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東の傀儡

饅州帝国 ソルトビエ連邦 国境にて



拝啓 父上と母上、それから弟と姉さん。


僕は今、走っています。


実家から遠く離れた、砂塵吹き荒れる荒れた大地で。


「おい吉村、はよ持ってこんか!」


トーチカへ入るなり、中隊長が吉村を怒鳴り付けた。


「すいません、弾薬300発と手榴弾10個、持って来ました」


「前方敵戦車、距離1000!」


もうもうと煙を上げて、鉄の馬達が蹄鉄で地面を踏み固め、前進してくる。


「こちら中隊長から全部隊へ、戦車が七分に地面が三分、戦車が七分に地面が三分だ!」


ここは東亜帝国の傀儡国家 饅州である。


ソルトビエと国境を面しているために、国境紛争や領空侵犯が絶えなく、こうした防御陣地を構築し、常に攻撃に備えていた。


「こりゃ本格侵攻だ、BT戦車にT34まで居やがる」


九〇式野砲へ新型徹甲弾を装填し、敵戦車へ照準を合わせる。


「参ったなぁ、まだあの店のツケ払ってないんよ」


「どうせ払う気なんてないだろ、ここで死んで、あの世にトンズラすればいいんだ」


トーチカ内は笑いに包まれ、今から殺し合いをしようとは思えない雰囲気だった。


「緊張するか吉村?」


「はい!緊張しております」


「よし、もし逃げたくなったら家族の事を考えろ。親兄弟の顔を思い出したら、自然と逃げたくなくなるからな」


中隊長はそう笑うと、射撃用意と全体へ合図する。


ソルトビエ侵攻の兆候は、年末頃からあった。


大規模な兵力が移動を繰り返し、その度に攻撃があると思って、東亜軍側も大規模な兵力を動員していた。


しかし思ったような攻撃はなく、これが5回も続けば、「また挑発か」と思うようになり、6回目には敵の動きに対応しなくなった。


「敵戦車、500まで接近」


「よぉし、攻撃開始!」


放たれた砲弾は、曲線を描きながら敵戦車へ着弾した。


「命中!次、BT7戦車距離470」


次の砲弾は外れ、敵の反撃がやってくる。


「照準修正、もう少し右を狙え」


砲弾が戦車の正面装甲を貫き炎上、遠くの方で火だるまになった乗員が、ねずみ花火の様に転がっているのが見えた。


前方で陣を構える機関銃部隊が、敵のタンクデサントへ盛んに銃弾を撃ち込む。


「いいぞ、T34-85相手にも戦えてる。こっちが貧弱な対戦車火器しか持ってないと思うなら、大間違いだ」


また一台、また1台と敵戦車を撃破する最中、照準器内を人影が覆った。


「敵兵!銃だ銃!」


砲手が壁に立て掛けてあった九六式機関銃を手に取り、隙間から乱れ撃つ。


敵の投げた手榴弾が目の前で爆発し、破片で目が見えなくなるが、それでも撃ちまくる。


「死ねぇ!!!武助野郎!」


引き金を引く音が響き、そして叫ぶ。


「畜生!やりやがったな!弾だ!たまはどこだ!?」


「春田そいつを退かせ!誰か砲手の代わりをやれ」


中隊長は電話を取り、前方の機銃トーチカへ連絡をする。


「前方トーチカ何をやっとる!敵兵がこっちまで来とるぞ」


「……………」


「もしもし?もし……くそったれ!」


中隊長が受話器を投げ飛ばし、汗を拭うと腰の拳銃を抜く。


「俺達より前から来た連中は、皆敵だ」


「電話線が砲撃で切れて、繋がらないだけでは?」


中隊長は、鋭い眼光で迫りくる敵歩兵を睨み付けながら言った。


「だったらコイツらは何だってんだ」


機関銃に小銃、それに手榴弾を使ってあらゆる場所を攻撃する。


「Ураааааааа!」


ソルトビエ兵の雄叫びが響き、PPSh-41短機関銃が鬼のような連射で襲い掛かる。


「マンドリンか!弾を無駄にすんな武助野郎!」


敵弾が砲や壁に命中し、火花を散らす。


砲撃で味方の砲台が撃破され、煙で視界が塞がれる。


「ピン抜きヨシ!投げ!」


春田が手榴弾をトーチカの外へ転がして、敵を吹き飛ばした。


砲が陣取っていたのは、丘の上だったので、手榴弾が良く転がってくれた。


「前方に戦車が!」


煙で発見が遅れ、目と鼻の先に敵戦車が迫っていた。


至近距離から射撃を行うが、砲弾が弾かれた。


「T54……新型か、共産主義者め」


