兵長として
前回の続きです。
15話
今では帝国内で幅が効くバハラム。というのも、塵払剣を預けるに際して条件を提示していた。
それはカナルドと再会した日。約束をしていた様子のコーレルを見て考えついたことだった。「塵払剣を餌に約束をすれば、融通が利くのではないか」なんてあくどい考えではない「ここを拠点にできれば良好」程度のもの。
面会相手としてリンナ、オムガ、記録係としてファズ同伴の元、契約は成された。
「ではまずお答えします。リンナ様お願いします」
「…貴方を城内に置いたのは他でもない。前日に話した通り、勇器は一国を揺るがす程の価値を備えている。物によって種類は異なりますが、超常的な能力を秘めているのは間違いない。そのためわが国で保管できれば、と考えていました」
数日前に知ったばかりの情報。城下町の図書館には勇器に関する書物はあれど、実物の模写やレプリカがあることはなかった。そのため携えていた塵払剣が本当にそれなのか確認が取れずにいた。
しかしオムガが知っていた。過去に目の当たりにしたことがあるようで、また拝むことになるとは思いもしなかったと語った。
「拘束するような真似をしたこと謝罪します。申し訳なかったわ」
「いえ、そんな。納得出来たので大丈夫です」
「…塵払剣を持っていたのが貴方でよかったです」
面倒なので、リーサが寝ている間にリンナに塵払剣を預け「もし声が聞こえたら、宿主と話して待っていて」と言伝をした。
その翌日にリンナの演説によって、バハラムが帝国内において重要人物であることを公開した。
その際バハラムは帝国兵の長に任命され、彼がガイーツを一人で討伐したことを認知している冒険者や国民は彼の存在を快く受け入れた。
トワイライトの言う通り、帝国の人達は人柄が良い。と改めて感じるのであった。
演説から二日後、バハラムは銀盃に宿るオムガを右手に朝の散歩に出ていた。
銀盃は思っていた以上に軽かった。寧ろ水を零さないように注意数必要があるほどに。
変わらず雪が降り積もる庭を通り、コースは池の方へ進む。バハラムの来たことのない進路だった。
「演説は緊張しただろう?」
「はい、ああやって立つのは始めてでした」
なんてことない会話の中、話題は勇器に移行した。本来なら宝物庫にあるべき塵払剣は地下牢獄の最深部に封印されている。
それもそのはず、宝物庫なんかに入れていれば万が一の時に誰かに奪われてしまう。
勇器は、偉人の生きた証。軽視するのは歴史を否定するのと同義で、多くの宗教団体の反感を買うことになる。
「似ても似つかないですね、これも…勇器なのですよね?」
「いかにも、これは勇器を解読して作られた。魂映しと呼んでいる」
内容は塵払剣の宝玉と銀盃の命水。アスノロの大魔女の技術共有によって魂の定着を決定づけており、オムガが現世に留まり続けられる理由だそうだ。
バハラムに興味を持ったのか、石畳の方へ泳ぐ蒼い魚によって生まれた水面の揺らめきと同様に命水も揺れる。
「五感がかなり弱く、血族の者の声しかはっきりと聞こえないのだ」銀盃にはそんな制約は無かったように二人の会話は滞りなく弾んでいる。
家族同様に扱ってくれているようで、少なからず互いの気分は高揚していた。
「度々話題に出ますね、アスノロの大魔女さん」
「魂を器に流しこみ、この器を体として生きているのだ。どういう原理か、見ること、喋ることも聞くこともできる。何年も前に人である時の体は死んでいると言うのに」
非常に優れた魔法技術。超常的なことをやってのけるアスノロの大魔女に興味を持つのはごく自然だろう。
「戦姫と謳われるレイガ・メスダも、宿魂と共に旅をしてきたと言われている。其方の携えていた塵払剣が真ならば、彼の戦を目の当たりにした宿魂があの宝玉の中にいるのではないか?」
「彼の戦…まさか、あの戦争のことですか!?」
こちらも度々話題に出てくる。現代では《赤星戦争》と伝えられる彼の戦争は悪魔の襲来、英雄レイガの手によって終息した。この大地に生きる上で知らない者はいないだろう。…数日前の自分は全く知らなかったが。
そしてその宿魂はリドゥルのことを刺すのだろう。
更に今になって思う、塵払剣を持っていないととても楽に会話が出来る。
「そう焦ることはない、鈍灯龍から啓示を受けたのだろう?各地の護龍に聞いて回れと」
「…」
ふと思い出そうとする。
確かに思いだすのは「トワン村は滅びた、お前はその仇を取るのだ」という戒め染みた宣告。同時に、血で濡れてはっきりとしない顔が二つ。
