嘘つきな聖女
イループ・ハーバー自宅にて
規制線が張られ、地元警察がハーバーの自宅を調査していた。
するとそこへ、ピーナッツ缶を持った男がやって来た。
「失礼、あなたがアレンさん?」
ピーナッツ缶を持った男は、ピーナッツをボリボリ食いながら歩いてくる。
「はい、国際警察から派遣されたアレンです」
「あんたのお仲間は向こうにいるよ」
ピーナッツを貪り、飲み込むと、一言礼を言って事件現場へ向かった。
家の前には、栗色のショートヘアをした女が立っていた。
「お初にお目にかかります!ヨルドラン支部から派遣されましたリズ・ニューサイランです!」
敬礼するリズ捜査官は、いかにも元軍人という感じだった。
そして、隻眼だったのが、彼女の背後にある見えないストーリーを引き立てた。
だが、そんなことよりも、真っ先に目が向かう先があった。
「胸のサイズは?」
「は?セクハラですか?」
セクハラ紛いの発言に、リズはドン引きしていた。
「別にそういう意味じゃない、君に合う防弾チョッキを上に申請するためだ」
防弾チョッキは、胸から腰の位置まで覆うことが出来るが、女性の場合、胸が邪魔して防弾着を着られないことがあった。
リズに合う防弾チョッキを作る為に、出会ったその日に、採寸しようとしたのだ。
だが、言い方が悪すぎた。
「今回の犯行は左の中でも過激な連中だ。もし、連中のアジトに踏み込む時に、アーマーがなかったら困る。分かるだろ?」
アレンは、リズが軍人であることを見越して、発言したのだが、その目論見は外れた。
「戦争の事はあまり憶えていないんです。記憶喪失なんですよ」
「この目も、鷲萸戦争で失くしたと聞いてますが、私にはその記憶すらもないんです」
暗い顔をするリズに、流石のアレンも悪いことをしたと思い、ピーナッツを差し出す。
「要りません、仕事中です」
アレンはしょんぼりしながら、ピーナッツを頬張った。
ハーバーの家には、弾痕と生々しい血痕が残されていた。
激しい銃撃戦が行われたらしく、辺りには銃の撃ち殻が転がっていた。
「9mmルガー、12ゲージ、それから……何の弾だこれは?」
ライフル弾よりも短く、拳銃弾よりも長い薬莢を発見する。
「クルツ弾か?にしては少し小さいな」
中間弾薬と呼ばれる、ライフル弾の薬莢部分を、短くした様な弾だったが、あまり出回っていない弾だった。
「個人製造か?」
「………」
何か思い当たる節でもあるのか、リズは薬莢をじっと見つめていた。
「言ってみろリズ捜査官」
「この弾、最近見たことがあります」
「本当か?」
「えぇ、確かファリカーナ大陸の方で鹵獲された、ライフルの弾に似てます」
「ソルトビエ軍の新型ライフルの弾ですよ」
過激派!ソルトビエ!暗殺!の嫌な三点拍子が出揃った所で、腹の底から込み上げてくる悪寒を感じた。
「なぁ、リズ捜査官、政治結社とやりあったことあるか?」
「無いです、どうしてそんなことを」
「昔、右連中とやりあったんだがな。狂信的な連中だったよ、死ぬまで戦うからな」
もし、テロ組織にソルトビエが援助を行っていて、それにガルマニアの連中が気付いたら、数年間の儚い平和が終わるのだ。
「国際問題になるかもな」
「問題で済めば良いのですが」
車のボンネットに地図を広げ、次の標的になりそうな場所を探す。
「カナリア共は軍人狩り始めてる、無防備な軍人が集まる場所はどこだ?」
アレンはピーナッツをポリポリ食いながら、思考にふける。
「基地は……論外ですね、少人数で行けば返り討ちですから」
「退役軍人……駄目だ!数が多すぎる」
