王虎と百人隊長
「貴方は酷い人だ」
ヴェロニカをおぶる逸見は、混雑する大通りを進む。
「無抵抗の人間を撃つ趣味はないと、ほざいてたからな。お前を盾にしながら移動すれば撃たないだろ」
名案を思い付いたかのように言っているが、要は負傷している人間を盾に逃走しているだけである。
「構えろ、病院がある」
「え?」
逸見はヴェロニカを病院のロビーへ投げ飛ばし、全力疾走を始めた。
「それが怪我人を扱う態度か!」
「俺だって療養中の怪我人だよ」
逸見の後を追っている襲撃者の背中が見る。
恐ろしく燃えていて、それでいて氷点下まで凍り付いていた。
「テレンス、地元警察が騒ぎに気付き始めてる。長引けば憲兵大隊が来る」
「了解した、お前は撤収しろロジャー」
街中で銃を持って歩いていても、誰も気に止めやしない。
寧ろ、剥き出しで持っていた方が安心できると、街の住人達は言う。
テレンスは物陰に身を隠し、周囲に気付かれぬよう射撃する。
サプレッサーで減音された音は、周囲の生活音に掻き消され、誰もテレンスが銃を撃ったことに気付かない。
双方歩きつつ、時に小走りで人混みを進み、隙を見て攻撃を仕掛ける。
「モーゼルカービンか、古風な物を使いやがる」
そう言いつつ、ホルスターに入っているガバメントに手を触れる。
「俺も同じか……」
弾は弾倉の12発と薬室の1発の計13発、それで勝負を付けなければならない。
「畜生、狙いが定まらん」
逸見は集団を肉の盾にし、右へ左へ射線を切ってテレンスの狙撃から逃れる。
通行人ごと撃てば、騒ぎに便乗して目標に逃げられる。
思考の最中、目標が角を曲がった。
「ん、逃げたか?」
人混みにをかき分けようとした最中、突如足元から銃声が響き、テレンスが反射的に発砲する。
逸見とテレンスが同時に撃ち合う。
「「ははっ!」」
双方放った銃弾が外れ、全弾撃ち尽くした。
うつ伏せのまま銃剣を抜き、テレンスへ真っ直ぐ投げつける。
ぐるぐるとブーメランのように回る銃剣は、速度が足りず、テレンスに避けられた。
テレンスが予備の銃を取り出す前に、手の甲目掛けキックをお見舞いし、銃を蹴飛ばす。
武器なしになった二人は格闘戦に入る。
「やるじゃないか、軍人崩れにしておくのが悔やまれるよ!」
「自分を殺しに来た奴に褒められるのは、これで二回目だ」
テレンスは拳を素早く振り、頭部への打撃を繰り出す。
逸見がなぶり殺しにされる前に、12ゲージの散弾が飛ぶ。
「!」
テレンスは落とした銃を拾い、再装填後、即座に反撃する。
ルーマは散弾銃を撃ち尽くすと、片手でMP5を撃つ。
「隊長、ご無事ですか?」
「いいタイミングだな、殴り合いは好きじゃないから助かった」
「どーも、基地からコブラ2機を回しました。治安維持の為に、市街地を旋回させておきます」
あと少し、ルーマが駆け付けるのが遅れていたら、死んでいたかもしれない。
奴の部下も相当な手練れだった。
魔法持ちの連中は、弓矢や剣といった原始的な武器を好む。
未だに剣とドラゴンが舞う、ファンタジー小説の住人なのだ。
勿論、銃を使わない理由もある。
銃火器では、魔法がガンパウダーと混ざって、暴発を起こす可能性があった。
不発弾を抱えながら戦う奴なんて、馬鹿か命知らずしかいない。
弾の装薬を魔法にするか、自分で魔力をコントロールすれば使えない事はないが、技術と慎重さが求められる。
それ故に、魔法使いで銃を使える者は、極めて優れた存在と言える。
そんな連中から狙われてるとなると、今後の作戦に支障が出るだろう。
「また追って来るだろうな」
「どうするんです?」
「連中の背後関係を洗え、首謀者を見付けたら、そいつの親族ごと殺せ」
何処のどいつかは知らないが、復讐心如きに計画を邪魔されてたまるものか。
