14-7, 歌波の夜
逃げたい。
逃げ出したい。
今のこの状況から。
腕を震わせながら、歌波は考えていた。
ここは三階。
打ち所をあやまれば…
こわい。
でも、私はそれを望んでいたのかもしれない。
結局、もっと上の階に行く勇気はなかった。
こんな中途半端なところで、ばかみたい。
──どうして先輩をよんだか?
それは、わかってる。
仇をうつためではない。
ただ、私自身への・・・
"彼女"への罪滅ぼし。
空桜ちゃんたちとずっと一緒にいて、ずっと感じてきた違和感。
誰かに言われたからじゃない。
私は、このままでいいのだろうか?
──何を恐れているの?
「死にたくない…」
何故?何故私は弱みをはいてるの?私は何故、麗先輩に助けをもとめているの?
そのとき、ぬくもりを感じた。
抱きしめられている。
いつもながら冷たい手なのに、暖かい…
「私、最低ですよね」
「何故ですか?」
「私…本当にばかだ…あぁ…」
──どうしてこうなるんだろう。
ばかみたい。ばかだ。ばかだよ。
私も、先輩だって…
「新しい年は始まったばかりですよ」
やさしいのか、冷たいのかわからない。
それでも、ぬくもりは感じていたくて…
「教えていただけませんか」
そっとつぶやく麗。
「僕があなたの何を奪ったのか」
答えられなかった。
ずっと、気にしていた。
空桜ちゃんたちが、先輩を救うなんてことをいっているときから、ずっと、ずっと、思っていた、忘れられなかったことがあったのに。
どうして?先輩を前にして、私、何もいえないよ。
償いたいのに。
先輩のせいじゃない。
"彼女"がああなったのは、あんなばかげた迷信のせいでも、先輩のせいでもない。
私が悪いんだ。
私の存在がいつも"彼女"を苦しめていた。
"彼女"を追い詰めていたのは・・・
きっと。
──ならば、私が不幸になるべきだ。
気が付くとそんな考えが頭をよぎっていた。
それで、先輩を呼び出したのかもしれない。
麗を見る。顔に表情はでていない。
──この状況で…いったい何を考えているんだろう?
こわくないの?
ねえ、先輩はこわくないの?
どうしてそんな冷静でいられるの?
抱かれていた手を振りほどく。
再び窓枠に手をかける。
──だめだよ。
「私じゃ、だめなんだよ」
何故だろう。とっさにそうつぶやいていた。
そして──
窓から
…あれ?
落ちてる?
あれ?
手をかけ、決意をしようとした──
だが、歌波自身がその決断を下す前に、手から力が抜けたのだろうか。
──そっか。二回目だもんね。もう、力はいらなかったんだね
落ちてるのは、私?
三階から落ちたって・・・
そんなことを考えながらも、走馬灯が見えた気がした。
時間の流れが遅い。
夜の景色がはっきりと見える。
その中に──
いや、違う。
落ちているのは・・・
とても長く感じられた時間は終わり、全身に衝撃が走った。
…あれ?
あまり痛くないというか、柔らかい…?
…嘘だ
嘘、そんなはずが…
コンクリートに…おちたんじゃ…三階から…
体を起こす。
恐る恐る下を向く。
───先輩・・・?
「いやだ…・・・いやだやめて…」
そうだ
落ちそうになった私の手を、とっさにつかもうとしてくれた。
私はその手を──
私を庇ったの?
「せん…ぱい… 目をさまして…お願い…」
涙が
どうしてだろう、どこも痛くはないのに
もしかしたらこれを望んでいたのかもしれないのに、
涙があふれでてきてとまらない。
嫌だ 嫌だよ ねえ
ねえ、誰か
「救急車… 誰か…誰か…」
だめだ、意識が
意識が遠のいていく…
私だって…三階から…
ああ、意識が
ねえ 私も死ぬの?
ねえ 死なないで