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撮影禁止

作戦を説明しよう。


先ずは、強襲浸透部隊が装甲車で大使館正面の門を突き破り、陽動を開始する。


その背後から、特殊憲兵大隊が大使館を囲む塀を、東西から爆破し、突入する。


突入に使う装甲車はレギオン製のM133なのだが、装甲に不安がある為、増加装甲やRPGのHEAT弾対策にスラットアーマーを増設した。


その結果、鉄柵をぐるぐる巻きにした亀のような外見に仕上がった。



午前8:00 ムジャデニ空軍基地にて



「緊張してるな、大丈夫か?」


「大丈夫なら、こんなに震えてない」


ヴェロニカはMP5の安全装置を外し、弾薬をチェックする。


「作戦の成功は君達に懸かっている。共産主義者に死を!諸君らの胸に刻まれた部隊章を空に掲げるのだ!」


車内に殺気が充満して、毛が逆立つ感覚が肌を通して伝わってくる。


連中の言うように、平等な社会らしく平等に殺してやろう。


車は街角を曲がり、封鎖された道路を爆走する。


「さぁ気合い入れろ!」


しかし車は大使館を素通りし、突入どころか尻目に明後日の方向へ車列は進む。


「おい運転手、何をやってる!」


「作戦中止だ」


「なに!?ふざけんな!」


「マスコミに作戦がバレてんだ!テレビのカメラに映ってるって本部が」


「よし運転を俺に代われ、カメラごと引き殺してやる」


「ちょっ!みんな隊長止めて!」


テレビ局のカメラに、作戦準備を行う突入部隊の姿が映し出されていた。


戦列歩兵のように記者が基地の方角へ向き、カメラマンがシャッターをガシャガシャと切る。


作戦中止、その原因を作った相手が、目と鼻の先に居る。


だが手出し出来ない。


共産主義者はその日、5人の人質を殺した。


突入作戦が始まったと知った彼らは、報復として処刑したのだ。


マスコミ対策を疎かにした軍、報道によって人質を殺したテレビ局、人質を処刑したテロリスト、責任を追及しようにも、振り上げた拳を振り下ろす場所を見失った。


失敗したのだ。




ブリタニカ王国にて


「ねぇこんな話知ってる?故郷へ辿り着くために大勢を殺して、最愛の者さえ犠牲にしながら進み続けた子の話」


「へぇ……それで、その話の結末は?」


「これ結構長い話なのよ」


「もうすぐ死んじゃうかも知れないのに、長いお話を聞くつもりはない」


二人の女は銅像の土台に寄りかかり、今にも眠って仕舞いそうな身体で話す。


アンナ寮長の足からは血液が滲み、革のバッグで作った代用の包帯が赤黒く濡れていた。


「アイリスが痛みで気絶したアンナに止めを刺さなくて良かった」


向こうはアンネが死んだと思っている。


連中は勘違いしてくれた。


アンネは車椅子に乗っていて、歩けないことはアイリスも知っていた。


アイリスは床の隠し路から、アンナが脱出したと思い込んでいた。


だが実際に死体役として転がっていたのは、アンナであり、アンネはただドアの裏に隠れていただけだ。


歩ける者と歩けない者が一つの部屋に居たとして、隠し通路から脱出出来るのは、歩ける者しかいない。


歩けない(アンネ)が壁際でくたばってたなら、当然歩けるアンナ)を探しに行くだろう。


アンナは偽装がバレないように、身長差を誤魔化す為に足を散弾銃で撃ち落として調整した。


そのお陰で、アイリスは死体をアンネだと勘違いし、床下から逃げたのはアンナだと思い込んだ。


結果、ろくに調べもせずに、2人とも逃がしてしまった訳だ。


誰も床下から逃げちゃいないし、誰も死んじゃいないのだ。


「即席の偽装工作の割には、意外と何とかなったねー」


「思い込みは盲信より罪深いってね」


足のない女と歩けない女は、互いに寄り添い傷口からこぼれる血を押さえるが、腕に力が入らない。


本当にまずい、このままでは死に絶える。


アンナは虚ろな目で、忌々しいほど晴天な空を見上げ、突き刺さる日差しに晒される。


段々と、そしていつの間にか、自分が上へ堕ちていた。


もし叶うなら、穏やかな海を漂いたい

二人っきりで……


「おっ?アンナ小尉、随分早くこっちに来たな」


「キキョウ、鷲萸戦争以来だね」


川辺で魚釣りをする男は、かつての戦友だった。


「釣れる?」


「頭蓋しか釣れん」


キキョウは両足のないアンナを抱え、川からどんどん離れて行く。


「酷いもんだな、こんな足じゃ、アンネの介護も出来やしないぞ」


「違うよ、アンネと同じように歩けなくなった。お揃いの痛みで、苦楽を共に出来る」


「相変わらず、お前らは一途で異常だな」


キキョウは霧の中をしばらく進み、宮殿の前に立ち止まった。


「案内はここまでだ、用もなく他文化のあの世へは行けんからな。隊長によろしく」


「うん」




「こっちこっち!」


意識が引き戻され、ホルスターから拳銃を抜き、構える。


「いまヤバかった、三途の川に突っ込みかけた」


「三途?ヴァルハラじゃなくて?」


「私のあの世は川なの」


赤く震え染まる手で拳銃の弾倉を抜き、残弾をチェックして再び構える。


「あと2発」


「私は1発、弾薬も血も足りない」


