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イアースの地にて  作者: 涼原 一生
宿魂略奪編
18/22

ゴニディ国にて

久しぶりの投稿です


 星の口を後にした一行。平原に出てミロク国が遠くに見えてきた。


「よくやくですかぁ」


 腹の奥から絞り出すように悪態をつくナギルッサ。やはり同行するのは無理があったのではないか。三人の考えは一致していた。


 そよ風は一行を迎い入れるようで、緑は心を落ち着かせる。少なからず、バハラムは欠伸をしながら足を進める程度に気が抜けている。


 そんな平穏を断ち切るように突如、先ほどの勝利を否定するような強い向かい風が吹く。


「なんだ?」と息つく間もなく、空より目の前に降り立ったのは悪夢の象徴。


「ルークっ!!!」


 呼び覚まされる悪夢。その顔と惨劇の記憶は忘れない、剣の錆以上にバハラムの脳にこびりついている。


 願ってもない再開。今ならこいつを殺れる。


「こいつが噂の化物か」


「化物なんて酷いなぁ」


 ルークと初対面のナギルッサとカナルドはその狂気を感じ取る。剣姫の右手は柄にかかる。


 皆がルークを視界に入れる中、ナギルッサは違和感の先、空の紫色の雲を見つめていた。


「ミラードラ・ルーク・アドラ…覚えといてね?」


 そして頭を下げて丁寧に自己紹介をする、何も変わっていない。と考えたのはコーレルだけだった。


「カナルド・ヴァキラー。剣姫の方が覚えやすいかな」


「おっ?お姉さん礼儀正しいね、ボクと一緒にこない?仲良くなれる気がするんだ」


 ルークに気に入られてしまうカナルド、しかしこれはカナルドの性格であり教え。気に入られるのを好んで返したわけではない。


「悪いけど別件がある」


「あっそ」


 目を閉じ一言。不気味な雰囲気を保つルークが目を開けた瞬間、バハラムにとびかかる。


 キンッという金属音と共に無限に広がる緑の上に火花を散らす。


「速さで挑むか」


 此度はカナルド。ルークはまたも最高の餌を前に、剣に阻まれる。


 お馴染みの翼爪は以前より肥大化し、より鋭利に磨かれている。獣の牙同様に成長しているのだ。


 しかしそれはバハラムも同じく、帝国で培った剣術は半端なものではない。


「カナルドさん」


「断る」


 邂逅のたび訪れる恐怖を押しのけて脅威に立ち向かおうとする。それは自信だけで成せる行動ではない、己の弱さに向き合ったから、己の強さを知ったから。


 ただ意味もなく命を散らすためではない、至るべき理由に辿り着きルークを討つと決めた。


 記憶をなくしてから出会った人達との交流で得た知識と構成された人格で、彼は強くなっている。


 しかし剣姫は互いを接触させまいと剣で物言わす。


「流石、銀狼とタメはれるだけあるね」


「彼女は私より強いよ」


 いつか見た光景と類似。コーレルは、自分も彼女の様に映っていたのかと思う。


 女騎士が振るう剣は、雨のように降り注ぐ獣の牙を余裕で弾く。


 傍観する中、遠くよりドドドドと大きな音が押し寄せる。


「いたぞ!!」


 それに反応してルーク含め皆が音の方へ振り向く。


 爆音と形容できるほど轟く声は、馬に跨り先頭を走る甲冑をした男のもの。群青色の髪に、橙色の目。その瞳が彼の闘志を体現しているのだろう。


「なんだ?」


 緩んだ猛攻。カナルドは隙を逃さずルークを切り払う。


 咄嗟に翼爪で防ぐが、勢いで飛ばされたのもあり、かなり距離が空く。


 その後方には波のように押し寄せる軍勢。数人は天秤模様の旗を持ち、すでに戦場となっている平原に突撃する。


「かかれ!!」


 男から見て左側。抜かれた剣先はルークに向けられ、一瞬戸惑うルークに文字通り襲い掛かる。


 「なんで毎回毎回邪魔が入るかなぁ!!」


 ルークは標的を兵士に変え、地を蹴り自ら大群に向かう。


 残されたカナルドの元に集まり、皆は彼らが何者なのか、状況を整理しようと試みる。


「大丈夫ですか」


 と、隊列の先頭にいた男性が近づいており、馬から降り声をかけてきた。


 兜からはみ出る青い髪。バハラムは意図せず警戒してしまう。


「あなたはゴーイ兵長ですよね」


