信じるしかできないんだよ、変なこと考えるな」
「…うん、そう、だよね…ごめん」
「ほら、謝らなくて良いから」
ハンカチを差し出す渉。昔、麗が使っていたものだ。
それを受け取り、彩葉はしばらくうつむいた。
沈黙が流れて、渉は麗のことを考えていた。
彼女が、もう古いからといってが捨てようとしたハンカチを、無理やり譲ってもらったときのことを思い出す。
確かあの後兄に笑われた。どんな照れ隠しをしたんだっけ。
「あたし渉のこと好きだよ!」
「?!」
まさかの不意打ちだった。
すっかり別のことを考えていた渉が、一瞬にして我に返る。
「え、今なんて…」
聞き取れなかったわけではない。
──聞き間違いでなければ、今、確かに…
「な、なんでもない!とにかくありがとう。本当にごめんね。これ、洗濯して返すから…じゃあ」
そういって赤面を隠すようにして立ち上がる彩葉。
「え?!あ、帰る?おくるよ?」
あわてて渉も続く。
「いいよ、ありがとう」
彩葉は微笑んで、そのまま玄関へと向かった。
ドアを閉める際、もう一度だけ微笑んで、そのまま帰路についた。
渉はそんな彼女を、角をまがるまで、ずっと見送った。
──何も、してあげられない…
…そういえば、兄ちゃんはお見舞いいったのかな?
行ってみよう…かな
一度なかにはいり、またすぐ出かける支度をした。