2-4, 深夜12時
静かな夜だった。
十一月にないている虫・・・・、何の鳴き声だろう?
しぐれは自室の天井を眺めていた。
広い部屋、大きなベッド。
困ることなど何もない。
なのに・・・。 胸がとてつもなく痛かった。
眠たい。
でも、何故か寝れない。
未だ、麗のことばかりを考えているわけでもない。
麗の兄に赤面している・・ それも違う。
なんだろう。
吹奏楽部の部長のことだろうか。
あの、少し無表情で、でも本当は優しそうな、そんな人。
私は今度、久しぶりにクラを吹ける。
しぐれはベッドから起き上がると、少し歩いてクローゼットをひらいた。
ほこりをかぶった楽器ケース。
中には愛用していた懐かしきクラリネット。
微笑を浮かべる。
久しぶりにそれをくみたててみる。
完成したその楽器を口元にあてる。
そのままふこうとしたが、12時をさす時計の針がめにはいり、やめた。
指だけを動かす。
この曲は、はじめに教えてもらった、かえるの歌。
そしてこれは聖者の行進。
楽しい。
時間がたつのを忘れてしまう。
しばらく戯れてから、やっと我にかえった。
ときは丑の刻。
さみしげな表情で、しぐれは眠りについた。
──・・・・
とくに音もなかった。
家にかえる気なんてしない。
うるさい弟が夜遅くまで独りテレビをみているのだろう、あそこは流石にご免だ。
それでもって、シスコンすぎる兄のもとへなんて、なおさらいきたくない。
だから・・・。
ひとり、生徒会室で寝ていた。
夜くらい、鍵はかける。
こんな時間に合鍵ではいってくる職員もいないだろう。
腕時計の針が、12時をさす。
だが、瞼はちっとも重くなかった。
逆にかるすぎる。寝れない。
だが、やりたいこともない。
ふと、カタッ と音がした。
棚の何かが床へ落ちたようだ。
其方を向く。
──鏡?
まったく見覚えのない手鏡。
誰かがおいていったのだろうか。
つい先日、此処へきた兄か・・・ いや、あの人は男だ。
手鏡なんて持ち歩かないだろう。
だとしたら?
覗き込んだ鏡に、己の姿がみえた。
整った顔立ちに、暗闇に光る漆黒の右眼。
左は長い前髪に隠されている。
そっと、その髪をなでる。
そしてそれを更に左へとよせる。
久しぶりに、自らの左の瞳をみた。
見た目上、右目と何ら変わりはない。
ただ───
左目はただ、そこに存在しているだけだった。
──・・・・
そうなんだ、私は恋をしている。だから、鈍感とかいわれるんだ。
でも・・・ 片思いではないはずなんだ。
立雲は、ぼーっと窓の外を見つめていた。
星を数えてすごす、夜12時。
だって私は、私は無神経なあの人、八代のこと好きなんだよ。
それで八代だって、私のこと・・・。
立雲は輝く星を眺めていた。
だが、実際みえているものは星ではない。
想像、いや妄想の中の、八代の姿。
吹奏楽部の発表って、本当にいそがしい。
そう、私は未来みたいにうまくはいかない。
奏さんにも迷惑かかってるんだろうし・・・、 八代もみにきてくれるかどうか心配だし。
そういえば、あっちの文化祭っていつだったっけかな・・。
どうでもいいことばかり考えている。
なんだか、自分が可笑しい。自分まだ中学生じゃん。 何やってるんだろう。受験もあるのになー。
そうか、あの乙時雨の吹部部長のいってたとおり、恋をしているからなのかな・・・・?
あんな無神経な人・・・
本当何考えてるかわかんないっ
ああもう、駄目っ
何やってるの私は。
もうこんな時間なのに何をかんがえているんだ。
もう、寝ます。
寝ないと、明日の練習が眠くてできなくなります。
興奮すると、たとえ心の中であっても、敬語になってしまうのが立雲だ。
立雲らしくていいのではないか、と八代にはいわれたけど・・・・。
ううん、寝るっていったじゃない。寝ます!
立雲は窓をしめ、敷布団に体を倒した。
──・・・・
帰ってこない・・・。
姉ちゃんも、兄ちゃんもかえってこない。
兄ちゃんはわかる。 独り暮らしだもん。
もう、大学もでて、立派な大人だから。
でも姉ちゃんは今頃何をしているのだろう?
見ていたテレビを消した渉は、そんなことを考えていた。
彼の大きなつり目は、姉の麗によく似ていた。
家の廊下を歩きながら、更に考える。
たまに姉ちゃんの中学校の人がきたりするけど・・・
あの人なんかトラブルにでも巻き込まれているのかな?
家にかえってこなくなる少し前から、様子変だったし・・・。
そういえば乙時雨って・・ 半年くらい前から、奇妙な事件とか事故がおおい。
恐れているのかな?いや、すでにまきこまれてしまって・・・・
いるんだろうな・・・・。
渉は何となく、実感していた。
麗が例の事柄に関わっていることを。