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防人

饅州北部 首都から15kmの地点にて


九九式小銃を構え、戦車隊と共に敵を待ち構えるのは、第7師団の歩兵大隊である。


「変だな、スコープの照準が合わない」


「それ戦時急造品だろ、粗悪品が多いって有名だ。どれ、ちょっと貸してみろ」


仲間のライフルを見ると、スコープのシリアルナンバーと銃のシリアルナンバーが一致していなかった。


恐らく生産ラインの過程で、不具合が発生したのだろう。


「このスコープは工場でしか調整(ゼロイン)出来ないから、その分計算して撃ったらいい」


敵の準備砲撃がやってくる。


きっとあの爆炎の地獄から、沢山の兵士が押し寄せて来るに違いない。


64式小銃を前方の地獄へ向け、雄叫びと共に襲いくるであろう共産主義者の群れに備える。


「畜生武助共め、お前らのせいで、娘の結婚式にも出席出来なかったんだぞ」


「総員射撃開始」


小銃に機関銃、擲弾筒の圧倒的歩兵火力で、敵より優位に立つ。


八九式重擲弾筒は、機関銃不足の東亜軍にとって、火力を補う為の兵器だった。


今は突撃銃(64式小銃)や新型軽機関銃の配備、擲弾筒自体の寿命に伴って、徐々に退役しつつあるが、まだまだ現役だった。


「なんて数だ、隊長もう退却しましょう」


「あと5分だ、そしたら尻尾巻いて逃げるぞ」


持てる全ての火力を用いて、押し寄せる赤い波を食い止める。


敵戦車からの砲撃で、隣の戦車が吹き飛び、破片と砂が天板にジャラジャラと落ちてきた。


さっきまで快晴だった空は、化薬と鉄の死臭に満ち、血と油が大地を塗り替えた。


通常砲弾に混じって、ガス砲弾も落ちてきた。


ニンニクのような臭いがしたことから、直ぐに何が撒かれたか分かった。


「奴ら、びらん剤を撒きやがった」


そのうち、原子爆弾まで使って来るんじゃないかと気が気じゃなかった。


「羽田隊長、後退ですか?」


「うん、俺達が死んでも敵以外得しないからな」


羽田隊長が後退の指示を出そうとしたその時、無線が入る。





その15km後方にて


撃墜された航空機を眺めながら、昼食を食べるのは、中々非常識であるだろう。


「あっまた落ちた、Migを隼で落とすなんて、大したものね」


呑気にも、ジェットとレシプロの対決を見物しているのは、頭のネジが外れているから、という訳ではない。


街から逃げようにも、逃げる為の手段が破壊されているので、半分自棄になってるのだ。


「終末戦争の時、誰かがこう言ったらしいわ。これは、全ての戦争を終わらせる為の戦争だって」


店主と学者と超絶美女の3人は、店内で酒をあおり、ほろ酔い気分で空戦を眺めている。


「おージェットというのは早いですなぁ」


「店主はどうして逃げなかったの?」


「ははっ、年寄りは歩けないし、海も空も渡れませんよ。だからソルト兵に酒でも渡して、命乞いしようと思います」


「随分楽観的な考えなのね」


店主は楽観的?ご冗談をと言って、体にくくりつけた手榴弾を見せた。


「南方戦線で死に損ないましてね、いつか死んでやろうと思ってたんですよ」


ギラギラした目で死を渇望する老人を見て、ついこの間の事を思い出す。


あの逸見とか言う男も、似たような事を言っていた。


「私にも一杯くれないかしら」


松葉杖を突き歩くその女は、羽の折れた蝶のような美しさと惨めを滲み出していた。


「お前は………」


イザベラは椅子へ腰かけ、少しやつれた表情を浮かべている。


「貴女のお陰で死んじゃったわ、全くどうしてくれるの」


その言い草に、ヴェロニカはムッとした。


「それはおあいこでしょ、あんたらだってノボルを殺した」


「抵抗してくれたもの、こうなるのは分かってた……よね?」


悲しげな様子を見るに、あの男が死んだことが相当堪えてるようだ。


「そんなに、大事だったんですか」


「えぇ、とっても沢山犠牲にしたのになぁ」


人はなぜ、震え声のため息を溢して、亡者の嘆きを隠すのだろう。


この女のことが、よく分からなくなってきた。


「そろそろ時間だぞイザベラ」


「あれぇ生きてる!」


逸見は普通に生きていた。


どうやら二人の間で思い違いがあったようだ。


逸見は、見たことのない銃と装備で武装し、全身黒ずくめの格好で現れた。


「誰かと思えば、我々の邪魔してくれた女か、お互い面倒な考え方をするもんだな」


最悪の二人が集っている。


これからこの地で何が起きるか、それを想像するのは、非常に考えたくない。


「邪魔してくれるなよ、この帝国の長が真の帝国を望んでいるんだ」


不気味な足音を鳴らして、逸見とイザベラは去っていった。


「あの軍人は貴女の知り合い?」


話に置いてけぼりだったキャロラインは、やっと口を開く事ができた。


「彼らは……私達の友人を殺したんです」


「その割には落ち着いてる。何だか仕事とプライベートを割りきってる人みたい」


あながちその表現は間違っていなかった。




北方海域にて



もし中世の人間がこの光景を見れば、洋上に城ができたと言うだろう。


