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対地接近警報

出発の直前、アンネ教授は腕時計をくれた。


「いいんですか?これ結構高いんじゃ」


「こういうのは、安物じゃなくてキチンとした物を買わないと。あと金に困った時に現地の質屋で売れる」


流石、軍に居ただけの事はある。


そこら辺も、しっかり考えているらしい。


「土産は研究発表の内容をお願い」


「はいわかりました!」


寮から出ると、アイリスとノボルが待ち伏せていた。


「あ、ニカ!」


アイリスはヴェロニカの顔を見て、にっこり笑うと、小瓶を渡してきた。


「これ二人で作ったの!擦り傷とか捻挫とかの痛みに効くやつ」


魔法という物に自分は懐疑的だったが、友達からの送り物だ。


「ありがとうアイリス、ノボル」


「お土産はチョコレートでいいよ」


ソルトビエの紙幣価値は、ドロルやジャーマ紙幣に比べると、紙屑に等しかった。


そのため、チョコレートや酒が賄賂として用いられていた。


賄賂になるくらいなら、きっと美味しいに違いないとアイリスは思ったのだろう。


「わかった、いっぱい買ってくる」


「飛行機で行くんだろ、ちょっと心配だなぁ」


ノボルは飛行機が怖いらしく、不安そうな顔をしていた。


「仕方ないよ。鉄道は使えないんだから」


この3日前、ヴグレダ民族解放戦線が鉄道を爆破したため、ソルトビエへ直行するルートが無くなってしまったのだ。


代案として、近年普及し始めた旅客機を使うことにした。


「大丈夫だよ。最近の飛行機は安全性が高くなってるし」


心配性な彼は、小さな袋をヴェロニカへ渡した。


「これは?」


「交通安全のお守り」


赤い生地にカクカクした文字が刻まれ、鐘のように音が鳴る丸い金属が付いた、異国のチャームだった。


「効果あるの?」「きっとある」


野暮な事だと分かっていたが、それでも聴いてみたのは理由があった。


友達の兵士が、彼女から弾除けの指輪を貰ったと手紙に書いてきたが、その数ヶ月後に東部戦線で戦死したからだ。


それ以来、まじないごとや信仰といったものを、あまり信じられなくなった。


「こういうのは、持ってるだけで力になりそうな感じしないか?俺も受験の時、色んなとこにお参りしたし」


「受験?ノボルは魔法推薦じゃなかったっけ」


「昔の話だよ昔の」


ノボルと話してると、若干の食い違いがあるように感じるが、今はそれどころではなかった。


「もう行かないと間に合わなくなるから行くね。オマモリ?だっけ、ありがとう大事にする」


二人に別れを告げ、空港まで急いだ。





キャロラインにて


空港に着いたのもつかの間、直ぐに受付へ駆け込み、空いてる飛行機はないかと訊ねる。


「ソルトビエ行きですか?お客さん運がいいですよ、1人キャンセルして空きがあります」


財布の厚みが若干減ったが、なんとか離陸間近に乗ることが出来た。


「C47ダコタか」


終末戦争中に活躍した輸送機で、民間に払い下げられた物のようだ。


白い塗装の下に、緑と茶色の迷彩がうっすら残っているのですぐにわかった。


既に機内には大勢の人が乗り込んでおり、ざっと30名程がぎゅうぎゅう詰めになっている。


「ちょっと貴女、席を変わってくださらない?」


少し歳をとった婦人から、席を変わってくれと頼まれ頼まれた。


「今日の占いで前に進めって出たの、だからお願い」


「私に何のメリットが?」


「貴女わかってないのね。人に親切にすれば、自ずと自分に帰ってくるものよ」


面倒になるのは、時間的にも金銭的にも無意味だった。


「いいですよ、その親切が帰ってくるかは知りませんけど」


「きっと帰ってくるわ」


「どうでしょう、我が国は恩を仇で返すことで有名ですから」


26分後……


「お待たせしました、当機は間も無く離陸致します」


機長は元空軍のパイロット、副機長は新人のパイロットだ。


「V1」「ローテート」


飛行機はあっと言う間に高度を上げ、乗客は街を見下ろしながら、空の旅にを楽しむ。


ヴグレダ上空へ到達した時、管制から通信が入る。


「上空を飛行中の機へ、こちらはガルマニア空軍所属機である。貴機の進路では飛行禁止区域に侵入する。速やかな進路変更を求む」


外へ目をやると、機体の右側に、ガルマニアの戦闘機がぴったりくっついていた。


「了解、進路を変更する」


「我に追従せよ、誘導する」


「感謝する」


「………妙だな」


機長は、ガルマニア機へ不信感を懐いていた。


「ヴグレダ駐在餓軍の戦闘機が、なぜこんな場所で飛行しているんだ?」


ジェットが主流になった今でも、レシプロ戦闘機であるBf109は、現役だった。


戦後、殆んどの国は軍事予算を減らし、復興に向けて歩みを進めている。


そのため、旧式の兵器を使い回しながら、新型兵器へ細々と更新していた。


「方位1-7-」


突如目前で戦闘機が爆発し、その残骸がエンジンに直撃する。


「うわぁ゛!」


エンジンは黒煙を吐き出し、悪魔が咳き込んだように、恐ろしい異音を響かせる。


「メーデーメーデーメーデー、こちらブリタニカ航空748便、右エンジンが停止した。近くの空港まで誘導を求む」


しかし通信は届かなかった。


通信機が爆発の衝撃で故障していたのだ。


後ろから乗客の悲鳴が聞こえてくる。


