ドレッドノート大学殺人事件
「誰か!誰か応答してくれ!」
洞窟陣地に籠るガーベラ大隊は、1mを争う熾烈な近接戦を行っていた。
「リズ!ここはもう駄目だ!」
朦朧とする頭と、何かが突き刺さったような感覚が、酷い頭痛を引き起こしていた。
「リズしっかりしろ!」
「あたまがいたい、誰かが入ってきてる!」
目の前で爆発が起き、味方の1人がバラバラになってへばりついてきた。
「いたい!いたい!痛い!」
半狂乱になったリズは、安物のポケットナイフで異物を取り除こうとする。
消えろ!死ね!
何処にあるかもわからない異物へ向かって、ナイフを突き立てる。
球体をくり抜き、繋がった赤い糸を切ろうとしたが、なまくらのナイフではどうにも出来なかった。
空腹だ。
私はなんでここにいる?
さっきから、何かが顔の周りにぶら下がってる。
空腹だ。
「何でもいいから食べたいなぁ」
空腹に耐え兼ね食べ物を探していると、さっきから鬱陶しく顔にぶら下がってるのは、よく見ると飴だった。
飴を引きちぎって食べて見ると、ほんのり塩味がする。
飴を噛んだ瞬間、口の中で鉄の味が広がった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
夢から覚めたリズは、手の中で吐いた。
ドロッとした感触が手のひら一杯に広がり、鼻を刺激する胃液の酸っぱい臭いが、部屋中に充満する。
「私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない私は噛んでない」
そう18回唱え、ありったけの酒を飲んだ。
吐き気のオンパレードの中、更に吐き気を投入し、気分は急降下爆撃の如く下へ落ちる。
駄目だ、今日は特に酷い!
いつもならこれで治まるのに!
リズは壁に頭を打ち付け、わざと気絶した。
リズ捜査官 自宅にて
悪臭と酷い頭痛で目が覚める。
「あ、またやっちゃった」
床には吐瀉物と酒がぶち撒かれ、壁は穴が空いていた。
汚れた服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
あれは昔の記憶なのだろうか?
いつも飴を噛んだ時に目が覚める。
その後は、決まって吐いてしまう。
「私は食べたのかな」
髪を乾かしていると、電話が鳴り響く。
「はいリズです」
「私の声に聞き覚えは?」
よく覚えている。
「えぇ、こっちにまでピーナッツの匂いが漂ってきますよ」
ピーナッツ缶を抱えながら事件捜査する人間を、忘れる訳がない。
「大学で殺しだ、テロかもしれん」
「その根拠は?」
「被害者は元新聞記者の教授、過去に王室批判と暴動陽動の罪で3年間の禁固刑を食らってる」
「内乱罪適応にしては随分軽いですね」
「未遂で終わってるからな。テロ捜査はヨルドラン警察の特権さ」
「その呼び方定着しましたね」
アレンの皮肉に、リズはジト目になる。
「国際警察から、ヨルドラン警察に改名するって噂があるぞ。まぁとにかく、ブリタニカまで来てくれ」
リズは金庫からFN M1910拳銃を取り出した。
いざとなれば、これが頼りになる。
タクシーを呼ぶと、空港まで向かった。
ドレッドノート大学にて
普段この時間は、講義が行われている筈なのだが、大学内で起こった殺人事件の影響で集会が開かれていた。
「大学は何をしているか!」「早く犯人を捕まえろ!」「講義を再開させろ!」「学費減らせ!」
学生達からの凄まじい反発をものともせず、理事長は生徒の安全が第一と、頑なに意見を譲らなかった。
「何だか昔を思い出すなぁ」
前世の時、過激な学生達が本を燃やしたり、外国人を袋叩きにした記憶が甦る。
夜道で移民狩りに出くわした時、ガルマニア人である事を証明するために、必死に国歌を歌った記憶が今でも残っていた。
「右も左も録なもんじゃないよ、まったく」
ヴェロニカは学生寮へ戻る前に、図書館へ行き、何冊かの本を借りる。
「やぁ1年、勉強かい?」
受付をしていた先輩が、声を掛けてくる。
大学内で出来るアルバイトとして、図書館の手伝いがあり、ブリタニカの最低賃金より安かったが、楽だったので色んな人が応募していた。
「はい、今日は講義がお休みになりましたから、寮に戻って自習しようかと」
「今大変でしょ、入ってきたばっかりなのに、あんなことが起きて」
「はい、でも休んでもいられませんから。今はこうやって勉強してます」
「ふーん、真面目だねぇ」
本を借りて寮へ戻る途中、海辺の方に大きな艦が見えた。
「空中艦艇……」
空に浮かぶ艦は、おとぎ話に出てくる夢のような存在だった。
一隻で艦隊に勝利した。
冒険者達が世界中を旅するのに使った。