実際には艦なのだが、城というのも間違えではない。


「発艦始めー!」


A2M7艦上戦闘機 景雲が、胴体内に搭載したジェットが金切り声を上げ、飛行甲板の上で加速する。


惑茨航空製の景雲は、20mm機関砲2門とレーダーシステムを標準装備した次世代の戦闘機だ。


「偵察機より入電、我敵艦隊を発見、戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦7を捕捉」


戦略機動艦隊 旗艦 品濃へ連絡が入る。


「この艦には74機の景雲が積んである、14機は空母のCAP(戦闘空中哨戒)に回す。残りの60機は攻撃用だ、別目標を狙う余裕はない」


空母を主軸とする機動艦隊は、決断を迫られていた。


当初の予定通り、饅州防衛を行う第七師団を援護するか、偵察機が発見した敵艦隊を撃破するか。


本土から即応戦力として送り込まれた第七師団の先遣隊は、厳しい状況に置かれている。


しかし、敵艦隊を野放しにすれば、輸送船を危険に晒す事となる。


杉田中将は決断を迫られた。


「航空隊は予定通り攻撃を、敵艦隊の相手は水雷屋に任せる」


水雷屋とは、水雷戦隊の事である。


敵へ肉薄し、魚雷による攻撃を繰り出す、巡洋艦と駆逐艦で構成された艦隊だ。


最も、現在の対艦攻撃の主力はミサイルであり、海軍関係者は、伝統的な意味合いで水雷戦隊と呼んでいる。


「敵艦隊は既に港から出ています、こちらの攻撃が察知されたのでは?」


杉田は、部下の疑念にすぐさま答える。


「なら何故、航空機の一機も飛ばしてこない」


既に捕捉されているなら、敵は全力で空母を撃沈しようと、大量の航空機を送り込む筈だ。


敵艦隊はこちらへやってこない。


第1次攻撃隊が、間も無くソルトビエ北方艦隊が停泊する港へ攻撃を仕掛ける。


「艦砲の時代は、もう終わりか」




ソルトビエ北方艦隊停泊地にて


「目標、前方の巡洋艦ミラフスキー」


パイロンからミサイルが切り離され、猛烈な勢いで飛んでゆき、船体を引きちぎる。


次々にミサイルや爆弾が停泊する艦へ投下され、爆発と共に海底へ没する。


「目標撃破!目標撃破!」


対空砲がわんさかと撃ってくるが、ジェット戦闘機を相手にした戦闘を行って来なかったソルトビエ軍は、東亜軍戦闘機を撃墜出来ずにいた。


「対空要員を叩き起こせ!政治将校に対空機銃を操作させるつもりか!」


早朝の早い時間で、皆まだ眠っていた頃に襲撃されたので、港の兵士達は完全に不意を突かれた。


「これだけの航空機、いったい何処から!?」


列車に積載された物資を三号爆弾(クラスター爆弾)で一掃し、翼下兵装が尽きた後は、20mm機関砲による機銃掃射を実行した。


「敵機発見、12時の方向!」


Migの編隊が、迎撃に上がってきたようだ。


船を攻撃する為に降下した景雲を、Migが撃ち落とした。


「一機食われた!護衛隊はMigを落とせ」


護衛機がMigに背後から接近し、空対空ミサイルで撃ち落とす。


双方巴戦に突入した、相手の尻を機銃で突っつき合う古来から続く戦闘方式だ。


「敵のパイロットは手練れだ、油断するな!」


宙返りで敵機の背後へ回り込み、エンジン目掛けて機関砲弾を撃ち込む。


敵機は黒煙を吐きながら失速し、小さな爆発を起こして空へ消えてゆく。


「一機撃墜、いいぞ順調だ」


「岩元さん、7時から来るよ」


戦友から入った無線に感謝の言葉を述べ、急旋回して敵機を捉える。


Migのパイロットも負けじと、急Gを掛けてこちらへ機首を向けた。


機体には、レーダー制御の照準装置が取り付けられていたが、そんなもの無くても当てようと思えば当てられるので、敵機の鼻っ面目掛けて引き金を引く。


機銃弾が敵機へ命中し、すれ違い様に相手のコックピット内が、真っ赤になっているのが見えた。


周りを見渡して見ると、味方が敵の手練れに追われていた。


機体を捻りながら急降下し、機銃を撃って、こちらへ注意を引かせる。


照準を合わせようとすれば、不意に外れ、こちらの背後を取ろうと急旋回してくる。


虎の子のミサイルを発射すると、敵機は太陽の中へ逃げ込んで、ミサイルのシーカーを狂わせた。


「やるなぁ」


対Gスーツを着込んだ景雲パイロットは、MigのパイロットよりGを掛けられた。


その為、機動力に関してはこちらが有利だった。


岩元が得意な戦術は一撃離脱だが、格闘戦にも自信があった。


両者強敵を前に、戦闘機乗りとしての血が騒ぎつつも、冷静に状況を判断し、最善の策を選択する。


「Migが撤退してる、引き際をわきまえてるな」


海軍航空隊は、終末戦争で6度に渡る大海戦と、百を超える実戦を経験していた。


終末戦争を生き抜いた古強者にとって、これが最後の戦いになるだろう。


沈みゆくソルトビエ艦艇を眺めながら、鋭い目付きで炎を見る。


「海面へ没した戦友が護ったこの国、取らせやしないぞ」




この日から、東亜軍の逆襲が始まった。


それと同時に、ソルトビエの大陸鉄道から兵力の増員を確認した。


兵力が兵力を呼ぶ、泥沼の酷い戦争が始まった。

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