脱獄
久しぶりの更新、ストックはあるのですが、その都度文章に手を加えて終わってしまっていたのでいい加減投稿。
客間と言っても一般家庭と王族を同格に捉えるものはいないだろう。
そして、王族と言っても自国と他国を同類と考えることはないだろう。
「……」
バハラムとコーレルが王と対談している間、ここで待つよう案内された部屋は良い趣味をしているとは言い難い。
それでもソファやテーブルがあるのは最低限の恩情なのだろうか。部屋の床全体は網目状になっており、影となっている地下から蜘蛛や牛の魔物が興味津々にこちらを覗き込んでくる。
魔物慣れしていないナギルッサは両手を膝の上に置いて背を正したまま硬直している。
反面、なんなら斬って落としても構わないと言わんばかりの余裕を見せるカナルドは上品に紅茶を口元に運ぶ。
「ただの客間ではないみたいね」
空になったカップを戻し、ドア元で佇む身なりの整った男は不敵に笑って見せた。
「左様でございます。こちら、汚客様専用の却間でございます。四肢の一部の欠損程度はご容赦ください」
「却間…」
その単語を繰り返したのはナギルッサ。冷静さもあってカナルドは意味を理解しているのだろう。
「しりぞくだとか、引き下がる。この場合お引き取りいただくという意味ですが」
男は扉を開ける一拍を置いて続ける。
「それは“この世”から、という意味でございます」
そう言い残し扉を閉め、裏側から鍵をかける金属音も響く。
それとは別にガラガラと何かが開き、重々しい音が近づいてくる。
「あなたは座ったままでいてね」
カナルドは刀を抜き既に戦闘態勢だ。
重々しい音の主は先ほどから見えていた蜘蛛の魔物。見た目だけならただ巨大なのが3匹、カナルドに目をつけ自慢の牙を光らせた。
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場所は変わってエスティール大陸。
トワン復興のためウィーダはミレアラドムと共に大陸最南の村に足を運んでいた。
「ここに来るのは二度目だったか?」
脇にいる女性に問いかける赤髪の男。
「そうですね」
個人間で仲が良いわけではない、業務をするものとその補佐の関係。
村の外周を兵たちが見張っているとは言え、村内では2人だけであることに変わりない。
「…あれ」
「どうした?」
先に進んでいたウィーダが何かに気づいたミレアラドムに反応する。
ある一点。その辺りを見渡し、ついにはしゃがみ込んで雑草をかぎ分け始める。
さすがに様子がおかしいため、近づいたウィーダは再度問いかける。
「どうした」
「ないんだ」
「なんだ、ナイフでも落としたのか?」
「そうじゃない、前、リーサ殿下とこの地に来たときには…」
言い切る前に立ち上がり、今度は周囲を見渡す。
その様子がナイフを探しているわけではないのは一目瞭然。
颶風が一瞬横切るが、何事もなかったように静寂が戻る。
「死体だ、恐らくは村人の」
「魔物が残さず食べたか?」
「いや…。トワンはそもそも、魔物が自力でたどり着けないから建てられた集落が起源だ」
「ふむ、では何者かがその死体をこの場から消したのか」
死体。自身も発したこの単語だが、脳裏に焼き付いているあれは死体というに相応しいのだろうか?
