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飢餓を食い尽くす飢餓

「カナリアが泣く〜♪私は〜苦しむ〜♪」


「一酸化炭素で〜♪皆死ぬ〜♪」


ゴミのような曲を歌うリタに、死んでいたルーマの目が、腐敗し始める。


「そのクソみたいな歌止めてくれませんか」


「もう一回寝てくれたら、止めてもいいよ」


下に居るリタへ銃口を突き付け、撃鉄を起こす。


「ルーマ、銃に関する4つのルール知ってる?」


「全ての銃は、常に弾薬が装填されていると考える」


「銃口は、破壊したくないものに向けてはならない」


「標的を狙う瞬間まで、トリガーからは指を離す」


「標的とその向こうに、何があるかを常に把握する」


「そう、上記のルールに違反しているんだよ」


ルーマは真顔で呟く。


「破壊したい物は、照準に入ってる」


「………………黒なんておませさんだね」


「はい?」


リタはルーマのスカートの中を、じっと凝視していた。


「このバカ!」


ノコギリを下へ突き出し、リタを足蹴りする。


「ちょ、ごめんなさい!上に居るアネモネにバレちゃうから、暴れないで」


何で女二人で鉄格子を切っているかって?


それは人を誘拐する為である。


「今頃、ベッドでぐっすりですよ。いぎひをかきながらね!」


ルーマ達が居るのは、アネモネが住む絶壁の城である。


具体的には、アネモネが居る部屋の窓際だ。


自殺と脱走防止で、学校全ての窓に鉄格子が備えられていた。


壁に張り付く為のロープと、鉄切断用のノコギリさえあれば、簡単に抉じ開けることが出来る。


「もっと楽な方法があっても、良かったんじゃないかな」


リタの呟きは最もだった。


宙吊りになりながら鉄格子を切って、アネモネを麻酔で眠らせ、滑車を使って人力クレーンでアネモネの身体を降ろし、脱出地点まで抱えて走る。


手順が多いし、面倒だという話は、ごもっともだ。


しかし、アネモネの身長は優に180cm越える。


とても、ボストンバッグやスーツケースに入るとは思えない。


楽器ケースにゴーン!と押し込んでしまえば、入るかもしれないが、吹奏楽部でもない人間が楽器ケースを持っていれば、怪しまれるにも決まってる。


夜間に動けば、見張りの教師に見つかってしまう。


となると、人目のない外へ連れ出すのが一番だった。


「お腹空いたな」


「一晩寝てくれたんですし、お礼するよ。食べたいものある?」


「ブラッドソーセージ」


「あの血の味しかしないやつ?」


「なんでか分からないけど、昔から好きなの。なんでかな?」


リタが腕時計を見ると、既に時刻は4時を回っていた。


「まずい、もう戻らないと」


朝から授業で終わるのは17時、日が沈むのは19時、この時から誘拐及び脱出作戦の準備を行う。


教師が巡回し始めるのは23時、そしてその巡回ルートに穴が開くのは、4時19分。


1分間の合間に大広間をすり抜け、リタの部屋まで戻らなければならない。


リタは時計を確認し、19分きっかりに歩き出す。


「今日の新聞見た?」


「クリケットの試合、それとも国務長官の不倫話?」


「両方違う、ドレッドノート大学の授業料値上げだってさ。それで一部の学生がハンガーストライキやってる」


「それマジ?笑える」


見回りの教師が交代する際、世間話を1分間だけするこの時間こそ、巡回ルートに穴が開くのだ。


ヤモリのようにそそくさ駆け抜け、部屋に戻った瞬間眠りにつく。


そして朝になれば、リタの友人のローリーに、コイツらいつも寝てんなと、誤解されながら起きる。


そうして、同じではないが、似たようなことを毎日繰り返していた。


掘ったり、切ったり、燃やしたり、爆発させたり、一緒に寝たりして、任務と言う名の学生生活を過ごした。


だがある時、計画がようやく大詰めを迎え、作戦実行が迫った丁度その時、時間という概念が見せる、時という物が惹き起こす運命が待ち受けていた。


それは雨が降った時の事だった。


「もうそろそろ時間、終わりにしよう」


鉄格子に、もう少しで1人分の隙間を作れる時だった。