トラウマというものはいつ思い出しても恐怖するもので、例に漏れずバハラムも身を震わせる。
「…其方が人として強くなれることを、私は願っている」
「…お世話になりました」
「何、これからも付き合っていくのだ。手を差し出してくれればよい」
今のバハラムを勇気づけるには充分な言葉だった。
教えに習って手を差し出す。乗せられた前国王の掌は冷気を纏い、気を抜けばすり抜けてしまいそうだった。ただ、その言葉や行動に偽りはない。彼は間違いなく背中を押してくれた。
その日も訓練場に顔を出した。いつも通り筋トレから始まり剣のぶつけ合いをしていた。
訓練中、数人の兵士達がそわそわしており、昼休憩にバハラムの元に一人の兵士が訪れた。
「どうしたのですか?」
休憩時間だと言うのに、変わらず体を動かすバハラムに感心しながら男は言う。
「少し遅くなったが、昇格おめでとう」
「ありがとうございます」
低い声だが優しい声色。目は細いが何かを見据えるようで微妙につかみどころのない長身の男は、腰を下げて顔の高さを合わせて話かけてくる。
彼は副兵長のオル・ギスティン。兵士の中で断トツの肉体は、副兵長を冠するのに相応しい。
あまり言葉を交わした覚えはないが、祝いをしてくれた手前良い人と解釈するのは普通だろう。
「今朝聞いた話だが、お前さん他国に派遣されるかも知れない」
「誰が話していたのですか?」
「あー、その前に」
ギスティンが自分の後方に眼を向けると、どこかで見た緑髪の女性がバスケットを持っていた。どうやら昼食を持っているようで、少し歩いて庭のベンチに腰を掛け食事を始める。
バスケットの中にはサンドイッチが並んでいた。間にはハムとレタスとメジャーな組み合わせ、女性は脇に佇みそれを2人に渡す。
「それで…」
バハラムは食い気味に尋ねる。
「ウィーダ様とリンナ様」
サンドイッチを嚙みながら話を聞く。
「コーレル兵長と共に召集を受け内容を伺った。アヴル家の面々と、護衛兵長様もいらっしゃった」
どうぞ。という声につられて新しいサンドイッチを右手に受け取る。
「要点を伝えるなら、他国の状況を知るべきというお話」
間にはカツが挟まっていた。小さな喜びから、口に運ぶスピードが速くなる。
「そこで出て来たのがバハラム兵長のお名前」
「バハラムって、前に宿を借りたお客様?」
微妙に感じていた既視感は繋がる。出て来た名前はローズ・デチラ、尋ねると彼女は肯定した。
妹と同じ髪と眼の色だが、妹のリフィに比べると勝気な性格でそれは表情や声色にも出ている。
記憶にあるハキハキとした声は男勝りなので、少し物腰低く言葉を続ける。
「その節はお世話になりました。スティアさんには街を案内してもらって、とても助かりました」
「そうなの?」
おかしい。なぜデチラさんが不思議そうに俺の顔を覗き込む。確かにスティアには街を案内してもらって、ギルドで換金もした。食事もした。
別の話題で、何か繋げようと試みる。
「えっと、宿に関しては突然出ていってすみません」
「んん?スティアから、早朝に対応したって聞いていたけど?」
まただ、何かがおかしい。どこかずれている。
考えれば考える程糸は絡まって、解ける気がしない。
「おいおい、俺を置いてかないでくれ」
「ごめんて」
デチラさんはギスティンの言葉を軽く受け流した。
ギスティンが何かに気づいたように語り掛けてくる。
「兵長、左腕どうしたのですか?」
左腕に目をやると皮膚が切れている。といっても、ささくれのような規模だ。
血こそ出ていないが、年季の入ったテープのように、皮膚の所々が捲れあがっており、少し気色悪い。
「気づかなかった」
「変な傷ですね、痛くないのですか?」
心配そうに頭の位置を下げて問いかけてくる。声色も変わっていることから本当に心配なのがわかる。
「大丈夫、痛みは感じないかな」
ほっとした様子のギスティンを見て、デチラが微笑む。
「ところで副兵長。先ほどとは口調が少し変ですよね」
「そうなの?」
「いや、その…」
ギスティンは突然慌てだす。視線がバハラムとデチラの顔を反復横跳びし、やがて頭を掻きながら答えた。
「彼女の手前、兵長とは上下関係であることを示さないと。と思い…」
「別に、口調を堅くする必要なんて…」
「見栄を張らなくたって、ギスティンが素敵だって知っているわよ?」
ギスティンをうまく擁護できないのをカバーするようにデチラが言葉を添えると、彼の表情が緊張と共にやや崩れる。流石、付き合っているだけ…あれ?
