新生活
ドレッドノート統合大学にて
「本日より入学致しました。ヴェロニカ・レインです、よろしくお願いします」
ヴェロニカは優しく微笑んだ。
その顔は、聖女のように清らかで、天使のように可憐だった。
「……………」
皆さまこんにちは。
ヴェロニカもとい、ハーバーです。
なぜ私が大学にいるかと言いますと、それは今から5年前に遡らなければなりません。
「レインさんのお子さんは、医療技術発展の鍵となる存在です」
「学費は返済不要!卒業後はブリッジ病院への就職を約束します!」
母親を見てみると、その突拍子もない話にアワアワしていた。
当然だ、普通に入学すれば、一軒家をローン込みで買える金額になる。
それをタダ同然、しかも就職先のオマケ付きだ。
誰が断るというのだろうか。
どの親でも、即決裁判所が容疑者に死刑と言い渡すよりも早く決断する筈だ。
「……場所は、ドレッドノート大学ですか」
母親の顔は曇り、手はカタカタと震えていた。
この親が言いたいことは分かっていた。
ついこの間、娘が目を覚まし、やっと普通の暮らしが出来ると思った矢先にこれだ。
渋るのも無理はなかった。
「奥さん、よく考えてください。こんなチャンスもう二度と訪れないかもしれませんよ」
「愛する我が子と、離れ離れになる気持ちは分かります。ですが、お子さんの未来の為にも」
「私病気なんです。被爆です」
医者は言葉を失い、私は唖然とした。
「持って、10年……最短で3年と」
「私は、子供の成長していく姿すら見ることができずに、死んで行くんですか…………」
絶望、そう表現する以外、母親の顔に感情が残っていなかった。
「でも、安心しました。私が死んでも、娘は食べるに困らないんですね」
ひきつった笑いで、苦し紛れの笑顔を見せる。
いったい、これはなんなんだ。
悪い夢なのか?
これ程の罪悪感を、私に与える意味はなんなんだ?
私を罰するためか?
私を恨んでいるのか?
じゃあなんで私を蘇らせた?
なぜ、私にこの血を与えた?
いや、違う。
前提から間違っているんだ。
神は、私に何をさせたいんだ。
「お母さん!」
ヴェロニカは母親へ飛びついた。
「わたし、頑張るから、だから死なないで!」
「ヴェロニカ……」
「わたしが大人になるまで待ってください!」
ヴェロニカは医者に向かって頭を下げる。
「私が大人になるまで、お母さんの側にいます。だから、どうかそれまで待っててください」
涙を流し、必死に懇願する私とヴェロニカの姿に心を打たれたのか、私の要求を飲んだ。
医者達は、5年待つ間母親の側にいること。
その間、しっかり大学に向けての勉強をする事を条件に、わがままを許してくれた。
私がなぜ、転生したのか。
それは償いのためだ。
私の起こした惨劇を私の手で終わらせ、世界を元に戻すのだ。
と、これが大学にいる理由です。
タイムリミットは残り僅か、母がいつ倒れるかは、誰にもわからない。
だからこそ私は、己の人生の全てを捧げなければならないのだ。
ドレッドノート学生寮にて
「はい皆さん!遥々遠方からご苦労様です!」
黒髪の綺麗な東洋系の女性が、この寮の責任者であるアンナ・テイカである。
「まずは、それぞれの部屋に荷物置いてきてください。貴重品は金庫の中へ!」
「晩御飯になったらベルが鳴るので、それまで待っててくださいね〜」
スーツケースを持って、決められた番号の部屋へぞろぞろと歩き出す。
スーツケースは、この日のために母から買って貰った店で一番上等な物だ。
人間工学に基づいたデザインによって設計され、老舗名店の職人が、留め具から素材までこだわり抜いた逸品だ。
後で聞いた話だが、母の6か月分の給料の値段らしく、世界に2つとないオーダーメイド品だったらしい。
ありがとう母さん、これは一生使い続けるよ。
「さてと、私の部屋は、えー226号室……」
何だか分からないが、クーデターが起きそうな部屋だと思いつつ、ドアを開けた。
部屋の中には、私と同年代くらいの女の子が、頭にパンツを被っていた。
「」 「あ、ちょまっ」
言葉を失うとは、このことだろう。
そっとドアを閉めると、旅の途中で買った果物飴を口に放り込んだ。
かりかり噛み砕き、飲み込んでから、もう一度ドアを開ける。
今度は下着を被っていなかったが、その代わり靴下を被っていた。
「………………ちが、ちゃうねん」「飴食べる?」
取り敢えず、パンツを被っていたことはスルーして、ルームメイトとの親睦を深めようとする。
「私はヴェロニカ・レイン貴女は?」
「私はアイリス・リリアーヌ、あの別にそういう趣味ないからね」
やはりこういう時は拒絶するのではなく、理解してあげることが大事なのだろう。
「大丈夫!人は色んなことを隠して生きてるから」
「違うのぉ〜!ただ新生活に浮かれて、変なテンションになっただけなの!」
「私変態じゃないの〜!信じてよぉ〜!」
こうして、ちょっと変わったルームメイトとの生活が始まった。
5年前……国際警察取調室にて
「………………」「…………………あの」
犯人は怯え、すっかり萎縮していた。
「リズ捜査官、少し席を外してくれ」
リズは取調室から出ていくと、隣のマジックミラーがある部屋へ入る。
「すっかり嫌われたな」
「知ったことですか」
リズは眼帯の位置を調整しながら、気だるげにそう言った。
「北方系ガルマニア人、元チーズ職人だそうだ。試しに晩飯を作らせてみよう」
「毒を入れられたくなければ、どうぞ勝手に」
「今のはジョークさ、わかんないのか?愛想のない女は嫌われるぞ」
「チッ、私に寄り付く男は皆、胸を見て、その後戦争で何をしたか聞いていなくなりますよ」
「前に記憶喪失だとか言ってなかったか?」
「一部の記憶は残ってるんですよ」
彼女が戦争で何をしたのか。
それを聴くのは、何だか野暮ったい気がするので、聴かないでおいた。
「ガルマニアは引き渡し要求をしている。拷問でもして、仲間の潜伏場所を吐かせる気だろうな」
だが現状、身柄を拘束しているブリタニカは、ガルマニアと敵対している。
渡す訳がないし、彼らの裏で手を引いているであろうソルトビエは、関与を否定している。
正直、扱いに困っていた。
「さて、この厄介者をどう活用すればいいのやら」
「その心配はしなくていいと思うぞ」
「失礼、アレン捜査官はいらっしゃいますか?」
諜報機関は黒いスーツが好きらしい。
どこへ行くにも、必ずスーツとサングラスを着用している。
だから、一目見た瞬間、これからどうなるかが分かった。
「彼の身柄は我々が預かる」
「罪状は?」
「レギオン国民への殺人罪」
アレンは書類へ乱雑にサインすると、ボードごと投げ返した。
「あいつ女性恐怖症になってるから、女の尋問官だけは止めといてやれよ」
無愛想な彼らは、アレンのジョークにピクリとも笑わず、犯人をどこかへを連れていってしまった。
「今の連中は?」
「さぁ、機密情報局かNSIAの連中だと思う。年が変わる頃には獄中死してるさ」
こうして、今回の事件は解決し、アレンの予想通り生き残った犯人は刑務所内で病死した。
リズとアレンが再び相棒として行動するのは、5年後に起こる、ドレッドノート大学殺人事件を待たなければならない。
このまま幼少期を描写していると、話のテンポが悪くなってしまうので、一気に大学まで進めました。