焚き火
死体で狼煙を上げろ、どんな煙よりも高く
そうすれば、誰かが気付いてくれる
ガゼル島西部にて
村から村が導火線のように燃え、人の形をした何かが散乱して、空へ手を伸ばしている。
人生で何度も見てきた、虐殺という素晴らしき形態は、数世紀前からの伝統とも言える。
どこでも見てきたが、このやり方には見覚えがあった。
住みかを攻撃し、炎から逃げようとするものを、待ち伏せして殲滅する。
「キャロライン、これって」
「えぇ、ヴグレダの時と同じ人間がやってます」
アレンが散乱した薬莢を拾い尻を見ると、何の弾なのか直ぐにわかった。
「7.92mmのモーゼル弾なんて、随分旧式だな」
ガルマニアで製造されていたが、最近は7.62mmにシフトしつつある。
ガルマニア製の弾を使い、躊躇のない攻撃を行う連中は、あの逸見萩という男の部隊の特徴だ。
「み゛覚゛え゛が゛あ゛る゛、こ゛の゛や゛り゛方゛知゛っ゛て゛る゛」
リズは記憶を失くしていた。
この右目がない理由、自分が何をして来たのか、それを知りたかった。
それを知るには、昔自分の上官だった逸見萩という男に話を聞くしかなかった。
「わ゛だ゛じ゛は゛残゛る゛、あ゛の゛人゛に゛、聞゛き゛た゛い゛こ゛と゛あ゛る゛か゛ら゛」
「ヴェロニカ、撤退するなら今のうちですよ」
「いえ、私は戦争の不条理を言い訳にして、やるべき事から逃げて来ました。例えどんな理由があろうと、私はこの虐殺を止める必要がある」
「たった4人で軍隊に立ち向かうつもりか?この砲撃跡を見ろ、これは戦艦クラスの砲撃だ。榴弾でバラバラになりたいのか!」
「だからといって、この虐殺を見逃せと言うんですか!」
「私はここに残るのは反対、ここは気持ち悪くて仕方ない」
残留2と撤退2、綺麗に意見が割れていた。
しかし、アレンは乗り掛かった船から降りる事が出来ない。
アレンはリズを見捨てて、逃げ出すことはしない。
それを勘づいているからヴェロニカは、我が儘を通すことが出来るのだ。
「一人でも留まりますよ、私はエゴで生きてきましたし」
「こういうのはあまり言わないんだが、卑怯だぞ」
「さっきの様子見てたら分かりますよ、貴方はリズを見捨てない絶対に」
「そっちの連れはどうする?キャロラインは帰りたがってるぞ」
「旅は道連れですよ」
10も年下の人間に、上手く乗せられてしまった。
30年ほど生きて来たが、こんな経験は初めてだった。
「空中艦艇についてはこちらに任せておけ、当て馬に丁度良いのを知ってる」
アレンは無線でどこかへ連絡する。
「ピーナッツからグルー、リークのあった部隊を捕捉した。対応求む」
そして再び、導火線に結び付いた死体を辿るのだった。
焼かれた村が、巨人に踏み潰されたように破壊され、その跡を這って虫が潰れた肉に食らいつく。
4人はその更に跡を追って、羽虫の飛び交う肉に辿る。
「まて、村の中で何かが動いてる」
M14の上に載せた16倍率のスコープで、動くものを見る。
丸刈りの頭を左右に揺らし、何かを探していた。
「なんだありゃ、気味が悪いな」
そいつの頭に、うっすらと丸が浮かび上がった。
いや、浮かび上がったのではない。
振り向いたのだ。
頭部が巨大な目玉になっている化け物だ。
「 」
「まずい」
目が合った、この草原の中から自分だけを見つけた。
引き金を引く。
弾が外れる。
二射目を撃つ、外れる。
撃つ度に弾道が反れ、弾が後ろへ抜ける。
アスリートのように綺麗なフォームで、頭を一切揺らさずに走ってくる。
徐々に距離が縮まり、高倍率スコープでは捉えずらい近場まで接近する。
胸のホルスターからモーゼルを抜き、腰だめでばら蒔く。
「クソ、ライフルの腕が鈍ったな」
「な゛に゛こ゛い゛つ゛、目゛玉゛人゛間゛?」
「本当になんなのこの島……もう帰りたい」
3人は目玉人間を囲み、化け物を見る目で凝視する。
「みんな、目玉ってなに?」
ただ一人、ヴェロニカは化け物を人間として見ていた。
我々が異常なのか?それとも彼女が異常なのか?