焼けた跡のようにぼろぼろな皮膚、背骨部分を裂いたように開かれた背部。鮮明に思い出せないのは、未知の恐怖によるものだけでない。
「兎も角、本来の調査を進めよう」
「そう、ですね…」
復興のための事前調査。今は、目の前のことに集中するべきだと自分に渇を入れた。
山の雲は時の経過と共に大陸北の方へ進んでいった。
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ガタン。大きく一度揺れたのち、小刻みな振動が世界を支配した。
近くにいた家来が音の方へ向かうと、そこには花瓶の水を浴びたリンナがいた。
馬の尾のように後ろで結ばれ、異国の髪型を思わせる純黒の彼女は、主人の容態を心配する。
「リンナ様!」
「ナ…ナギルッサでしたか…」
ナギルッサ・フェカールード。ファズを除いて、アヴル家の家臣として代々仕えている家系の中では、歴史に馴染みのある名である。
与えられた土地で園芸を営み、その名と技術は隣国のレッドローズ国においても評価されている。
現在で八代目の彼女は三姉妹で、二人の姉に子を頼んでおり、天性の才能と形容すべき要領で「務めを一番早く終わらすのは誰?」と家来に訊ねれば、同じく歴の長いカハカギ家とラッポルジャクダ家を差し置いて「ナギルッサ家」と口にするのは国内に知れ渡っている。
その技量は高く評価されており、プレッシャーに負けない精神を持つ彼女は時期メイド長として日々努力している。
「まだ日中です。着替えて日に当てればすぐに乾きますよ」
そんな彼女が砕けた口調で主に接することはまずない。同僚との軽いスキンシップならともかく、目標が定まっており、誰よりも仕事熱心なナギルッサが功績を崩すような真似はまずしない。
そもそも、ナギルッサは数日前よりホーガル大陸に渡航している。
「…あなた、ナギルッサではないですね?」
その上、倒れた花を踏んでいたのだから。
「どうされたのですか?今の揺れで、頭でも打たれましたか?」
これは相手を探るための手段。なぜナギルッサに変装しているのか、なぜナギルッサが帝国を離れたこの時期にわざわざ変装しているのか。そして…
「なぜ、ここにいるのですか?」
ナギルッサ・フェカールードは午前担当のメイド。午後、ましてや日が落ちる時間に城内にいることはない。
この時点で相手が彼女のことを調査せず変装していることは計れる。
「…」
「急に黙ってどうしたのですか?あなたなら、元気に下手くそな嘘を取り繕いながらも、誰も傷つけない言い訳をすると考えますが」
苦虫を嚙み潰したような表情をした後、懐から何かを取り出す様な素振りをする。
「先輩!こっちから音がしたんです!」
「走るのはあまりよろしくないですよ」
都合よく、別のメイドが先ほどの音に気付いていたようだ。足音の数から三人ほどがこちらに近づいてきている。
「っち!」
分が悪そうな彼女はどこからか黒い布を取り出しそのまま闇へと消える。花瓶はそのままに、放置されたリンナは駆けつけたメイドと共にその場を後にする。
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『あら?』
『どうも』
視界に映るのは一人の女性と緑の広がる背景。どことなくトワンに似ているが、遠くに山が見えるから違うだろう。
『越してきたバハラムと申します』
『ご丁寧にありがとうございます。私はペンデムートと申します』
『ペンデムート、この辺りでは多い名なのでしょうか?』
『いえ、そこそこ長い人生を送ってきましたが、私の家系以外でこの苗字の人と出会ったことはないですね』
『なんと、実は私もなんです』
『そうなのですか?なんだか私たち、仲良くなれそうな気がします』
『同じことを考えていました』
『バハラムさん、これからもよろしくお願いします』
女性が微笑むと、視界はぼやけてしまった。まだ、続きが…
「…夢か」
こんな薄暗くて人と関わることもないような場所で、人と出会う夢を見るなんて。皮肉だ。
寝ていたのだろうか。そうだ、確か…
「……」
記憶を頼りに湿気漂う空間の暗がりと向き合う、その奥にそれは確かにいる。
「…ルーク」
「なんだよ」
なんだ、違和感がある。
はっきりと顔が映らないからか。向かいの牢内にある真相がわからないこの感覚は気持ちが悪い。
わかるのは、そこにいるのが俺の憎悪が沸き上がる諸悪の根源であるにも関わらず、気味が悪い程にこの空間の居心地がいいこと。
「よく、わかんないな…」
「はぁ?」
「はは…」
自分のことながら愚かだ。こんな場所で終わっていい。すべて忘れて楽になりたい。
雫が天井から落ちる度、絶望が満ちていく苛立ちと共に身をゆだねても良いという甘美な感情で溢れそうになる。
「お前、なんか変だ」
「変…?」
その言葉はどういう意味だ。俺の何が、何が…っ!
