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世界を救うため

「ルームサービスです、飲み物をお持ちしました」


「やっと来たか、随分遅いな」


「貴様ら弛んでるぞ、俺が潜伏中だってこと知っててやってるのか」


「ここはブリタニカじゃない、見付けられたとしても、返り討ちにしてやるさ」


腰にある拳銃を見せながら、ビールを取るためにドアを開けると、眼帯を付けた女が、ビールの滴り落ちる短剣を持って突っ立っていた。


「お待たせしました、ビールです」


喉元を一突きしてから、死体を盾に部屋へ押し入る。


「敵しゅ」


そう言い終わる直前に、リズの髪を突き抜けて、クロスボウの矢が敵の眼球へ飛び込む。


リズはラーシャが銃を引き抜く前に、金的を食らわせ、色んな意味で無力化する。


「怪我はないかリズ?」


「クロスボウの矢がもう少しで当たる所でした」


「銃と感覚が違った」


「次やったらコイツと同じ目に遭いますよ」


無力化されたラーシャは、床にうずくまって悶絶している。


アレンは手錠でラーシャを拘束すると、尋問を始める。


「俺は警察のテロ捜査官だ。つまりお前みたいなのの口を割らせるプロだ」


リズは花瓶一杯に濁った水を入れ、ラーシャへ布を被せた。


「こんな方法、何処で覚えたんですか?」


「世界拷問集 19ドロルで買った」


「聞きかじりの知識を試すものじゃないですよ」


「心配するな、元NSIAの奴から習ったことがある」


嬉々として拷問の方法を議論する、二人の捜査官に怯えながら、絶対に口を割らない事を決意した。


1時間後……


「はなす………なんでも話す」


リズが気絶したラーシャをビンタする。


「起きろ、さっさと話せ」


「テロの目的はなに?指導者とは?」


「目的は……労働祭の参加者」


「労働祭?じゃあ、マーケットと病院は巻き添えってことか」


「違う゛ブラフだ、ストライキ中の社員だけ狙ったら、こちらの意図がバレる」


「お前ら企業に雇われたのか!畜生馬鹿なことしてくれたな」


拷問の後、ラーシャは驚くほど口が軽くなった。


ラーシャの所属する宗教団体は、活動資金と引き換えに、テロに見せ掛けた社員の間引きを行った。


賃上げや会社の非人道的活動に対する抗議者を、爆弾で爆殺したのだ。


犯行には、植民地出身の人間を使った。


人種が違えば、殺すのに抵抗が無くなるからだ。


「それで、どこの企業から依頼されたんだ?」


「言えない、言ったら殺される」


「リズ、ラーシャ様が水をご所望だ」


「分かった!話す!話すから、待ってくれ」


「どっかの石油会社の人間だった、それ以上は知らない。本当だ!」


アレンは被害者リストの中から、条件に一致する人間を何人か覚えていた。


確か被害者の中に、中央石油の社員がいた筈だ。


「政府お抱えの企業が、テロに協力したって訳か、こりゃ隠蔽されるな」


ラーシャは指導者についても、べらべら喋ってくれた。


「姿は遠くからしか見たことがない、髪が白くて義手をしていた。あんなに不気味な女は初めてだった」


話を聴いていたリズが花瓶を落とした。


「右と左、義手はどっちにしていた」


「そんなこといちいち覚えて」


ラーシャはまたリズにビンタされ、胸ぐらを掴まれ思い出せと迫られる。


「右だ、多分右だった!」


それを聴いた途端、リズが苦しみだした。


「あぁ!ああぁぁぁぁ゛!」


脳の痛みで思い出しそうになる。


脳が抉られたみたいにいたい。


「おいどうしたリズ!」


「逆回転した歯車は砕かれる。俺は砕かれるんだ」


ラーシャがそう言った直後、空気を切り裂きながら、鉄の塊がホテルへ突っ込んで来た。


「なんだクソ、不発か?いやこれは」


アレンはリズを背負って部屋から飛び出した。


砲弾が爆発し、ラーシャは部屋と一緒に吹き飛ばされた。


「リズしっかりしろ、逃げるぞ!」


アレンは全力で逃げた。


自分は今まさに逆回転しかけている。


もし、また砲弾が飛んで来たら、その時は死ぬことになるだろう。


廊下を駆け抜け、階段をタップダンスする見たいに降りる。


幸いな事に、砲弾は飛んで来なかった。


「リズ、ラッキーだぞ。まだ砕かれる側にいない」


建物から飛び出したアレンは、リズが鼻血を出してることに気付いた。


アレンは自分のシャツを切り取って、リズの血を拭いた。


「アルシャナの話を覚えてます?」


「軍事顧問の話だろ、それがどうした?」


「見たんです、アルシャナで白い女を」


「あれは都市伝説だ、今は休め」


話を反らそうとするアレンの手を掴んで、リズは痛みで良く回らない頭で懇願する。


「ちゃんと聞いて下さい!その女の名前はイザベラ、イザベラ・シラー」


