喧嘩
第1近衛艦隊並びに翼人降下連隊にて
「総員気を付け!」
折り畳み式の羽を背中に背負い、散弾銃と短機関銃で武装した彼らは、度重なる実戦で鍛えられた猛者達だ。
男女合わせ、1000人の空中機動歩兵で構成されている。
外見は人間だが、彼らの服の下には何かを切り落とした傷跡があった。
「よく聞け羽無し共、王女が城から逃げた。もし結婚式までに連れ戻さなければ、お前らの内誰か一人が王女誘拐の罪で責任を取らされると思え」
翼人達は、赤子の頃に背中の羽を切り落とされる。
どこへでも飛んで行ける翼人の羽は、天界の外へ自由に往き来できてしまうので、天界の存在を隠匿する為の処置がとられるのだ。
「無傷で連れて帰るんだぞ。それとここ最近、戦艦とフリゲートクラスの怪しい艦影の目撃例が出ている。見つけたら報告しておけ」
空中艦艇から降下する彼らは、グライダーを開き風に乗って編隊を組みながら滑空する。
「そう遠くへは行っていない筈だ!分隊単位で別れて探せ!」
「了解!」
落ちることしか出来ない、無機物で出来た羽で雲海を飛び泳ぐ様を、その遥か下方から監視する者達がいた。
「コブラからエリカへ、敵のグライダー部隊が飛び立った。全方位に向けて散開中、何かを探しているようだ」
偵察要員からの連絡を受けたイザベラは、待ってましたとばかりに航空隊に指示を出す。
「エリカからコブラ1へ、鳥が母船から離れた」
「了解、監視を続けろ」
ヘリは浮遊島に隠れながら望遠カメラ構え、艦隊を撮影する。
夏場の入道雲のように巨大な雲の山、それに影を作り浮遊する光景は、なんと図々しく畏れ多いのだろうか。
「戦艦3隻を中心にクルーザーが7隻、駆逐艦18隻、PTボート並みの小型船舶がうじゃうじゃいる」
「限界高度4000のコブラで、高度7000を飛ぶなんて生きた心地がしないですね」
「酸素濃度が通常とは違う、生物が住める環境を整えてるんだろう。どっかに酸素を生成する機械でもあるのか?」
「気を付けて下さい、相手は時代遅れな空中艦艇とは言え、20mm機関砲じゃ鯨に小刀で挑むようなものです」
「分かってるよ、コブラ1からエリカへ、あらかた撮影し終わった撤収を……なんだありゃ!?」
鯨の2倍、空母の2倍、島の2倍、兎に角デカい。
デカすぎて、カメラに収まらないレベルで巨大だ。
洗練された船体の緩やかな曲線、第三世代戦闘機のように無骨なデザイン、槍先の尖った矢じりのごとき先鋭化された美しき危険性。
それが、水上の怪物である戦艦、敵船を探し殺す巡洋艦、敵を駆逐するデストロイヤーの群れを従えている。
「東亜国の新型原子力空母よりデカイな、600mはあるぞ」
武装の類いは見えない、恐らく補給艦としての役割が主任務なのだろう。
全くロマンの塊である。
城下町にて
「ふぅ……宿を取るのも一苦労だったな」
ヴェロニカはごわごわのベッドに横たわり、大きなあくびをする。
天界という場所では、旅行をする人間がいないらしい。
只でさえ狭いの癖に、空中を飛び回れる便利な空中船がある為、いつでも家に帰れてしまうのだ。
そもそも国の存在自体を隠匿している為、旅行者もいないので宿泊業の需要がない。
だが人間、家に帰れない時もある。
そういう時に利用するのが、この一夜屋だ。
例えば奥さんに不倫がバレた時、家の屋根に穴が開いて急遽修理が必要になった時、不倫をする時、不倫をする時、不倫をする時、不倫をする時。
………とまぁ、不倫の温床になっているのが現状だが、ここに住んでいない人間にとっては、実に好都合な場所だった。