「俺の何が変だって!ええ!?」
「……」
足枷などがないから、俺の手は格子を軋ませていた。
「俺は何もおかしくない!おかしいのはお前だ!ルークッ!」
叫ぶと軋む、叫ぶから軋む。その音は感情を体現しているようだった。
憐れむように。可哀想なやつを見つめる蒼い双眸ははっきり見える。それがより、俺の怒りを煽った。
「お前が!!悪いんだ!」
「ボクが?」
「お前が!トワン村を!」
「…」
「俺の故郷を、壊したから…」
対照的な感情はその時に出にくい。彼は今、怒りから悲しみを思い出す。
「母は…リーサは…、学堂や村の皆も…」
今一度、あの惨劇を呼び覚ます。ルークがいるからだろうか、悲願が叶う可能性にしがみついている気がするからか、涙は溢れないし怒りも湧かなかった。
「なぁ」
「そうだ、お前を殺せば終わる…俺は、そのために…」
「おい」
リーサ、見ているか?俺はここまで来た。もう、悲しむ必要はない。これ以上、こいつに脅かされる人はいなくなる。
「おい」
母さん、あの時俺を逃がしてくれてありがとう。ようやく、仇を取れる。
「おいってば」
「…」
化け物が、何か言いたげだ。構うもんか、まずはここを出よう。時間はある。幸い、手足の拘束具は外れている。
…。
ネックレスがない…?
「…」
「おい」
立場が逆転した。
「なんだよ」
「お前何か知っているんだろ、さっきから呼びかけてきて、話せよ」
「…」
なんだその「こいつバカだ」と言うような半開きの口と定まらない視線は。
先ほどの怒りを少し借りて格子を蹴ることでルークに催促する。全くと吐き捨てながら彼は語り始める。
「お前が寝ている間のことだ、ゴーイってやつが俺に言伝を頼んできた」
「ゴーイ?」
確か、コーレルさんとやり取りしていた…兵長だったか?
「そいつがなんだって?」
「…その前に、その口調やめろ。慣れないんだろ」
うるさいやつだ。そんなの俺の自由だろ。
……………。
胡坐をかくことで意思表示になるだろうか。
「それで?」
「今度食事しようってさ」
…………………………………。
………は?
「…それだけか?」
「ああ、これだけ」
聞き逃したか?いや、そんなわけ…。
「ゴーイ兵長が、ルークに伝言を頼んだんだよな」
「そうだ」
「内容は、今度、俺と食事をしたい…」
「…」
「…それだけ?」
「ああ」
なんだよそれ、俺はなんのために、こいつに対して誠意を表したんだよ。
「ふざけるな!こんな状況で食事ができるか!そもそも俺はこんな国に長居する気はない!」
「ああ、それと」
「第一治安も何もあったものじゃない!誘拐されるし、投獄する!印象が良い訳ないだろう!?」
カランカラン。
「俺の言い分も全く聞き入れないし、わけわからない質問をしてくる国王が統制しているなんて、この国はどうなっている!」
「おい」
「っなんだよ!」
「それ」
「ああ!?」
金属音の正体。鍵が足元にあった。
「…ぁあ?」
「取れよ、そしてこっちを開けろ」
「………」
ルークは手錠をかけられている。そして足枷も。
「…だとして、どっから出るんだ」
「そっちから見て右から2つ目」
格子の話だろう。目でそれを捉える。
「蹴れば折れる」
ちょうど腰くらいの高さの部分が妙に茶色くなっていた。
言われるがまま行動するのは癪だが仕方ない。歪む音は心地良くはなかった。
「まぁ通れるか」
肉が少し引っかかりながらも外には出ることができた。さて…。
輪に束ねられた鍵を拾ってルークの牢屋にあうものを試す。
ジャラジャラという音の中、また思考が巡りだす。
これで終わりなのだろう。もう俺は、やりたいことを終える。
想えば長かったようで短かった。それに呆気ない。異国の兵に捕らえられた村の敵。都合よく渡された鍵。自分を殺すことがわかっている相手に渡すか…。渡すか?普通。
そういえば、ルークの雰囲気。まるで別人だ。喋り方も、俺の知っているルークとはだいぶ異なる。
好戦的で、ずっと熱気と殺意を放っていて暴走した感じ。それがなんだ?ここが墓場だと悟ったのか、まるで沈下した焚火みたいに何も感じさせない。
「…あ」
まとまる前に正解のカギを引き当てた。ガチャンという音は恐ろしいほどに響いた。
体は動いていた。扉部分を開き、俺に選択を迫るように、ルークの目の前まで進んだ。
