息つく間もなく
前回の続きです
7話
俺が入ってきた門を通り、街で尋ねたところユラヴニアという名の平原に出る。
見覚えのある熊の魔物が遠方に見えるが、一行は気にせずに会話を始める。
「ごめんね、お父様の手前、王族らしく振舞わなくてはいけなくて」
「いえ、大丈夫です」
合計100人を超える兵士を付け、国を出てすぐの壁付近に佇む。
「まずはエスティール大陸全体の捜索よ」
そう言うとリンナは徐に手を出し、地図を広げる。と言っても、紙に書かれたものではない。腕を広げると、連動するように宙に透明の板のようなものが広がった。そこに世界地図が浮かび上がり、4人は地図を覗き込む。
「最終確認をするわ。最初はスアム地方の調査からする予定。ここから東と南、二部隊に分かれて捜索」
地図には大陸が3つあり、リンナは南の大陸の北側の海沿い、アヴル帝国に指をあてる。そこかルートをなぞりながら語る。
既に計画していたようで、そのおさらいをしている。一年以上国を出るそうで、王女である彼女が席を外すことに大した理由を必要としないそうだ。
国王不在の現状が気になるが、俺は国政とは無関係。野暮なことはよそう。
「ん?」
ふと、皆の視線がこちらに向いていることに気づく。
「ガイーツを倒したとはいえ、実際に見ないと実力はわからない、試しに、あそこのクロウベアを倒してみてほしいのだが」
さっき見えた熊の魔物。リンナはそれを指さしている。
「わかりました」
受け答えをし、クロウベアの方に視線を向け、距離を詰めていく。バレないように歩くわけでは無く、堂々と普段通りの歩きで近づく。
そういえば鎧を着けたが、意外と軽い。特に重くは感じないな。クロウベアは反応しないが…ん?咀嚼音?
「ガッ、ポキ、ポキ」
魚の身を貪る音、骨が砕ける音が良く聞こえる。どうやら食事中だったようだ、腰をついて魚を食べている。こちらもあぐらをかいて待つ。
よく見たら、ここに来る前に倒したやつより少し大きい。
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「…何してんだ?」
ミレアラドムが言う。
「どうやらあの魔物、食事中みたいですね…終わるのを待っているのか?」
コーレルは呆れたような声で言う。
「ふふっ…面白いわね」
リンナがほほ笑む。コーレルとミレアラドムはリンナが笑ったのを見て、互いに顔を見て軽く笑う。
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食事が終わったようで、こちらに気がついたクロウベアが立ちあがり、対面する。バハラムも立ち上がり、両手で塵払剣を持って構える。
そうだ、今ならだれにも声が聞かれない。
「リーサ、起きているか?」
「…実は起きてる」
強者の余裕か、クロウベアは爪で歯に挟まった骨を取っている。
「いつからだ?」
「三度寝して、城を出たところから」
準備が出来たようで、クロウベアが爪を向けて咆哮する。
「っ…!」
結構耳が痛いな。手でふさぎたいが剣を構えているから仕方ない。攻撃開始だ。
クロウベアも爪を構え、その先はバハラムに向いている。
『キィンッ!!』
爪と剣の音が響く。剣同士が交差したような音を出し、互いに後退する。
武器を構えなおすが、先に動いたのはクロウベア。4足歩行に切り替えて、バハラムの方へ突進してくる。
「あの時のようにいくだろうか…」
ここに来る前にもクロウベアを1体倒している。その時は突進してくるクロウベアの頭に剣を振り下ろして倒していた。今回もそうすればすぐに終わる。
そう考えたバハラムは剣を振り上げて、クロウベアの頭を1点に狙う。
「あんなに分かりやすく剣を構えて…」
コーレルが小声で言う。
「…待て、クロウベアのあの構えは…」
ミレアラドムが言う。その視線はクロウベアの首を見ている。一部が変にくぼんでおり、締め付けられているように細くなっている。
「バハラム!耳を塞げ!!」
ミレアラドムが叫ぶ、その直後、バハラムが剣を振り下ろし、クロウベアが大きく口を開き、甲高い咆哮を放った。
「カォォォォォ!!」
狼のようなポーズで、背中を曲げて頭を空に向ける。その咆哮は木に成る果実を落とし、枝にとまっていた小鳥は気絶し、地面に落ちる。
「っ!!」
塵払剣を振り下ろしているバハラムだったが、手を放して両耳を塞いでしまう。そうしないと鼓膜が破けて、木から落ちた小鳥のように耳から血を拭きだすことになるだろう。
宙に放たれた剣は、金属音を立てて地面に落ちる。
「レザリオどうしたの!?」
リーサに魔物の咆哮は聞こえないようで、霧を伸ばしてレザリオの近くによる。
その咆哮は広範囲に響き、リンナ達全員も耳を塞ぐ。
「バハラムのやつ…!」
ミレアラドムが舌打ちをし、軽く開いた眼でバハラムの方を見る。
しかしその眼で捉えた光景の中に、不自然な物が入り混じっていた。バハラムの体から紅い霧が出ている。剣の鍔にある宝玉から出ている物ではない。明らかにバハラムの背中から、発せられている。その光景は、リーサとコーレルも目の当たりにしていた。
「返せ」
クロウベアの咆哮が収まり、バハラムが言う。その言葉は彼女達の耳には届かず、クロウベアとリーサにだけ届く。威圧されたクロウベアは後ずさりする。
「…フゥ?グゥッ!?」
理解していなかったのだろう。素っ頓狂な表情をした後、己より圧倒的力を持つ存在であると認識したクロウベアは、悪さをした子供が親から逃げるように大きく後退し、転倒する。