「お二人は…そういう間柄ですか?」
ふとした疑問は、自分でも驚くほどすんなりと口から出た。今更後悔するのは遅いが、現実は優しかった。
「そうそう、名義の変更こそしていないけど、私達夫婦よ?」
そう言うと、デチラはギスティンの腕に自分の腕を巻き付ける。
「…汗臭くなってしまうぞ」
「おいそこ、午後の訓練を再開するぞ」
コーレルが注意する。
「それじゃあ」と言って彼らは訓練に戻るが、コーレルのその言葉には少し妬みが籠っていそうだった。
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この日もミレアラドムは別件が入ってしまったため、訓練場で一日を過ごした。
塵払剣をもう一度触っておきたいと伝え、ウィーダやリンナがそれを承諾した上で兵士達の元で訓練をしていた。扱っているのは振る度に歪むような音を出すが未だに折れない木刀だが。
雪は降っているが積もるほどではなく、雑草が顔を出している。
「金運や幸運、すぐに行動を起こすと良い方向に進むとか、色々あるな」
顔を出したコーレルが呟く。何ですかと問うと「最近知ったのだが、トカゲの象徴する意味らしい」コーレルの視線は茂みの方、トカゲが移動しているようだった。
ふと思い出す。夢に出て来たあれもトカゲに見えなくはなかった。
すぐに行動を起こせと言うのならば、思い立ったが吉日。
「この国の護龍に会いたいのですが」
「そうか、熱心なことだ」
その返答に少なからず疑問を抱く。
護龍に立ち会うのは良い心がけなのだろうか?トワイライトはその様な事言っていなかったが…。
「この国の場合、祈り手が呼ぶことで姿を現す。決まって、1人ずつでしか会ってくれない上に、1時間以上柱の前で待たないと話をしたくないという頑固な護龍様だよ」
何ともまぁ頑固な龍がいたものだ。国民にこれほどの物言いをされても文句は言わないのだろうかと考え、尋ねてみようと頭の隅に残す。
「その、祈り手というのは…」
「その前に伝える事があるから、そっちからでいいか?」
承諾するとコーレルは淡々と語り始めた。
「今度、ゴニディ国へ訪問する。ぜひお前に向かってほしいとオムガ様が。勿論、判断するのはお前自身だ」
「わかりました。今晩までに考えときます」
その返事を聞くとコーレルはその場をあとにする。その後を追うと、見覚えのある階段と緑色の髪の元へ辿り着く。
「祈り手はファズだ」
「えええ!?」
驚いた声をあげるのはリーサ。俺も驚いたが声には出さなかった。
「何を、一体」
…顔には出てしまっていたのでファズに睨まれる。
「相変わらず眼つき悪いね、このまな板美人」
リーサの口調も、ファズの毒舌に似たものだ。
内容を伝えると、最初の頃では想像もつかない丁寧さで答えてくれた。
「明日なら呼べるでしょう。コーレル兵長がよろしければ、明日の朝私の元までお越しください」
二人の兵長は各々、別の問題で頭を抱えてることになるだろう。
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夕飯。普段から豪勢な料理だが今宵は特別豪勢だ。
語彙力の少ないバハラムは「カラフルで食欲をそそる臭い」としか言えない。
「ファズさん、知らない料理です」
「食べればわかるでしょう、どうぞお口へ運びください」
「ファズ、説明してあげなさい」
「では手前から…」
バハラムはリンナの優しさよりも、ファズの言葉に素直にうなずいていた。
「丁寧に説明を致そうとしたのに…!?」
「うふふ。してやられたわね」
ファズは因果応報を知る。
咎める者はなし。バカにする必要もなし。こういった日常が流れるのが平和の象徴なのだ。
「そういえばバハラムに伝言があるのよ」
「誰からですか?」
