11-8, 乙時雨の日曜日 後
啓さんの運転する車の行先は、此処だった。
麗から真剣な表情で知らされたのは、峰岡千景が車にはねられたということだった。
車でおくっていただいて、啓さんはそのままどこかへいってしまった。
白い建物で、沈黙は流れていた。
刃流祭でうららんと委員長と峰岡先輩が接触したときのこと、あとからきいた。
私はあのとき 現場にはいなかった。
だからうららんが教えてくれた以外のことはわからない。
話からすると、峰岡先輩の負の感情はもうほとんどないだろうと推測できた。
だから、機会があれば仲良くしてみようと思っていたのに・・・・
まさか交通事故にあうとは。
歌波もなりゆきでついてきている。
峰岡先輩のことは、とりあえず名前と顔が一致する程度、とのことだった。
変なことには巻き込みたくない・・・。
歌波が私と一緒にいたのは偶然だし
そもそも私たちとうららんたちが会ったのも偶然
ていうか・・・ 事故っていうのも、きっと偶然
私たち三人をとりかこむのは、重い空気。
少し向こうに、先輩の友人と思われる人たちがいる。
その会話はこちらにまでかすかにきこえてきていた。
「何か・・・なんともいえないよね・・・
生きてる・・・よね千景」
声がふるえているのが、約一名。
表情からも、その不安は感じられる。
ひとりが横目でこちらを見ている。
「・・・・生徒会長」
多分麗にもきこえているだろう。
だが、麗は無表情を保っている。
「あ・・・ ・・・ってことはもしかして
あの噂が本当だった・・ってこと?」
その言葉で 空桜のなかの何かが崩れた。
あの・・・・噂。
転入してきてすぐ、歌波に教えてもらった、噂。
けれどあれは、ただの偶然だったんじゃ・・・・
うららんは人気だったから・・・
うららんを良く思わない人が逆に狂人扱いされてそれで精神的にって・・・
しぐれもいってたじゃない
どうして峰岡先輩に?
そんなはずがない。
峰岡先輩は・・・ 大丈夫だったはず。
委員長の件でいろいろもめたらしいけど、でももう大丈夫なんだよね。
じゃあこれって・・・やっぱり偶然だよね?
そうでしょ?
偶然でしょ?
なら、やめてよ
うららんのこと悪くいうの、やめてよっ
訂正するため立ち上がろうとした。
けれど、とめられた。 麗に。
ひざにそっとのせられた、麗の右手。
こちらを向くこともなく、ただ、そっと。
歌波は会話のほうを真剣にみつめている。
向こうはそれに気づいていない。
歌波はどう思っているのだろう。
あれを・・・ あんな迷信を
信じているの?
「ねえ、歌波」
次に頭をよぎったのは 歌波にきちんと話したいという気持ちだった。
不安そうな、うるんだ瞳。
「空桜ちゃん、私」
まっすぐだった。
麗がうつむく。
そんな彼女の手を包むようにして、空桜も手をのせる。
「私・・・わからないよ」
その視線は麗に向けられていた。
「歌波・・・・」
歌波の哀しげな笑み、なんとなく温かい。
きっと・・・
今この状況でもっとも麗をおそれているのは 麗自身だろう。
変な噂がたって、それで毎回毎回
きっと・・・つらい思いをしてきたんだと思う。
本当はただの偶然なのに自分のせいにされて
だんだん それが事実なのではないかと思うように・・・なっていたのかもしれない。
そんなの被害妄想にすぎない・・・から・・・
ふと、聞きなれない足音が鼓膜に響いた。
一斉にそちらを向く。
それは 私服姿の真夜だった。
様々な考えがうかんでくる。
けれど、今この状況で物事をマイナスに考えるなんて・・・やめて、私。
真夜は麗の目の前で足をとめた。
座っている私たちを、見下ろす。
「いっとくけど私、あんたのせいとか思ってないからね」
感情のない声。
多少、何かを隠して無理をしているようにも見受けられる。
向こうにいた千景の友人たちにも注目されている。
しばらく沈黙が流れたあと、麗は微笑を浮かべた。
「峰岡さんのためにきたんですよね?」
口をつむいだままの真夜。
「春日崎さんて、本当はとってもやさしいんでしょ?」
皆が不安そうに見つめるなか、麗は次々と言葉をつむぎだす。
「留学の件、聞きました。峰岡さん・・・あなたのために」
「黙って?」
その視線は、とてつもなく鋭い。
一瞬にして場の空気がかわる。
麗も衝動的に口をとじる。
「確かにいわれたよ、進路指導のやつに。来年の夏からってね。
それがあの子のおかげだってこともとりあえず知ってる。
でも、やっぱ迷惑かけるつもりはないからさ。あんたならわかるでしょ?
まぁ、今更同情とかそーいうのなしね、うざいから」
それだけ言い捨てて
真夜はその場をあとにした。
・・・え、それだけ言いにきたの?
待ってなくていいの?
そんな疑問がよぎる。
でも、なんだかんだいって委員長らしいなあって思ったのも事実だし。
いつもはもっと良い子ぶってるのに、いいのかな?こんな大勢の前で。
ぽかーんとしている友人たちをみて、微笑する。
麗も、微笑んでいた。
そうだよね・・・
うららんは知ってる。
嫌われている理由も 彼女の性格も ・・・経緯も、すべて。
だから、過去は過去として・・・笑っていられる・・・・
そのほうが人生楽しく感じられていいんじゃないかなって思う。
この先も そのまんまのうららんで、どうかいてください・・・。