砲塔がこちらを向き、蛇に睨まれたかのような感覚に陥る。


「全員伏せろー!」


春田が吉村の頭を下げさせた直後、砲弾が炸裂する。


手前に着弾した砲弾は、破片と炎を撒き散らしながらトーチカ内をシェイクした。


気が付くと、自分の周りには仲間の死体が重なって倒れていた。


潰れた目玉がコンクリートにへばり付き、春田の千切れた腕が、自分の頭を掴んで放さなかった。


「春田さん!春田さん!」


必死に呼び掛けてみるが、顔面がぐちゃぐちゃになっているのを見るに、もう手遅れだと分かっていた。


だが自分は、産まれてこの方諦めが悪かった。


諦めが悪いから、兵隊に入る時も身長で弾かれそうになったが、意地で入った。


お陰様で、この戦場にいるのだが。


「おい生きてんのか吉村」


「中隊長!」


「お前、砲は操作出来るか?」


「3日前訓練でやりました、出来ます」


「よぉーし、じゃあアレを狙え」


中隊長が指差したのは、ソルトビエの最新鋭戦車T54だ。


「この砲では、どこも抜けません」


吉村がそう言うと、中隊長は笑って答えた。


「戦車と臆病な新兵には、共通の弱点がある。何か分かるか?」


「わかりません、自分は中隊長と違って学校には行ってない物でありますから」


「ばか野郎、こんなのは学校に行って無くても分かる。尻を蹴り上げるんだよ、こんな風にな」


中隊長が吉村の尻を蹴り上げ、砲へ付かせた。


「武助めクタバレぇ!!!」


味方の生き残りが、T54へ向かって突撃する。


慌てたソルトビエ兵が、砲と車体を向けながら、同軸機銃を乱射し始める。


割れた照準器越しに、戦車の尻が見えた。


「さぁ新兵、尻を蹴り上げろ」


砲弾が戦車の後部を撃ち抜き、エンジンが炎上する。


再装填から照準、5人でやる作業をたった2人で行い、そして撃った。


砲塔後部に命中した砲弾によって、弾薬庫が爆発し、T54はスクラップと化す。


「やった!やりましたよ中隊長!」


「うるさいぞ吉村、見りゃ分かる」


敵はあまりの損害に恐れを抱き、撤退したようだ。


別のトーチカを見て回ったが、残っているのは居なかった。


戦車と死体、それから煙が、荒れ地で息を吐きながら死んでいた。


敵も味方も皆、炎を出し、煙を出し、死臭を出して死んでいた。


「中隊長、生きているのは我々だけです」


「負傷者はいないのか、そりゃいい、肩車すれば軍服に血が付く、生臭いのは御免だ」


「吉村、お前本部まで伝令を頼まれてくれるか。命令書も書くからさ」


「中隊長殿はどうされるんですか?」


「俺かい?俺は少し休んでから行くよ、やることがあるからな。ほらさっさと行け、今走れば夜には着く」


「怖いであります、そんな大役を任されるのは」


「なんだと、情けないぞ。俺達は皇軍なんだから、怖くても行くんだよ」


中隊長は吉村に煙草を差し出す。


「金鵄だぞ、有り難く吸え」


吉村は目を輝かせ、ありがとうございますと、大きな声で礼を言い、伝令へ向かった。


吉村が行ったことを確認すると、中隊長は傷の痛みに堪えながら、手榴弾を抱えピンを抜いた。


何故この戦争が起きたか、その理由を知るには、24時間前まで遡らなければならない。





饅州帝国 首都 新都にて



饅州に到着したヴェロニカは、その街並みに驚いていた。


景観美化政策によって、電柱や架空線は地中へ埋められ、空を網のように塞ぐケーブルは一本も無く。


近代化されながらも、何処か昔らしさを感じるデザインの建物は、懐かしさを感じる。


「東は核で酷いと聞いてたけど、ホラ話だったみたいね」


「いや、こっちはB29の爆撃範囲から外れてたから、ナパームも原爆も降って来なかったみたい」


東亜帝国はレギオン合衆国との戦争で、本土を焼かれてしまい、生活水準が著しく低下していた。


一方、東亜帝国の傀儡国家である饅州は、爆撃機の航続距離が届かず、本土ほどの被害を受けていなかった。


「東亜帝国行きのチケット持ってます?」


「えーと、確か太ももの内側に」


キャロライン教授は財布からチケットを取り出し、ヴェロニカへ見せた。


「えぇ……なぜそんな場所に?」


「スリをやる奴は、ズボンの中まで手を入れないでしょ」


