1-3, 空の下
もしも・・・ この空が・・・・
両手を大きく、空へのばす。
「のどかだなぁ・・・、此処は」
学園の中庭、 芝生で寝転がっているしぐれ。
雲ひとつない晴天。
「もう少しそばに・・・ いてほしいのに」
ぼそっとつぶやく。
周りに人はいない。
交流試合のためにきた刃流の人たちはもう、しぐれ以外皆戻っている。
「なんか懐かしいよね」
交流試合は放課後だった。
しかし、彼女は間違えて朝から来てしまった。
だが・・・ 彼女に、授業に戻る気なんてなかった。
母が刃流の理事長である限り・・・・ さぼりで怒られることなんてないのだろう。
「今日はこれで終わりだと思ってました」 とでもいえば、
それで良いのだ。
・・・・麗のことばかり考えている。
麗とは同じ小学校の出身である。
彼女は小学生のころから、常に敬語で話していた。一人称は僕。
初めて会ったときからずっとそうだった。
陰の薄かったしぐれとは対照的に、麗は人気だった。
その頃の麗の笑みは・・・ 今とは違い、楽しげだった。
先ほどの瞳・・・・ 似合わない。
あんな哀しげな表情は、似合わない。
屋上を見上げる。
*
嗚呼、この新鮮な空気・・・
心地よい風。 ずっと・・・・ ここにいたい。
少女は屋上で空を眺めていた。
手を伸ばす。
つかめない。
どれだけ手をのばしても、雲までとどかない。
風は・・・・ 私を雲のようにはこんではくれないのか・・・。
彼女はすっとたちあがり、フェンスに手をかける。
ここから飛び降りたら死ねるだろうか。
この孤独から開放されるのだろうか。
彼女は決意した。
フェンスをぎゅっとにぎり、足をかける。
はばたくんだ、これから。
「今からそこへいくよ、お姉ちゃん。
ふふっ・・・ そうだね・・・ お前の望みどおりさ、雨宮麗・・・・・」
彼女の哀しげな瞳がゆらいだそのとき
「何してるんですか」
ふと、誰かに腕をつかまれた。
バランスをくずし、地面へとたたきつけられる。
「間違ってると思う、死ぬなんて」
見たことのない子だった。
「誰だよ・・・」
「真岸辺空桜。 春田先輩ですよね?あなた間違ってる。
お姉さんは・・・ 自分の分まであなたにいきていてほしいはずだよっっ」
精一杯な空桜。
「なに?私のこと知らないでしょう?
だって私あんたのことしらないし。あんたにとめられる筋合いないから!!!」
叫ぶ、春田。
運動場にいた数人が、なんだいまの?というように屋上のほうを見あげる。
そして、幻聴か?と、部活に戻った。
「知らない。確かに、あたしはただの通りすがりかもだけど。
でも・・あなたみたいな人がいるから・・・、あんな優しい生徒会長が」
「やさしい?ふざけんなっ!!!!!」
春田はそこで大きく息を吸う。そして
「姉ちゃんは・・・ 自殺なんかじゃないんだ・・・・
あいつにころされたんだ!!!!!!!」
学校いっぱいに響くような大きな怒声をあげた。
唇をかみしめる空桜。
うつむいてしまう。
そんな二人の会話を、
階段裏できいている人物がいた。
彼女もまたうつむいている。
今に泣き出しそうな顔をしている。
こんなに・・のどかなのに。
可哀想だ。
あんな会話・・・。
違う、春田じゃない・・自分が可哀想なんだ。
もう、追憶なんてしないときめたのに。
もう・・・ 思い出さないと、ちかったのに。
「あいつは・・・ 雨宮麗は・・・・」
「やめようよ、もうやめよーよ!」
「だからうざいって!あんた何もしらないくせに!」
「しらないです!あたし最近入ってきたばっかりだし、話きいただけだから。
しらない!でも、しぬのはおかしいとおもいます!」
そう・・・
死ぬのはおかしい・・・・。
だから自分は生きている。
此処で盗み聞きしている自分も情けないが・・・・
もうそんなこといわないで・・。
「やめろっ・・・・・
未来・・・・ お姉ちゃんは・・・・ 未来だけを・・・
前だけをみてたのに・・・・ なんで・・なんで・・・・
うわああああああっ」
「・・・・・・・っ」
お願い、もうやめて・・・・・・・。
「・・・・・・・だれだよっ!!!そこできーてんの!!」
・・・・え。 気付かれ・・た?
驚いてふりかえる空桜。
誰の姿もみあたらない。
「わかってるんだよ!!そこできいてんの!!かくれてきいてんの!!!
私のこと笑ってるんでしょどうせ!!!お姉ちゃんのことわらってるんでしょ?!」
階段の方にむかって叫ぶ春田。
そこらの木にとまっていた鳥たちがその大声に驚いて、慌ててとびたってゆく。
「だれか・・・いるわけ?」
空桜もよくわからぬまま、便乗してそういってみた。
すると、
「笑ってなどいませんよ」
そちらから声がした。
この声・・・。
姿を見る前に、二人ともその正体を察知した。
顔を青ざめる春田、そして肩がふるえだす空桜。
カタッと、たちあがったような音がした。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが・・・ その」
やはり麗だ。
階段裏からでて、歩み寄ってくる彼女にいつもの薄笑いはなかった。
「僕のことは恨んでいてくれて結構です ただ
そんなはやく御姉様のところへいかれると彼女が悲しみます」
「・・・・・・っ!!」
言い返す言葉が見つからないのだろうか。
怒りを抑えている様子の春田。
「どうか彼女の分まで生きていてあげてください
・・・失礼しますね」
「まてよ」
麗が立ち去ろうとしたとき、春田はやっと口をひらいた。
驚いて春田の顔を伺う空桜。
空桜は決して・・ 麗を嫌っているわけではないのだ。
むしろ、麗の敵である春田の方が苦手なのだ。
呼び止められて、無表情でふりかえる麗。
「恨んでいてくれて結構です?何それ・・・。
なんだよ・・・。やっぱお前がころしたのかよっ!!
姉ちゃん陥れたのかよっ!!!」
麗はひとつためいきをつき、
「さあ、どうでしょう」
とだけいって階段を下りていった。
その後その屋上には沈黙だけが残った。
ひとつ舌打ちをし、黙って立ち去る春田なんか気にせず、
空桜は運動場の方を眺めていた。
やっぱりつらいんだ。
会長だってつらいんだ。
あたしは何もしらない。 でもあたしは会長を信じたい。
だからあたしはゆるさない。
春田未来の妹にあたるあの人を、あたしはゆるしたくない。
会長のせいにして自害しようとするなんて、ひどすぎる。
会長は何も悪くない。
そんなことばかりを考えていた。