1-1, 生徒会長
乙時雨女子学園────
風が少しずつ、冷たくなってくる季節──
空は青白く、晴れていた。
「おはようございますっ!生徒会長っ!」
早朝。 その学園の、まだ人の少ない廊下に、大きな甲高い声がとぶ。
はぁはぁと、かけてきたかのような、荒い息。
ショートカットの、スポーツ系の女子。
彼女は満面の笑みをうかべ、前にいる長髪の少女へ叫んだ。
そんな彼女に、まわりは冷たい視線をむける。
「誰、あいつ。 生徒会長に挨拶とかどんだけ・・・」
「ほら、あれ、転入生の。 印象よくするためにやってるんでしょ。
かえって悪くなってるって・・・気付いてないみたいだけどさ。」
少ない人達のなかには、クスクスと笑いながら噂話をする者もいた。
少女は、何ひとつ表情をかえず、ただまっすぐに長髪の彼女をみつめていた。
「おはようございます、真岸辺さん」
と、にっこりと挨拶をかえした、"生徒会長"とよばれた彼女をみて
「生徒会長の恐ろしさを知らないんだわ」
と 発言した人がいた。
そうしてその日の早朝はすぎ、時刻は朝のHR開始10分前にまで。
先ほどの活発な少女が、ひとり廊下をあるいていると、前方に友人の姿がみえた。
「あれ、おはよー!歌波!」
と、声をかける。
友人は強張った表情でふりむき、
その少女が声をかけたのだとわかると、ほっと胸をなでおろした。
「空桜ちゃん・・・ おはよっ 元気だね」
「何いってんのっ! あたしは常に元気100%だからねっ!!!」
少女はただ、元気よくそういってみせた。
と、少女が友人に笑いかけているときだった。
「ひがっ!!!」
廊下のすぐ向こうから、可愛げな、小さな叫び声がした。
二人は気になり探りにいく。
そこにいたのは、
「かっわいいい〜〜!!!」
「えっ?小学生・・・?なんでうちに違う制服の?
でも、みたことない制服なんだけど。
いや、まって。これ制服なの・・・?」
小学3,4年生くらいの顔立ちをした、女の子。
桃色のセーラー服が可愛らしさを引き立てている。
と、その子が立ち上がった。
「これは!うちの制服!刃流女子の制服なの!しぐがアレンジしたの・・・
っていうかあたし、小学生じゃないしっ!!!」
「刃流女子って、あの名門?!」
「空桜ちゃん、しってるの?」
「あたしさー、この町きたばっかりでね、学校どこにしようかまよってたときにさー
名門、刃流女子の話きいたんだけどね」
「そうだよ!しぐは天才なんだから!!名門より凄いところいけたんだけどね!!」
──名門より凄いところ・・・って?
少女は疑問に思う。
「・・それで、どうして他校の人が、ここにいるの?」
「交流試合だよっ!! バド部の!!」
「交流試合って、放課後にあるものだよね」
はっとするしぐれ。
うわあ、という顔の二人。
「別にいいや」と、開き直る。
「交流試合かあ、生徒会長さん、交流試合はゆるしてくれるのね」
「え?生徒会長?どういうこと?」
「いや・・・・ えっと、ここの生徒会長は、その、恐ろしい人なんだよ。
空桜ちゃん・・・。」
「え??平気で挨拶してるし〜〜、かえしてくれるじゃん!!!!
あっ!ほら!!会長じゃん!!!!
会長〜〜〜〜!!!!」
例の生徒会長をみつけた空桜、真岸辺空桜は、
彼女に手をふった。
「真岸辺さんに園部さん?
しぐれと知り合いだったんですか?」
生徒会長は薄い笑みをうかべ、ゆっくりと此方に歩み寄ってきた。
ぶるっと一瞬、歌波、園部歌波が体をふるわせた。
「うららーん、こいつらがぁ、しぐのこと小学生っていったんだよぉ!!」
しぐれと呼ばれた子、奏しぐれが報告すると、通称うららん、雨宮麗は黒く微笑んだ。
「ご、ごめんなさい・・・!私・・・その・・・」
「なんでさぁー、うららんの前になるとそーいうこというわけ?みんな?」
・・・・は?