それだけ付き合えば、一般的でもあるが王族のマナーは熟知している。食事から手を放し、会話に移行する。
「今も仕事に明け暮れる彼からよ、私と共に責務を全うしている間に考え直したみたい」
「なんの話です?」
「君の意見でプライドという鉄が溶けた気がした。過去の自分は驕っていた。今は国王として、王家だけでなく国民を導く剣の一つとして、帝国を維持することに勤める。との事よ」
恐らく「彼らにだって発現する権利がある」など、会議でのやり取りのことだろう。
「よかった」と一言だけ返し、再び料理に手を付ける。
「男の子はこれくらいがいいと思うわ」
「リンナ様…」
「いただきます」
リンナも続いて食に手を伸ばした。
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一層冷える夜は闇の月の半分を意味した。厚着をするバハラムの部屋にノックの音、返事をするとドアが開く。何度も耳にしたためにドアの開閉音で誰が入ってくるのかわかる。
「失礼します」
白い衣に黒い服は温かそうだ。まるで協会の礼拝者のような形のファズがドアを閉める。
壁に立てかけられた塵払剣をチラッと見るが「もう眠った」と言うと軽く呼吸を挟んだ。
「今日はどうしましたか」
「普段はリンナ様をですが、リンナ様からあなた様の傍にいるように言われたので、今宵はこちらの部屋にお邪魔します」
「わかりました」
互いにリラックスした姿勢で座る。と言っても、ファズは正座だ。
「気になったことが一つ、オムガさんの奥さん…この城にはいないですよね」
少し考えた後、ファズは口を開く。
「アヴル家は、代々子宝に恵まれていないのです。オムガ様も例外ではありませんでした」
その面持ちは深刻そうで、彼女には珍しく暗い顔になる。
「どれほどの女性と生を育もうと試みても、番となる女性が子を授かることは滅多にありませんでした。王家の妻になれるとはいえ、齢を重ねるオムガ様とご自身に嫌気がさして離婚されたことは少なくありません」
「じゃあ、一応奥様が…」
「はい、オムガ様の妃であった人は三人おります。二名は存命ですが、片方は余命幾許もない老如です」
そして、少しだけ弱い部分をさらけ出す。
「ファズ家は長寿で、私の代で3代目です。齢を30ほどにして毎晩苦悩する彼らは、見るに堪えない光景でした…」
「…」
弱みを見せる理由、それはきっと信頼。バハラムのことをどこか頼りにしている節があるのだろう。
洞察力にかけるバハラムは、その事にすぐに気が付かずにいた。
「きっと、リンナ様も心のどこかで…」
ファズの顔が一層暗くなる。話題を変えようと閉じていた口を開く。
「いつもリンナさんの横にいるイメージですけど、何か理由とかあるのですか?メイド長とはいえ、仕事も多いでしょうし」
「…我がファズ家は代々アヴル家の家臣なのです。私とミレアラドムはリンナ様と…ラグ様の近衛のようなものでした」
会話は、彼らが幼かった時代に移行する。
ファズの優しい声は、疲労の蓄積されたバハラムをいつの間にか眠りに誘っていた。
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これは…夢…。
辺りは靄がかかっており、自分の思うように動けることから明晰夢に該当するのだろう。
自分の思い通りの情景にできたり、自分の意思を夢に反映させて楽しいことが出来たりするそうだが、バハラムはそのことを知らない。
「予見」
漠然とした思考から言葉を引っ張り出す。
すると靄の中から見知った人物が現れる。
長身ですらっと伸びた金髪、該当する知り合いは一人、兵士から本名を聞いた、カナルド・ヴァキラーだった。
そして、その後ろには見知らぬ、人のような存在。
