涙を隠す雨は都合良く降らない
こんにちは!私大学生のヴェロニカ!
後ろで銃を突きつけてるのは、反政府軍のゲリラ!
「弟が動かないぞ!死んだんじゃないのか!」
「薬で眠ってるだけですよ」
「じゃあなんで呼吸してない!」
「してますよ、ちゃんと」
「嘘だ!」
「してます、素人にはわからないでしょうけど」
「なに!」
「弟さんを救いたければ、大人しくしててください」
そういい放つと、平然とした顔で治療を続ける。
その場にいた全員が、治療が成功することを望んでいた。
じゃなきゃここで皆殺しにされて、歴史の教科書に載せられた後、知識人が戦争の悲惨さを語る事例にされるからだ。
「よし、弾は全部取った。あとは縫うだけ」
長期間、雨と血でぐちゃぐちゃになったこの場所は、病原菌の温床だ。
治療の最中に、菌やウイルスが傷口から入り込んでいれば、恐ろしい結果を招くだろう。
「クソ、誰かデンファレを持ってないか!」
このゲリラ兵、興奮状態がようやく落ち着いてきたと言うのに、麻薬をやろうとしているのだ。
「クック、お前今日で12錠飲んでる。もう止めた方がいい」
「うるせぇ!お前はいいよな!弟が撃たれてないんだから」
「誰もそんなこと思ってない!喧嘩はやめるんだ」
仲間割れ始めた彼らを、冷ややかな目で見る難民達は、彼らの武力闘争にうんざりしていた。
難民の中にも、彼らの思想に賛同していた者は少なからず居た筈だ。
しかしどうだろうか?彼らが起こした革命は、下火となり、頼みの綱であったソルトビエの介入は待てど暮らせど来なかった。
文字通り家族が死ぬまで待ち、日の当たらない地下道で暮らしたにも関わらず、あの超大国が我々を助けることはなかった。
「何が革命だ、何が資本主義への抵抗だ」
「俺に銃を向けようってのか、やってみろよ臆病者!」
「パイナップルは要りませんか?」
いつ撃ち合いを始めてもおかしくない状況の中、気の抜けた声が聞こえてくる。
逆光で顔がよく見えないが、マントを被ったお気楽そうな人影が突っ立っていた。
「パイナップル?」
「そうパイナップル、中は甘くて外にはトゲがある。そして……」
ゲリラへ向かって何かが投げつけられた。
「爆発する!」
足元へ転がって来たのは、Mk2手榴弾だった。
「ああ!」「伏せろー!」「なんてこった」
パイナップルを投げつけた奴は、マントを脱ぎ捨てセミオートライフルを突き出し、片手で撃つ。
一番端にいたゲリラを撃ち殺し、柱へ身を隠す。
「ん?」
歯を食いしばり、爆発に備えるが手榴弾は爆発しなかった。
よく見て見ると、訓練用のダミー手榴弾だったのだ。
「くそ、俺のマヌケめ」
ライフルのクリップ装填を終えると、床に伏せたゲリラを正確無比な射撃で仕留める。
パイナップルを投げた奴は、艶やかな黒い髪を縛り、この戦場に淫靡な空気をもたらしていた。
「探しましたよ、ヴェロニカ」
そう言ってアンナは手を差し伸ばした。
「どうして、ここが……」
「時計あったら便利だったでしょ」
ヴェロニカは身に付けていた時計に目をやると、針の奥底に小さな光を見た。
「追跡してたんですね、どうりで見つかるのが早いと思いました」
「お礼は貴女のお友達に言ってよね。その魔法を掛けたのは友情なんだから」
なんなのだろうか?この感情は、胸の奥から汲み上げるこの忘れかけた気持ち。
今の私には、こんなありきたりな表現しかできない。
この感情は、何者にも表現でき、何者にも表現できないもの。
ヴェロニカは柄にもなく泣いた。
大声で子供のように泣いた。
アンナは誰にも見えないように、ヴェロニカへ脱ぎ捨てたマントを被せた。
視線が集まる中、アンナは背を向けて語る。
「涙は心がこぼれ落ちたものなの。周りの目を気にしながら生きてきた人間が、人前で流した涙、誰にも見て欲しくないと思うの」
教会にいた全ての人間が、外を向きただ黙って俯いた。
「誰かいるのか?」
ヴグレダ兵が中へ教会へ入ろうとするが、足を止め、ヴェロニカに背を向ける。
誰もがヴェロニカの嗚咽に背を向ける中、ただ一人正面を向き凝視する者がいた。
「変わらんなお前も」
「隊長こそ、あまり老けてもませんね」
逸見は戦友との再開にため息をついた。
天気はこの重苦しい空気に似つかわしくない、晴れ晴れとした空だった。
特別軍事顧問団 ヘルリーゲルにて