「ええコーレルさん、冷戦状態であるというのにお越しいただきありがとうございます」


 別称で《財国の(ミロクルナ)》。ミロクの兵による取り締まりは嫌に多く、国民はもちろん、冒険者業界でもその名は浸透している。その長であるゴーイは《財国の統犬(アズ・ミロクルナ)》という無駄に長い別称がある。これらは喋犬科の魔物、メルナ、アズメルナを元にしている。


 この場で彼らを侮蔑するのは、少し離れたところでけたたましい声を上げているルークくらいだろう。怒りをのせた拳でミロクルナを殴り飛ばす。しかし他性に無勢、ルークは押し負ける。


 妙に早口で事情と情報を交換する兵長達。


 双方光景を見続ける必要はない、そう心の中で呟いたナギルッサはバハラムに声をかける。


「冷戦って知っています?」


「確か…」


 直接手を降せない状態に陥り、両国が拮抗しており、駒を動かせないでいる状態。また主戦力に加担しているが、一時的に戦争を放棄している国が該当する。ミレアラドムに歴史を教わった時に知った


「冷戦」の定義だ。


 彼らがこうして会話をしていられるのは、国王の決定により「我が国は冷戦状態に入る」と世界に公表したから。そして、冷戦状態の国、また国に属する人々に対して争いをけしかけるのを禁じられているためである。


 これらはすべて英雄の決定に習ってのこと。俗にいう一方的な行動は慎むのがマナーである。


「では、早急にあれを排除してまいります」


 しかし魔物は該当しない。知能が低く、人々を襲う彼らは、「人」と定義されるものだけに適応される文化に意味を成さない。


 そう覚えていたためにゴーイの行動に驚くものはいなかった。


 ルークは国に属さなければ人でもない。そのために魔物と同類である、そう世界で認識されてしまったのだ。


「私はあくまで護衛、あれを倒すために来たわけじゃない」


 カナルドはいつだって冷静だ。状況と己の優先順位を把握し行動に移している。


 バハラムは感心すると共に学ぶ。ルークに向けられた殺意を押し込めきれないが、深呼吸をすることで目的を再認識する。


「では向かうとしよう」


 コーレルの声かけと共にミロクへ向かう。


「待っていろよ!バハラム!!必ず!!」


 遠ざかる声に哀れみを感じながら、バハラムは前を向いた。


―――――――


 化物と出会ったが故に良い気分で入国した者はいなかった。


 城門脇で入国手続きを行い。紹介状を提示すると承諾してくれた。


 アヴル帝国で入国手続きがないのは敵なしの証明。ミロクのように兵を多く充て、警戒するのは賢くも臆病な考え。


 今でこそないが、過去に帝国と財国で大きな衝突があったのは、対立する価値観とこの計画性の違いによるものだった。


 ゴーイ兵長とあった旨をコーレルが尋ねると《化物》の討伐を国王が依頼したそうだ。最早魔物扱いなのには、いくら仇とは言え疑問を抱かずにいられなかった。


 護龍柱に向かいたいというバハラムの意向を汲み、訪問経験のあるコーレルが先導して向かうことになった。


 開かれた大通りにはレールが引かれており、蒸気を原料とする車が行きかう。


 車道、歩道ともに十分な幅が設けられ、彼らは左側の歩道を進んだ。



 薄っぺらい円形の生地に野菜が乗せられた食べ物を嗜む者、空き地に浮く球体に飛び乗り遊ぶ子供、街道脇には知らない世界がいくつも並んでおり、大通りの先には人ごみの上から宮殿の頂上が覗く。


 人口密度と活気から、バハラムは改めて大国というものを知る。


 プシューという蒸気音のする列車を挟み、大通り右側には赤レンガが高く積まれており、その奥の景色は全く見えない。


 わずかにレンガの上に見える煙突のようなものはいくつも連なり、その先から周期的に蒸気が噴き出している。


「バハラム兵長!あれ!!」


 声の主はナギルッサ。路地の脇でバハラムを手招く。


 興奮した声は聞きなれていたが、人の目を気にしたために変な汗をかく。


 助けを求めるバハラムだが、我関せずなカナルドとコーレルは一瞬こちらを向いた後、真っすぐ進む。


 よどんだ気持ちを払いナギルッサの方へ向かう。


「どうしました?」


「あれ!見てください!」


 催促されて空を見ると空から岩が落ちていた…いや、岩という規模ではない?