はっきりとしない空間の中、二つの影の全貌こそ見えないが蒼い光が三つ確認できる。正体はカナルドの右眼と蜥蜴のような人型の両目。
予見。その言葉の通りならこの二人と合うことになる。朦朧とする意識の中でバハラムはそう結論付けた。
ゆっくりと目を閉じ夢から覚めそうとすると悪魔のようなそれが口を開く。
「お前は尻尾。あの方の右腕にはなれない」
意味ありげな言葉を告げられると、強制的に朝日を拝むことになった。
夢の中で何を言っていたか思考を巡らせてみる。
思い出せる単語は尻尾、右腕…これくらいだ。
関連付けるなら夢のあれは蜥蜴。蜥蜴の尻尾というワードは出来上がる。
「右腕」
こちらは思い当たる節が無い。上半身だけ起こした布団の上で数秒頭を抱えた後、この考えを頭の隅に追いやった。
もうひと眠り。と考え体を倒したその時だった。姿勢を崩してしまいベッドから落ちてしまう。
「一体何事だ!?」
そう言ったのは、ドアを最初に空けた人物だった。
「み、ミレアラドムさん…」
「…!血が出ているじゃないか!」
剣士たる彼女は血などいくらでも見て来たが、人の流す血には誰よりも敏感だ。
暗い部屋の中、彼の口からよだれのように垂れる血に一瞬で反応する。
「どこかにぶつけたみたいで…」
「すぐに女王の所へ行こう。過剰かもしれないが、お前は今この国にとって重要なのだから」
少年は、女性に連れられるがまま部屋を後にする。
「ファズ、わかりますか?」
女王の部屋。早起きな彼女は、脇にいるメイド姿の女性に問いかける。
質問の意味は、緊張する様子もなく三人の女性と同じ部屋で正座をしているバハラムについてだ。
女王が眼を向ける先の緑髪の女性、ファズ・ルガサが少年を見下している。
バハラムとしては、先程まで話をしていた相手。最近の社会問題もあって余り眠れていないのだろうと悟り、その視線を受け入れる。
「ファズ!」
「!…申し訳ございません」
聞こえていなかったわけではなさそうだが、女王が声をあげるとファズは頭を下げる。
「いいんですリンナさん。ファズさん、最近睡眠不足気味ですから、無理させるのは…」
肯定するとファズはそっぽを向く。心配されることには不慣れなようだ。
「…バハラム殿、貴方は自分が何者かわかりますか」
「何者って…」
「…知らないなら結構です。私の口からお教えします」
不安感を抱いたのだろう。バハラムと呼ばれた少年は女王リンナとミレアラドムに視線を向け、そしてファズに向き直る。
「貴方は、龍化族です」
聞きなれない単語に首を傾げる。しかし女王はそれを知っているのだろう。彼を見つめて、彼が龍化族であることに目を白黒させている。
「証拠としては、体の模様」
「これは龍紋」そう言うと、ファズは首元をはだけさせて皮膚をあらわにする。
「しっかり見て、覚えてください」
バハラムは少し顔を赤くしながらも、従うべくしっかりと目に焼き付ける。
赤い首輪のような模様は当然首に、肩から腕にかけては、まるでクマにでも引っかかれたような鋭い爪痕のような模様が点々と。
それを確認すると衣装を着直し、皆の視線はバハラムに向く。
うっすらだが、少し焼けた肌には鱗のような、頬には魚のエラに似た模様が浮かんでいる。
「…!じゃあ!この国の護龍って!」
「はい、私です」
最早隠す必要はないと考えたファズはあっさり答えた。
自身の変化よりも意外な事実に驚いた少年。「そっちかよ」と言うようにミレアラドムは笑い半分に顔をしかめる。
なぜ公にしないのか、祈り手なんて回りくどいことをしているのかなど、聞きたいことは多々浮かぶ。しかしそれは今問うことではない。話すべきは自分のことだ。
「そして、貴方の睡眠を妨げた血は、歯の生え変わりを意味する」
なるほど。と納得するが、またも疑問が浮かぶ。
人は乳歯から永久歯に生え変わればその時点で歯は生えてこない。そして、龍化族は永久歯より新たに歯を生やす。という結論に至る。