「…」
加速する鼓動。意識すればするほど心音が聞こえ、急かすように水の跳ねる音が響く。
やっぱり、俺はまだ…。
鍵はあうだろうか。
「…」
ルークは喋らなかった。無言で、手錠に鍵があうその時を待っていた。
やがて彼は解放された。ただ、まだ本当に解放されたわけではなかった。
「聞きたいことがある」
「いいよ、答える」
素直すぎるのも妙だ。俺の知っているルークなら、勝手に喋りそうだが…。
「お前は、俺の知っているルークか。…ミラードラ・ルーク・アドラ」
「そうだよ。…君を見ていると、いい気分はしないな」
憤りを感じないことに対して疑問は湧かなかった。多分、ここまでくると虚無になるのだろう。
と、解釈して余計な思考は放棄した。
「その理由はなんだ?俺はお前に何かした覚えがない」
「…なぜだろうな、僕は大嫌いなやつがいて…。そいつを殺してやりたくて」
俺ではないのか。俺がそいつに似ているのか。
少しずつすり合わせていく中、邪魔が入る。
「おい!出ているぞ!」
「やはり錠をかけるべきだったんだ!」
俺を連行した二人だった。この階層を任されているのだろうか?たった6つの牢屋だからと警備があまいな。
「余計なこと考えるな、来るよ」
「言われずとも」
啖呵を切ったルークは猛進した。
こちらは丸腰、どうするつもりだ?
傍観していると、ルークは兵に殴りかかった。まるで野生児。
俺に向かってきたもう一人の後頭部に頭突きをかまして一瞬で制圧した。
「…おい」
「なに?」
なぜ翼を出さない?狭いからか?それとも俺を警戒している?
後者は納得できるが、それでも違和感が残った。
「ああ」
「?」
手足だ。手足も獣のようになっていない。それに尻尾もない。
先ほどの素直さを信じるか、演技だと勘ぐるか。
「いや、地上に向かおう」
「ああ」
螺旋階段の場所は覚えている。こんなところさっさと出よう。
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部屋は既に原型を留めていなかった。酸で溶けかけた壁、ひっくり返ったソファやテーブルに照明は落ちて砕けている。部屋は魔物の飛び血で赤や緑に染め上げられていた。
まだ染まりきっていない床に、払った血が飛んだ。
鞘に納められた刀は、さながら暗くなった部屋を照らす月。
「さぁ出よう」
「は、はぃぃ…」
趣味の悪い部屋だ。と言い残し二人は却間を後にする。
「さて、とは言ったもののどこへ向かおう」
「この感じですと、兵長さんたちもトラブルにあっていますよね」
「なんだ、もう大丈夫なのか」
腰を抜かしていたナギルッサだったが、すぐに持ち直していた。
「こう見えて、切り替えは得意です!」
「そう」
得意げに胸を張るナギルッサだが剣姫には何も響かない。すぐに歩き出してしまう。
「ま、待ってくださいよ!」
「待て!ナギルッサ!」
「え?」
その声はコーレル。別れたときと変わらぬ姿の彼女がそこにいた。
「兵長!カナルドさん!コーレル兵長です!…って」
少し離れてしまったと思い大きめに声を出したナギルッサだったが、剣姫は床に突っ伏していた。
「カナルドさん?」
思わぬ場所にいたことより、頭を押さえている彼女を心配するが、コーレルが割って入る。
「バハラムを見なかったか?」
「バハラム兵長は見ていないですね、あ、そうだ兵長」
そういってナギルッサは却間の惨状をコーレルに見せる。
「…そちらもただではいかなかったようだな」
「カナルドさんが魔物を倒してくれたからよかったですけれど、私一人だったらと思うと…」
最悪の未来を想像したナギルッサは身を震わせるが、それは一瞬で終わる。それに、今こうして命があるのだから。
「ではバハラムを探そう」
「はい!カナルドさん、大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
目を離していた間、何があったのかは詮索しない。剣姫である彼女のプライドを傷つけないで済むなら、その方がいいと思ったからだ。
「行こう」
「途中までは一緒だったんだ、適当に居場所を吐かせよう」
コーレルは剣を構えながら進む。魔物がいると分かったのだ。警戒するに越したことはない。
ご愛読ありがとうございました




