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「はい口を開けて〜」


医者はヴェロニカ・レインの口を開けさせ、くまなく検査する。


「異常ねえや、奇跡だよこれ」


医者は頭をボリボリ掻きながら、不思議そうにしていた。


「おかしいだろ、神経ガス食らって後遺症無しなんて」


「先生、患者の前ですよ」


「いや、だってさぁ」


唸る医者に母親が話し掛ける。


「それじゃあ先生、私の娘はどこも悪くないんですか?」


「えぇ、不思議なほど」


泣いて娘を抱き締める母親の姿は、映画館で見れば実に感動的なものに写るだろう。


私が大量虐殺犯イループ・ハーバーでなければ。


「後ほど詳しい検査をします。まぁ、異常は無さそうですが」


「ヴェロニカ、私のこと覚えてる?貴女のお母さんよ」


ハーバーは一瞬言葉に詰まったが、物事を何も知らない子供らしくママ?と一言だけ喋った。


「そうよ、貴女のママよ!」


母親は大喜びで娘を抱き締める。


何年もの間、願い続けてきた事がようやく叶ったのだ。


夫を戦争で失くして収入が激減してから、朝はパン屋、夜は踊り子までやって娘の入院費を稼いだ。


国の財政難で、夫の遺族年金が減額された時は、いよいよ自殺を考えた。


だが、娘がいつか必ず目を覚ますと信じて、働き続けた。


この子は何があっても守る。


そう心に決めた。



自宅にて


退院したヴェロニカ兼ハーバーは、自宅へ戻っていた。


「お荷物は私が運びます」


タクシー運転手が荷物を玄関先へ運んでいる間、ヴェロニカは辺りをぐるりと見渡す。


昔懐かしい田舎町の家々だ。


家の周りを石壁の隔てが囲み、ツタと苔が生え、レンガと木材で出来た素敵な家だ。


「ヴェロニカ、早く入って」


家の中は家具が殆んどなく、 なんだか寂しかった。


「ごめんなさい、家具は生活のために売ってしまったの」


「でも安心して、これからもっと働いてお金を稼ぐから」


まだ状況が呑み込めず、呆然としている顔を、子供らしい顔だと認識してくれてるのが幸いだろう。


母親は昼御飯の準備をするために、台所へ立った。


この隙に家の中を調べ、少しでも情報収集をすることにした。


自分の胸の位置くらいにあるドアノブを捻り、ドアを開けてみると、机と本棚があった。


随分沢山の本があり、よくこれだけの本を一般家庭で集めたものだと感心した。


手に届く範囲の本を手に取り、ページを捲る。


鷲萸戦争従軍記、宝石物語序章、妻との円満な家庭を築く方法といった興味を引くタイトルの本を、手当たり次第に読んでいると、母親がやって来た。


私が本を読んでいたことに驚き、尋ねる。


「それ読めるの?」


ヴェロニカはゆっくりと頷く。


「凄いじゃない!きっとお父さんに似て頭が良いんだわ」


そう言って、泣きながら笑っていた。


ハーバーは複雑な感情だった。


この母親を不幸にしたのは私であり、そしてこの体の主から、数年間を奪ったのは私だ。


吐きそうだった。


おそらくこの世界に神がいるなら、相当罪に容赦がないか、人の行動を見て面白がってるに違いない。



過激派組織カナリアの誓い セーフハウスにて


アデリーナは、一人部屋に籠ってAKを手入れしていた。


キッチンでは、仲間達がラジオから流れるニュースに耳を傾けていた。


ラジオを聴いていた仲間達が叫ぶ。


「アデリーナ!ラジオで俺達のことやってるぜ」


イループ・ハーバー死亡のニュースを聴いて、やってやったと喜んでいた。


仲間達はビールで祝杯を上げ、革命の歌を歌っている。


そんなこともお構い無しに、アデリーナは銃を整備する。


インク壺の底のように黒い目で、次の作戦のための準備をしていた。


「なぁ、前々から思ってたんだが、元軍人なのか?」