状況をつかめていない様子の空桜。
「小学生にみえるくらい可愛い、ということですよ、しぐれ」
麗が説得すると、しぐれはぱあっと明るくなった。
「なんだぁー そーいうことなのかっ!!ならそーといってくれればよかったのに!!」
「あ・・・・はい・・・ ごめんなさい・・・」
おされる歌波。自然とうなずいてしまう。
「それより・・・ HRはじまりますよ。そろそろ教室に戻ってはいかがです?」
麗が薄笑いで、そういった。 その瞳には歌波がうつっている。
「はい・・・、生徒会長」
自分をみつめる麗を恐れた歌波は、
空桜を強引に、教室へとひっぱっていった。
その後姿を、麗はくすくすと笑いながら、眺めていた。
「ねえ・・・ 結構やさしそうな人だとおもうんだけど??」
教室に戻り、空桜は歌波に問う。
「何いってるんですか・・・・ あの人がやさしいとか」
ふるえる歌波の声。
「なんでぇ???やさしいじゃん」
「恐ろしい人なんだよ」
「なんで????」
歌波はひとつ、大きく息を吸うと、こう・・・ 話し始めた。
この学校で生徒会長になるには、信任投票で85%以上の票を獲得しないといけないの。
雨宮麗は、当時凄くまわりからの印象がよくて。
それで、生徒会長に推薦されて、投票では99%も獲得したのよ。
不信任にいれたのはたった3人だけだった。
その3人が。
1人は交通事故で、今だ意識不明。
1人は飛び降り自殺を・・・・、
そして最後の一人は、 ・・・・・崖からの転落死・・・。
それ以降、周囲は雨宮麗を恐れるようになったの・・・。
今では、”雨宮麗にはむかうと、必ず不幸が訪れる” といわれるの。
「なんで?」
ゆらぐ瞳。
「わからない。」
───半年前。
「雨宮さん、ちょっといいですか?」
「はい?あなたは・・・、春田さん」
「前回、選挙管理委員長を勤めさせていただいた春田未来です。」
「それで、僕に何の用ですか?」
「・・・つい最近、うちの学校で3人の生徒が死んだとか、意識不明だとか、
いってましたよね」
「そうですね、たてつづけに。 恐ろしいですね」
恐ろしい、といっているのに、平然としている麗。
「あなたがやったの?」
「は?」
「あなたの信任投票。 不信任にいれたの、何人だか知ってます?」
「何いってるんですか?知っているはずないでしょう?選挙管理委員長さん?」
「そうです・・。 3人なんです。たった3人。
その3人が・・・ そう、 例の3人なんですよ。」
「え?それって」
言葉のわりには、ちっとも驚いていない。
この人は感情を滅多に顔にださず、常に薄笑いを浮かべている人なのだ。
いわゆる・・・ ポーカーフェイス。
そう、未来は認識していた。
「動機があるのよ、あなたには」
未来もまた、かたい表情で麗をせめる。
「つまり、疑われてるんですね」
─それは、おもしろい。 そんな風に感じ取られる、麗の薄笑い。
「そういうわけではないの、でもね」
未来は何かをごまかしたかのように、一瞬だけ視線をそらした。
「証拠でもあるのですか?どうぞもってきてください。 ・・・失礼します」
「・・・・・証拠ですって?
絶対・・・みつけてやる・・・・
私の親友を奪った・・・あんただけは・・・・ゆるさないっ!!」
相変わらずにこにことしている麗を一度にらみつけ、未来は走り去っていった。
「それで、その春田って人は今どうなの?」
「・・・・・・・・・」
空桜に問われ、だまりこむ歌波
「まさか・・・・・・・・・」
空桜がおそるおそる言葉を発すると、歌波は哀しそうにうなずいた。
「そう・・・・・・・・ 彼女も・・・ また、雨宮麗にはむかった・・・
そういうことよ。」
「何故・・・・ そんな人じゃないっっ!!!
会長はもっとやさしい人なんだっ!!!!
そんな恐れるべき人なんかじゃ・・・・ないよっ!!!」
歌波は、今に泣き出しそうだった。