場所が場所なので、店主は深く詮索しないし、怪しげな人間が沢山集まるので目立たない。
短所を上げるとするなら、隣部屋から聞こえて来る喘ぎ声が、うるさいという事ぐらいだろう。
「あぁ!痛い痛い!待って!そんなとこ捻らないで!」
「暴れないで、貴方は今、船の圧力バルブなのよ!バルブらしくしなさい!」
「どんなプレイしてんだ……」
隣の特殊性癖者を横目に、無線機を取り出し定時連絡を行う。
「ヘルキャットからエリカへ、異常なし、朝には情報収集に戻る」
「了解、現地軍の動きが活発化している注意しろ」
ヴェロニカは服と靴を脱ぎ、桶に貯めた水で身体を洗う。
体臭がきついと、不審に思われ通報されるため、清潔にしなければならない。
小さな手で、自分の見慣れた面積の小さい身体を丁寧に洗う。
普通の人間なら、結婚して子供がいても不思議ではない年齢になっているが、ヴェロニカの身体は幼いままだった。
多分、未成年だと偽っても見破られないだろう。
まだ自分の何処かに幼さが残っているような、そんな気がした。
「……おや?」
さっきまで声を上げていた隣の二人が、覚めた声で誰かと話していた。
「身分証は?」
「チッ、はいこれ」
どうやら無粋な客が入り込んだらしい。
「臨検だ、全員部屋から出てこい」
兵士達は1部屋も見逃さずに調べ、ヴェロニカの部屋まで迫っていた。
無線機を床下へ隠し、拳銃を下着の中へ仕舞った。
「おい早く開けろ!」
「服くらい着させてくれ」
「だそうです」「構わん開けろ」
兵士は部屋の鍵をぶち壊し、強引に突入する。
下着姿のヴェロニカに見向きもせず、部屋の中を捜索する。
「どうだ居たか?」
「ここには居ません、隠れるには好都合だと思ったんですが」
「おい貴様、何も隠してないだろうな」
「いきなり入るなり家捜しなんて、随分失礼な人ですね」
「身分証を見せろ」
指揮官は財布から身分証を強引に引き抜き、名前だけ確認して投げ返した。
「無駄足だな、行くぞ羽無し共」
床下の無線機が見つからないか不安になり、目線をチラッと向ける。
「まて、今何を見た」
「シャイセ」
「は?」
「クソって意味だよ」
ドアの前に立っていた兵士の腹を撃ち、機関銃を奪って乱射する。
「全く最悪な日々だ」
ガスグレネードのピンを抜いて、催涙ガスを撒き、撹乱させる。
「なんだこの煙、ゴホッ!ゲフッ!」
宿から飛び出したヴェロニカは、半裸で市街地を抜ける。
追ってから逃げる途中、民家の庭に干してある洗濯物を拝借し、マシな身なりにしていく。
だが、靴だけはどうしようもならなかった。
足裏に石畳の冷たい感触が伝わり、砂が爪や指の間に纏わり付く。
「無線機を置いて来てしまったな」
拳銃に撃った分の弾を込め、返り血を拭い取った。
「取り敢えず、手順通り退避するか……逃げてばかりだな私は」
空を翼人兵が滑空し、空からカラスのように捜索する。
その下で、屋根に隠れながら、カフェのパラソルに隠れながら進む。
冷たい風が足元からへそに、胸へと込み上げて血管が収縮する。
日が完全に沈めば、もっと寒くなるだろう。
こういう時は、焚き火でもして温まりたいものだが、枯れ木はおろか枯れ葉すらないこの天界では、暖を取るのも一苦労だ。
「見つかったか?」「いや、姫様も逃げた女も」
咄嗟に横道へ滑り込み、土地勘のない道を転がるように走る。
ヴェロニカは、日が沈むよりも先に階段を下り、そして転んだ。
いくら食べても細い貧弱な足は、疲れきって膝から崩れてしまった。
膝の捲れた皮を引き千切り、布切れで覆った。
「多分、君が言うセリフは決まっている」