「返せ」
剣を拾い、クロウベアとの距離を詰めていく。
「レザリオ…?」
バハラムの声は普段と違った。というよりも、別の何かに支配されているようで、気さくに話しかけるリーサでさえ、この時ばかりは少し距離を置いていた。
「グボオッ!ォォ…」
バハラムは塵払剣を振るい、クロウベアの首を斬った。その一撃でクロウベアはその生命の活動を停止したのだが、塵払剣がバハラムを操っているように、クロウベアを斬り続けた。
「…!」
霧を見ていたミレアラドムだったが、その光景を見て素を取り戻し、バハラムに歩み寄る。
「バハラム!」
その声で意識を取り戻す。高く構えていた剣を落とし、首を絞められていたように激しく呼吸をする。バハラムが膝をつくと紅い霧は消えた。
「だ、大丈夫…?」
リンナ達もバハラムの元へ歩み寄り、心配をする。
なんだ、今の…咆哮が聞こえてから意識が…。
バハラムはクロウベアの死体を見る。辺りに散乱する葉を見て、立ち上がる。
「ここに来る前に、他のクロウベアを倒しているか?」
質問を投げかけるコーレル。
「…はい」
倒してはいる。だが、あの咆哮を体験していないバハラムは、この出来事に動揺している。
「クロウベアの急所は首だ、しかも、しっかりと鳴き袋を斬っている」
ミレアラドムが死体に近づいて首のあたりを見る。コーレルも死体の方へ歩み寄る。
「鳴き袋…?」
これも偶然だ、バハラムの意識が支配された時、クロウベアの急所を見事に斬っていたのだ。
「クロウベアの習性は知っているか?」
コーレルが立ち上がりながら、再度質問を投げかける。
「いえ…今の咆哮も、初めて聞きました」
素直な回答。疲弊しているが曇りのない眼で見つめ返しながら答える。コーレルはその眼差しを見つめる。
「クロウベアは死体の処理をしないと、他の個体が死体を作った獲物の臭いを覚えてしまうから、土に埋めたりしないといけない。同族を殺された彼らはかなり執念深いからな。あの咆哮は、その証拠さ」
剣の鞘の部分で土を返すミレアラドムがクロウベアの体を地に埋め始める。
「…よく、冒険者になれたな」
コーレルが頭を抱えながら返す。ミレアラドムも同じように頭を抱える。
「心配だな…」
口からそう零したコーレル。しかし霧のことは聞けなかった、第六感か、別の何かが、聞いてはいけないことだと直感で感じたからだ。
そして、バハラム自身、あの霧のことは知らなそうだしな。という考えを彼女達全員が考えていた。
「決めた、バハラムはコーレルと一緒に行ってもらうわ」
微妙な空気を換えたのはリンナの決断だった。腕を広げ、地図を開く。
バハラムとコーレルが互いに顔を見る。
「それと、ミレアラドムには私の護衛を頼むわ」
「わかった」
死体処理が終わったのだろう、手に付着した血や土を落としながらミレアラドムが答える。
「殿下。捜索はどう行うのですか?」
コーレルが疑問をぶつける。
「私とミレアラドムで南。バハラムとコーレルが東。途中、南東の間の場所で合流という形でどう?」
考えが固まっていたのだろう。リンナは地図に指を走らせながら丁寧に伝える。
「では、私達はユラヴニア平原を進んでトワン村に。バハラムたちはホルィド大雨林を経由してエッガ村を目指すという方針でよいのか?」
ミレアラドムが提案する。その語り方から、当初の方針も彼女が大方計画していたのだろうと思わせる。
計画性のある彼女にバハラムは感心する。同時に、殿下に気さくに話しかけるミレアラドムの行動から、二人の関係が気になっていた。
「そうね…そうしましょう」
リンナがそう言い。バハラムとコーレルも頷く。方針が決まったので、彼らはそれぞれの行くべき方向を向く。が、ミレアラドムがバハラムに近づき声をかける。
「バハラム、捜索が終わったら私と国を回ろう、約束だ」
そういって握った右拳を出してくる。
「わかりました。約束します」
拳を打ち付け合いそれぞれの道を行く。
バハラムが行くのは東、アヴル帝国に来る前に通った海岸道より少し南の森を進むルートだ。向かうべきエッガ村は大陸の東端にあり、アヴル帝国から見ると微妙に南に進む。
リンナ達が向かうトワン村は帝国から真っすぐ南だ。バハラムはトワン村のことを思い出していたのだが、皆に伝える事を忘れていた。
お読みいただきありがとうございました。
ユラヴニア平原…今回はこの平原での出来事でした。大陸最北西にあるユラシナ港町、アヴル帝国、フィスニア大金国を語源に、また、この広大な土地を互いの領土とすることでこの名に。
幻魔法…げんまほうと読む。作中リンナが宙に地図を生み出したのはこの魔法によるもの。治癒魔法などが光を放つが、幻魔法は何の前触れもなく突然発現する。
戦闘では、相手の不意を突くことで知られている。
魔物の死体…基本的に、冒険者ならば討伐後の事後処理を行う。今のところ作中でバハラムはそれを行っておらず、その死体は置き去りにされている。
死体を好む魔物としてキュラスカンは取り上げられる。キュラスカンは世界各国で確認されている。
キュラスカン…鳥目(族)竜盤目兎竜上科ラス科。作品にはまだ登場していない。
巨顎鳥と呼ばれる。その名の通り大きな顎、赤い体毛を持つ鳥竜種。害鳥と呼ばれるほど多くの被害が出て、ギルドに依頼が殺到することになる。そのため、この魔物が登録されてから冒険者には死体の処理を義務付けている。
また投稿します。