「少し違うな、あいつは二重帝国の内務省諜報部隊だった」


「本当か?道理で役人くさいと思ったぜ」


「それはどうも」


あんまりにも話し声がうるさかったので、武器の整備を止めてビールの飲みに来たのだ。


「ほら飲めアル中め」


アデリーナの手は震えていたが、酒を飲むに連れ、手の震えは収まっていった。


「何か食うものないか?」


「非常用のビスケットが防空壕の中にあったぞ」


レンガのように硬いビスケットを放り投げた。


ビスケットは床に叩きつけられ、床のタイルが割れた。


「終末戦争の時のやつだ、固くて食えたもんじゃねぇ」


「俺は死んでも食わねえぞ」


ビスケットの包みには、ブリタニカからのレンドリース品である印が押されていた。


「そうだ、ブリタニカだ。次の標的はブリタニカだ」


思い出したように発言すると、山積みになった雑誌から、一枚の新聞紙を取り出した。


「今週は、退役軍人が集まるパーティーがある」


「そいつらの中に、核投射戦略士官だった男が出席する」


「核を撃つような男だ、きっと人格破綻者に違いない。次はこいつを殺す」


罪人が罪人を裁く、愚かな行為に苦笑しながら、アデリーナはビールを飲み干した。




ブリタニカにて


「それじゃあ、よろしくお願いします」


母親は近所の孤児院にヴェロニカを預けると、仕事へ出掛けて行った。


「それじゃあヴェロニカちゃん、お母さんが戻ってくる間まで我慢してね」


ヴェロニカはコクリと頷いた。


私は年と中身が比例していないんだ。


無闇に喋ってボロを出したくない、聞き分けの良い子供のフリをしよう。


孤児院はその名の通り、孤児を保護する施設だったが、最近はその活動に変化が訪れていた。


戦争で多くの未亡人が出ると、母親達はその日の食費を稼ぐために、仕事へ出掛けるようになった。


その結果、子供を家に置いて仕事に出掛けざる追えなくなった。


彼女達には、ベビーシッターを雇う金も無ければ、戦争で死んでしまって親戚もいない。


そこで国は孤児院に目を付けた。


孤児院が子供を一定数受け入れれば、国から補助金を出して貰えるのだ。


ヴェロニカは、見た目は13歳の女の子だが、中身は5歳の子供だと思われている。


「ここで皆と遊んでね、何かあったらおばさんを呼んで」


そう言って、職員の婆さんは何処かへ行ってしまった。


ほっぽり出されたヴェロニカは、この場所で、どうコミュニケーションを取っていけばよいのか解らなかった。


既に集団が構成され、ヴェロニカに話し掛けてくる者は誰一人居なかった。


「おい、お前!」


訂正しよう。


「こっちに来い」


支配の対象として見る者はいた。


壁に叩き付けられ、腹目掛けて一発お見舞いされる。


「うぐっ!」


初日から強烈な一撃に、思わず吐いてしまう。


「きったねぇ、ちゃんと掃除したのか!」


何処に行っても、こういう事は起こっていた。


学校、職場、戦地でもだ。


そして、昼御飯が用意される時間まで、ヴェロニカは殴る蹴るの暴行を加えられた。


その途中、家から持ってきた本は、いじめっ子達に破られてしまった。


無力感と自業自得だという感覚に陥る。


自分の前世は、あれよりも酷いことをした。


それに比べたら、あの連中の方が大分ましだった。


しかし、それにしても見事だった。


痣がつかないよう、手加減して殴られていたのだ。


お陰で、痛くても手足させて貰えそうになかった。


いじめっこ達は、食事の時も私の方を見てニタニタと笑っていた。


しかし、私が前世で悪い行いをしていたとしても、あの手の輩を放っておくのは、この孤児院の為にならないだろう。


ヴェロニカはトイレに行くフリをして、職員室に向かった。


子供の中には、筋肉が衰え、食事をするにも介護が必要な子供達が大勢いた。


