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9-13, 過去と現在

「うららん遅くない?」

空桜は心配していた。


空桜だけではない。だが、少なくともしぐれは、わかっていた。

「さきにさ、吹部のところいこうよ。

 うららんあとできっとくるから。信じてるもん。」

ほかにいいたいことはたくさんあった。

けれど、しぐれは笑顔でそれだけいってみせた。


反対意見はなかった。








「あなた・・・自分だけが不幸だとか思ってるでしょ?」


「どういうことですか?」

麗の微笑みも、消えていた。


「その子の気持ちわかった気になってるけどねぇ・・・

 人の悲しみってそれぞれ違うの」


そういって、真夜は麗に向かって手をのばした。

そして左目を覆う前髪を乱雑にめくる。


にらみ合う真夜と麗。


「交通事故で片目の視力を失ったって?」


それをきいて、峰岡が震えだす。

紗優に助けを求めるが、彼女もまた立ち尽くしたままだった。


怪訝な表情の麗を、鋭い眼差しで真夜は見つめる。

「どうしてしってるのかって?逆にどうして知らないと思うのよ。

 同じ部屋に入院していたというのにね。


 あんたも私も・・・そのとき両親を失った」


え・・・・?

真夜の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


知らない 

覚えていない


「あなたは・・・」

自分の声が震えていることに、麗は気付いていた。


「不幸を背負って・・・」

真っ直ぐ真夜を見つめた。

彼女は真剣で 今にも泣き出しそうで

「どうして?」

怒りがこもっていた。


「どうして ”あなたは” なの?

 どうして ”あなたも” じゃないの?!

 あんなことがあったのに・・・・あんたは楽しそうに生活してた

 学校中の人気者だった

 どうして?

 あんただって・・・・」


峰岡も紗優も そして麗も

彼女の弱みをきくのは初めてだった


いつも勝ち誇っていて

いつも誰かをバカにして

いつも良い人ぶっていて


そんな真夜の目が うるんでいた


麗に返せる言葉はなかった。

両親と別れたのは同じ

けれど自分には兄弟がいた

いまもこの先も、兄弟がいる


「それから私が一人でどう生きてきたか あんたには到底わからない・・・

 何故ならあんたは」

「わかりませんよ」

言い終わる前に、麗の口が開かれた。


「僕にあなたの気持ちはわからない。

 逆に、裕福な家庭に生まれ、不自由なく過ごしていたあなたに

 親に愛されなかった僕の気持ちなんて、わからない」


裕福、その言葉に反応した。


「あの・・・」


峰岡だった。


「数年前に有名な財団のお偉いさんが無理心中を図ったっていうニュース・・・

 やっぱりあれは先輩の・・・」


場の空気が凍りついた。

まさか・・・と、自分にいいきかせる紗優、麗。


「峰岡さんどうして数年前のニュースなんて覚えてるの」

震える声で紗優がきく。


「父さんが・・・ファイリングしてあったのをこの間見つけた・・・」

うつむく峰岡。

真夜も麗から視線をそらしていた。


「知ってたから・・協力してたんですね」

「だって・・・ 春日崎先輩はあたしの憧れだったから!

 なのに苦しんでたんだって思って・・・ほっとけなかったんだもん」

とうとう崩れ落ちた。

その肩に 紗優がやさしく手をのせる。


「春日崎先輩も・・・ 人気者だったんですよきっと。だって、ほら」

紗優の温かい声に、真夜は目をおよがせた。


「ばかばかしい。人気?どこが?

 私に憧れるところなんてないし 私はあの日以来誰も愛せないで

 自分だけを見て生きてきたのよ」

 

「雨宮先輩のこと、見てるじゃないですか」

多少おびえながら、紗優が発言する。


「視界に入れたくなかったわ!でも入ってきて目障りだった。

 私より人気で?私より頭が良くて?私より美人で?

 ゆるせないよね。

 何でそんなやつが私の視界にうつるのよ。邪魔なのよ。

 だから下種共の前でいい子ぶったりとかもしてみたよ?けれど私は」

「いい加減にしてください」

迫力がありつつも 静かな 綺麗な声だった。


まっすぐ、真夜を見つめていた。

「あなたは十分幸せです

 数はいなくとも あなたを好いてる人がいる

 あなたに憧れあなたをめざす人がいる

 あなたを愛した人がいる

 それ以上に何があるというんですか?

 

 人と比べたくなるほど あなたは幸せだった

 幸せだったから 一瞬の出来事ですっかり心を閉ざしてしまった

 それだけなんです」


しばらくうつむいてきいていた真夜の足元に

小さなしずくが ほんのわずかな音をたてて。


その刹那を 麗は見逃したりはしなかった。


「一人でいるのをさみしいと感じるなら

 人に愛されるくらいやさしくなればいい

 誰かに認めてほしいと願うなら

 まず自分を愛せばいい


 あなたにとってはそれくらい 朝飯前ですよね?」 


麗の微笑みを、紗優も峰岡も 嬉しそうにみていた。


「良かった」


やさしげな笑みを浮かべ、麗もつぶやいた。

そんな麗を、真夜は再びにらむ。

それは嫉妬だった。


「二人とも悪い人じゃなかったんですね」

「なにをっ・・・ 私、あんたに」

真夜がかみつく。

祈るように麗を見つめた。


「もういいんです

 春日崎さんのこときけて・・・良かったと思うんです」

微笑みかける麗。


そして


「何も知らなくてごめんなさい」


 空は晴れた。



「本当に・・・ 気持ち悪い人」

真夜もまた、その場に崩れ落ち、

そして思いっきり泣いた。


今までためてきたすべての苦しみを

全部流した。


流して、感じて また流して・・・


「先輩、これからは友達として・・・接してくれませんか?

 下の名前で呼んでください えっと・・千景(ちかげ)っていうんですけど

 ・・・知ってました?」


「知ってる」


峰岡千景の笑顔は 一時の幸せを運んだ。


「さあ急ぎましょうか 吹部、はじまってしまいますから」

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