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イアースの地にて  作者: 涼原 一生
宿魂略奪編
21/22

秘密

お久しぶりです。18話です。

 昼下がりの玉座。窓から差し込む日光は淡い眠気を誘うが、緊迫した空気がそれを拒む。


 姿勢こそ怠惰そのものだが、王たる威厳を損なうわけにはいかない。


 欠伸程度いいだろうと自身に甘いのは精神の未熟さを体現する。


 玉座に構える王を見守る衛兵たちはどこか訝しげな表情を兜の下から覗かせる。


「…ふぁぁ」


 二度目の欠伸。


 退屈そうな彼が望む知らせは未だに来ない。それもそうだ。彼はすべてを軽んじている。自分の思い通りに事が運ぶと信じ、自身の許す限り自由が与えられると思っている。


 そして、他者が自分の領域を脅かすことを知らない。目の当たりにしたことが無いから。


 かつてあった祖国の悲劇を代々引き継ぎ、それを叶えんと亡き王たちが繋いできた思いも、この国の「本当の目的」すら見失った現国王は愚鈍にも王の名を冠する。


 甘い蜜を啜ることを知ったモノは、ぬるま湯に浸かり惰性でその生を謳歌する。


「ふあぁぁ…」


 三度目。最早飽き飽きした味に酔い始めた頃、扉が開かれる。


「国王様!」

「ぁ…なんだ?」

「だ、脱獄されました!」

「脱獄だと?」


 人物は問題ではない。好ましくないのは、秘密裏に行われていた制度が公に知られること。事態を速やかに収めることを正しく指示することが最善。


 だが、王はそれほど冷静でなければ聡明でなかった。密で溶けた脳はかつてのように動かず、混乱の渦に溺れるのみ。


「狼狽えるな!」


 騒ぎを収めたのは一人の兵長。


「脱獄者は私が押さえよう。小隊は城門前で彼らの逃亡を阻止。一部隊は王をお守りし、安全と判断し次第西区の酒場へ向かえ!」


 指示を出したのはゴーイ兵長、しかし兵隊の混乱は完全に収まらなかった。それどころか、酒場に向かう理由を話し合っている者が多い。


「ええい!ゴーイの指示に従え!事態は一刻を争う!」


 王が渇を入れることで兵はようやく動き出す。


 残された王は四度目の欠伸をした。


ーーーーーーーーーー


 どこまで続くかわからない螺旋階段の途中。妙な音が聞こえてくる。


「なんだ?」


 先に歩みを止めたのはルークだった。


 石壁の向こう側から人とも魔物とも言えない絶叫じみた声が微かに聞こえる。


 階段を少し進むと壁の一部が開いており、廊下になっていた。


 顔を見合わせ、互いに一歩踏み込む。まるで仲の良い友人が秘境に足を踏み入れるかのように。


 壁には血が飛散した痕跡。


 奥に進むほど音が大きくなり、異世界に迷い込んだような空間は彩を鮮やかにしていく。


 少しすると開けた空間に出る。


 やけに広い空間の中央とその上部には巨大な穴があった。


 広がる異様な景色に吐き気を催すと共に、一斉に訴えかけてくる“それ”に受け入れがたい現実を目の当たりにする。


「これは…」


 おもむろにルークが走り出す。するとそのまま壁際に屈みこむ。亡者の声とも言えるのがこだまするこの空間では何も咎める気にはならないが、その音は間違いなく何かを吐き出していた。


 何を使えば”それ”に届くのだろう。


 そう思うほどに深く。常に飛び散る血や肉片はおどろおどろしい。


 かつての記憶の一片が蘇る。


 ”蠱毒”


 正しくその光景だった。


 あまり長時間眺めるものでは無い。そう考え視線を逸らそうとした時、何かが降ってきた。


 人…?いや、にしては大きい。


 天井から落ちてきたそれは穴底へ。


 助けを請う口とは別に開いた口に飛び込むモノは牙に穿たれ、救いを掴もうと伸ばされた指先に皮膚が裂かれる。まさしく鮮血淋漓。


 声の正体は魔物。だが、今まで対峙してきたものと明らかに異なるのは、それらすべてに人の顔や人体の一部があること。


 そして、その意志とは別に体が魔物であることを証明していた。


 ところで、この世界には蜘蛛渡りという話がある。


 蜘蛛ではなく雲という説もあるが、有象無象が天より垂れる糸を昇り、雲に乗って世界を一望するという話。


 この話で出てくる有象無象は人や魔物、それ以外の生物や植物が入り混じったような動物しか出てこないという童話。


 幼いころに理想的な容姿を求めるなら、蜘蛛渡りの登場人物に憧れる人は少なくないだろう。彼らは完成された容姿であり、神と称されるのだから。


 しかし眼前にいるそれらは神とは言い難い異形。理想の裏に隠れた犠牲者の山。


 ルークは何を思った?この…穴の中に敷き詰められた魔物は、一体何のために…。


 ふと、鮮明な音が聞こえてくる。コツコツと鳴り響く冷たい音は足音。


「誰か来る」


 ルークは気配を消すようにうずくまっていた。


 どうこうする必要はない。そう考えながら壁に背を預けた。


 姿を現したのは彼らと同じくらいの男とその弟らしき人物。


「ふざけた真似を…」


 容姿をはっきりと確認はできないが、男は何かに怒りを覚えているようだった。


 だがその視線の先が、この空間を生み出した元凶に向いているのだろうと推測できる。


「リクト…」


 少しの間彼らは大穴を見つめていたが、やがてその場を後にした。そこそこの距離があったためか、こちらに気づいた様子はなかった。


「今のは…」


 男はリクトと呼ばれていた。弟の名は不明だが、今後関わることはそうないと思いルークの方へ向く。


「ああ…もう大丈夫」


 …。


 本当に、俺の知っているルークなのだろうか。

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