パイオニアの死
この作品には政的な表現が含まれています。
それは穏やかな昼下がりだった。
歌謡曲を流していたラジオから、突然ニュースが入ってくる。
「昨日午後19時頃、イープル・ハーバー氏が自宅で殺害されました」
「詳しいことは分かっていませんが、左翼過激派組織カナリアの誓いが犯行声明を出したことから、地元当局は暗殺の可能性が高いと発表しています」
「ははっ!」
あまりのおかしさで、病院だというのに、つい声が出てしまった。
「まさか自分が死んだニュースを聴くとはな」
そう言って、1人の少女は白いシーツの上で笑った。
十数時間前……
「今からお前を殺しに行くぞ」
その言葉で、全てを悟った。
急いでベッドの下に隠していた、水平二連式の散弾銃を取り出した。
本棚から聖書を取り出すと、中に隠していた22口径の護身用拳銃を取り出した。
2丁に弾を装填し、いつでも戦う準備が出来たところで、電話を掛けた。
「はい、フランクです。壁の塗り替えならお断りした筈ですが」
「俺だフランク」
受話器の向こうから慌てふためく音が聞こえ、フランクの声は次に大声へボリュームアップした。
「お前ハーバーか!今何処にいる!?」
「中立国のサイサだ」
「今からそっちに行くぞ!」
「待て、気持ちは嬉しいが来ないでくれ」
「お前まさか、軍人狩りに狙われてるのか?」
「ああ、ご丁寧に予告までしてきた」
舌打ちの音と共に、武器はあるのか?と聞いてくる。
「充分さ、熊でも撃ち殺せる」
自分が何故狙われるのか。
理由は分かっていた。
かつて、世界終末戦争が起こった時、様々な大量破壊兵器が生み出された。
その中でも、原子爆弾より凶悪だとされたのが科学兵器だった。
食物を枯らして餓死させたり、人を殺さずに苦しませて、永遠に近い苦しみを与えたりした。
その、悪魔のような兵器を開発したのが私なのだ。
戦後、私は本国から離れ、中立国で隠居生活を始めた。
戦争の決着はつかず、誰も裁かれなかったが、それを許さない者達がいたからだ。
今日という日まで、卑しく生き残ってきたが、それもおしまいだ。
「私は誓ったんだ、幾度となく暗殺の脅威に晒されても、身を呈して守ってくれた戦友達に必ず生き残ると」
「お前のためにも、私は死ぬ訳にはいかない」
「…………」
受話器からは、いつまでも沈黙が流れていた。
「もう切るぞ、そっちの電話代は高いんだろ」
「待て!その襲撃を乗りきって行く当てはあるのか?」
「どっかのボロ宿にでも泊まるさ」
「俺の別荘に行け、鍵は犬小屋の中にある。死ぬなよ」
「ああ、ありがとうフランク」
受話器を置き、親友との最後になるかもしれない会話は終わった。
黒電話を見つめながら、もっと他に言うことがあったんじゃないか?伝えたいことがあった筈だ。
そんな事ばかり考えてしまう。
私は愚かな人間だ。
日は落ちかけ、夕焼けが辺りを赤く染めた頃、彼らは銃を携えてやって来た。
短機関銃やカービン銃といった、取り回しが良く、コートの下へ隠すのにぴったりな武器ばかりだ。
ドアをゆっくりと開け、忍び足で家の中へと侵入する。
そして、背後から撃たれた。
「! ドアの後ろだ!」
ハーバーはそのまま這いつくばると、散弾を敵の足へ撃ち込む。
転んだ敵の顔面を踏みつけると、弾を装填するために寝室へ逃げる。
薬莢を排出し、新しい弾を込める。
短機関銃を盲撃ちし、壁へ無数の穴を開けるが、弾を撃ち尽くしてしまう。
急いで装填しようと、弾倉をコートの内側から取り出そうとするが、引っ掛かって中々取れない。
その隙に、玄関口に突っ立っていた男を撃ち殺した。
向こうも負けじと突っ込んでくるが、先に入る順番を決めていなかったらしく、入り口でつっかえ、ドアに頭をぶつけたり死体につまずいて転んだりした。
散弾を二連続で発射すると、散弾銃を放棄し、装弾数6発の護身用拳銃を取り出す。
その直後、ハーバーは右胸に弾丸を受け、床へ倒れる。
ハーバーは寝室のドアを閉め、ドア越しに撃ちまくる。
向こうもソルトビエ製の拳銃を突き出し発砲するが、バタンと音がした。
ドアを開けてみると、力尽きた暗殺者が横たわっていた。
家が静けさを取り戻した事に、ハーバーは安堵するが、一発の銃弾がハーバーを床へ押し倒した。
光学照準器を付けたAK47をひっさげた女は、ハーバーを哀れそうな目で見つめる。
「それ、ソルトビエの新型だろ。どうやって手に入れた?」
女は答えない。
血がドクドク流れ、痛みが続いていた。
こんな場所で死ぬとは、お似合いな最後だなと思った。
きっと俺は地獄に行く。
「あんた名前は?」
「なぜ?」
「自分を殺す奴の名前だ。教えてくれたっていいだろ」
薄れ行く意識の中、その赤い髪の女は囁いた。
「アデリーナ」
「そうか、ありがとうアデリーナ、殺してくれて」
アデリーナは震える手で、銃を頭へ突きつけた。
引き金を引いた瞬間、1人の男がこの世から消えた。
???にて
流動体のように意識が流れ、急速に速まったり早まったりする。
車酔いのように気持ち悪く。
酷い違和感を覚えた。
真下に落ちるような感覚の後、私は再び目覚めた。
「はぁっ!」
目が覚めると、そこは病院だった。
なんだ?私は助かったのか?
ハーバーは首をふった。
いやいや、あの冷徹そうな女を見ただろ。
あの時、確かに明らかに、頭をぶち抜かれた筈だ。
それなのに生きている。
どうして?
ふと、壁に書かれていた文字に目がいった。
「ブリタニカ文字?」
私がいくら重傷だと言っても、サイサから一番近くて医療設備が整っているのはガルマニアだ。
なぜ、こんな海の向こうの島国に?
そんな事に思考を回していると、看護師が入ってくる。
「あのーここはどこですか?」
看護師は目を丸くし、持っていた金属トレーを落とした。
「先生!405号室の患者さんが!」
「えっ?ちょ、ちょっと!」
看護師が落とした金属トレーを拾い上げると、自分の顔が自分じゃないことに気付いた。
「なにこの美少女」
トレーに写っていたのは、純粋無垢な顔をした1人の少女だった。