 それを見つめるのは二人だけではないが、道行く人は気づかず歩いている者が多い。


「神様の涙か?」「涙があんなであってたまるか」「昨日出た糞あんなだったな」


 立ち尽くす人々も各々の感想が口に出ている。壮大な景色を前にすると、口が軽くなるものなのだろうか。


「もしかして、英雄もあんな感じで…」


 あながち的を射ているのでは…。


 ナギルッサの推測に、素直な感想を抱いたバハラムはそのまま口に出す。


「人が空から落ちてくるものですかね」


「もしかしてですよ、英雄は人知を超えた存在と言われているので」


「なるほど」


 空から落ちる岩は遠方の海域に落ちるだろう。そう考え二人を追おうと歩道へ戻る。


「あれ?」



 が、既に二人の姿はなく、雑踏の半分以上が青い髪の民衆で溢れていた。


「とりあえず向かいましょう。いずれ合流できます」


「そうですね」


 ナギルッサの軽率な行動ではぐれてしまったのだが、そこを責めないのがバハラムの懐の深さ。ナギルッサはバハラムが兵長になれた理由が分かった気がした。


―――――――


 二人で道行くもう一人の兵長と剣姫。


「剣姫だ!」「本物じゃねーか!」「あ、握手したいなぁ…」


 広間に出るとカナルドは注目の的になっていた。


 それもそのはず、ここミロクでは彼女を信仰する人が後を絶たない。老若男女問わず憧れる存在。


 カナルドは彼らの事を気にも留めず歩いている。隣を歩くコーレルも同様に、二人とも冷めた様子。


 流石剣姫、庶民とは相容れぬ境遇であることを理解し、常日頃から皆の理想像を保っているのだな。と、自身のことは彼らの眼中にないことを理解しながら、コーレルは感銘を受けていた。


 その実、感情は高揚していた。注目されている喜び、そこから僅かに綻びを見せる口元。


 剣姫はおしとやかで冷静な印象。世間からのイメージで生まれた剣姫の理想像を、カナルドは演じている。


 そんな彼女の前に、一人の少女が駆け寄る。


「どうしたの?」


「あの…剣姫さん、これ」


 勇気を出して何かを差し出す。少女の目は閉じ、行く末を直視しないで待つ。


 それは小さな箱。赤色のリボンで縛られた白い箱は、少女の体と共に不安を体現するように震えている。


 親などはいるのか周囲を一望すると、悔しそうにしている男性が多く、女性がいても、彼女達も同じように悔しそうにしているだけだった。


 腰を下ろして箱を受け取り、少女が眼を開くのを待つ。目を開いても未だ不安そうな表情でカナルドを見つめる少女に対し。


「ありがとう」

 その一言だけで少女は満面の笑みを浮かべる。


 まるで太陽のような明るい表情で続けざまに所望する。


「あの、握手もしてほしくて」


「私でよければ」


 その優しい感触に緊張がほどけたのか、また笑顔を向けた。


 しかし、まだ肩が震えている。何かに怯えているのだろうか。

 

