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夢もへったくれもない

「おいキャロライン!」


自分の名前を呼ぶ、聴き馴染んだ声に足を止める。


「あらルイス、どうしたの?」


「例の調査、理事長はお前に任せることにしたらしいぞ」


「本当?!やったぁ!」


歳に似合わない子供のような喜び具合に、ルイスが何かした訳でもないのに、誇らしげな顔になった。


「調査について行く学生1人を、来年までに選抜しろってさ」


キャロラインはくるくる回りながら、ウキウキして講義に向かった。


「……畜生また誘えなかった」


映画のチケットを握り締めたまま、ルイスは魔法学の講義へ向かった。




ドレッドノート大学 医学部講義にて


皆、少し緊張した顔つきで椅子に座っている。


「どんな人が来るのかな?」「お腹痛くなってきた」「緊張しなくていいよ」「親が医者でさ、何となく自分も〜」


周りは既に、話の輪が構成されていた。


ヴェロニカは改めて、人間とは群れる生物だと実感した。


自分は物理科学者で、医学は疎かったのだが、この5年で色んな事を学んだ。


精神を集中させ、気合いを入れていると、周囲からの視線が気になった。


「あの子が例の」「うわ〜俺より年下」


ひそひそと声が聞こえてくる。


ヴェロニカは新聞や雑誌に度々載り、天才、奇跡の子と持て囃されてきた。


当然、好奇の目で見られることは分かっていたが、これ程とは思わなかった。


「はーい、講義を始めまーす」


扉から入って来たのは、寮長のアンナと車椅子に乗った藍色の髪の女だった。


「ここまででいいよアンナ」


「うん、じゃあまた後でねアンネ」


親しげに話す二人は、軽いキスをすると、そのまま講義を始めた。


「私はアンネ・カズラ、これから皆さんに、医学を教えます」


「医学はとても素晴らしい物です。私のように45口径弾を7発食らっても、一命を取り止めることが出来る」


アンネが車椅子である理由を、その場にいた誰もが悟った。


「君達はまだ学生だ。学生と言うと、お気楽だとか遊んで暮らせるなんて言う輩がいるが、私はそうは思わない」


「確かに、知識や経験では社会人に劣るが、彼らの大部分はその知識に溺れ、頭は経験によって凝り固まる」


「私は君達に、自分が如何に無力であるか。自分が如何に、可能性に道溢れているかを自覚して欲しい」


「何も知らないからこそ、出来ることがある筈だ」


アンネ教授の話は、学生達の心を鷲掴みにした。


自身の体験談を交えつつ、学生へ積極的に質問させ、教える立場ながらも高圧的でなかった。


彼女の講義で寝る者は一人もいない。


もし眠っているとするなら、それは気絶しているか意識不明の重体に違いないので、医者を呼んだ方がいいと言わしめる程だった。


終了間近になった時、アンナ寮長が大講義室へ入って来た。


「今日はここまでにしよう」


そう言って、アンナとアンネは仲良く講義室から出て行った。


ヴェロニカは、凄い人に出会ったものだと思った。


「もっと昔に会えれば良かったのに」


そう呟くと、荷物をまとめ講義室から出ていこうとした。


「すみません」


その時、ヴェロニカを誰かが呼び止めた。


「何かご用が?」


屈託のない笑みを浮かべるヴェロニカは、少し緊張していた。


「大した用ではないのですが、一緒にお昼をと思いまして」


5人組のグループが声をかけてくる。


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが、先約がありまして」


先約があるのは本当だった。


だが、それ以上に、その女達は何かギラギラした目をしていた。


軍でたまに見かける、出世に目がない連中がする目と同じだった。


「そうですか、それは残念です」


こういう連中は何か企んでいる。


足早にその場を去ると、待ち合わせ場所まで向かった。



大学近くのレストランにて


「ニカ、こっちこっち!」


愛称で呼ばれたことに一瞬気付かず、その場で固まったが、再び呼ばれ、やっと自分の事だと自覚した。


声の主であるアイリスと、その隣にもう一人男が座っていた。


「こちらの方は?」


「紹介するね、私の友達のノボル・サトウ」


「こんにちは」


アイリスの友達は、アンナ寮長と同じ東洋系だ。


かつて経済危機が起き、株価が大暴落した時、植民地を持たない国は、自国民を海外へ移住させて、食い扶持を減らそうとしたらしい。