「それに何の意味が…」
その問いかけを待っていたかのように、ファズはリンナに顔を向ける。リンナは「いいでしょう」と言うように一呼吸おいて首を縦に振る。
「…龍化族は永久歯のその先、多くは新生歯と呼ぶ歯を生やします。そして、龍化族は新生歯を糧に龍化します」
「龍化」学堂で学んだため聞いたことはあるが、過程や方法は知らない人が多い。「これは龍化族にしか伝わっていない」ファズがそう付け足す。
「紋様だけにとどまらず、体内に残る龍の血を歯として体外に放つのです」
「どういう原理で龍化を…」
「…貴方は知りたがりですね」
面倒くさそうにそう言うと、ファズは淡々と説明を続けた。
新生歯には龍の血が含まれている。龍血は衝撃に弱いらしく、新生歯以外でも龍血を含む個体は赤子の腕力でも簡単に砕けてしまうらしい。
しかし龍血には龍紋に対して作用がある。龍血が紋様と接触すると選ばれしその者は龍へと姿を変えるそうだ。
骨も肉も神経も、全てが変化し、意識さえも変わり、神にも近いその力を手にすることとなる。しかし、それは悪魔でその力を支配下に置いた場合。
鍛錬もせずに龍化した者は、何も見えず何も聞こえず、怨嗟のような声が延々と脳内に響くそうで、やがて自我を失い、人ではなくただの龍へと変貌してしまうらしい。
そして、ファズはそうなってしまった人を知っているとも言った。
「これ以上説明しても、龍化する覚悟も技量も持ち合わせないあなたには無縁の話でしょうし、ここで」
頭を軽く下げ、ファズは口を閉じる。
「…俺が、その、龍化族…なんですよね」
説明はしてもらったが妙な感覚。なぜ言うだけで、実際にやるように催促する発言が無いのか。随所に考えを巡らせていざ冷静になると、自身の状況を把握できなくなる。
母さんは龍化族なんて言葉一度も口にしなかった。「龍化」も。毎日のように言っていたのは、英雄の墓標と言っていた、実物か知る由もないあの剣の事。
塵払剣。知る者はそう呼ぶ英雄の剣には、バハラムの大切な幼馴染、リーサの魂が定着している。同様に、元々の宿主リドゥルも。
バハラムにとって、今現在大切にしたいもの、解決したいのは己のことより塵払剣関連のことだ。それ以上に、ルークに怒りをぶつけたいのは当然、優先順位を決めていた。
「今は…」
判断基準は何か、優先するのを決めるのはバハラム自信。
「それでも今は…故郷の敵討ち…ルークを追うのを優先したいです」
秤に乗せられた剣と龍。天秤が傾くのは遠い未来…長寿のファズさえもそう思った。
「ファズさん、ありがとうございました。鬱陶しい心の霧が晴れた気がします」
「それはよかったです」
冷徹だが愛情のこもった声。ファズからそのような言葉が出ると思わなかったバハラムは驚いてしまう。
「ファズさんも、優しいところあるんですね」
「…気が向いただけです」
適当にごまかされてしまう。それは感情の裏返しであることは誰から見ても分かる。
悪魔の襲来…この時代にレイガ・メスダが世界に現れ、世界を窮地から救ったと伝わっている。
十戒という存在と大悪魔が悪魔を率いて、世界を破滅に導こうと企んだとされている。
オル・ギスティン…兵の中でも体格が大きい人物の一人で副兵長。目の届かないところにもローズ・デチラとは恋人関係。
祈り手…護龍を人物の事。帝国ではファズが務めている。
龍化族…龍に化けること(通称:龍化)が出来る人間。その誕生は謎に包まれており不明である。
龍紋…龍化できる年齢になると、龍化族の皮膚表面に現れる紋様。怪我をして皮膚が抉れても再生する。
新生歯…龍化族のみ生える第三の歯。これも龍化に際に用いるが、新生歯は何度でも生えてくる。食事には支障のない強度のため、毎日三回生え変わるなどのことはない。