 少女をぎゅっと抱きしめると、小さな腕を回してくれた。


「ありがとうございます…私幸せです」


 か細い声でそう聞こえた。すると周囲から感動している声が聞こえる。


「てぇてぇ…」「剣姫ぃ…懐が深すぎますよ…」「ああ…彼女は女神だ…」


「好きぃぃぃぃぃ…」「あぁもう私には耐えられない…」


 少し危険な香りのする発現もあれ、彼らはすべて剣姫を尊敬しているのだろう。


「あの…剣姫さん…」


「まだあるの?」


「あの…一緒に来てほしくて」


 二人は目配せをし、少女の後をついていく。


―――――――


 着いた先は中央に噴水のある、先ほど広間の隣にある広間。その隅にある民家の手前。


「昨晩は工業区で出たのですって」


「怖いわねぇー…これで5回目でしょう?」


 その脇で談話をしている女性が二人いた。


 彼女たちがこちらに気づく。少女が手を握り、意図を理解したカナルドが歩み寄る。


 コーレルは場違いだと感じ、少し離れたところで待つことにした。


「こんにちは」


「剣姫さんこんにちは、ユエルちゃんもこんにちは」


「こんにちは!」


 親しい仲なのだろう。少女が満面の笑みを向けながら元気に挨拶をする。


 ユエルは一緒に来てほしかったのだろう。勇気を出すように手はより強く握りしめられる。


 少し迷った末、ユエルはもう一人の女性に向く。


「ファニーさん!私お姉ちゃんに会いたい!」


 困った様子でカナルドへ視線を向ける婦人。


 事情を聞くと、改めて名前を教えられる。


 少女の名はマナイド・ユエルと教えてもらった。困った様子で顔を向けるファニー婦人が引き取ったそうで、元より仲の良いマナイド家とファニー家は水入らずの仲だそうだ。


 婦人と話をしていた女性、私が最初に声をかけた人物はエイハティ・ラクロ。生け花教室のご学友だそうで、正面の家が自宅らしい。


 事件当時の流れはこうだ。


 何の変哲もないある日、マナイド家はユエル一人を残して両親と姉が外出。留守番をしていた彼女は夜になっても家族が帰ってこないことを不安に思い、向かいのファニー宅に訪問したそうだ。


