目覚めた世界は既に。
鉄屑だらけの砂の大地。
それこそが彼女の知る新たな世界の景色。
彼女たちとの出会いは、今でもよく覚えている……。
☆★☆★☆★☆
「ようやくお目覚め? 起きたてのところ悪いけど、死にたくないなら今すぐ私に手を貸しなさい」
紫色の髪をした少女はそう言って、シーに右手を差しのべる。
赤黒い格好をした少女の言葉から察するに、シーは今の今まで眠っていたようだ。それも随分と長い時間のようで、体と頭が重たくて仕方なかった。
ぼーっとした眼で辺りを確認してみる。
鉄屑だらけの砂漠。
時折吹く風は乾いていて、ひりつくような灼熱は太陽光。
シーが眠っていたのはコフィンとでも言うのだろうか、カプセル型の鉄屑だった。
そんなことをぼーっと確認していくうちに、シーは少女の異常にようやく気づいた。
「まったくもう! なんで起きたての人間って奴はこうも頭の回転が遅いかなー!!」
「そんなことより君、血だらけ……」
……血だらけじゃないか。そう言おうとしたシーの言葉は、突如砂漠に舞い降りた衝撃によって掻き消されてしまった。
あまりの衝撃に乾いた大地の砂は弾け飛び、巨大なクレーターを作りあげる。
咄嗟にシーを庇うように覆い被さった少女と共に、二人の体は簡単に吹き飛ばされてしまった。
そして、クレーターの中心には大小三つの影。
「ユイ!! 流石にこれ以上はオレとルーの体が持たねえ!」
小さな二つの影のうちの一つ。藍色の髪をした少年が叫ぶ。そして、その傍らには青い髪をし鎌を構えた少女……ルー。対するように、二人の正面にはカニのような見た目の巨大生物──ノヴァが背中から砂に埋まっている。
先の衝撃は上空から落下してきたノヴァによるものだった。
「そんなこと百も承知よ!! 命がけであと十秒稼ぎなさい!」
「んな無茶なー!」
「大丈夫だよフー。ノヴァは砂に埋まってるし、十秒くらいなら楽勝」
「ルー、おまっ! バカ。そう言うフラグになりそうなこと言うとだな……⁉」
「あ……跳んだ」
「ほら見ろー! フラグが立っちまったじゃねえか!」
「大丈夫。落下までにも時間はかかるから目標達成」
「ドヤ顔でなに言ってんだー!!」
フーとルーのそんなやり取りを差し置いて砂に埋まっていたノヴァは力づくで脱出をする。
数十メートル近く打ち上げられた体躯は、自由落下を始めると運動エネルギーを伴って、墜落するロケットのような衝撃を再び乾いた大地に振り下ろす。
きっと、今は危機的な状況なのだろう。だが、ユイたち三人の妙なやり取りを聞いていたシーはそんな気があまりしなかった。三人ともボロボロで血だらけなのに、妙に生き生きした表情をしているのだ。
それを、不思議に思いながら眺めるシーに対して、ユイは再び右手を差し伸べた。
「ここはクソッたれな場所よ。それでも……もし、私たちと一緒に生きていってくれるならあなたの手を貸して。ううん、これはちょっと違うわ……。私はこんなところで死ねないの、だからあなたの手を貸しなさい。あとは私が守ってあげるから」
ニシシィと、ユイはガキ大将みたいな笑顔を見せる。
……ここがどこなのかも分からない。
……今の状況もよく分からない。
……自分に何ができるのかも分からない。
起きたばかりで、本当に何もわかっていない。
それでも。シーは不思議と彼女に力を貸したい気持ちになっていた。
気付いた時には、シーはユイの手を右手で取っていた。
「よし! あとは私に任せなさい!!」
それからは早かった。
シーの手を取ったかと思うと、ユイの背から突如蝶の羽が生えた。
「……っ、あなたの〈世界〉ってかなり特殊ね。正直、私の手には負えないわ」
「……?」
「でも、これで戦える!」
その宣言は、シーに向けたものだったか。それとも舞い降りる衝撃に身構えるフーとルーに向けたものだっただろうか。それとも……。
その宣言の後、蝶の羽をはためかしたユイは一気に跳躍して今まさに墜落しているノヴァに向かって突っ込んだ。
その間、シーはユイと何かを共有しているような不思議な感覚で戦況を眺めていた。
「ルー!」
「分かってる」
ユイの一言に呼応したルーが自身の持っていた鎌をユイに向かって投げ飛ばす。
それを器用にキャッチすると、勢いそのままにユイはノヴァの体を一刀両断した。
「流石は戦線のリーダーだな」
フーが静かに呟く言葉をシーは独り聞いていた。
☆★☆★☆★☆
「あー、もう。からだベットベト……。これもそれも全部、ノヴァの巣を踏み抜いたお間抜けさんのせいね」
「べ、別に俺だって好きで突っ込んだんじゃないからな!」
「分かってる。フーはちょっと足を躓かせただけなんだよね」
「それフォローになってないからなルー」
ユイたち戦線のアジトに戻る道すがら。
倒したノヴァの体液まみれになってしまったユイはフーに向かって文句たれていた。
永い眠りから覚めたばかりのシーは体が上手く動かなかったこともあり、今はフーに背負われている。そのせいかおかげか、シーもフー共々ユイから文句言われている気分になっていた。
「ところで、あなた自分の名前は憶えているの?」
フーへの文句もひと段落して、ユイはシーにそんな言葉を投げかける。
道中、いくつかユイ達からの質問に答えて気付いたが、シーは自身の記憶のほとんどを失っていた。
……覚えているのは名前くらいだ。
「……シー」
「シー? やっぱり、私たちの次世代の子供なのかしら。聞き覚えないわね」
二人はどう? と、ユイは視線でフーとルーに問う。
だが、二人ともユイと同じなのだろう。首を横に振った。
「次世代って?」
「あー、そうよね。記憶がないんだったらその辺りも分からないのよね。なんて説明しようかしら……?」
「どっから言えばいいもんかねー」
「最初から教えたらいい」
悩むユイとフーにルーが淡々としたまま答える。
それにユイが頷いた。
「そうね。やっぱりここから教えないとかしら……」
そうして、ユイは軽い調子のままこう告げた。
「人類は一度滅亡したのよ。それで、今いる私たちはそんなかつての人類が希望を託して残した未来ある子供たちってわけ……。ま、失敗作なんだけどね」