それに加えて、終末戦争で故郷を追われた人々が、海外へ移った結果、歪な人口ピラミッドと文化が構築された。


彼もそういった事情があるのだろうか、そう思うと胸が痛む。


「ノボルはね、行き倒れてた所を私が保護したの」


「いや〜あの時は世話になったよ」


「ここの代金を奢ってくれたら、貸しをチャラにしていいよ」


「えぇ!?あんまり高いの頼まないでくれよ」


まぁ何とも微笑ましい惚気を見せてくれた所で、ノボルが話に置いてけぼりな私に気を使って、色々質問をする。


「へぇ、そんな事が」


「うん、だから私、もっと頑張らないと」


「あんまり煮詰め過ぎると良くないぞ。俺もセンター試験の前日、徹夜で勉強して寝坊しちゃったからな」


「センター試験ってなに?」


「あっいや、気にしないでくれ」


「ノボルはいっつも、変なことばっかり言うんだから」


「いやぁ、面目ない」


妙な違和感を感じつつも、人当たりのいい人間だと感じた。


「アイリスそっちはどうだった?」


「魔法学のこと?もう大変だったよ!」


アイリスは、講義の事を思い出しながら語り出した。


「いいか、君達は生まれながらにして、魔法の才能がある!特別だと感じるだろう!」


「しかし、それは大きな間違いだ!」


「あの教授何かテンション高くない」


「新任らしいよ、緊張してるんじゃない?」


そんなひそひそ話を聞こえないくらい、講義に熱が入っていた。


「いや、あれはキャロライン教授をデートに誘おうとして失敗したんだ、廊下で見た」


ルイスは、魔法という物が如何に脆弱かを説く。


「近年まで魔法は禁忌とされていたが、各国が終末戦争でなりふり構ってられなくなると、魔法が注目された」


しかし、魔法は科学に比べ非効率的であった。


魔法使いが1000人に1人の割合で生み出され、100人の敵を殺すことが出来たとしても。


科学は1000人に単一の戦闘力を与え、銃を持てば1人が3人を殺すことが出来る。


単純計算で100と3000の違いだ。


魔法使いにかかる訓練期間は、最低1年、対して軍隊なら3か月の訓練で戦力化できた。


大量のリソースを注ぎ込み、100万人が一瞬で溶ける戦争において、生産性と効率は正義だったのだ。


「だが、頭のいい人間は考えた単純にな。科学より非効率的なら、科学より効率的な分野で役に立てばいいと」


魔法を科学技術ではどうしても届かない部分、例えば他者の思考を読み取ったり、特殊部隊へ随伴し、即席の砲台として、火力支援を提供したりと様々だ。


「我々魔法使いの大まかな目標は、魔法を魔術化することだ」


「魔法を扱えない人向けに、魔法を使えるようにし、生産性と効率を上げる。簡単に言うと、商品化だ」


学生達は、この説明にがっかりした。


魔法とは、もっと崇高で神秘的な物だと思っていたからだ。


「君達の言いたいことは分かる」


「だが考えてくれ、世界を灰にするくらいの物量で兵器を生産し続けた工場と、局地戦でしか貢献出来なかった魔法、国がどちらに力を注ぐかは目に見えてる」


「自分が選ばれた人間だという考えを捨てろ!君達は生産者だ。そうしなければ魔法は生き残れない!」




「と、まぁこんな感じで、何だか説教されてる気分だったよ」


「やっぱり、理想と現実は違うってことだよね」


ヴェロニカは魔法も万能じゃないんだな、なんて思いながら、パスタを口に運んだ。




深夜の大学寮にて


「お疲れアンネ」


大学から戻って来たアンネを、アンナが出迎える。


「今日は大変だったよ。学生を惹き付ける為に、いつもの講義より工夫したから」


「アンネは頑張り屋さんだねぇ、わたし好きだよ〜」


「知ってる、少し酔ってる?」


「う〜ん、べつにぃ」


アンネはアンナに水を持ってくる。


台所は車椅子に座っていても、蛇口を捻れる設計になっている。


足が動かないアンネの為に、アンナ自ら改築したバリアフリーな寮は、海外の建築家からも注目される程、進歩的だった。


「ねぇ、あれから何年たったけ?」


「………10年くらい?」


「隊長、いま何処にいるかな?」


「さぁ、日本で花屋でもやってるんじゃない?」


「花屋?あの人に限ってそれはないと思うよ」


「もしかしたら、向こうでも戦争してたりして」


アンナは写真に目をやると、かつての記憶に思いを馳せる。


棚に飾ってある集合写真に写るのは、軍服を着た大勢の隊員がいた。


その中には、アンネとアンナ、そして栗色の髪をした小柄な女性隊員もいた。

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