色んな者
ブリタニカ王国にて
路肩に停めてある車へ、1人の女が乗り込んできた。
女は顔を布で隠し、顔を見せなかった。
「紹介状は?」
封筒を手渡され、中の物を確認すると、ビジネスの話を始める。
「拳銃が欲しいんだったな、幾つか用意した」
実用的な物から色物まで、幅広く揃えられた商品が並べられる。
「ガルマニア製のP38、口径は9mm 値は張るが、堅実で実戦的だ」
次に回転式拳銃、MkⅥリボルバーを見せる。
「中折れ式で6発入る。威力は抜群だ、従軍してる時に使ったから良く分かる」
月の光に照らされ、女の手が目に写る。
白く小さな手だった。
ディーラーは女の手を見て、最も小型な銃を見せた。
客の要望や身体的特徴に合わせて、商品を選ぶのも熟練したガンスミスだからこそ心得ている。
「ディテクティブスペシャル拳銃だ、小型で持ち運び易い。今ならサービスで、弾と服の裏に装着出来るホルスターを付ける」
女は銃を少しの間眺め、100ドロル札で全額支払い、「どうもありがとう」と言って暗闇に消えて行った。
商売は成功したが、何か引っかかる点もあった。
「何処かで聞いた声だ」
学生寮にて
またやって来た手紙には、地図と行動の指示が記載されていた。
ヴェロニカは、紙くずの入ったバッグを持って、アイリスを起こさないよう家を出た。
階段を忍び足で降りる途中、アンナ寮長が姿を見せる。
「夜明けまでには帰って来なさい。それ以降の時間になると匿えない」
「ありがとうございます、この恩は必ず返します」
「アンネには内緒だよ」
学生寮を出て、街へ繰り出す。
街灯が怪しげに光り、まるで冥界への道を示しているかのようだった。
大学の少し裏手を歩けば、あっという間に別世界だ。
ドラム缶を囲んだ浮浪者や、ドラッグの密売人が路上にたむろするいかにもな場所だ。
金をゴミ箱へ入れて、そのまま地下鉄で電車に乗れ。
手紙に書いてある事を律儀に守り、ゴミ箱へ紙くずを入れた。
自分の足音に合わせて、安物のブーツが石畳を鳴らしている。
「下手くそな尾行だ」
何年も左派や賞金稼ぎに追われていた身としては、お粗末な尾行だった。
音で尾行者の気配を感じながら、気づかないフリをして地下鉄へ入り、丁度来た電車に乗る。
柱に隠れ、バレバレの視線でこちらを見るのは少々滑稽だった。
電車のドアが閉まる直前に、相手から見えない位置のドアから降り、素早く死角へ隠れる。
尾行者はヴェロニカが電車に乗ったと思い込み、無警戒のまま元来た道を戻ってゆく。
途中、薬物中毒者に絡まれたりしたが、尾行者はそれを押し退け、バッグの中身を回収した。
ヴェロニカは、その後を追って逆尾行を開始する。
誰かの部屋にて
「やってやったぞ!」
これを叫ばずして、いつ叫べと言うのだろうか。
嘘つきから大金を巻き上げ、これから訪れる新しい未来を想像することが出来るのだ。
バッグの中にある、いつ眺めても飽きないであろう、国が発行した紙くずを取り出す。
「ははっ、この厚み堪らな……い?」
表と裏にお札が印刷してあるだけで、その中身は月400ドロルで買える経済新聞を切り取った紙くずだった。
「なにこれ?」
マヌケと書かれた手紙が、バッグの中に入っているのも見て、自分がおちょくられていることにやっと気付いた。
「クソ!あ゛ーーー!」
癇癪を起こし、壁を殴って穴を開け、机をひっくり返す。
マスコミに全部暴露してやる!と怒りに震えながら、よく確認もせずに部屋を飛び出した。
「動かないで下さい」
「お前は、イループハーバー」
ヴェロニカは前世の名前を出され、やはりこいつが手紙を送ったのだと悟った。
「私に詳しいようだな、ならこの中身が何か分かるだろ」
瓶の中には、白い煙が充満している。
「こ、こんな場所にばら蒔けば、あんたも死ぬ」
「解毒薬はもう打ってある。量も抑えてる、一部屋に広がる程度に」
まずいぞ私、なんたってここがバレたんだ!?