 まだ6歳のユエルにそれを直接話すのは酷というものだ、と考えている婦人、もといファニー家は事件性があると判断したため、今回の内容を秘密にしているそうだ。


「特に予定もなかったそうで」


「妙ですね」


「とにかく、この子は寂しがっていると思うのよ」


「しかしその穴埋めをするのは私の手に余ります」


「そうよね…」


 恐らく婦人でも、ユエルのお姉さんの変わりにはなれない。なれないのが普通なのだが、少女の心の穴を放っておくことができないのは彼女も同じ心情だろう。


 顔の高さは自然と少女と同じになっていた。


「ユエル」


「なぁに?」


 寂しそうな表情は既にない、強い子だ。


「お姉さんを連れてくるのは私だけではできそうにない」


 ユエルは俯いてしまう。


「だけど、ユエルと、沢山の人の協力があればお姉さんとまた会える」


「ホント!?」


 嘘はつけない。


「絶対ではない、だけどお姉さんも君に会いたいはず」


 応えるようにユエルから手をつなぎ。カナルドは立ち上がる。


「同じ状態の家族のことを教えていただきたい」


 真剣なまなざしで彼女らに訴えると、遠くから知っている声が聞こえてきた。


「やっと追いついた!」


「遅かったね」


 能天気な反応をしながら、自然とコーレルの元へ集まる。


「カナルドさんを探していると尋ねたら、鬼の形相になるもので、コーレルさんを探していると聞いて回っていたら時間がかかりました」


「そう」


「剣姫、私たちがこの地に来た目的を忘れないでいただきたい」


「わかっている」


 息が上がっている二人は何のことやら。コーレルがまくしたてる。


「善意でやっていることであろうと、我々には為すべきことがある。行動に制限をかけるようなことに首を突っ込むのはやめてもらおう」


 初対面の時、リンナさんに謁見しに行った時のことコーレルのことを思い出した。


 厳しく、責任感のある表情だ。


「すまない、善処するよ」


 さすがのカナルドもこれには反省する。契約をしているのだ、集団での行動を最善にするべき。と考えを改める。


「…彼女を否定するわけではない、ただ状況を考えてほしい」


 バハラムはコーレルの言う彼女…ユエルへ視線を向ける。

女性の後ろに隠れ、少し怯えながら、こちらの様子を見ている。


「…もう1つ」


「ん?」


「もう少しだけ、あの子といても構わないか?」


「…言っても聞きませんよね」


 コーレルは呆れるように、しかしカナルドのことを理解しているようで、悪態には聞こえない返事をする。


 いつだって冷静だが、人情に熱い人物だと。カナルドの魅力はこの国で知られている。


 踵を返しカナルドは改めてユエル達の方へ。


「必ず、お姉さんに会わせます」


 ユエルの手前、必要以上の言葉は語らず。カナルドは少女を連れて一足先にその場を離れる。


―――――――


 そこから歩いてすぐ、護龍柱に着いた。紋様も何もない石造り。帝国のものと同じように石碑のように文字が刻まれている。


 二人は離れた場所で待っており、バハラムは一人柱の前でその文章を読む。


 バハラムは懐から出した紙にそれを執筆する。


《定めを受けた者は、我の姿を見て真実を知ろうとした》


《されど真実は霧の中。払うのは有象無象では叶わぬ》


 帝国、財国と文が続いているのはまぐれか。特に気にする必要もないだろうと紙を懐へ戻す。


「初めて会った時もああしていたな」


「そうですね」


「何かあるのか?」


 言葉に詰まる。


「…故郷での習慣です」


 ずるい道へ逃げた。そう言えば相手は詮索できない返し方をしたのは、故意ではなかった。


 しかし、現状目的以外に思考を妨げられないようにしたのは、バハラムなりの気遣いだった。


 顎に手を当て思考を巡らせているナギルッサを咎めるように目で合図し、先に行ってしまったバハラムの後を行く。


―――――――


 城の手前の広間。帝国と同じように兵が隊列を組む程度の規模はあり、そこそこの広さが設けられている。


 その左わきで、黒と白の正装に身を包む長身の男が、屋台のようなものを背に何やら語っている。


「この国も、悪魔の襲来による被害を大きく受けました」


 帝道語で「国王許可済み」と刻まれた腕章をつけていることから、王の許可を得ているようだ。


 魔法によって火の演出、ガラスで出来た平坦なキャラクターは、下から伸びる棒で位置調整を施され、それぞれ役者として過去の出来事を再現している。


「ちょうどいい。バハラム、あれを見るぞ」


「わかりました」


 先ほどのこともあり気を引き締め、口調はすっかり仕事モードに入っている。


 バハラムも相応の返事をし、一行は講演を最前列で見ることにした。


 ユエルと共にカナルドが最前列に立つ。それに反応し道行く多くの人々が観客として並んだ。


「さぁさぁ皆さんお立合い!本日は悪魔襲来の劇です!」


 元の人が少なかったためか、中央右脇に立つ腕の長い男は後ろに何やら合図を送り、改めて劇を始める。


「およそ二百年前、かつてアルカリアと呼ばれていたこの地は、悪魔の襲撃を受けました」


 今では三つに絶たれた大陸は1つであり、龍と人の住まうアルカリアと呼ばれていた。


 巨大な大陸がどのようにして断裂されたのか、定かではない。


「ここミロクの地も例外ではなく、古来の王はその対処法を探っていました」


 ガラスの役者は一度下に隠れ、背景の板も入れ替えられる。


「そこでアルカリアの総統である龍王はある提案をしました。予知夢を見るという女性の言葉は以前にも未来を的中させており、今回もその言葉を信じていたため、龍王は世界中にその話をしていました」


「闇の中で憤怒の真紅を見た。救いの剣を持ちて、頂に君臨する」


 幼くも勇ましい声。赤いローブを羽織った一人の少女が演じる。


「先見の力を持つ女性の言葉、龍王はそれこそが救いであると信じた!」


 少女は、腕を伸ばし木刀を空に向ける。


「それが彼の英雄レイガ・メスダなのです!」


 舞台は忙しなく景色を変える。


 同時に、少女は英雄の真似事をする。


 ガラスの悪魔は魔法で砕け、塵すら消滅する。


「人々を救うべく奮ったのは、悪魔の罪を塵と化し、すべてを払いのける剣!」


「だけど、私一人ではすべてを止められない」


 そうして裏から数人の少年少女が出てくる。大きな耳の飾りと、尻尾と羽を生やして。


「龍王は、龍と人の間に生まれた龍化族を戦闘要員として派遣しました。その力は悪魔を凌ぎ、英雄の助けにもなりました」


 悪魔からすればレイガたちの所業は残虐そのもの。


 しかし、誰かが裁かねばならない。生き残らねばならない。見守る王龍や国王たちはそれを黙認していた。


「脅威である悪魔を追い払った英雄はこの地に制約を設けました」


「争いを止める。何者も、傷つけることを禁ずる」


 焦土と化した地で、少女は宣言する。


「その後、英雄は空へと飛び立ち、世界に平和が訪れました」


 舞台はたたまれ、役者たちが閉幕を示しお辞儀をする。


 疎らに拍手が起こる中、カナルドがニアを渡すと数人も同じようにニアを置いていった。


 その後は素っ気ない態度でその場を後にする。これがゴニディの基本なのだろうか。バハラムはなんとなく居心地の悪さのようなものを感じながら、雑に重なっていく価値を見ていた。