「何故ここに?」
アイリスは杖と拳銃を携え、ヴェロニカの帰りを待っていた。
「人探しの魔法、便利だよ」
「………………」
「有無も回答も言わないでいい。ただ、戻って来て欲しいだけ」
地下を赤く照らし射し込む夕日が消え、真っ暗闇の中をアイリスが杖を振った。
杖が再び地下を照らした。
「ごめんなさい、それは無理」
「なんで?」
「………………」
「煮え切らないなぁ、ニカは前からそうだ」
燃え死にそうなほどの熱量が、放射線のように突き刺さる。
「何であんな連中と一緒に居るのか知らないけど、貴女を絶対に連れ戻す」
互いに歩み寄り、銃口を突き付けた。
二つの銃声が響き、弾丸が正面からぶつかって弾け飛んだ。
ヴェロニカは拳で殴り、アイリスは平手打ちで殴り合いを始める。
「このぉ、大馬鹿めが!」
打撃をものともせず、平手で脳を揺らし、足を積極的に払おうとする。
床に伏せさせ、馬乗りでタコ殴りするつもりなんだろう。
ヴェロニカは石でアイリスを殴打し、足で蹴飛ばすと、銃で足に狙いを定めようとする。
しかし、息が上がり照準が定まらず、銃弾は股の間をすり抜けた。
「親友を撃ちにこんな場所まで来たのか?11年も放ったらかしにした癖に!」
「それはごめんなさい!」
謝罪しながらも、次は比較的狙いやすい腰を狙って撃つ。
アイリスは銃弾を避け、杖で拳銃を弾き飛ばした。
「あっ……まいったな」
「非殺傷魔法なんかないぞ、怒りで今にもおかしくなりそうなんだ」
わぁ、こんなに怒った顔は初めて見た。
でも何故か懐かしい。
ああ、この感覚は昔私が怒った時だ。
レナフニスタンでアイリスが無茶をして、病院に運ばれた時、私は酷く怒った。
いつもいつだって、馬鹿なことをしているものだ。
「腹這いになって、手を後ろに回して」
結局のところは、私は半世紀前から何も変わっていなかった。
「どうしようもない嘘つきだって」
ナイフを首に当て、その上から刃だけを隠すように首を切った。
手のひらから抜け落ちたナイフは、鮮血で染まっていた。
「ニカ!」
ヴェロニカを抱き抱え、傷口を塞ごうとした瞬間殴られた。
「本当にごめん」
切ったのは首ではなく、指だったのだ。
落とした拳銃を素早く拾うと、尻を振って逃げ出した。
指先から滴る血で、銀メッキのフレームが赤く染まり、見るだけで口の中に鉄の味が広がりそうだ。
「本当に信じられない、どこまで堕ちたの」
騒ぎを聞き付けた兵士達が、階段を下りて来るが、アイリスが杖を振って真っ二つにした。
「爆ぜ死ね」
入り口へ向かって高威力魔法を発射し、スーパーボールのように跳ねて爆発した。
鮮やかな虹色の煙に混じって、赤い血液が吹き上がった。
「くそぉ、魔法使いめ」
「うるさい」
アイリスは兵士の腕をもぎ、壁に足を張り付け、吊り上げ殺した。
「アイリス隊長聞こえますか!こちらエーカ号、敵艦に捕捉されました!」
無線越しに聞こえる爆発音と警報を聴くに、もう長くは持たないようだ。
「何とか逃げろ、生き残りは合流地点で再集結、艦を失っても構わん!」
いつもの事だが、何かしようとすると上手く行かない。
「焦るな私、まだ島に上がった仲間が居る」
彼らと合流し、態勢を整え反撃しなければならない。
アイリスの組織は、中央石油の残党と逸見達の危険性を知った人々で構成されていた。
故郷や家族を奪われた憎しみさえ、彼らの暴力の前に敗北を期した。
だが今日ここで私が死んだとしても、我々の仲間が意思を引き継ぎ、彼らの前に立ちはだかるだろう。
「舐めるなよ、必ず地獄に送ってやる」