なんて話を子供の頃よく聴かされていたが、航空機の発達と共に鈍重で巨大な船体は、ミサイルの的にされた。
終末戦争後期になると輸送任務に従事し、華々しい活躍はプロパガンダ映画の中だけになった。
あの艦はどうなるのだろうか?その下方に見える、記念艦となった旧式戦艦と同じ末路を辿るのだろうか。
ジェットの爆音が、その哀愁を吹き飛ばした。
学生寮にて
「只今戻りました〜」
「お帰りなさい。お昼ご飯はいりますか?」
「どうしましょうか」
ヴェロニカは悩んでいると、アンナは持っていたチーズを見せ、美味しいわよ!と笑顔で答える。
強引に押し切られ、食卓を囲むテーブルに座らせられる。
大量のチーズの海に、豚肉、ニンジン、アスパラガスに、ブリタニカの隣国で取れたジャガイモを加えた美味しい料理が出てきた。
「うわぁ、体重増えそう」
「でもおいしいよね、チーズ」
「アンナ食べさせて」
「足は動かなくても手は動くでしょ」
「なら自分で腕を折るから、食べさせて」
ヴェロニカ、アイリス、アンナ、アンネの4人でチーズシチューを囲み楽しく雑談する。
「腕を折ると言えば……隊長を思い出すね」
「あれは奇妙だったよねぇ」
昔話に花を咲かせるアンナとアンネは、夫婦ならぬ婦婦だ。
互いに友達以上の親密さと、何者にも邪魔出来ない雰囲気を作っていた。
「質問!アンナとアンネさんは、どうやって出会ったんですか?」
二人の仲に興味津々なアイリスは、聴こうにも聞けなかった話を聴いてみた。
「んー、あんまり面白くない話だけどぉ。私が宗教団体に捕らえられた時に」
「えぇ、なにそれ!なにそれ!聞かせて下さいよ!」
「ちょっと待って、まさかあの事まで話すんじゃないでしょうね?」
慌てるアンネを見て、悪戯心が芽生えたアンナは、どうしよっかなぁ〜と笑いながら言う。
「やめてよ、一番恥ずかしい奴なんだから!」
「盛り上がってきたぁ!」
「ちょっ煽るな!単一ゼロにするぞ」
「アンネ教授は医学部でしょ。私、魔法学ですから」
わちゃわちゃ賑やかになる中、アンネ教授のクールなイメージが、アンナ寮長の暴露話によって崩れて行く。
顔を真っ赤にするアンネと、得意気に話すアンナ、目を輝かせながら話を聴くアイリス、黙々と料理を食べるヴェロニカによって、寮は賑やかになった。
理事長室にて
「反対です!校内の警備を警察にさせるなど!」
理事長へ、唾が飛ぶぐらいの至近距離で話すのは、大学内の自治を重んじる教授だった。
「仰りたいことは分かります。しかし、現に死者が出ている訳でありまして」
「だからといって、例外を作るのは論外です!前例は、やがて当たり前に変わります!」
この頑固者の言っている事も正しいので、民主主義らしく、意見の対立による無駄に長引く会議が開かれていた。
「しかし、何も手を打たないことには、学生も保護者も納得しないでしょ」
「大学内の治安維持は、大学自らが行うべきです」
「予算も少ないってのに、銃も持てない民間警備にやらせて何になるってんだ。考えが甘いんだよ」
その発言にイラついたのか、更に討論がヒートアップする。
「ハッ!そういうあんたはどうなんだ?国家権力で大学を制圧しようたって、そうは行かないからな!」
「あの教授を殺したのも、お前じゃないのか!」
「侮辱だ!取り消せ!」
殴り掛かろうとする両者を、他の教授達が止めに入る。
このままでは埒が明かないと思った理事長は、ある人間に電話をかけた。
「はいもしもし、こちらピーナッツ」
「私ですアレン」
「これはこれは、理事長様じゃありませんか。どのようなご用件で?」
「貴方を清掃員として大学に入って貰いたい」
「清掃員?それは何かの隠語とかじゃなくて?生憎ですが、公務員は副業を禁じられておりまして」
「ボランティアだから安心していいわよ」
電話を切る気配がしたので、切ったらあんたの嫌いなスターゲイジーパイを、毎週家に送ってやると脅した。
「上に何て言えばいい。景観保全に目覚めましたとでも言うのか」
「テロ捜査なら、ヨルドラン警察は自由に行動出来るでしょ。上司には私が要請するから、貴方は相棒でも連れて、大学内に潜む危険分子を探しなさい」
「とまぁ、こんな事があった訳だ」
空中艦艇に便乗するリズは、何か言いたいことがあったが、それを堪えて任務に取り掛かる。
「サングリア港に接岸。乗員は速やかに下船せよ」
音質の悪いスピーカーから、アナウンスが聞こえてくる。
レギオン合衆国所属の空中艦艇は、たった今ブリタニカに到着した。
「さ、こんな飯がまずい国とっとと出て行こうぜ」
艦から降りる途中、リズは忘れ物をしたと嘘をつき、艦の中へ戻ってゆく。
周囲に誰もいないことを確認すると、息を吸い込み思いっきり叫ぶ。
「自分でやれクソッタレがーーーーー!!!」