電車に乗ったのを確かに見た筈だ。
「質問、なんで君は私の正体がわかった?」
言えば殺されるに決まってると思い、黙秘を決め込むが、ガラス瓶を落とす仕草をしてきた。
「ラジオであんたのインタビューを聴いた、その時だ」
話をしつつ、時間を稼いでこの状況を打開する糸口を探る事にした。
「沢山命が消えてしまったって、あんた言っただろ。イループも同じ事を言っていた」
こいつは馬鹿なのか?それとも恐ろしく疑り深いのか?たった一言で、ここまで辿り着くとは思いもしなかった。
いずれにせよ、こいつは危険だ。
「それだけじゃない、あんたのサインを筆跡鑑定に出した。9割同一人物ってさ」
「君の思考は異常だよ、一度検査を受けた方がよろしいかと」
「あんたにだけは言われたくない、この人殺しめ」
おっと、そうだった。
私は人殺しだった。
長い間、ヴェロニカ・レインという人物を演じていたせいか、私という存在を忘却しようとしていた。
私は償いの為に甦ったのだ。
もう誰も不幸にしたくない。
だから、一人だけ私が殺そう。
瓶を振りかざし、頭部目掛けて振り下ろさんとした時、私の頭部へ強い衝撃が走った。
「借りた物を返さないのは良くないなぁ、そうだろクソ女」
瓶と共に意識が砕け、気が付くと縛られていた。
どこかの倉庫らしく、周囲には油の危険な匂いが漂っていた。
「お、目が覚めたか」
目覚めの一発とばかりに顔面を殴られる。
「おい、商品に傷をつけるな!」
女を商品と呼称する時は、大体売春宿辺りに売り飛ばす時だ。
「じゃあもう一匹の方はいいのか?」
「いいぞ」
人が殴られる音は、どうしてこう生々しいのだろう。
「おれ、生皮で靴を作ってみたかったんだ」
ナイフを突き立て、皮を剥ごうと薄く切ってみるが、なまくらだったのが仇となり、必要以上に肉を切られる事になる。
「なんだこの安物のナイフは、ナイフ、俺にナイフくれよ」
切れ味を求めてさ迷ってる後ろで、柄の悪い連中は、至るところに油を掛け、倉庫を燃やそうとしている。
「これで保険屋騙せるのか?」
「安心しな、保険屋は親父の親戚だ」
会話から連中が、保険金詐欺をやろうとしているのはすぐわかった。
整備の行き届いていない倉庫は、モルタル片や割れたガラスが散乱している。
ヴェロニカはその破片を手に取り、手足を縛る縄を切断する。
「なぁ、こいつ処女だと思うか?」
「確めてみればいい」
「やめろ値段が下がる、変態共は処女を高く買うんだ。取り分を減らす気か!」
「わかった、なら別の所なら文句ないだろ」
下劣な話をしながら、チャックを下ろし、粗末な物を向けてくる。
「なんかお前、どっかで見たことあるな?ポルノ雑誌に出てたか」
ヴェロニカは少し驚いた。
こんな奴でも新聞を見るのだなと。
服が裂かれ、肌が露になるが、女は悲鳴も嫌悪すらもしない。
それどころか、哀れみの表情を見せていた。
「ちっさw」
押し殺した笑い声が倉庫内にこだまする。
彼の銃の小ささは、仲間内でも話題になっていたのだ。
「この野郎!」
殴りかかる拳にガラスを突き刺し、相手が怯んだ所で頭突きをお見舞いする。
「ほらどうした!私を慰み者するんだろ!」
狂犬病に罹ったかのように狂暴になり、ヴェロニカに近付く者は誰もいなかった。
「玉無し共め、私は弾を持ってるぞ」
「しかも6発」
拳銃を抜き、ろくでなしに向けて撃ち込んだ。
身体検査を怠った事が仇となり、彼らは仲間を1人失った。
「なんで誰もボディーチェックしなかった!」
