35.いま使わなくていつ使う
え?
振り返った先にはさっきまでいた簡易キッチンのスペースと数人の衛生班の女性たちの姿。
その数メートル先に巨大な影。
危険生物だ!!
脳が認識したとたん魔術を発動する。
イメージは水の檻。
高いところから飛び込むと水って痛いよね。
高ければ高いほどコンクリートみたいな固さになる。
そのイメージで危険生物を囲う。
コンクリートどころか鉄の固さになれ。
どんなに暴れても壊れない固さ。
ものすごい勢いで魔力が失われて行くのがわかるけどやめるわけにはいかない。
せっかくある魔力。いま使わないでいつ使うのよ!
がんばれあたし!
「団長と副団長に伝えて!」
「!! わ、わかったわ!」
恐怖に震えていた女性たちがハッと我に返って走り出す。
いつも討伐遠征に参加している人たちだから肝が座ってるんだろうね。
腰が抜けて動けないなんて人は1人もいない。
それにしたってあんな近くに来るまで誰も気が付かなかったなんて。
あのシルエットはワニもどきだろうから音を立てずに近付いてきたんだろうけど。
衛生班のエリアは野営地の中央にあってそれを囲うように騎士さんたちの天幕があるの。
天幕は1人1つずつ。
夕食のあとは朝まで自由時間。
見張り当番以外の人は各自リラックスタイムを過ごしてるからこの時間の天幕はとても静か。
武器の手入れをしたり早めに就寝したり。
静かな場所はスルーして物音がするここまで一直線に来たのかもしれない。
衛生班エリアはまだ灯りがついてるし人が動き回ってるからね。
見張りの騎士さんたち大丈夫かな・・
大きな音とか声とか聞こえなかったし大丈夫だと思いたい。
うん。きっと大丈夫!
怪我してても助けるし!
気持ちを切り替えて雑念をはらう。
目の前の現実に意識を集中させないと。
水の檻の中でめちゃめちゃに暴れている危険生物。
5メートル以上ありそうな重量級だ。
ものすごいパワーで檻を破ろうとしている。
話に聞いてた以上だよ。想像の斜め上。
こんなの一般市民にどうにかできるわけがない。
騎士団みたいな戦闘のプロの集団じゃないと太刀打ちできないよ。
定期的な討伐遠征の必要性を痛感。出来る限り協力せねば。
う。さらに暴れ方がパワーアップ。
負けるもんかーー!!
「ユミ!!」
「ユミさん!!」
デレクさんとナリスさんだ!
いつのまにか水の檻の周囲を囲んでいる騎士さんたちの姿がめちゃくちゃ頼もしい。
ホッとして気が抜けそうになるけど。
まだだよあたし。あと少し。
・・って水の檻の固さがレンガくらいになってきたような・・・
うわ。やば。もう魔力もたないかも!
そう思ったときだった。
縛めがゆるんできたことに気づいたのかワニもどきが狂ったように暴れだし。
そして。水の檻が霧散した。
「対象を捕縛!攻撃開始!」
同時に鋭く響き渡るデレクさんの声。
動き出すたくさんの足音と危険生物の断末魔の咆哮。
良かった・・なんとか間に合ったみたい。
もう大丈夫だよね。
騎士団にとっては慣れた討伐だもの。
どんな状況なのか確認したいけど意識が朦朧としてきて・・・もう立っていられない。
力が抜けて倒れていく身体を誰かが支えてくれる。
しっかりしたたくましい腕に包まれて心の底からホッとした。
ああ。もう本当に大丈夫だ。
「ユミさん。ありがとうございます。もう大丈夫ですよ。」
聞き慣れた優しい声に安心して。
あたしの意識は暗転した。