「連中は、裁判にかけられていない軍人を狙います。やったことを誇示するために、わざわざ新聞社に手紙を送る奴らですからね」
「きっと、大物を狙いますよ」
「クソ!どうすればいいんだ」
ピーナッツを食しながら、ぐるぐると歩き回っていると、ポストに積み込まれた新聞を見た。
恐らく空き家だと思わせる為に、ハーバーがわざと新聞を取らなかったのだろう。
いや、今はそんなことどうでもいい。
ポストから新聞紙を引っこ抜くと、新聞の端に写真付きで、ある行事が載っていた。
連合軍退役軍人の会 主催
停戦記念パーティー
レギオン合衆国元核投射指揮官 講演会開催予定
場所 ブリタニカ王国 今週末
「リーーーーズ!!!飛行機を取れ!」
「え?もうは空港閉まってますよ」
「なら気象省だ!役人に乳の一つでも揉ませて、気象観測機を飛ばして貰え!」
そして、その言葉にリズはぶちギレた。
「だからそれ、セクハラだって言ってんでしょうが!」
ブリタニカ王国 退役軍人の会 会場にて
普段は音楽ホールとして使われるこの会場は、今は古傷を分かち合う憩いの場として、賑やかな雰囲気に包まれていた。
そして、その中にヴェロニカはいた。
黒のドレスに白いリボンを着け、物静かに椅子に座る姿は、一輪の花のように可憐だった。
「ああ、レインさん!お元気でしたか?」
「えぇ、お気遣いありがとうございます」
「そんな堅苦しくなくていいんだよ」
少し年食った男は、ヴェロニカに視線を向けると驚いた顔をする。
「本当に目を覚ましたのか、あいつもこれで報われるな」
しんみりとした空気の中、温かくきらびやかな料理が、美味しそうにテーブルへ並べられている。
「楽しんで、とは言えないが、娘さんのためにも暗い顔はするべきじゃないな」
そう言って、料理をヴェロニカのいるテーブルへ持って行く。
「今日は沢山食べてくれよ、おじさん達の奢りさ。それに、今日は産業革命時代のシェフは雇ってないんだ」
ブリタニカ人らしい自虐ジョークを飛ばし、ささやかな笑いを引き起こす。
運ばれてきた料理から、いい匂いが漂ってくる。
骨を抜かれた白身魚が、皿の上で、身ぐるみ剥がされて死体になっている。
と表現すれば、一つ笑いが取れるに違いない。
そんな下らない事を考えながら、ヴェロニカはナイフとフォークを取った。
ナイフを入れると、衣がサクサク音を鳴らし、口に入れれば、程よい塩気と魚の旨味で満たされる。
いつも貧弱な畑で取れた、野菜だらけスープを飲んでいる身としては、この上ない幸福だった。
「いい顔をして食べるねぇ、年金を切り崩して、出費した甲斐があったよ」
「ハドソン、そういう事をいうもんじゃないよ」
「そうかニック、君だって新兵の頃は、上官に向かって皮肉を言ってたじゃないか」
「おっと、これはこれは」
勘弁して、とジェスチャーする。
「レインさん、お電話です」
給仕係が、母親に電話だと伝えてくる。
「ちょっとごめんなさい。席を外しますね」
「うん、ヴェロニカちゃんは、私が見ておくから」
顔を真っ赤にしたニックは、酔いを覚ましてくると言って外へ出た。
テーブルは、ハドソンとヴェロニカだけになった。
ヴェロニカは、聴いてはいけないだろうが、聞いてみたいことがあった。
「ねえねえ、わたしのお父さんって何してたの?」
少し酔っていたハドソンは、昔話をするように答える。
「お父さんは狙撃兵だったんだ。私も、狙撃兵だった」
グラスにワインを注ぎながら、ハドソンは喋る。
「何日も草むらや建物に隠れてな、現れた敵を倒す。我慢強くなければ出来ない仕事さ」