「うるせぇ!俺に言うな!」
ヴェロニカは素早く物陰に身を隠し、拳銃を再装填する。
「よく考えろ!俺たちは複数、お前は1人だ。勝ち目はないぞ!」
「それはどうかな!」
青白い光が敵目掛けて飛んで行き、ろくでなしの体が吹っ飛んだ。
杖を構えているのは、アイリスとノボルの二人だった。
アイリスは角材で襲いかかる敵へ、電気ショックを浴びせて麻痺させ、積んであった木箱で生き埋めにする。
ノボルはナイフの刺突を避け、相手を殴り倒すと、放たれた銃弾を特殊魔法で消滅させた。
「く、くそ、魔法使いめ!」
第二射を撃たせる前に、手に持っている拳銃目掛けて水の塊を飛ばし無力化する。
あっという間に、倉庫内の敵を全員倒してしまった。
「ニカ、大丈夫?」
ヴェロニカは心配する声を無視して、アイリスとノボルの手を掴んで引っ張り、倉庫から脱出する。
「ど、どうしたの!」「落ち着けよニカ!」
「早く逃げて気化してる!」
その直後、倉庫は大爆発を起こし、津波のごとき勢いで燃え上がる。
気化したせいもあってか、物凄い爆発を引き起こしていた。
「これ、警察とかに通報した方が」
「なんて言い訳すんの?それにあいつらマフィアだよ、報復されるよ」
3人は顔を見合せ、急いでその場から逃げようと走り出す。
が、何かが引きずった後を見て、足を止めた。
「あ゛うぅ……」
血が沸き立ち、心臓がまた鼓動を始める。
脅迫者がまだ生きていた。
恐らくあの混乱に乗じて抜け出したのだろう。
「ヴェロニカ、その人は?」
今すぐ殺さなくてはならないが、あの二人の目の前で銃を抜いて撃ち込めば、私はヴェロニカで無くなってしまう。
「怪我してます、治療しないと!」
痛みに悶えてるだけで、致命傷には至っていない。
「たすけて」
二人に見えないよう、突き刺さっていたナイフを抜き、心臓を狙ってもう一度刺し込む。
「ん゛〜ごほっ!」
口から血が溢れ、酸素を求めて何度も咳き込む。
「や゛め゛で」
なまくらのナイフは、心臓確かに捉え、彼女の生命活動を停止させた。
「ごめんなさい」
ヴェロニカは謝罪すると、その場を後にした。
学生寮にて
「今日の午前4時頃、商業区の倉庫で大規模な火災が発生しました。現在までに8名の死亡が確認されて〜」
ラジオから聞こえてくるニュースに、アイリスとノボルは肝を冷やした。
「大丈夫だよ、彼らの自業自得だから」
「本当なの……?さっき話」
アイリスとノボルには、偽のストーリーを用意した。
金用意しなければ、お前の家族を殺すという、真実と嘘を織り混ぜたストーリーだ。
「やっぱり警察に言った方が」
「それは駄目!」
普段大人しいヴェロニカが、突然声を荒げたので、アイリスとノボルの二人は心底驚いた。
「あの倉庫で死んだのは、この国で一番有名なマフィアの息子よ。警察にも内通者がいる」
「話した夜には、ドラム缶の中で硫酸風呂に入る事になっちゃうかな〜」
と、お気楽そうに話すアンナ寮長は、全員分のお茶を入れて席につく。
「今日の事は、墓場まで持って行くと良いかもね。口は災いの元よ」
重苦しい雰囲気の中、私の心は少しだけ落ち着いていた。
自分の為に命を張り、あまつさえ罪も犯してくれた。
嘘とは言え、秘密を共有してくれた。
こういう時、私はなんと言うか知っている。
「ありがとう、二人とも」
アイリスとノボルは決心したように、お決まりの台詞を返す。
「「こちらこそ」」
3人はこれまで以上に親密な関係になった。
共犯という関係に