人によって見方は変わる。
だがこれは、コインの裏表のように見方が変わっている。
全く正反対であり、その素材と価値は、何ら変わりないのだ。
「ヴェロニカ……貴女はいったい」
キャロラインがそう言っている最中、風に乗って、焼けた匂いが鼻へ運ばれてくる。
風の方向には、松明を持った千を超える人の形をした化け物達が、行列を作ってこちらに迫る姿が見えた。
「何処からあんな数沸いて出て来た?」
「逃゛げ゛た゛方゛が゛い゛い゛、タ゛コ゛殴゛り゛に゛さ゛れ゛る」
あの彼方に見える疑心に駆られた者達が、我々をどう思っているかは分からない。
だが、数km離れた場所からも聞こえる金切り声が耳に届けば、自ずと次取る行動が見えてくる。
「逃げようか」
「なんだヴェロニカ、あれが人に見えるんしゃなかったのか」
「人の方が怖いですし」
人が集合して、蛇が創られようとしている。
火種を撒き散らしながら歩く蛇は、身体中を叫ばせている。
こちらへ向かって来る人の列が、蛇として成熟する前に、この島から逃げ出さねばならない。
ガゼル島東部にて
「ドラッヘ1からドラッヘ2、豚狩りの時間だ!」
逃げ惑う奴らを殺すのは、酷く心が痛む。
元は人なのだから。
あの四足歩行の化け物に人格を歪められ、統合失調症患者のように、理解不能なことばかり口走る化け物になる。
化け物を造ったのは、ラリルトエ教会という宗教団体だった。
敵勢力の後方、農村部や都市部に化け物を潜伏させ、精神病を疫病のようにばら蒔く。
徐々に被害妄想を募らせ、親戚や近所を攻撃し始める。
明らかに矛盾した話を、さも本当にあったかのように話す。
ずっとずっと狂ったように話し続け、私は被害者だと言い張り続ける。
まるで、化け物になったように。
ねずみ算式に増え、治療しようにもきりがない。
治るかもしれないが、そんなのは金の無駄でしかない。
生きるに値しない命、それが連中なのだ。
「我々の行いを間違ってると批判する者は、皆理想論を口にする!」
ヘリの機関銃から逃げる連中を撃ち殺しながら、逸見はスピーカーから声高らかに演説を行う。
「治療すれば治る?彼らだって生きてる?」
「誰が治療費を負担してくれる?家族から見捨てられてる癖に」
「精神異常者に生きる価値なんてあるのか?」
素晴らしき光景だろう。
化け物が死んで、今後訪れるであろう苦しみから解放されている。
虐殺?
何故そう思う?
逃げ惑う人間に似た化け物を殺してるから?
これは安楽死だ。
ほら、連中の顔を見ろよ。
死んでる時に、一瞬幸せそうな顔してるだろ。
誰にも見えないだろうが。
「撃ち殺せ!一匹も残すな」
歩兵の銃弾で追い込み、ヘリのナパーム弾で焼き殺す。
肉が炭化し、助けてと泣きわめいても止めはしない。
私は知っている。
止めればそこまで、辞めてしまったら、誰も問題にはしてくれない。
「7時の方向、固まってるのがいる」
60mmロケットを撃ち込むと、人が5mほど空中に上がった。
千切れた肉片は赤絵の具となり、緑色の大地を塗りあげる。
ルーマがカービン銃で射撃すると、何匹かの化け物が倒れた。
「腕が上がったな」
「この前1人撃ち殺しました」
「ならそれのお陰だ、よかったな」
逸見がどんな正当化をしようが、これが虐殺に他ならない事をルーマは知っている。
私の家族と故郷を奪ったのは、彼のような全体主義者なのだから。
彼らもまた、自らの正当化を行いながら、史上希に見る大量虐殺を行った。
その、奪われた苦しみによる耐え難い飢餓を、ルーマはまだ感じている。
だがルーマは、その痛みを知っている筈なのに、奪う側になっていた。
奪われてばかりだったルーマが、アネモネの心を奪い、そして自ら捨てた。
初めて流れた涙を止める術を、ルーマは知らなかった。
だから、自分の目を押し潰したのだ。
歴史が繰り返すように、ルーマもまた繰り返している。
「もうお腹が空くのは嫌だ」
艦砲射撃の爆風そして風圧によって、百を超える数の影が消え、残骸すら残らないほど粉々になった。
「ドラッヘ1、こちらガーベラ1-1天然痘を撒け」
「了解した、母艦に戻り補給を行う」
高度とエンジン回転数を上げ、徐々にヘリが上昇して行く最中、高速で飛来する物体が突っ込み爆発する。
「なんだ!?」
パイロットは制御不能となった機体を、最後まで立て直そうとあらゆる努力をするが、何もかもが無駄だった。
「ドラッヘ1が撃墜された!」
報告を受けた空中艦艇はレーダーを確認するが、怪しい影は一機一隻も存在しない。
「携帯ミサイル?」
