同時多発テロ
「あれが例の……」
「幸運と悪運両方持ってるって」
「顔色わるっ」
「近付いたらヤバそう」
「触れたら半分の確率で幸運になれるらしいぞ」
最近、やたら注目されている気がする。
ヴェロニカはそう思いながら、スプーンをねぶっていた。
「ちょっとニカ、行儀悪いよ」
「うん?……うい」
アイリス問いかけに、気の抜けた顔と返事で返し、皿に乗ったクリームを練り回す。
学校の近所のカフェで、お茶の時間の最中、ヴェロニカは考え事ばかりしていた。
最近、あまりにも色々な事が起きすぎて、頭が回らないのだ。
前世で生まれ育った故郷に帰ってみれば、クーデターに巻き込まれたり、正体がバレたりと、中々ハードな事になっていた。
「ねぇちょっと聞いてる?上の空だよ」
「うん……」
心配そうにヴェロニカを見るアイリスは、どうにかして友人を元気付けようと思い、あれこれ提案をしてみる。
「今度の休みに旅行へ行かない?」
「旅行?うーん、でも私勉強があるし」
勉強、なんの為の勉強かは分かっている。
母親の被爆を治すため、科学兵器に苦しむ人達の手助けをしたいと、ヴェロニカはいつも言っていた。
だがアイリスの目から見て、その勉強とやらは、やり過ぎだった。
本人は気付いてないようだが、目にはクマができ、亡霊のような顔をしている。
「休んだ方がいいよ、何だかその……今にも井戸から這い上がって来そうな見た目してるし」
「何か辛いことでもあるの?」
前世の悪夢ばかり見て眠れない、という事を話せれば、どれだけ楽だろう。
ケロイドだらけの子供や、顔のパーツがぐちゃぐちゃな爺さんが、こちらを見て微笑んで来る。
そして彼らに向かって銃弾を浴びせ、私を守ろうとするのは、かつての戦友達だ。
決まって私が殺されずに済む。
胸糞悪い夢だ。
「どうせ研究以外予定ないんでしょ?だったら」
その時、凄まじい速度でパトカーがカフェの前を走って行った。
「なんだ?」
「街の方だ、煙が上がってる」
警官が店へ駆け寄り、今すぐ自宅へ帰るようにと言った。
「何があったんです?」
「わからない、とにかく家に帰るんだ」
警官の慌て具合から察するに、相当酷いらしい。
「何だか落ち着かないね、何があったのかな?」
「多分暴動だと思う」
学生寮へ戻る最中、軍の車両が街の方へ繰り出して行ったのを見て、そう予測した。
時々、労働祭の集まりがヒートアップして、警官隊と衝突することもあったからだ。
「後でカール先生に連絡取らないと」
ヴェロニカの心配事は、大学入学の手助けをしてくれたカール医師の安否であった。
ブリッジ病院にて
「やめろ、俺はただの警備員だ。銃は持ってない!」
懇願空しく、カービン銃で殺害された。
「ヤーガそいつだけか?」
「いや、まだ隠れてる」
「探せ」
テロリストは鍵の掛かっているドアへ近付くと、大きな声で叫ぶ。
「おい、開けてくれ!銃を持った奴がこっちに来てるんだ!」
中で閉じ籠っていた親切な誰かが鍵を開けた。
廊下に解錠の音が響いた瞬間、テロ犯はドアの隙間から5、6発撃ち込む。
その様子を見ていたカールは、息を押し殺し、用具入れの中に隠れていた。
今日は労働祭の日で、大勢が朝から大通りをデモ行進していた。
警官隊と衝突して負傷者が多く出るので、この日は、職員の数を増やして対応に当たる筈だった。
しかし今日は、投石や打撃による死傷者は現れず、代わりに銃創と大量出血の人間が次々に運び込まれてきた。
カールは外科医でも救急隊員でもなかったが、人手が足りないので、駆り出されていたに過ぎない。
「全く……この状況を呪ってやるぞ」
外で聞こえる銃声と金切り声に怯えながら、カールは用具入れの中で、助けが来るまで待つことにした。
「警察です、助けに来ました。開けて下さい!」
「本当か?もう駄目だと」
散弾銃の銃声が鳴り響く。
「もう一匹いた」
安物の腕時計を見ると、胸に取り付けた物にスイッチを入れる。
「もうすぐ警官隊が来る。お前は先に行け、ラーシャと合流しろ」
「向こうで会おう」
テロリストは玄関口まで進む道のりで、廊下で這いつくばっていた人々を、散弾銃で撃ち殺しながら歩く。
警官隊が病院を包囲し、もう逃げられないと思われた。
「そこで止まれ!両手をゆっくり上げろ!」
男はキョロキョロ辺りを見渡すと。
「指導者様万歳!」
と、大声で叫び自爆した。
爆発の衝撃で、パトカーが吹き飛び何人かの警官が巻き込まれた。