「ガルマニア系の名前だ、都市伝説の正体がガルマニア人だとはな」


アレンは軽口を叩くが、いつものお気楽な様子ではなく、微かに声が震えていた。


「その女は右腕が義手で、髪が白くて、女の私でも見惚れる美しさで……」


「私の上官はその女の夫でした」


リズの表情は恐怖で怯えきっていたが、目だけは、昔の戦友を懐かしむ古参兵の色をしていた。


「その上官、なんて名前だった」


リズは頭を抱え、頭痛に抗いながら彼の名前を口にする。


「逸見萩」


「行かなきゃ、彼女と彼は直ぐそこにいます」




旧レギオン大使館跡にて


大統領は椅子に座り、葉巻を吸っている。


その反対側で髪の白い女が、パンを頬張っている。


「こんな状況で良く食べれるものだ」


「まさか、今にも吐きそうですわよ」


イザベラと大統領の周りには、共産主義者と中央石油社員の死体が、ズタボロになって転がっている。


機関砲で薙ぎ払われた者達は原型を留められず、まるで大きな化け物に引き殺されたように、左側の壁へ叩きつけられていた。


「一つ尋ねても構わないかな」


「なんなりと」


「なぜこんな小国に力を貸す?」


パンを口へ運ぶ手が止まり、笑みを浮かべて話す。


「似たような世界があると、悪戯好きな邪神が、たまに世界を繋ぎ合わせるの」


「世界が繋がると、技術が流れて来たり、文化が流れてきたり、人が流れてくる」


「旧石器時代に、ジェット戦闘機があったら困るでしょ」


「…………なんの事を言っているのか分からないが、協力に感謝しよう」


「この国を、第二のアフガニスタンにしなければ、好きにやっていいわよ」


口元をナプキンで拭き、楽しげに待ち伏せ地点へ向かう。


「あの人、元気にしてるかしら」


煤汚れた大理石の床を歩くと、別の足音が聞こえてくる。


「お久しぶりです、イザベラ」


栗色の髪に眼帯、そして大きな胸を見て、イザベラは直ぐに誰か分かった。


「あらリズ、アルシャナで別れて以来ね。頭痛は今も続いてる?」


「えぇ、人格を無理矢理引き剥がしましたから」


「イザベラ・シラー、貴女をテロ計画の疑いで拘束します」


「あらまぁ、予想外」





ヴェロニカ、アイリス、アレンにて


大統領を訪ねてみれば、どこもかしこも銃撃戦が展開され、建物の中へ入ることが出来なかった。


そして、たまたま入った倉庫の中には、科学兵器の準備をしている兵士の姿があった。


「ニカ、あれって科学兵器だよね」


「うん、航空機搭載用のやつ」


「じゃ、じゃあ、あれがこの前の町へ毒ガスを撒いた犯人なのか!」


「ノボル声を下げて、見付かったらどうすんの」




「セット完了、いつでも起爆出来るぞ」


「ヘリから散布出来れば、楽だったのにな」


「ヨゼフ、我々は軍隊だ。コラテラルダメージを抑え、犠牲を最小限にするのが責務だ」


ガスは空中散布すれば、それが風に乗って広範囲へ広がる。


狭いの範囲を攻撃するなら、室内で散布した方が良い。


この兵士達はそれを熟知している。


高度な訓練を受けているに違いない、科学兵器の使用を止めたいのは山々だが、不意打ちで勝てる相手ではないだろう。


どうにかして、あの兵器を無力化出来る方法がないか考えを巡らせていると、兵士が動きを見せた。


「こちらハインド3-1、玄関口で銃撃戦が発生、増援を求む、どうぞ」


「こちらガーベラ1-1了解、こちらから増援を送る」


「ヨゼフ、ルーマ、お前達はハインドの応援に行け」


「隊長、1人では危険です」


「俺は他にもやることがあるんだ、いいから行け」


「了解しました、いくぞルーマ」


二人の兵士が去って行く様子を、倉庫棚の影から覗き見していたヴェロニカ、アイリス、アレンの3人は、今が好機と踏んで背後へ忍び寄る。


「イザベラ!出て来ていいぞ!」


兵士は突然大声を上げ、誰かの名前を叫ぶ。


「居るんだろ、俺1人だ!早く出てこいよ。こっちの世界で何が起きるかは知らないが、俺も手伝う」


「早く終わらせて日本へ帰ろう!」


「なんだって!」


ノボルが物陰から飛び出し、兵士へ問い掛ける。


「あんた日本から来たのか」


「誰だ貴様」


兵士の顔には見覚えがあった。


ガルマニア軍では珍しい、東洋系の人種だったので、良く覚えている。


「成る程、お前も違和感を感じたか」


「ノボルなにしてるの!」


「今はやめてくれアイリス、コイツから話を聞かなきゃならないんだ」


「お前は異世界転移者か、冒険でも求めてこの世界に来たんなら、お門違いだ」


「帰り方が分からないんだ、知ってるなら教えてくれ」


「自分の胸に訊け、自分の願望を叶えなきゃ、元の世界に場所に戻れはしないぞ」


ヴェロニカは、この状況を整理したかった。


彼は何かを知っている。


「賑やかね、私もパーティーに参加していいかしら?」