何かが太陽を隠し、闇夜のように影が地表を塞ぐ。
「わぁ、天界雲だ!」
子供のようにはしゃぐルーマは、規格外に膨らむ雲を指差した。
戦略核が生み出すキノコ雲より巨大な水蒸気の塊は、サザエの殻のように渦巻き、天空の覇者のように浮遊している。
「いつ見てもおっきい……」
「実物を見るのは初めてだが、巨像恐怖症が見たら失神するな」
その日、アルシャナ大陸の1%が影に覆われた。
1%といっても、840000haが覆われたのだが。
「知ってます?あの雲の中には、天国があるって」
「そうなのか、それは残念だな」
「どうしてです?」
「私が天国に行ける筈ないからな、作戦遂行が不可能になる」
「さく…せん……?」
逸見の話しぶりは、天界へ不法入国するかのような言い方だった。
フロラカース国 ダイヤモンド鉱山にて
フロラカース陸軍第64戦車中隊 タイガーハントはこの日、鉱山まで進出した。
世界有数のダイヤモンド採掘量を誇るこの国にとって、ダイヤモンド鉱山は命に等しい。
国民の仕事のおおよそ3割は、ダイヤモンド関係の仕事をしている。
貴重な外貨獲得手段である為、是が非でも死守しなければならない。
だからこそ、百戦錬磨の虎の子戦車部隊を、防衛の任に就かせたのだ。
「マジェーレ中隊長、陣地構築完了致しました」
「ん?あぁ、ご苦労」
アルシャナの偵察機が上空へ飛来し、我々の情報を収集している。
制空権が敵に奪われた以上、常に上を警戒しなければならない。
少しでも注意を怠れば、500ポンド爆弾で木っ端微塵にされてしまうからだ。
マジェーレは、その辺を熟知しており、防衛目標付近に巧妙に隠匿された防御陣地を造り上げ、4両のセンチュリオン戦車に8両のT62で鉱山の防御を固めた。
「移動は夜間、昼間は偽装網を被って死んだフリ、嫌になるね」
敵の戦闘機が飛び回り、我が祖国の空を侵犯している。
だが、地面に這いつくばって、空を睨むことしか出来ない。
屈辱の極みだ。
「報告、アルシャナ軍の機甲連隊が接近中、3時間後にはこちらに到達します」
「そうか、そりゃいかんな」
マジェーレは椅子を戦車の隣に拵え、表紙を捲った。
「こんな時に読書ですか、今日は何を?」
「先ずは落ち着きたまえ、あと3時間もあるんだ。読みかけの300ページ、今のうちに読んでしまわんとな」
「最近、虎が出るという話はご存じですか?」
「とら?」
「はい、ティーガー戦車を見たという者が」
「M47パットンと見間違えたんじゃないか?戦場では良くある話だ」
「そんな節穴じゃありませんよ」
「どうだか、映画の観すぎで幻覚でも見たんだろう」
飛行中のパイロットを狙撃で撃ち抜いた、死んだ筈の兵士が生き返った等々、そんな戦場伝説を幾つも聞いてきた。
事実は小説より奇なりと言うが、事実は事実でしかない。
想像を越える創造とやらは、案外何処にでも転がっている。
私は創造を越える現実を求めている。
この本以上の物語を読む為に。
5時間後……
アルシャナ共和国軍
第1装甲騎兵連隊並びに第16機械化歩兵師団にて
「敵影確認できず、やはり敵は逃げたのか?」
「それはない、敵がここの重要性を理解していないなら、我々はとっくに勝っている」
ヴァイアーは、必ず何処かに敵が潜んでいると確信していた。
迂闊に進めば、側面から砲撃を浴びるか、地雷原に突っ込んで損害を出すことになるだろう。
「偵察隊は、1発の銃弾も浴びることなく通過できた。敵がいない証拠だ」
「敢えて斥候を見送り、後からやって来た本隊を叩くのは良くある手だ」
「連中にそんな芸当が出来るとは思えんな」
実際、フロラカース軍は初戦では善戦したものの、アルシャナ側が制空権を確保すると、次第に弱体化して行き、今では殺す数よりも投降する数の方が多い。
