灰色に交わる
「桐谷さん、傘に入れてくださりありがとうございました」
「いえいえ!こんな事でよければいつでも!」
物凄いスピードで手を横に振る彼女。
そうだ。何かお礼をと袋に手を伸ばすが、タバコ以外何も買っていない事を思い出す。
「いや…本当にお礼をしたいくらいで…」
こんな人間と相合傘をしたんだ。近所からどんな目で見られてるか…頭が回らなかった。
「大丈夫です!今度はお買い物の際は傘を忘れずに!それでは!」
彼女はニカッと笑い、部屋に入っていった。
重い扉を開け、僕も部屋に戻る。
雨に濡れたわけでもないのに、震えながら靴も脱がすその場にしゃがみこむ。
恋を知ったばかりの少年のように、触れて引き寄せればキスができそうな距離に女性がいて、漫画のように相合傘をした事が全身を震わす。
嬉しい
おかしい
僕の中で、僕が騒ぎ出す。
桐谷さんと恋をしたい
ただの隣人としか思えない
僕が僕を否定していく。
あんな綺麗な人無理かも…
そうだ…恋なんてできない
僕が僕と交わる
その瞬間、強烈な吐き気に襲われトイレに駆け込む。
胃液と苦いコーヒーの味が口に広がる。
「僕は桐谷さんの彼氏には相応しくない」
涙とよだれを垂れ流しながら、便器を見つめ呟いた。