「おや、皆さんお揃いで」


 そこにはゴーイがいた。ルークを捕らえたあとだろうか、疲労の表情は見せず、相変わらず爽やかな雰囲気を放っている。


「ご苦労様です。ゴーイ兵長」


 同じ肩書を持つコーレルが相槌を打つ。


 またも兵長同士で会話を始める。コーレルは何を意味として彼と話をしているのか。


「どうです?今晩バーにでも」


 ナンパだった。悔しいが彼は顔立ちがいい。背も高いし大人びていて余裕がある。


 二人のやり取りを見て「私は先に行く」と告げカナルドはユエルと姿を消した。


 バハラムは謎の劣等感に駆られながら、劇の感想を口々にする声を耳にする。


「龍化族はどうなったのだろう?」「案外、身近にいたりしてな」


「あの人たち全員耳が大きかったよ?」

「役が分からないと困るでしょう?あれは飾りよ」

「私もやってみたい!」


 そんな中、一人の意見が耳に残る。


「荒い方法だが、隠れて生きるなら耳を切り落とすなど造作もないかもしれない。白尾のように、堂々としていて強い人ならそんなことする必要はないのだろうがな」


「ちょっと!!私は銀狼派なの!白尾呼びはやめて!」


「あ、ああ…すまないアイリ」


 打算的で、他人事だからと言える意見。憤りを感じつつも冷静になる。


 それに、自分は耳が長くない。

 

「へいちょ~!」


 人の波に流されたのか、少し遠くから、通行量の落ち着いた歩道をナギルッサが駆ける。


 迂闊。脇道より出てきたフードを深くかぶる女性とナギルッサがぶつかり、その女性は倒れてしまう。


 同時にカランカランと軽い木製の音を立てるものがバハラムの方へ転がる。


「ごごごめんなさい!!大丈夫ですか!?お怪我は!?」


 女性は呆気に取られている様子で、フードの隙間から眼を泳がせている。


 その間にも起き上がることはできたはずだが、それができないのは女性には右足が無いからだった。


 また、両手も骨折しているようで、人差し指と中指が包帯で巻かれている。


「これは…」


 脚代わりに杖を両腕に持っていたようだ。バハラムはそれを二本持ち、二人に歩み寄る。


 慌てて女性の体を起こすが、女性は頑なにフードから手を離さなった。


 杖を手渡すと女性は「ありがとう」と一言。


「本当にごめんなさい!」


 共に立ち上がってナギルッサは改めて謝罪する。深々と頭を下げるとは、彼女のためにある言葉なのではないか。


 それだけ責任を感じ、謝罪するのであれば気を付けるべきなのでは。とバハラムはナギルッサを反面教師として捉えた。


「大丈夫。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい」


 女性は少し憂鬱な表情のまま、杖を脚代わりにその場を後にする。


「すまない皆、行こうか」


「はい」


「…バハラムは?」


「え?私の隣に…」


 ナギルッサが振り向くと、バハラムはそこにいない。代わりに、大きな袋を担いで走り去る男が三人。


「「なっ!?」」


 嵌められた。歯を噛みそう呟いた。


 ナギルッサは先ほどの女性がいないか見渡すが見当たらない。あの人もグルだと考えるのが妥当であり、コーレルにその旨を伝える。


「私はやつらを追いかける!ナギルッサはここで待機!」


「了解です!」


 カナルドがこちらに来るかもしれない。現状あれを追いかけるのなら私が適任だ。


 袋が蠢いていることから、中で何かが暴れていることが分かる。この状況なら、バハラムが誘拐された線を考えるのが全うだ。


『あんたは剣。人を助けられる娘だ』


 いつかの記憶の中の台詞に従って、コーレルは舞台に背を向け、男達を追いかける。

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