「くそ、油圧が下がってる」


「不時着しますか!?」


「下は市街地だぞ、考え直せ」


そう言った直後、左エンジンが止まった。


「「……………………………」」


何度も再始動してみるが、エンジンは眠ったままだった。


「高度が下がってきてる、上げろ!」


「駄目です出力足りません!」


エンジンが動かなくなった機体は、グライダーのように滑空する。


「高度を下げるな、(山に)ぶつかるぞ」


なんとか機体を安定させ、山の向こうにある飛行場を目指そうとするが、機体が横風に煽られ、バランスを崩した。


「機首上げ!ぶつかるぞ!」


操縦桿が悪夢のように重い、機体が下がる中、それに反するように操縦桿を手前へ引く。


「機首上げ!機首上げ!上げろ!上げろ!上げ!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛」


飛行機は山へ突き刺さるように墜落した。




ヴェロニカにて


機体後方の席にいたヴェロニカは、赤ん坊の泣き声と共に目を覚ました。


朦朧とする頭にガンガン響くが、少しづつ赤ん坊の泣き声が小さくなっていった。


前の席に居た人の後頭部に、何かが覆い被さっている。


被さっている物が何か理解した時、強烈な吐き気がしたが、それを飲み込む。


栄養を失ってはいけないと思ったからだ。


シートベルトを外し、手荷物を抱えながら脱出する。


微かに漂うガソリンの匂いが、他の人を救助しようとする気を失せさせた。


「だれかぁだれか」


離陸前、席を変わってくれと言って、他の乗客を困らせていた婦人が助けを求めていた。


私は彼女を見捨てた。


いや、正確には助ける必要がなかった。


何かの破片が、心臓近くに突き刺さり、手の施しようがないぐらい出血していたからだ。


「機長、機長?」


何が起こったかを確認する為に、コックピットにいるであろう機長を呼び出すが、応答なし。


諦めて飛行機の外へ出てみると、応答がない理由がわかった。


機首部分が山に激突した衝撃で、パイロットごと潰れていたのだ。


「あぁ……」


「おい君!君、大丈夫か?」


頭から血を流した男が駆け寄ってくる。


「大丈夫です」


「俺はマイク、まだ中に誰かいたか?」


「わかりません、よく見てなかったので」


「探してくるから、あそこの女を見ててくれ」


倒木に腰掛け、ぼーっと空を見上げている女がいた。


「大丈夫ですか?」


「そう見えるなら、君は能天気な馬鹿人間だろうな」


「失礼、大丈夫そうじゃないですね」


左手首を抑えるやさぐれた彼女は、投げやりな態度で接してきた。


「骨折してますよ」


「分かるのかい?」


「医学部ですから」


最初に応急手当を習っておいて良かった。


この女性の機嫌を、これ以上損なわなくてよいからだ。


「ありがとう。怪我したのが、利き手じゃなくて良かった」


手当が終わったと同時に、飛行機からマイクが降りてくる。


「駄目だ全滅してる」


「助けを呼ぼうにも、あれじゃあ通信も出来ないでしょうね」


生き残った3人が、肩を落としていると、軍服に身を包んだ者達が遠くに見えた。


「やった救助だ!おーい!」


マイクは嬉々として彼らに駆け寄り、助けを求める。


まだ頭がぼんやりして思考が回らないが、彼らの背丈の合わない軍服に、違和感を覚えた。


「マイク行っちゃ駄目だ!」


彼らはライフルで、マイクと名乗った男を撃ち殺した。


「逃げるよ!」


やさぐれ女に手を掴まれ、急斜面を勢いよく下った。


「逃がすな!追え」


短機関銃の連射が響き、ヴェロニカ達の周りへ土煙が立つ。


ライフル弾が木に命中して弾け飛ぶ。


「止まれ!撃つぞ!」


「もう撃ってんじゃん!」


口の中で鉄の味が広がり、肺が苦しくなってくる。


「あぁ!」


足を滑らせて2人一緒に急斜面を、ゴロゴロ転がってゆく。


地面に叩き付けられ、息が詰まったが、それでも走る。


息を切らしながらも、なんとか山を下ると、アスファルト舗装の道路が見えた。


車の音が聞こえたので、助けを求める為に道路へ飛び出した。


しかし彼女達が目にしたのは、車は車でも戦う車だった。


戦車に乗っていた男と目が合い、そのまま固まって動けなくなる。


「あ、おい待ってくれ」


恐怖に背中を蹴られ、必死にまた走った。


後ろで銃撃音が響く。


捕まったら終わりだ。


その恐怖によって、一つ一つの行動を容易く実行に移せた。


ヴェロニカ達は石橋から、川へ向かって飛び込んだ。


川は穏やかに流れて見えたが、入ってみると流れが速かった。


ヴェロニカはそのまま、溺れて水の中で意識を失いかけたが、やさぐれ女が手を引っ張り陸へ持ち上げた。


「ゲホ、ごほ!」


「鼻 に 水 が 入 っ た !」


大の字になって寝転び、どんよりした空を見ていると、生きている実感が若干湧いた。


「二日酔いが覚めた」


「こんな体験、図書館以来だ」


そんなことをぼやいていると、バケツが転がってきた。


2人は顔を見合わせ、そのままの体勢で振り返る。


「…………………」


「「…………………」」


「あーハロー?」


青年とヴェロニカとキャロラインの間に、微妙な空気が流れた。

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