死体で橋を架けろ
逸見は突撃銃を、正確かつ高い集弾性を誇りながら、規格化された戦闘スタイルで撃ってくる。
1発一発の銃弾が、重く殺意が込もっている。
その殺意の合間をぬって、ノボルがコンクリートの破片に魔法帯びさせ、アイリスが放つ。
光が空気を焼き、火花を散らしながら逸見の眼前へ迫り来る。
銃弾で破片を撃ち弾道を逸らす。
弾かれた破片は、後ろで白い爆発を起こして、冷たい風が足元を吹き抜けた。
ヴェロニカも、拳銃でアイリスとノボルの援護をしながら被弾しないよう立ち回る。
「ウグレダの事を覚えているか!」
「あの醜い化け物の事か!?」
「そうだ、あの醜い化け物の事だ!」
「俺達は終末戦争の前、あれをぶっ殺すのが役目だった!あの化け物に頭をおかしくされた連中含めてな!」
様子を伺っていたアイリスに向けて、逸見は制圧射撃を加え再び物陰へ隠れて、話を再開する。
「あれに誰かが脳ミソをかき回される前に、皆殺しにする筈だった!だが、それは」
今度は木箱に身を潜めるヴェロニカを銃撃、その様子を見ていたノボルが、助けようと攻撃を仕掛ける。
逸見は腰だめで銃弾をばら蒔き、ノボルを牽制しながら手榴弾をヴェロニカに向かって、後ろ投げした。
ヴェロニカの皮膚が吹き飛び肉が焼け、死ぬほど痛い目に合う。
「だが、それは……世界に阻まれた」
「誰も、あんな化け物が存在するとは信じなかった」
「化け物を殺すために、愛する者を殺せる覚悟があるなら、この先迷わず済む」
「それは、私の足を手榴弾で焼いて言う話か!」
「確かに、じゃあ地獄で話そう」
逸見がヴェロニカと話をしている隙に、アイリスとノボルは同時攻撃を行う。
「やれぇアイリス!」
一番弾速の速い魔法攻撃なら、奴の動体視力でも、撃ち落としも避けれもしない。
アイリスの杖から蒼白いレーザーが飛び、心臓を防弾着ごとを貫く。
同時にノボルも赤色のレーザーを放ち、肩を撃ち抜く。
鉄板でも貫けるこの攻撃、生身の人間が受ければ、豚を切るよりも簡単にスライス出来る。
心臓を貫かれた逸見は膝から崩れ落ち、倒れながらアイリスを銃撃した。
「なに!?」
「お前ら見たいな連中とやり合って来たんだ、魔法の対策ぐらいしてるよ」
防弾着には対Mコーティングが施されていて、魔法が通用しなかったのだ。
「肩を狙ったな、殺すのを躊躇したのが貴様の失態だ」
目の前でアイリスが撃たれた事に動揺して、思うように動けないノボルへ、逸見は力強い足取りで近付く。
ノボルの杖を持っていた腕の脇を、銃剣で切り裂き、後頭部を銃床で叩いて跪かせた。
流れるように股ぐらの血管を切断し、首元に銃剣を突き刺してライフルの引き金を引く。
内臓が鉛弾によってスクランブル状態になり、穴の空いたポリタンクのように血が噴き出した。
「あっ、あぁぁぁ、あっあっあぁぁ」
たった今、友人が目の前で死んだ。
絶望、ただひたすらな絶望。
そして怒りに震える暇さえ与えず、弾倉を交換すると、アイリスへ銃口を向ける。
一瞬の判断で煙幕を展開して、危機を脱する。
「大丈夫アイリス!」
「ニカ、ノボル死んじゃったよ……死んじゃった」
顔では失意を浮かべつつ、内心は驚くほど冷静だった。
ヴェロニカは足の怪我が酷く歩けない、アイリスは銃撃を受け満身創痍だ。
この状況を打破するには、神にでも悪魔とでも契約するしかない。
「ニカ、目と耳を塞いでくれる」
「え?」
「これをやるって時は、誰にも見られたくない」
ヴェロニカは言われた通り、目と耳を塞いだ。
「喪失の悪魔よ、我、自己を滅して友を護らん 対価は未来 代償は我が身」
太陽に匹敵する強烈な光が広がり、それと同時に紫色の影が光を覆い尽くす。
「我が仇敵を打ち倒せ!」
増幅した力は、倉庫の屋根を吹き飛ばし、5kmに渡って衝撃波が広がった。
「おぉ、これは私が望んだ死に方じゃないが、いい死に方だ」
逸見は目の前に広がる光景に観とれ、目を輝かせる。
逸見は誰かに足を掴まれ、瓦礫の中へ引きずり込まれた。
アイリスが力を使いきった時、ノボルの死体も逸見の死体も建物も、何処にもなかった。
全てを焼け野はらにしたのだ。
ブリタニカにて