なるほどぉー。


なるほど?。


「まぁこれで、東亜帝国まで行けば」


饅州航空にて


「申し訳ございません、現在全便欠航となっております」


まぁ予想はしてたよ、こん畜生め。


「機体に使ってるネジが、不良品だったらしくて緊急点検だそうよ」


異国の地に取り残された二人は、取り敢えず、街の観光と宿探しをする事になった。


「ありゃ?タクシーの一台もないのか、参ったなぁ」


バスもタクシーもないのに、飛行機だけは盛んに飛び交っている。


どうにも変だった。


「歩きましょうか」


「そうですね、キャロラインさん」


何となく気まずい雰囲気を感じながら、先ずは食事を済ませる事にした。


大衆食堂に行けば、直ぐに東亜料理が楽しめるとガイドブックに載っていたので、早速行ってみる。


「東亜国って言えば、寿司が有名だけどあるの?」


「魚は内陸部だから値段が高いわよ」


ヴェロニカは、少し残念そうな顔でメニュー表を見ていた。


「戦争前に東亜に行った時、ベアブック出身者の政治家が、馬肉の寿司を勧めてくれたんだけどぉ、食べてみる?」


ヴェロニカは馬肉寿司を、キャロラインは蕎麦を注文した。


東亜料理を堪能した後は、キャロラインが街の観光案内をしてくれた。


「こちらは東亜軍大陸方面司令部、ここから30万の兵力を指揮しておりまーす。写真を撮ったら憲兵に連行されるから注意してください」


バスガイドのような口調で、キャロラインは一つの場所を、1000文字の言葉を使って解説する。


「この地域には、観光客向けの施設が集まってて、飲食店に映画館、音楽ホールに酒場、あと相撲とかやってる。あっ、そこの饅頭美味しいのよ」


郊外に行けば、競馬とゴルフに射撃場があるらしく、遊ぶには困らないとのことだ。


「見てヴェロニカ、あの積み荷、あれ全部大豆なのよ」


世界有数の大豆の生産地でもある饅州では、大豆が毎日列車で世界中へ運ばれ、饅州国の主要な収入源の一つとなっている。


一通り観光が済んだことで、今度は宿を探すことになったのだが、そこだけ街並みが違う場所があった。


「キャロラインさん、あの柵で囲まれてる場所はなんです?」


「あそこは外国人専用の居住地、外国人と言っても、ある人種しか住んでないけど」


「ある人種?」


「お金を稼ぐのが得意な人達とでも言っておこうかな。ヨルドラン地域の嫌われ者で、ガルマニアが迫害した結果、この東の地まで逃げて来た訳」


「東亜国とガルマニアは、同盟関係じゃありませんでした?自分達が敵視する人種を匿って、ガルマニアが問題視しないとは思えませんが」


「勿論したわよ、でもまぁ政治ってのは一枚岩じゃないの。実際彼らは、レギオンのウォール街で絶大な影響力を持っているから」


経済は国家を動かす、彼らクロック系人はレギオン合衆国でビジネスを成功させ、レギオン国の政治にも深く関わっている。


だからこそ、東亜帝国は亡命先として彼らを迎え入れた。


クロック人に恩を売ることが出来れば、レギオン合衆国の東亜帝国への締め付けを、緩めることが出来ると思ったからだ。


「まぁ、あんまり上手く行かなかったけどね」


ヴェロニカは、柵と兵士に守られた彼らが行き着く場所を考える。


「ヴェロニカ、付いて来ないとはぐれますよ」


「あぁ、今行きます」


二人は二つ星ホテルに泊まる事にしたのだが、何処か慌ただしいことに気付いた。


ホテルのロビーに客全員が集まっていた。


「すみません、何かあったんですか?」


「戦争だってよ、ソルトビエがこっちに攻めて来るぞ」


その時、歯車が回る音が聞こえた。


誰かが、歯車を回す音が。






外務省発表


ソルトビエが最初の攻撃から1時間後に宣戦布告

外交ルートを通じて抗議


ソルトビエ側の要求

一.東亜軍を饅州から即時撤退させる


ニ.前戦争における東亜軍の戦争犯罪の追及、並びに賠償金の請求


三.饅州国領土の大華国へ即時返還


要求が果たされなかった場合、武力侵攻という手段を取る



これを見た外務省職員の一人が叫んだと言う。


「とっくに攻めて来てるだろくそったれ!」

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