圧倒的戦力による圧倒的勝利は、慢心を生み、加えて人種差別感情も働いて、敵を侮るようになっていた。
自分より劣っているものを見ると、足蹴にしたくなるのが人間という業の深い存在だ。
「いいでしょう、あなた方はそのまま前進して囮になるといい。我々は回り込んで敵を叩く」
そう連隊長に言い放つと、ヴァイアーは自分の隊を率いて本隊から離れた。
「クソ!軍事顧問ごときが口出ししおって」
「全隊続け、鉱山を落とすぞ!」
平原のど真ん中を無警戒で進み、凱旋パレード気分で闊歩する。
その様子をマジェーレは、壕から砲塔だけを見せてじっと狙っていた。
「勝った気でいやがる、間抜けな連中だ」
「徹甲弾装填、目標、最後尾のパットン戦車」
「撃て」
最後尾の戦車へ次々と砲弾が命中し、夜間戦闘が幕を開けた。
「連隊長攻撃です!」
「なに!?」
側面と後方から、次々と砲弾が飛び、直撃を受けた味方の戦車が炎に包まれる。
「敵は何処から撃ってるんだ!?」
何とかその場を離脱しようと、列から外れた戦車が爆発する。
「じ、地雷?!ここは地雷原だ!」
地雷をU字型に敷設、まんまと敵が入り込んだら、背後に隠れていた戦車隊で退路を塞ぎ、包囲網の完成だ。
地雷の包みは、肉と鉄のソーセージを作り出し、キルゾーンに誘い込んだフロラカース軍は、数で勝るアルシャナ軍を一方的に撃破していった。
連隊は何処を見てもパニック状態に陥っていた。
「本部こちら第1大隊、被害甚大救援を要請する!」
「何をやってる!16師団はどうした?」
「後方待機中です」
「何故後ろにいる?」
「そう連隊長が要請したではありませんか!」
連隊長は自分の迂闊さを呪った、あの男が言った通り敵は潜んでいたのだ。
「すぐに向かわせろ!」
「16師団は対戦車火器が不足しています。兵員輸送車で戦車とやり合うおつもりですか?」
「なんて会話してるんだろうな、あの連隊長」
3両のティーガーⅢは、赤外線スコープ越しに見える熱源を頼りに、砲撃を行う。
105mm砲はT54戦車の装甲を容易に貫き、爆発の衝撃で砲塔が吹き飛んだ。
「こちらクルスク42、我これより夜戦を開始せり!」
虎はハンターの背後から襲い、まずは指を噛み千切った。
「12時の方向、敵戦車!」
「各車、対榴装填、一発も外すな!」
初速1,490m/sの砲弾が、恐ろしい速さで飛翔し、敵戦車の装甲を引き裂いた。
一瞬にして4両が撃破され、1個小隊が消滅した。
その光景を無線越しに聴いていたマジェーレは、陣地から飛び出し、味方の援護に向かう。
「なんてことだ、味方がこうも容易く」
「恐れるな、やられたのはT54だ」
輸出用に性能を落とされたモンキーモデルだった為、撃破されても不思議ではなかった。
マジェーレの乗る戦車は、独立時にブリタニカから供与されたセンチュリオン戦車である。
何度も改造と改良を行い、同世代の戦車相手では、相手にならない程だった。
急行する最中、夜闇の空に火柱が上がり、味方のT54が次々と撃破されて行く様子が確認できた。
「中隊長、残っているのは我々だけであります」
「それがどうした、ここを切り抜けなければタイガーハントの名が廃るぞ」
ハンターは稜線を越え、味方を殺し尽くした存在を捉えた。
「なんてこった……噂は本当だったのか」
目の前には、横隊隊形を組んで進むティーガーとパンター戦車、一個小隊の姿があった。
豹を引き連れた王虎は、センチュリオンを凝視する。
ハンターの長は、百人隊長のように振る舞い、己の刃を猛獣の群れへ向けた。
「諸君、獲物だ」
ヴァイアーはそう呟くと、徹甲榴弾を装填する。
「諸君、猛獣狩りだ」
マジェーレはそう呟くと、APDS弾を装填した。
「「撃て!」」
投稿が遅れて申し訳ないです