「こんにちは、本日もBBNの時間がやって参りました」
「昨日レナフニスタンで新薬の試験中だった、カール医師団が、現地の武装勢力に襲撃されました」
「幸い研究チームに死傷者は出ておらず、医師団は本日帰国しました」
アイリスはラジオを壁へ投げ飛ばし、どうしようもない気持ちに陥る。
「ノボルは死んだわよ……」
ノボルはテロで死んだ事になっている。
あの国の治安は安定していない、だから爆弾や銃撃戦が起きることは、しょっちゅうあった。
アイリスが撃たれた事も、ノボルの遺体が見付からない事も、それで誤魔化しがついた。
この嘘の事実で、政府はカール医師へ帰国命令を出し、国内でのみ研究を行えと指示した。
「レントゲン写真を見た、アイリス一体何をしたの?」
「喪失の悪魔と契約したの、ニカを守って欲しいって」
喪失の悪魔というのは、神の逆鱗に触れ、赤子を子宮ごと切り落とされた女の昔話だ。
女の夫は子供を欲していて、女が子供を産めないと知ると、直ぐに別れてしまった。
それから女は女性の子宮を求め、爪は皮膚を裂く為にナイフのように鋭くなり、小麦袋の中に奪った子宮を入れて歩き回るという話だ。
「バカ………この大馬鹿者、私なんかの為に何でそんなことを」
大粒の涙を溢すヴェロニカに、アイリスは穏やかな顔で笑う。
「ノボルが殺された時、私……、ニカまで失くしてしまうんじゃないかって、そう思ったの」
「バカ!ばか!ばーか!」
「泣かないで、ニカはお見舞いに来たんでしょ」
泣きじゃくるヴェロニカを、アイリスは優しく宥めていると、目が潤んで来るのを感じた。
「喧嘩したままになっちゃったなぁ」
アイリスは星を見ようと、窓の方へ顔を向けた。
頬に流れる星を、ヴェロニカに見せない為に。
翌日……
ドレッドノート大学 理事長室にて
「大学を辞めたい、そう仰ったんですね?」
「はい、現在の状況では、とても学業に専念できそうにありませんので」
確かにヴェロニカは、海外に行ってばかりで講義を全く受けていない。
もう少しで、浪人確定だった。
「カール医師が国内での活動しかできない以上、助手である私が、直接現地へ出向くしかありませんから」
ヴェロニカの目的は、自分の罪を償うことだ。
今それが実行出来るなら、大学に留まる必要はない。
「分かりました、中退を認めましょう。そうですね、ただ中退させるのも面白くないので、経歴に箔を付けておきましょう」
理事長はそう言って、『何も教える事が無くなった。大学側から辞めるよう言った』という旨の理由で卒業させた。
「中退は響きが悪いですからね、卒業にしておきます。医学の発展の為に頑張って下さい」
こうして、ヴェロニカは大学を卒業した。
たった一人の学生に対しては、恐ろしい程のVIP待遇だった。
「あっ、少しお待ちになって」
理事長がヴェロニカを呼び止めると、何処かへ電話をかけた。
お茶を一杯飲む時間待つと、見知った顔が現れる。
「理事長お呼びでしょうか?」
「キャロライン教授、この方に歴史の案内をして頂戴」
二人が顔を見合わせると、直ぐに誰か分かった。
「貴女はヴグレダの時の!」
ヴグレダで飛行機が墜落した時、一緒に行動を共にした歴史学の教授だった。
「キャロラインは他国の文化と、終末戦争に精通しています。世界中を回るなら、ヴェロニカさんのお力になれますよ」
運命の巡り合わせと言うのは、なんとも偶然を生み出すものだ。
「えーと、また会いましたねヴェロニカ、あー最初は何処に行くんですか?」
「東亜帝国へ、あの国にも被爆患者や科学兵器の被害者が大勢居ます。現地で治療薬の製造方法を指導する予定です」
東亜帝国は東で最も発展している国だ。
それなら、治療薬製造と普及に力になってくれるだろう。
ブリタニカ政府は、治療薬を外交カードに使おうとしている。
だからこそ、出国禁止と言う措置を取り、国内に軟禁するという手段を取ったのだ。
だが、私もカール先生もそれを望んでいない。
あくまでも、病気に苦しむ人達の為であって、国の利益の為ではない。
私が殺した分、私が救わなければならない。
償う為には、死に嘆き構う暇もない。
動き続けなければいけない。
それが私の自己満足な使命なのだから。