表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

やめるきっかけ

僕は同性愛者だ。

その一言に尽きる。

男性からの誘いもあった。だが、のらりくらりと避け続け、何事もなく成人を迎え職についた。

だが、僕の忍耐力や適応能力が無く、今に至る。


「またタバコがないや…」

それ以外、一日に発する言葉はなかった。


くしゃりと箱を潰しポケットにねじ込み、コンビニへと向かう。


「また会えるかな」

淡い期待を抱きながら、近所のコンビニへと向かう。


何も無い空っぽな人生に、少し希望を見出していた。

桐谷さん…彼女に恋心を抱いているかと問われれば首を横に振る。

言うなれば、擬似的な恋愛感情を求めているのだ。

こうやって足を運ぶのも、恋をしているから…そうやって適当なドラマを仕立てて感情に溺れていく。

恋をするフリをしていれば、現状の悲惨さに目がいかなくなった。


「…はい、○○番、ボックスで」

雑誌やコーヒーなどで時間を潰したが、お目当ての彼女は来ず、タバコだけ購入する。

そのまま帰ろうとしたが、買い物をしている間に小雨が降ってきたのでコンビニの表で一服をする。


寒さに震えながら、無機質なタバコの煙を吸っていると彼女が傘を指しながらやってきた。

「黒崎さんこんばんは」

遠慮がちに彼女は声をかけてきた。少し表情が曇っているように思えた。

「あっ…桐谷さん…」

ニコチンでまどろんだ意識が揺り起こされた。

「急に雨が降ってきましたね…雨宿りされてるんですか?」

少しだけ距離をあけて隣に立つ彼女。

「ええ…少しだけ」

「それじゃあ…私も少しだけ雨宿りさせてもらいますね」

まずい。凄く嬉しい。会えるとは思わなかったから気を抜いていた。何を話そう。コンビニに戻り一緒にまた買い物をしようか…僕は色々なパターンを考えていた。


こほん…

小さく彼女が咳をした。


「すみません!」

僕は慌てて手元のタバコの火を消した。

「気になさらないで…こちらこそ、意味ありげに咳をしてしまってごめんなさい」

「タバコは苦手ですか?」

その問いに彼女は表情を緩やかに変えた。

「苦手…かもしれませんが、父が吸っていたので…嫌いではないのです」

少し微笑んだ後、目線を落としながら彼女は言葉を続けた。

「ただ…心配になりますよね。吸い続けたら色々なリスクがありますよね。父にもやめてと言ってはいるのですが…」

口元に手を持っていき、彼女は真剣に僕に話した。

「心配されているんですね。お父さんの事を大切に思われてるんですね」

彼女は少し照れながら、髪を触る。

「そうでしょうか。いつも口煩いと言われるのですよ。それにおタバコを吸われる黒崎さんに対して失礼な事を言ってしまったし」

「いやいや、百害あって一利なし!わかっていますから」

彼女は人を気遣う言葉で自分の気持ちを塞ぐ。正しい事しか言わないのに自分を蔑む。僕は少しでもその脆い優しさを気遣えるよう言葉を続ける。

「それにちょうどやめようと思っていたんですよ…これだけ吸って!」

袋に入ったカートンを誇らしげに見せた。

「おタバコをやめるんですか…?」

彼女に暗示をかけるように袋を揺らしながら答えた。

「ええ、これだけでキッパリ。やっぱり体に悪いですからね。それに、私にも桐谷さんのように心配してくれる人がいるかもしれませんからね」

無理して精一杯のニッコリマークのような笑みを浮かべた。

「よかった…きっとみんなが心配されてると思いますし、今日お会いした時…私も黒崎さんの事を心配してしまいましたから…」

彼女は頬を緩め、うつむきながら笑った。

僕が心臓の大きな音に合わせてゴクリと唾を飲んだ数秒の間に、彼女は前を向き、小さくガッツポーズを僕に向け

「辛いとは思いますが…頑張って!」

そのまま少年のように大きく彼女は笑った。

「はい、頑張ります」

ポケットの中のライターをぎゅっと握りしめ僕は答えた。


「貴女が笑ってくれるなら、頑張れます」

そう、言いたげな心に蓋をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