きっかけはただ過ぎ去る
その日のスフレをきっかけに何かが変わった。
ゴミ捨て場で、いつもの挨拶と共に、寒いですね。夜は雪が降るから積もらないか今から憂鬱ですねだとか…少しずつ話す言葉が増えていった。
部屋で時計を眺め、なんとなくあの日と同じような時間帯にコンビニに足を運んだ。
いつもではないが高確率で彼女に会えた。
「黒崎さん!今度はスフレが2つありました!」
ここ掘れわんわんのように、宝物を見つけたように彼女は言った。
「よかったですね。これで二人とも食べられますね…」
せっかくだから二つとも食べてもいいですよ?と言いかけて口をつぐむ。
「本当にあってよかった…あっ、黒崎さん、この新作はいかがですか??」
まるで販売員のように勧めてくるのがおかしくて、また笑ってしまった。
「ふふ、それではそれもいただきましょう」
「これは絶対にオススメですからね!食べた瞬間感動して声に出しそうでした…あやうく近所迷惑になりそうでした…」
うんうんと自ら納得するように頷きながら彼女は力説した。
「それは大変でしたね。私もこの後、近所迷惑にならないように気をつけますね」
そう僕が言った後、彼女はハッとして手を横に振った。
「いえ、けして静かにしろとかという意味ではなくて…ああ、もう、また嫌な言い方をしてしまいすみません…」
僕と会う時は、必ず彼女の顔は曇った。
「お気になさらず…逆に美味い!と叫び声が聞こえたら笑ってやってください」
精一杯くだけた言い方で彼女に話しかける。
「それって…フフッ…びっくりするけど、笑っちゃいます…」
堪えるように彼女は控えめに笑った。
こんな関係を続けていた。
ゴミ捨て場での会話と、たまにコンビニでのスイーツのやり取り。
隣人としては近く、人としては遠い関係。
だけど僕にとってそれは心地の良い物だった。
無機質で殺風景な部屋の中が僕の世界だったのに、彼女が人間らしい感情や思考をくれる。
だけど、それ以上の関係を望めないでいた。
そう、ただのお茶友達やランチにでもなんて僕には言えなかった。
僕は異常だから…