「あと10日掛かるかな、今すぐにでも、丸鋸で切ってしまいたい、そんなもどかしさがあるよ」


「私もです、早く帰りたい。ここは、暑いし息苦しい」


壁に足を付き、ゆっくりと降りていく。


「あっ!」


ルーマは、雨で濡れた壁に足を滑らせてしまった。


反射的に出っ張りを掴んでしまい、全体重が瞬間的に腕へ掛かり折れた。


ゴシャっと骨が折れる音が、霧の中で微かに響く。


「ヴぎぃぃがぁぁぁ」


押し殺したら呻き声は、リタの耳に確かに聞こえた。


「ルーマ!」


涙目になりながら腕を震わせ、苦しむ姿の彼女は、とてもとても痛々しかった。


「しまった失敗した!一回死んだ方が都合が良かったレベルで痛い」


「なにその言い草は、命あっての人生でしょ」


リタはそう言うと、ルーマを連れて大広間へ向かった。



グアンタナモ女学校 医務室にて


「階段から転んだんですね、取り敢えず、痛み止め打っておきましょう」


女医はにっこり笑いながら、注射を血管へ打った。


注射から数分後、途端に眠くなってきた。


「すいません、この痛み止めって睡眠薬とか入ってるんですか?」


「猛獣用のと、ベラドンナだけです」


「え?」


ルーマは意識が維持出来ず、椅子から転げ落ちた。


「……やっと死んでくれた」






東亜帝国軍港 空中艦艇にて


「この艦の名前はなんていうの?」


「どうした急に」


イザベラは、資料整理をしながらふと気になったことを尋ねてみる。


「レッドオクトーバーだよ」


「それ向こうの世界の小説でしょ、本当の名前は?」


「特務艦 SS4798」


「つまらない名前ね」


「愛称はエリカだ」


「いい名前があるじゃない、空中戦艦エリカってね」


エリカの花言葉は、孤独、寂しさ、博愛。


この艦も、時代に見捨てられた孤独な存在だ。


「ルーマについて調べた事を話せ」


イザベラは笑みを浮かべ、戦闘報告書を見せた。


「知っての通り、ガルマニアは先の大戦で多くの人的資源を失ってる。そのため、占領地の15才から70才の男性及び女性全てを徴兵してる」


「真の男女平等ね、男も女もみんな頭撃たれて死ぬんだから」


「皮肉はいいんだ、それでルーマは徴兵されてどうなった?」


「えーと、当時の部隊日誌によると……」


ルーマは国民隊のメンバーとして、ヴグレダでゲリラの掃討作戦に就いた。


ゲリラの仕掛けた爆弾で、ルーマの所属する小隊は全滅した。


爆発したのは203mm砲弾で、爆発は3km先からでも見えたという。


肉片がそこら中に広がって、原形も残らなかった筈だった。


だが、ルーマは生きていた。


見付かった時、ルーマは瓦礫の下に全裸で埋もれていた。


「身体に傷一つ無く、食料無しに、どうやって生き伸びたか不思議だった。でも、私には分かる」


「なるほど食ったのか」


「えぇ、食べたのよ」


「あの子の頭が吹き飛んでも死なない理由、ブラッドソーセージが好きな理由が、やっと分かったわね」


腹をさするイザベラは、薄ら笑いをしていた。





女学校地下室にて



「なんら、なんらのこれ」


目が見えない


腕も足も動かない唇も舌も耳も


いや、動かない訳じゃない詰まってるんだ


ルーマは唇を噛もうと、歯を立てた。


噛んだ衝撃で歯がほどけて、新しく生え変わった。


再び歯を立てて、唇と舌を飲み込んだ。


「何かに腕が縛られてる」


肩の関節を噛み千切り、右腕を切断し、拘束を解いた。


骨にしゃぶりつく、狂犬のように涎を垂らして、自分の腕と縫い付けられた手首を飲み込む。


「これは糸?」


再生した右腕で目玉を引き抜き、口へ運ぶ。


医療用の縫合糸を吐き出すと、今度は左腕を引き抜く。


「誰なんだ、わたしの、はらわた変えたのは」


再生した腸と、別の腸が混ざって腹が膨れて妊婦のようになっていた。


「腸詰めってね、あはひひっ」


近くに置いてあるホルマリン液入りの瓶を割って、破片で横腹を切り裂く。


腹からコードのように延びる腸を、大腸から小腸まで食い荒らす。


むぐぎぃ!あ〜ごぐんじゅるぐしゃぼき!