「どうして、しんじゃったの?」
ハドソンは一瞬言うか迷ったが、ヴェロニカには聴く権利があると思い、話すことにした。
「ある日の事だった。いつものように敵も待ち伏せしてた時、突然空から悪魔が降ってきたんだ」
「あくま?」
「毒ガスだよ、君を何年間も苦しめた物さ」
私は薄々勘づいていたが、聴いてはいけないと思ったのは、ハドソンの為にではなく、自分の為にだったのだ。
この体の父親が、ガス兵器で死んだことは、何となく分かっていた。
「私達狙撃兵と違って、ガスを撃つ人間は自分の撃った弾が、誰を攻撃するのかわからない」
「残酷な話だよ」
「……ガスを作った人をうらんでない?」
「うーん、難しい質問だね。確かに、あんな物を作った人間を、恨んでないとは言えないね」
やっぱりそうだよな、恨まれて当然だ。
じゃなきゃ、私は暗殺なんてされてない。
「でもね、国や愛する者のために戦おうとしたのは、皆同じなんだ。多分、ガスを作った人もそうなんじゃないかな」
「ほら、あそこを見てご覧」
指の先には、空軍の服を着た階級の高い男が座っていた。
「彼は、核爆弾を何処に落とすかを決める人だったんだ」
「鉛筆で印を付けた場所が、焼き払われるんだ。たった1ドロル硬貨の鉛筆で、何万人という人達が死んでしまう」
「おかしくならない訳がない。でも彼は、愛する人を守るためにやったんだ」
「それは皆同じさ、だから私は恨まないようにしてる。少し難しいがね」
ハドソンは悲しげな顔をするヴェロニカを見て、しまったと思った。
年寄りになると、どうにも昔話をしたくなることが多くなり、つい子供相手に話し込んでしまった。
「ごめんよ、少し難しい話だったね」
「いえ、もし私の父を殺した人がこの場にいたら、どんなことを言うのかと思って……」
なんて様だ!白々しいにも程があるだろ、こんな馬鹿みたいなこと言って、許しの言葉を貰えるとでも思っているのかハーバー、クソ!吐きそうだ。
「ん、あんな奴いたかな?」
ハドソンが唐突に口を開くと、給仕係を指差した。
髪型こそ違うものの、その髪色には見覚えがあった。
あの女は確かアデリーナ、だが何故こんなところに?
アデリーナは、両手でホールケーキを抱えたまま、講演中の核投射指揮官へ近付いてゆく。
「あの人銃を持ってる!」
ヴェロニカは咄嗟に叫ぶ。
アデリーナは一瞬呆気に取られたが、すぐにケーキへ手を突っ込み、中から拳銃を取り出す。
それを見た招待客の1人が、アデリーナへ飛び掛かり揉み合いになる。
アデリーナから銃を取り上げる寸前、別の方向から大きな音がした。
オブレズピストルを持った男は、核投射指揮官の胸目掛けて撃った。
席に座っていた老人の1人が、オブレズを持っていた暗殺者を撃ち殺した。
年老いても元軍人だ。
修羅場への対処は慣れてる。
客と揉み合いになっていたアデリーナは、ナイフで太ももを一突きすると、スカートを捲り上げてスチェッキン拳銃を取り出す。
マシンピストルの連射で、追ってくる者を釘付けにしながら後退する。
「追え!無礼者をぶち殺せ!」
喧騒が収まると、めちゃくちゃになった会場では、救護活動が続けられていた。
「大丈夫ですか!」
「出血が止まらない、誰か縛るものを!」
「いや、いいんだ……」
止血の処置を止めさせ、悟った表情をしていた。
「私は大勢殺した、その報いが今きたんだ」
薄れゆく意識の中、手の平に温かみを感じた。
見ると、1人の少女が手を握っていた。
血で汚れてた顔を拭き、罪人の私を人間のように扱ってくれた。
「ありがとう」
少女は聖女のように美しかった。