暗闇から白い光を帯びた美しい女が姿を現す。


「遅かったじゃないかイザベラ」


「さっきリズに会ったわ、貧血気味だったけど、元気そうだったわよ」


「殺してないだろうな」


「大丈夫、目眩ましさせただけよ」


イザベラは閃光手榴弾を見せびらかし、得意気に答える。


「えーと確かノボルさん?、貴方何年からいらっしゃったの?」


「……2024年」


「あら、運がいいのねあなた」


「確かに、ww3前に転移したのは幸運だ」


逸見とイザベラは、内輪ノリのテンションで愉しげに笑う。


「まてよ、ww3ってなんだ………俺の世界で何が起きたんだ」


「質問ばかりだな君は、まぁ良いだろう。現代社会のお勉強だ」


彼らの話は、ヴェロニカとアイリスには理解出来なかったが、ノボルだけは絶望の顔に染まって行った。


「世界大戦が起きた、新ソ連軍がヨーロッパへ侵攻、中国は周辺諸国と戦闘状態に突入、インド、ベトナム、日本、台湾、オーストラリア」


「BMDは偉大な発明だ、核ミサイルを叩き落としてくれた。何発か本土に落ちたがな」


「確か中東だったかしら、米国の集中攻撃で壊滅したそうよ。戦争っていやね」


「南米は麻薬カルテルが勢力を延ばしたせいで、麻薬戦争が起きてるが、唯一核が降らない地域になった。お陰で地上の楽園(皮肉)になれたぞ」


「あと確か」


「もうやめてくれ!」


ノボルの悲痛な叫びが倉庫内に広がり、沈黙が響く。


「まぁ、こんな風に、とある世界は破滅寸前まで行ったの」


とある世界では、世界大戦が終わると、イデオロギーの違いによって、東にある半島で北と南に別れて戦争をしたそうだ。


独裁者が、文化を大革命したそうだ。


西と東の間に壁が造られたそうだ。


眼鏡をかけている人間を殺したそうだ。


宗教の違いによって、灼熱の砂漠を舞台に、4度に渡って戦争が繰り広げられたそうだ。


「このまま行けば、この世界も向こうの世界と同じ運命を辿る事になる」


「止めなければならないわ」


「誰かが、ツインタワーとペンタゴンに旅客機を突っ込ませる前に」


「誰かが、戦略核を世界中に撃ち込む前に」


彼らの言っている事の詳細について、ヴェロニカは知る由もなかったが、分かったことがある。


この世界は、とある世界に似ていて、その世界は戦争で滅びかけた。


彼らは、この世界を救う為に、歴史を軌道修正しているのだ。


「我々は100万を犠牲にして、1億を生かさなければならない」


「私達は1億を犠牲にして、後に生まれてくる100万を生かさなければならない」


ヴェロニカは自己の選択を迫られた。


彼らと同じように、誰かを救う為に誰かを犠牲にするか。


だがその選択は、戦争に勝つために大勢を殺した前世の私、イループ・ハーバーとなんら変わりがない決断だった。


私が、この少女に転生した理由は、そんな大それたことじゃない。


もっと利己的で、彼らの下した最悪の決断よりも酷い選択だ。


この少女が体験する筈だった人生を、私が奪ったのだ。


青春の喜びも母親からの愛も、生まれた時から切望した喜び全て奪ってまでやることが、私にはあった。


私は貫かなければならない、聖女のフリをしながら世界を騙し続け、顔へ化粧を塗りたくるのだ。


血でクロッカスを赤く粉飾し、真っ赤な嘘をつき続けろ。


「私は、あなた方の目的がなんであろうと、自分を変えてはならないんです」


逸見とイザベラは、ヴェロニカの目を見て敬意を表する。


素晴らしい決断、それでこそ人間だ!、そう聖女と虐殺者は目で通じ合うと、声高らかに叫んで道化を演じる。


「まぁいい手始めに、この日和見を決め込んでいる西部地域へ、共産主義者の仕業にして科学兵器を散布する」


「そんな計画、上手く行く訳ない!」


アイリスの主張に、逸見はこう反論する。


「どうかな?、人は自分の信じたい物を信じ、周りに流されながら判断するのさ。あっ、そうだシラー」


「なあに?」


逸見は隣にいるイザベラの足をへし折ると、倉庫の外へ放り投げた。


あまりに唐突な事だったので、3人は思わず「えっ!」と驚きの声を上げた。


「いたい、いたいよぉ………」


すすり泣く声が聞こえ、あんなに恐ろしく見えた存在が、急に可愛げのある姿に見えた。


「こうしないと、あいつは逃げてくれないからな」


「ガーベラ1-1から全部隊へ、科学兵器設置場所へ集結せよ。敵3名が接近している」


重い無線機を投げ捨て身軽になると、銃の槓桿を引き、いつでも撃てる状態にする。


「15分後に増援が到着する、それまでにアドレナリンを脳内で弾けさせようじゃないか」


銃剣を装着した彼は、猛禽類の鋭さを兼ね備える、イデオロギーの鬼に変貌した。

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