「あぁ、畜生!何が起きたんだ!何で昼間なのに暗いんだ……」
「誰か応急班を、警部の目が!」
「こちらブリッジ通り、警官多数が負傷!救急車を寄越してくれ!」
「こちらPM334から本部、ブリッジ病院前で爆弾によるゲリラ事件が発生、至急応援を求む!」
「だから!今襲われてるのがブリッジ病院なんだ!救急車は出せない」
「本部から全ユニットへ、被疑者は商業区へ逃走中!被疑者はガス兵器を持っている。見付けても近付くな!」
街はテロリストが仕組んだ混乱によって、情報が錯綜していた。
「クソ!暴動の鎮圧だけでも手一杯だってのに!」
「別の地域から応援を要請しますか?」
「駄目だ間に合わん、軍に治安出動を要請しよう」
「過剰だなんだ言われて、マスコミと野党から叩かれますよ!」
「知ったことか、どうせ、やってもやらなくても叩かれるんだ」
テロリストは徒歩で移動しながら、短機関銃とカービン銃を道行く人へ撃ちまくる。
アパートの窓から様子を伺っていた住人を撃ち殺し、路肩で寝ているホームレスの背中を撃つ。
「止まれ!止まらんと撃つぞ」
制止した警官へ、大量の弾を浴びせる。
拳銃の火力では、犯人を止めることすらままならない。
「死ね!帝国主義者!」
パトカーや壁に弾が当たり、無数の弾痕が出来る。
「あっ!くそ、被弾した。畜生、こんな豆鉄砲でどうするんだ」
38口径のリボルバーでは、犯人の持つ武器に対処出来なかった。
市民に恐怖を与える、警察が使うには過剰過ぎると言って、散弾銃やライフルの導入を渋った政治家、プラカード片手に警察署前で抗議してくれた連中のお陰でこのザマだ。
「こちらPM472撃たれました」
足を撃たれたが、まだ意識はあった。
倒れた仲間の拳銃を取り、2丁拳銃でいつでも迎え撃つ覚悟だった。
警官がパトカーの陰から出てこないので、その隙に逃げようと、テロリスト二人組は路地裏から飛び出した。
その瞬間を狙って、車の下から銃弾を叩き込む。
銃弾はテロリストの足に命中し、小指を潰した。
「やりやがったなこの野郎!」
怒りに任せて短機関銃を乱射し、仲間を引きずりながら後退する。
何発かが、腹へ命中した影響で、自分でも驚くほど痙攣した。
仲間の傷の具合を見ていると、軍のトラックが接近してきた。
「ラーシャ、俺はもう駄目だ。お前は先に行け」
「わかった向こうで会おう」
7.62mm弾を使用する、L1A1ライフルを装備した兵士は、テロリストとの火力の差を一転させた。
カービン銃で最後の抵抗を続けるテロ犯は、膝を撃たれ、叫び声を上げる。
最後の弾倉を撃ち尽くし、遂に抵抗出来る手段が失くなったテロリストは、両手を見せ、降伏を申し出た。
テロリストを拘束しようと、兵士達は不用意に近づいた。
「待て………、そいつは、爆」
赤い炎に混じって、黄、紫、青、緑のカラフルな光が、辺りを包み込んだ。
学生寮にて
「現在までに、184人の死傷者が確認されています。犯人の1人は逃走中、付近のお住まいの住人の方々は、戸締まりを行い、不審な者を見かけたら」
アンネ教授がラジオを切り、外の様子を伺う。
「たかだか3人のゴロツキにこの様とは」
「仕方ないよ、まだこの世界はテロに不慣れだから」
ヴェロニカは、アンナ寮長の変な言い回しに違和感を覚えつつ、カール医師の安否を気にしていた。
「駄目だ、回線がパンクしちゃってる」
「安否確認と警察への通報で飽和状態だからね、暫く電話は使えないと思う」
きっと、母親も連絡が取れなくて心配しているだろう。
大学も臨時休校になってしまったし、外にも出歩けない。
かつて、全ての戦争を終わらせる戦争と謳われた終末戦争は、戦争とは違った形での武力闘争を産み出した。
大国が弱体化した事によって、植民地での独立意識が高まりつつある。
だがそれ以上に気掛かりな事がある。
終末戦争時に紛失した科学兵器だ。
核弾頭は敵に奪取されない為に、厳重な管理が行われていたが、科学兵器の扱いは雑な物だった。
終戦時には、サリン、VXガス、マスタードガスといった類いの物が無差別に各地へ投棄され、その中には私が造った兵器もあった。
もしそれが、独立の機運を高める植民地や、過激な思想のテロリストへ渡れば、またあの惨劇を繰り返す事となる。
私にはそれを止める術がない。
「いっそのこと、私兵でも設立してみるかな」
なんて冗談めかしに言ってみた。