職員は、その子達に掛かりっきりになるので、職員室は誰も居なかった。


ヴェロニカは万年筆を借りると、広場に生えていた植物から一粒の実を引っこ抜き、すりつぶしてインクの中へ入れた。


「おや?」


戻る途中、机の裏に何かが張り付けてあった。


私が子供の身長でなければ、気付かなかっただろう。


テープを剥がして、封筒の中を覗いてみると、中には金の流れが記載されていた。


「ほーなるほどなるほど、あの婆さんもやりますなぁ」


貫禄のない丸みを帯びた声は、何を言っても腹黒く聞こえないだろう。


ヴェロニカは、何食わぬ顔で食事に戻って来ると、万年筆を袖の下へ隠した。


そして、食事が終わってすぐ、新人への洗礼が再開する。


「なんだその目は!」


反抗的な目を向けてくるヴェロニカに逆上し、拳を振りかざすが、それを易々と振り払った。


3歳の年下の女の子に、一回とは言え攻撃を防がれたことに、いじめっ子のプライドが傷ついた。


「お前ら、腕を押さえてろ!」


両脇をガッチリ掴まれ、身動きが出来ない状態の中、それまで物言わぬヴェロニカは、突如言葉発した。


「私魔法が使えるの、今あなたに呪いをかけた」


「はぁ?何言ってんだ、魔法はとっくの昔に無くなったんだ」


「もっと上手い嘘をつ、つ、つ、つ」


突然言葉を詰まらせ、大量の汗が吹き出し始めた。


そして、いじめっ子のリーダーは、そのまま倒れる。


「早く離れないと、他の二人も呪っちゃうよ」


消え入りそうな声で、助けを求めるいじめっ子の様子を見て、彼の子分二人は完全に怖じけづき、一目散に逃げて行った。


ガクガクと痙攣する男の耳元へ囁いた。


「あなたはこれから、人に暴力を振るおうとすると、痙攣して体が動かなくなって、最後には死にます」


「死ぬのこわいよね」


すると、子分二人が職員を連れて現れた。


すぐ泣き付く辺り、いかにも子供だ。


だが、想定の範囲内だ。


鬼の形相で睨み付ける婆さんを相手に、一対一の話し合いが始まった。


「あれをどうやって作った?」


「なんのことですか?」


「とぼけるな!」


「私はこれでも軍の野戦病院に居たんだ、あのクソガキみたいな連中大勢見てんだよ」


子供のフリは通用しないと判断し、種明かしをする。


万年筆と植物の実を、机の上に放り投げ、これがそうだと示唆する。


「万年筆のインクとナゾネの実を合わせれば、科学反応を引き起こして、麻痺毒になる」


「でも安心してくれ、あれは5分程度で収まる」


「このクソ女め、このことは、お前の親に報告させてもらうぞ」


「それをやれば、小遣いを稼ぐのが難しくなるぞ」


ヴェロニカが職員室で見た物は、人数を誤魔化すための偽造書類だった。


「受け入れ人数誤魔化して、補助金を多く貰おうってのが小物臭いね。このこと警察に密告すれば、どうなっちゃうかな」


「何が目的?」


「黙っててほしい、あなたが黙ってたら私も黙る」


「…………」「…………」


「気持ち悪い子供、あんた本当に8年間眠ってたの?」


「どうでしょうね、本読んでたら身に付く知識ですよ」


そして、日が沈みかけた頃、母親が迎えにきた。


「すいません、予定より遅くなって」


「いいんですよ、夜中まで預りますから」


「娘が何か、迷惑をかけてないでしょうか?」


「いえ、ずっと本を読んでお勉強してました。難しい本もすぐ読んでしまうので、図書室の本を全部読んでしまう勢いぐらいですよ!」


「凄いじゃないヴェロニカ!」


娘を抱き締める親の背後で、職員の婆さんは警戒の目で私を見てくる。


バラしたら承知しないぞ、という目だった。


母に見えないように、私は頷いた。

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