言葉は依存物
「こっち」
青年は、爆撃によって半壊した民家へ手招きする。
「ここ、マインある」
「まいん?」
「地雷ってことじゃないかしら?」
彼の発音は酷いものだったが、話の通じる人間に会えて良かったと思った。
撃たないで!と言っても、通じなければ意味がないからだ。
「ここ、走る」
青年は建物から建物へと、全速力で駆け抜ける。
ヴェロニカ達もそれに倣って走った。
「あそこ、スナイパー、友達、撃たれた」
瓦礫の山を進んでいると、何機かの航空機が頭上を通過する。
航空機が現れたと同時に、青年は慌てて隠れ、じっと動かないでいる。
頭上には、戦闘機が編隊を組んで飛行していた。
翼下に爆弾は搭載していない、恐らく制空用の部隊だ。
「****……付いてこい」
現地語はさっぱりだったが、何となく意味が分かるのは、人の顔色を窺ってばかりの人生だからだろうか。
撃破された装甲車の後ろを通り、焼け焦げた住宅の中を進み、やっとのことでたどり着いた。
「ここ、うちの家」
案内されたのは、他所の建物より大きく立派な家だった。
「*******!」
「******」
「*********」
「*****!」
青年の父親らしき人物が、何か言い争っていた。
口論が終わると、青年は2階へ上がり、父親は私へ話しかけてくる。
「なぜこんな場所に?」
「え?あぁ、その落ちたんです、飛行機が」
「成る程、そういうことか………」
頭を抱える彼は、少し考えた後決断した。
「私は生き残る為に、最善を尽くしてきたつもりだ。助けた奴を見捨てることもあった。だが子供を見捨てるほど、落ちぶれちゃいない」
「私はイヴァン、この町の町長です。協力してくれませんか」
そうと決まれば、やることは多かった。
まずは濡れた服を乾かし、その次に彼らの仕事を手伝った。
窓を補強し、爆撃で崩れた壁を片付け、食事の用意をする。
どんより雲の中、4人で食卓を囲む様は、死刑囚最後の晩餐と言った感じだろう。
トマトと豆の缶詰めスープに、コンクリートのように硬いパンを添えて食べる。
「こんな物しか出せなくてすまないね」
「いえ、ありがとうございます」
「どこで舞語を?」
「私は元外交官でしてね。レギオンに1年、ブリタニカに3年勤めていましたから」
「成る程それで」
話している最中、イヴァンの視線はヴェロニカの医療ポーチへ向いていた。
それに気付いたヴェロニカは、誰か治して欲しい人が?と尋ねてみる。
「教会、ケガした人、多い」
たどたどしい言葉ながらも、言っていることは理解出来た。
「助けて貰った恩です。引き受けましょう」
キャロラインはお人好しな子だなぁ、なんて思っていたが、彼女の目を見ていると、そうでもないような気がした。
罪悪感という表情が、その少女の顔に見え隠れしていた。
特別軍事顧問団 ヘルリーゲルにて
ヴグレダ内戦は、ガルマニアにとって大きな誤算だった。
ヴグレダを緩衝地帯とし、ソルトビエとの衝突を避ける手筈だったのが、今では緩衝材にすらならなくなった。
ゲリラごとき、総勢50万からなる東部方面軍団で踏み潰せば、なんのことはない。
しかし、国際情勢がそれを許さなかった。
大規模な兵力の動員は、隣国や世界を刺激し、つけ入る隙を与えてしまう。
現に、ガルマニアは西と東を超大国に挟まれている。
赤い津波と資本の波が、いつ襲いくるか分からなかった。
そのため、ヴグレダには空軍と軍事顧問を派遣し、内戦は内輪で解決して貰おうという判断だった。
そして、内輪で解決させるために投入されたのが、特別軍事顧問団ヘルリーゲルだった。
「厄介なことになったぞ」
墜落機を調査する逸見は、ベテラン兵士ですら目を背ける凄惨さにも関わらず、平然と肉を調理していた。
頭に拳銃を突き付けながら。
「餓軍の服を着て何をしていた?」
ヴグレダ解放戦線の1人を捕らえ、墜落した旅客機の横で尋問していた。
「貴様ら侵略者に答える義理など」
「はい、そういうのいいから」
逸見はゲリラ兵の指を、爪を剥がしてから切り落とし、フライパンで炒める。
「知ってるか?この世界の法では、国に属しない戦闘員、まぁ俗に言うゲリラとか、テロリストの人権ってのは」
指をひっくり返し、程よく火が通ったところで、カレー粉を振り掛ける。
「保証されない」
白い肌の部分に焦げ目を付けようと、トングで指を押していい感じに仕上げる。
指を串に刺し、隣にいる一切瞬きをしない男へ指を渡す。
「味はどうだハールマン」
「ん〜ちょっと硬いですね。まあ、味はいいですよ」
青ざめた男は、この食事風景に絶望している。
「大丈夫さ、これ以上酷いことはしない。この方法を考えたのは妻でね、イザベラ・シラーっていう名前なんだか知ってるかい?」
「……………」
「気を失ってもいいぞ、その代わりナパームを町に落とす」
「誰が旅客機を落としたかなんて、私にはどうでもいい」
「君が仲間の居所を吐いてくれれば、楽に死なせやるし、君の手にライフルを持たせたまま、殺してやろう」
痛みで判断力が鈍った彼は、衣食住を共にした親愛なる同志達を裏切り、自らの名誉を取った。
「ごきげんよう反逆者」
銃声が鳥を飛び立たせ、山中へこだまする。
「本部へ連絡しろ、それから旅客機の30人分の棺を手配してくれ」
犠牲者へ手を合わせ、黙祷を捧げると、すぐに冷徹な狂信的愛国者の顔へ戻った。
「命令だ!旅客機から逃げた2人を追え!捕まえろ」
学生寮にて
「もう着いてもいい頃なのに」
電話の前で、ヴェロニカからの電話を待ち続けるアンネは、貧乏揺すりが激しくなっていった。
ソルトビエに着いたら、向こうにいる学会の職員が連絡をくれる筈だった。
しかし、いつまで経っても連絡は来ず、予定より20時間オーバーして掛けてきた電話は、まだ来てないだった。
「向こうで迷子になったのかな?」
「あの国は外国人に必ずガイドを付ける。道に迷うなんて、ブリタニカ外務省が、外交で嘘を言わなかったってぐらいあり得ない」
などと、アンネが回りくどいジョークを言っていると、ラジオから、旅客機がヴグレダ上空で消息を絶ったと報道する。
「クソ!発表会なんて言わなければ良かった」
アンネが自分の選択を嘆いていると、アンナはそっと肩に手を置いた。
「私が一肌脱いであげる」
アンナの肩には、いつの間にかセミオートライフルがぶら下がっていた。
「私、アンネの為なら何だってするよ」
「体の怪我も、心の怪我も、アンネにはもうして欲しくないから」
外の花壇に植えてあるテイカカズラの甘い香りが、風に乗って部屋の中へ漂う。
その香りは、依存してしまうほど甘ったるかった。