そうイザベラが疑った直後、一隻の艦艇がレーダー上に姿を現す。
島の影に、巡洋艦が隠れていたのだ。
「所属不明の敵艦捕捉、巡洋艦クラスです!」
「対水上戦闘用意!高度10まで降下」
空中艦艇が水上艦と戦闘を行う時、海面ギリギリまで降下するのが、現代のセオリーとなっている。
砲やミサイルの発達、航空機の登場によって、空中に留まっていては、いい的になるからだ。
「1番から2番砲塔、砲撃開始!」
「撃てーーー!」
轟音と共に飛び出した砲弾が敵艦を夾叉し、水柱を立てる。
撃ったら撃ち返されるのが世の常、今度は敵艦からミサイルが発射される。
音の速さ迫るミサイルは、艦の排気熱に導かれて命中した。
空中艦艇の装甲は薄いが、流石に対空ミサイルで撃沈出来るほど柔ではない。
「対空ミサイルで助かったわね」
戦闘中に生まれた安堵の最中、砲雷長が一つの疑問を提示する。
「向こうは何故砲で攻撃してこない?」
向こうも、対空ミサイルでこちらを撃破出来るとは思っていない筈だ。
にも関わらず、攻撃してきた訳は……
「島の上を這って接近するぞ、取り舵一杯!」
滝を登る鯉のように、空中艦艇は急上昇すると、地面スレスレを飛びながら水平射撃を行う。
照準越しに見えるベルナップ級巡洋艦が掲げる旗は、レギオン合衆国の物だった。
「変ね、ここはレギオン海軍の哨戒ルートから外れている筈なのに」
誰がが手引きしていると一目で分かった。
イザベラの身体能力は、生まれ立ての小鹿にも劣るレベルだが、勘はずば抜けて優れていた。
その勘が島のある一点を差し、そこを凝視せよと促している。
高速で移動する艦から、双眼鏡で
「四人組、栗色の髪をした女、それに違和感の匂いを漂わせた男」
ガラス窓に張り付き、瞳孔を見開く。
「一斉射撃用意、撃てーーー!」
発砲炎でイザベラの顔が赤く照らされ、砲弾が敵艦目掛けて飛んでゆく。
砲弾が艦橋を吹き飛ばし、艦の上部構造物を破壊し尽くす。
「総員に通達、全ての作戦を中止せよ」
「資本主義者を殺してしまった」
レギオン軍を攻撃した以上、速やかに本地域を離脱しなければならない。
救援要請を受信した基地が、直ぐにジェット機を国境の向こうから繰り出してくる。
「時間がない、速やかに兵員を回収して頂戴」
「HQからガーベラ1-1へ問題を発見した、人数は4人対処を」
「了解、最低限の人数だけ連れていく」
逸見は1個分隊を引き連れ、問題の対処へ向かった。
ガゼル島にて
炎上する巡洋艦を発見したアレンは、苦い顔をしていた。
「新鋭巡洋艦がこのザマか」
「見物はいいですけど、さっさと逃げか隠れるなりしないと、行方不明者リストに名前が載ることになりますよ」
「あ゛そごは?」
リズの指差す方角には、立派な造りの橋が架かっていた。
「橋か、そこの田舎町を通って進もう」
「帰りの船は3日後に来る、それまで北へ進むしかない」
思い立ったが吉日、ヴェロニカ達は急いで町の方へ向かった。
丘を下り、砂利道を踏み荒らしながら進んでいると、上空にヘリが現れた。
何かを探してるのか、低空で地面を舐め回すように飛行している。
「家の中だ、早く隠れろ!」
ヘリの目から逃れる為に、転がり込むが如く民家へ待避すると、迷彩服を着た兵士と鉢合わせた。
「「…………」」 「「敵だ!」」
一瞬の間を経て、双方が至近距離から銃弾を浴びせた。
狭い室内で無数の弾丸が飛び交い、どちらかが倒れるまで撃ち続ける。
兵士は滅多撃ちにされて死に、反撃に合ったヴェロニカは、7.62mmの直撃で床に倒れ込んだ。
「ヴェロニカ!」
「あぁ畜生!最高だなくそったれ!」
口調の違うヴェロニカに少々の戸惑いを感じつつ、アレンは止血を行う。
「けほっ!ゴホッ!あーあー、アレン!敵が銃声を聞き付けて来ますよ」
リズの声がようやくいつもの調子に戻った。
「ニーマム!応答しろニーマム!」
倒れた兵士の無線から、リズが知った声が聞こえてくる。
「お久しぶりです、逸見隊長」
「その声はリズか」
「なぜ私の記憶が無くなっているか、貴方は知っている筈ですよね」
「……世の中には忘れた方が良いこともある」
「アンネとアンナは、あまり多くを話してくれませんでした」
無線の向こうの逸見は、何かを決心し、一言いい放った。
「お前の人格は一度死んでる」
それを聞いたリズは、いつかこの言葉を届けようとずっと待っていた。
「やっぱり……貴方が私を救ってくれたんですね」
リズの顔は、発情した雌猫のように目を細め、全身から喜びの感情を発していた。