小さな足音が迫る。


引き金に指を掛け、目の前に飛び込んできた子供へ銃口を向けた。


子供は目の前に現れた血だらけの女に驚愕し、声さえ上げられなかった。


「どうしたの?」


子供の親らしき女性が、銅像に寄り掛かるアンネとアンナを見つけ、静かに悲鳴を上げる。


「やぁご婦人、死に損ないを見た気分は?」




アルシャナ共和国 大使館にて



「また装甲車だ、何周回ってるんだ?」


大使館を占拠するCLNF戦闘員は、道路を高速で突っ走るアルシャナ軍装甲車に目を光らせていた。


向こう側が突入の準備をしていることは、大使館内のテレビで知った。


怒ったリーダーが人質のレギオン人を処刑した。


作戦が露呈したせいなのか、向こうは装甲車や飛行機を大使館の回りに走らせるようになった。


恐らく我々の感覚を麻痺させる為なのだろう。


大使館を素通りしていく車列のどれかに本命がいて、ふとした瞬間に突入してくるに違いない。


車やヘリが近付く度に、みんな武器を構え、いつ襲って来るか分からない相手との、塀を挟んだ攻防戦になった。


正直早く終わって欲しかった。


狙撃手が狙っていて窓には近付けず、食事は睡眠薬や毒が入っていることを警戒しなければならない。


もうすぐ籠城から1ヶ月が経とうとしているが、交渉は進んでいない。


人質を殺したのが災いして、政府側の態度が硬化してしまったらしい。


人質達は意外にも物静かで、自分の置かれている状況を理解し、むしろ我々より落ち着いて見えた。


昨日、モーシャが人質の1人と楽しげに話しているのを見た。


資本主義者と言えど、人なのだということを実感してしまった。


「いい加減にしろ!」


いつもの怒鳴り付ける声が聞こえ、また喧嘩が始まったのだとすぐに分かった。


「あんたが人質を殺しすぎたから、交渉が進まないんだ!」


「お前はCLNFじゃないだろ、なら黙ってろよ」


今回の作戦に参加しているのは、CLNFのメンバーだけではない。


頭数が足りなかった為、他の革命組織の残当も組み込んでいた。


同じ革命を目指す組織と言えども、やり方や思想には違いがあり、その溝は暴力を伴う争いに発展した。


「このバカ野郎!」


綺麗な右ストレートが決まり、鼻血を出して倒れ込んだ。


「貴様何をするか!」


それを見た仲間が拳銃を抜き、殴った相手へ突き出す。


「お前に撃てんのか、腰抜け」


「毎日好き勝手しやがって、もう許さんぞ」


双方睨み合う中、騒ぎを聞き付けたCLNFのリーダーがやって来る。


「何事だ!」


リーダーは問題を起こしていた男ではなく、仲裁に入った男を殴った。


「お前が悪い、こいつを罰しろ」


そしてその日から、そいつの姿は見なくなった。


これで罰せられたのは5人目だ。




アルシャナ共和国 大統領府にて



「こうして食事をするのはいつ振りだろうかな」


「2、30年前……終末戦争前だった覚えがある」


「確かその時は、豆料理を召し上がっていましたわよね」


アルアカド夫妻は、昔を思い出しながら悪役のように笑った。


「昔は豆ぐらいしか育たない土地だったが、今はトウモロコシやパイナップル、サトウキビに芋まで畑に植えられるようになった」


「素晴らしき進歩ですな」


逸見はそう言って、皿上の分厚いステーキを切って口に運ぶ。


「大使館の様子はどうかな?」


「独裁国の割には、マスコミが自由に動き過ぎてる」


「国内はともかく、海外の連中は受け入れなきゃならない。報道の自由とやらだ、戦時下だというのに厄介なものだよ」


大統領のアルアカドには、少し疲れが見えた。


戦争に加え、大使館の問題が合わさり、てんやわんやな状況らしい。


アルアカドは今年で70歳になる。


昔見た時よりも白髪が増え、食べる量も減ったようだ。


老いという、衰弱や思考の凝り固まる感覚すら感じず、いつの間にか老害という言葉が似合う人間になってしまう恐怖に怯えている。


だからこそ、今この戦争を始めたのだろう。


自分という存在が、国にとって目障りになる前に。


「大使館の件はよろしく頼む。我が国が不正規戦にも対応出来るという事を、国際社会にアピールする絶好のチャンスだ」


共産主義者によるテロを打ち破り、資本主義並びに全体主義陣営の支持を得れば、敵の敵は味方理論で彼らからは攻撃されない。


アルシャナは、既に大陸の4割を支配下にしている。


圧倒的な軍事力と経済力を見せつけ、周辺国に経済同盟を結ばせれば、大陸の覇者となるだろう。


「共通貨幣によって、部族社会を一つに纏め上げる。経済こそが、大陸を列強から守る存在となるのだ」


まだ構想の段階ではあるが、もう少しで実現しそうな夢を語り、悦に浸っていた。


「貴方、1人で話し過ぎですよ。逸見さん困ってらっしゃるじゃありますか」


「なにこいつはこういう話が大好きなんだ、もっと聞かせてやろうじゃないか」


「はは、まいったな……」


逸見はナイフとフォークを持ったまま、まだ一切れしか食べていない冷めたステーキを眺めた。


 

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