「あっ…………」


返り血と、肉片でベトベトなったルーマは、酷い姿をしていた。


もし、リタが今の姿を見たら、食人鬼だと思われてしまう。


腸を捨てて、自分の服を探す。


別に、血液や肉を呑まなくても死にはしない。


でも、時々欲望を抑えられなくなる時がある。


自分を研究してた父親からは、お前は新世代の吸血鬼だと言われていた。


十字架や臭いの強い物も効果はない。


日光に当たっても平気。


銀の弾、心臓へ杭を打てば、死ぬなんて言われてるが、そんな事したら誰でも死ぬから試してない。


ルーマの親は、彼女を怪物として育ててはいない。


「ここは寂しいなぁ」


だが、最後まで娘の成長を見ることなく死んだ。


愛情を渇望する彼女は、新しい拠り所を見つけた。


「帰ろう、かえらないと」


高い再生能力と暗視能力備え、満たされない欲望を抱えたまま生きる新世代の怪物の本能を、地下室に潜むモンスターが呼び起こしたのだ。


服に隠した拳銃を取り出し、叫ぶ。


「みんなおいしかったよ!」


騒ぎに気付いて、戻ってきた医者の女が絶句していた。


「わたしの標本が動いてる………」


ルーマは拳銃を構え、瞳孔を開きながら真顔で撃つ。


弾は腹へ命中し、医者は信じられないものを見る目で、赤く染まった腹部を見ている。


「あなたは、わたしにいい死に方をさせてくれる?」


医者は立て掛けてあったクロスボウを取り、ルーマの頭へ突き刺した。


ルーマに矢が突き刺さった様子は、客観的に見ると、主婦が晩御飯のじゃがいもに、火がちゃんと通ったかどうか、確めるみたいだ。


後頭部から飛び出した矢じりを引き抜き、ルーマはその痛みで一度死んだ。


「クソぉ、こんなのを標本にしてしまったのか私は!」


ホルマリン漬けにした少女達の一部を、最高の人形に移植して、自分だけの標本を造る筈だった。


それが蓋を開けてみれば、こんな怪物だったとは。


「そうだ……銃、銃は何処だ」


上下二連式の散弾銃へ持ち出し、慌ててシェルを装填する。


再生したルーマが、起き上がろうとした直後、散弾をぶち込む。


二足歩行の赤子が、転がったみたいに死んでるぞ。


腕がもがれ、あばら骨を砕かれ、再び死んだ。


次に頭を撃ち、頭蓋骨に隠された脳みそを床へぶちまけた。


癇癪を起こしながら、粉々になるまで脳を踏みつけ、排水溝に肉片を流した。


医者が手を洗って血を洗い流してる時、亡者が肩へ手を置いた。


「極限の飢餓を感じたことはある?」

「噛み切れない人皮を、無心に噛んだことは?」

「肉が赤い果実に見える幻影が、わたしを苦しめるんだ」「私は血が欲しかった筈だ、でも、でも、肉の方が欲しくなっちゃうの」「あの飢餓が怖いの!恐くて仕方がないの!」「わたしの胃に消化できない物を入れてほしい」「私の喉を詰まらせてほしい」「ねえねぇねえねぇねえねぇ、ねえってば!」


拳銃を医者へ向け、へその緒に全弾撃った。


ルーマは医者の腹を裂いて、一心不乱にはらわたを食った。


口から喉に、胃へ到達するまで時間が掛かる。


ルーマは爪を立てて再び腹を裂き、胃に穴を開けた。


「はっ!は!っはっ!、こうすれば」


医者の体をむしって胃へ直接押し込む。


胃がソーセージのように詰まって、吐き気がするが、吐くことさえも飢餓が拒んでくれる。


どんどん腹が満たされて行く。


「あぁ、満腹だぁ」


医者を食い散らしたルーマは、安心して眠りにつく。


そして胃が破裂して、ルーマは再び死んだ。

本当はもっとほのぼのとした話が書きたいのに、どうしても別の方向に行ってしまう

本当はこの回は、ルーマとリタが二人仲良く食事する筈だったのになんで


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