新たな日常、崩壊
シーが戦線のメンバーとなってから3ヶ月の時が過ぎた。
食料集めや新たな居住となるアジト探しに資材集め……。戦線の活動は多岐にわたり、忙しいながらも充実した日々をシーは送っている。
ずっとこうして生きていく気がしていたが、そうもいかない。
どれもこれも最終目標である国内への逃亡のためなのだ。
──乾いた大地は終わった世界なのよ
いつの日かユイは言っていた。
だから、安全な国内に逃げる必要があると……。
そして、シーたち四人は今日も変わらず砂の上……。
対するは、タイプD。蛇のような見た目のノヴァ数体だ。
「シー!!」
「……うん!」
ユイの呼びかけにシーが答える。
途端、ユイの背中から蝶の羽が生えた。
「私が正面突っ込むからルーは残りをお願い」
「分かってる」
そう言うが早いか敵陣に突っ込むが早いか。
ユイは一振りの〈つるぎ〉片手に飛んで行ってはノヴァをなぎ倒していく。
それに数秒遅れて、ユイ同様背中に蝶の羽生やしたルーが鎌一本で残党を刈り取っていく。
一分と掛からずしてユイとルーはノヴァを一掃してしまった。
「いやー、ユイの奴は元々けっこう強かったけどさ……。最近のユイは調子が良すぎっちゅうか、とんでもなく強いよなー」
ユイとルー二人の闘いを見ていたフーは静かに呟く。
それにシーは頷いた。
ユイの元々の強さというものはよく分からないが、今のユイの強さをシーもよく理解していた。
出くわしたノヴァは群れだろうが、単体だろうが全戦全勝。しかもタイプC相手でも傷一つ受けずに倒しきることだってあった。ルーはそうもいかない……。
大概どこかに擦り傷の一つや二つは出来ていたし、タイプC数体と出くわしたときは危ないことだってあった。
その辺りの差を、ユイはフーとシーの差だと言っていた。
「うーん、やっぱりまだまだね」
ノヴァを簡単に倒したというのにシーたちの元に戻ってきたユイの顔は晴れない。
「なにが、まだまだなんだよ? 楽勝なんだしいいじゃねえか」
「ユイはまだ〈世界〉を使いこなせていない。フーのおバカ」
そんなフーの疑問にルーが答える。
それにユイが同意して頷いた。
フーが「バカたあ、なんだとこのヤロー」などと言っているがルーは気にした様子もなく服についた砂をはたいていた。
「そういうこと。私はまだシーの〈世界〉をほとんど理解出来ていないのよ。これじゃあ全然でしょ?」
人類が未来に残した子供たちは確かにノヴァを倒すために進化した。
超人類とも呼ばれる彼ら彼女はしかし、そのほとんどは不完全な進化を遂げ、子どもたちは二種類に分けられた。
ユイやルーのように背中に蝶の羽を生やし、実際に戦うことのできる人類──プシューケ。
シーやフーのように実際に戦うことはできずとも〈世界〉という特別な能力を持ち、プシューケを通して能力の発現を行う人類──ファラエナ。
プシューケは、ファラエナの〈世界〉を発現することで真価を発揮するのだ。
ユイはそれを未だできずにいた……。
その点、ルーは戦闘能力自体は低くともフーの〈世界〉を理解し発現している。
フーの〈世界〉はモノを作ること。この一点のみ。
だが、ルーはその〈世界〉を使ってシーの義手も作っていた。
ユイが言おうとしていたのは、その差だった。
「つってもなあ、うちのメンバーにユイ以上の使い手なんていないし……。一応、ルーもシーとは繋がってみたんだろ?」
「うん。わたしも全然だった」
「そうね。年長組は私とルーだけだし、今は正直どうしようもないって感じね……シーの〈世界〉についてはじっくり考えていきましょ」
「……ごめん」
「別にシーが謝ることじゃないわ。それに、あなたのおかげで守れた存在もいるんだから」
ほらね。ユイはそう言って、砂漠の上にある鉄くずを指さした。
すると、陰から一人の女の子がひょっこりと顔を出してはシーに向かって駆けてきた。
「シーおねえ……にいちゃーん!」
勢いそのままに黄緑色の髪をした女の子はシーに飛びつく。抱えた鉄くずがお腹に当たって少しむず痒かった。
彼女の名前はフニフラ。
新しいメンバーだからか、妙にシーに懐いている戦線メンバー最年少の女の子。
「フニフラ……」
「おいおいフニフラ、シーは男だって何度言えばわかるんだよー」
やれやれと呆れた様子でそう言うフーだったが、その隣でユイが吹き出していた。
「フーこそ最初は女の子と勘違いしてたくせに……ぷぷ」
「しょ、しょうがねえだろ! 華奢だし、黒髪のやつなんてここじゃ珍しいし」
「シーは中性的な顔つきだからしょうがない。ボサボサ頭のフーとは大違いだから。わたしはよくわかってる」
「ボサボサ頭はルーもだろ……」
「はいはい。フーの勘違いは置いといてみんなアジトに帰るわよ」
これが今のシーにとっての日常。
だが、その日常は刻一刻と終わりに近づいていた……。
☆★☆★☆★☆
それからさらに一月が経ったころ。
事件が起きた。
「やべえぞ! E地点でノヴァの群れが出やがった!」
戦線メンバーの一人が慌ててアジトに帰って来た。
戦線では作戦地を危険度ごとAから順にランク分けしている。E地点は比較的安全な場所のはずだったのだが……。
シーが思慮する間にもユイが状況を確認していく。
「敵のタイプと怪我人の数!」
「た、タイプCが二体とタイプDが十数……みんな簡易アジトに隠れてるから怪我はないけど見つかるのは時間の問題だと思う」
「わかったわ。とにかく私とシーで出るからあなたはルーとフーにも召集をお願い。あと、他のメンバーは作戦を中止してアジトに戻るよう連絡しといて!」
行くわよ! そう言うユイに連れられシーもアジトを出た。
蝶の羽を生やしたユイに抱えられ、乾いた大地を飛翔する。
この状態のユイならE地点まで十分とかからない。
ユイならノヴァを簡単に倒してくれる。
だから、シーは今回も何とかなると思っていた。
しかし。
間に合わなかった。
E地点に着いた二人が見たのは、巨大な体躯をしたノヴァがアジトを叩き潰す姿だった。
その瞬間、シーの中で何かが弾けとんだ。