町の上を戦略爆撃機Ju390が飛ぶ。
6発のエンジンと大量のナパーム爆弾を搭載したこの機体は、瞬く間に町を焼き払った。
真っ赤な炎が上がり、真っ黒な霧が視界を塞いだ。
町を炭に変えると、ガスマスクを着けた歩兵が掃討を開始する。
「あぁ………酷い」
誰かが発した声に、その場にいた全員が同じ思いを胸に持っていた。
「私もそう思う」
その隣で、町を炭化させた張本人が他人事のように話す。
「教えてくれよ軍人さん、なんで町を焼いたんだ?」
「掃討作戦の為だ」
イヴァンは逸見へ自らの故郷を焼いた理由を問い掛けるが、返ってくるのは用意された回答だった。
「私だって伊達に生きてないんだ。人を殺すにしては過剰過ぎる、何を掃討するつもりだったんだ?」
逸見はトラックに押し込んだ難民達を外へ出すと、真実が知りたいなら付いてこいと言った。
「子供は来るな、見たくない奴はトラックに戻れ」
イヴァンとヴェロニカ、キャロラインの3人だけが、その真実へ歩みを進めた。
「こちらガーベラ1-1、クルスク42状況を報告せよ」
「こちらクルスク42、駆除完了」
「了解、そっちに客が来る。まだ焼くなよ」
町の外れに向かって4、5分進むと、丘の上に戦車が並んでいた。
戦車は逃げようとした人間を撃ち殺したようで、丘にはバラバラになった手足が転がっていた。
「うゎ、これが真実だって言うのか」
明らかに、町から逃げた人間を虐殺する為に戦車が配置されていた。
おぞましい数の手足が、手足が………手と足が多すぎる。
普通目の前から銃撃してくる奴が居たら、散り散りになって、あっちこっちに逃げる筈だ。
だが死体は一箇所に固まり、頭や胴がなかった。
「見ろ、これが世界で最も醜い生物だ」
人間の腕がウニのトゲのように生え、転がりながら移動する化け物がそこにいた。
「隊長、やはりアームボールは爆発物で吹き飛ばす方がいいでしょう」
兵士の1人がライフルグレネードで、斜面を駆け上がる化け物の皮膚を吹き飛ばす。
中から腕に繋がった頭蓋骨が飛び出して、潰れたゼリーのようになる。
腕が芝生を掴み、まだ動こうとももがく。
「あれは腕が脳と連携しててな、必死に体を動かしてるつもりらしいが、腕しかないからああやって転がり続けてる」
逸見はライフルを構え、蠢く腕の頭部へ銃撃し、苦しみから解放させた。
「飲み込まれたら、腕と頭蓋骨だけ抜き取られてるから注意しろよ」
戦車が砲撃を行い、1000m先で動く四足歩行の化け物を仕留める。
「で、向こうにいるのがビッグドッグ、腹に水晶玉があって、それが光ったら精神異常者の仲間入りだ」
3人は言葉を失った。
これ程の異形が誰の目にも写らず、あの町で蠢いていたのだ。
「HQ、こちらガーベラ1-1、害虫駆除完了」
「HQ了解、本地域を速やかに離脱後、本国へ帰投せよ」
輸送ヘリが次々と離陸し、車両隊も続々と国境へ向かって進む。
命令からたった数分で全部隊へ通達され、すぐに行動へ移す辺り、極めて練度の高い部隊であることが分かる。
ヴェロニカとキャロラインは、降りてきたヘリにアンナと一緒に乗せられた。
「アンナ!2人を連れてソルトビエへ向かえ!」
「了解です隊長!」
「お前はもう退役しただろ!」
「そうでしたね!向こうの世界はどうでした!?」
「また戦争を始めたよ!今度はアメリカと南米連合だ!」
「バカみたいですねぇ!」
「全くだ!」
更にエンジンの回転数が上がり、声が聞こえなくなった。
2人は互いに見えなくなるまで、直立不動で敬礼をした。
ソルトビエにて
最初にソルトビエのブリタニカ大使館へ送られ、そこから航空事故調査局の役人から質問攻めされた。
役人は直ぐに本国へ帰したがっていたが、ヴェロニカは、どうしても研究発表を聴きたいと懇願した。
結局、最終日の科学兵器と被爆治療の発表だけを聴いて、ブリタニカへ向かった。
しかし、飛行機事故にあった人間を、また飛行機で送り届けるのは、少々配慮が足りてないのではないだろうか。
帰国すると、母親と友人に抱きつかれ、泣いて喜ばれた。
こんなに心配を掛けてしまい、どうしようもなく申し訳ない気持ちになった。
ヴェロニカは、二度も命の危機に陥ったにも関わらず生還したとして、マスコミやゴシップ紙から奇跡の子と持て囃された。
彼女を粉飾する肩書きという化粧が、また一つ増えたのだ。
全くもって忌々しい