変わり目
前回の続きです。
14話
翌日。また玉座の間に呼び出された。朝に弱いのは変わらず、本日もファズの魔法で濡れて干されて帰ってきた。
「はい、起きました」
「血を活性化させた甲斐があります」
「?」
その言葉の意味は理解できなかった。魔法に関係しているのだろうか?
「さて、本日はコーレルだ。調査を共にしていたことだし、何も問題はないだろう」
「はい、行ってきます」
「うむ、今後招集をかける際は一報入れる。ではまた会おうぞ」
一行はそれぞれの任に就く。
バハラムが向かった先は中庭に出て左奥だ。
「こんなになっているのですね」
整備された土の絨毯が広がるそこは訓練場。城の西に位置するここは陰で努力する兵達が集い、日々汗水を流している。
その情景は容易に想像できる。
まだ早朝のため兵の多くは準備中だ。着替え終わって向かってくる者。準備運動をする者。
「隊長!おはようございます!」
「ローディン、おはよう」
一人一人が挨拶に来る。その都度コーレルは笑顔で返事をしている。
「人望あるのですね」
「ああ、こう見えて隊長歴は長いからな」
「へぇー」
「随分のんきだな?今日からお前もここの仲間になるんだぞ?」
「あ」
すっかり忘れていた。当初の目的を。トワイライトとの約束を。
「あの剣に頼りっぱなしは良くない」
「ほら」と言われ一本の木刀を受け取る。
「今日からは折れるまでそれを使ってもらう。私の鍛練は厳しいから覚悟しろよ」
訓練場では少し怖いような、知っているコーレルとは異なる顔を見せていた。
午前中は、剣を体に慣らすための稽古を一通りするのであった。
それからは、トワンにいた頃とは比べ物にならない地獄のような日々が始まった。
午前は現役兵長のコーレルの元、体力と剣術の基礎訓練。午後は鬼の教師ミレアラドムの元、勉学に励む。
夜は自主練習と学習を時間のある限り行い、たまにファズが付き添っていた。
国としての体制は、時にいがみ合いながらもウィーダとリンナが支え合い、冷戦状態である他国の侵入を許さなかった。
最初こそウィーダを筆頭に数人が、あらゆる場面でバハラムに対して自身の作法を鼻にかけていたが、数日すると誰も彼の努力を嗤うことは無くなった。
気が付けば、ウィーダとバハラムは夕食時には隣に座って話をする仲になっており、リンナをはじめ、皆驚いていた。
二日目の夕飯から感じていたが、自分のこの待遇は如何なものかと感じる。特例なのかとは言え、何故ここまで自分という存在に優しく、甘いのか。田舎暮らしだった自分でもそう疑問を抱いた。
朝に弱いのは変わらず、寧ろ体と頭を使うことが増えたので、バハラムの身体はより休養を求めていった。
ファズの魔法3点セットを受ける毎日。気づけば紅葉が落ち冥月の終わりを告げ、積もる雪が闇月の始まりを知らせた。
闇月の7日早朝。魔竜の日と謳われているこの日は、予期せぬことが起きるとされている。また、大陸渡りをする際の足である船が出る日でもある。
大陸南の温厚な地で生きていたために雪を見るのが初めてのバハラムだが、一週間も経てば珍しくもないものになっていた。
最初こそ誰かの足跡に合わせて歩を進めていたが、今では己で雪の絨毯を踏みしめる。
躊躇うことなく進み向かう先、中庭の奥から日が昇り始めているのが見える。
帝国で過ごし始めてから身体的に余裕が出来てきた頃だった。
中庭で自主練、もとい素振りをしていたバハラムに人影が歩み寄ってきた。
「ん、バハラムじゃないか、いい体になってきたな?」
最近、少しずつだがウィーダの距離感が縮まった気がする。同時に、親睦も深まったと感じる。
「兵長のおかげで。最近は早起きも出来るようになりました」
少し積もった雪を踏みしめながら、茶色い厚着のウィーダとホルドンは散歩をしていた様子。
互いに忙しく、最近はリンナですら夕食でしか顔を見る事がなかったが、プライベートの時間に闇月で最初に声をかけてきたのはウィーダだった。
眼つきは相変わらずだが、その内や声には友好的なモノを感じる。
「王族でない者とそのような慣れ合いやめないか!」
親し気なウィーダを快く思っていたが故に、ホルドンの態度は癪に障った。
「…オヤジのことは気にしないでくれ」
「やめろウィーダ!アヴルの名が廃る!」
「…悪いなバハラム、また」
バハラムと親しくしようと試みたウィーダだったが、家訓によるものなのか、それは叶わぬ願いとなってしまう。
心なしか、雪を踏むウィーダの足音は寂しさを纏っているようで、葛藤を抱えているように感じた。
「…ウィーダ」
2人の背は追わなかった。今は自分のことを考えていればいい。
そう自分に言い聞かせ素振りを続けた。
また翌日。雪は変わらず降っており、日はまだ顔を出していない。
氷点下の知らせであるアクツ鼠が顔を出しているにも関わらず、バハラムはシャツ一枚で素振りをしている。
「バハラム、おはよう」
「おはようございます」
顔を出したのはミレアラドムだった。
「寒くないのか!?」
「はい、寧ろすぐに汗をかきます」
軽く言葉を交わすと、木刀を振り始める。
その頬には確かに汗が伝っている。
数日見なかった間にウィーダとは肩を並べる程度の体格を身につけたバハラム。見とれて口を半開きにしていたミレアラドムは、尋ねた目的を思い出した。
「そうだ、国王がお前を呼んでいる。来てくれるな?」
「はい、すぐに」
近頃帝国内は多忙で、王族や貴族をはじめ、施設を運営する国民もこの時間帯には起床し仕事をしていることが多い。国全体として、誰がどのような時間帯に活動していても違和感は無くなっていた。
そして、バハラムもその状況は飲み込んでいた。そのため何時誰に呼ばれても特に疑問は抱かなかった。
ただ、そういった機関を運営する人々が睡眠中に押し掛けるほど世間から追われていないため、一つの社会現象として片付けられている程度だ。
しかし、それを良いと思う者は多くおらず、小さな町内会議も開かれており、一度だけコーレルと参加したことがある。
大した情報収集にはならなかったが、約二割の国民が昼夜逆転の生活を送っているということだけ把握していた。寧ろ、バハラムは早起きになり、至って健康的な生活を送っているため特に問題は無かった。
なんて思い出しながら、バハラムは着替えようと自室へ走り出す。
「あー、そのままでいいそうだ」
「?」
集まったのは玉座の間。オムガ、ウィーダとその父親も同席している。
皆が貴族らしい衣装で謁見する中、バハラムの衣装は浮いて見える。
オムガがそのままで良いと言っていたのか、皆それを気にすることはなかった。
「突然すまないな、忘れていたこちらに非があるが教えてほしいことがある」
オムガが眼で合図すると、ファズが要件を言う。
「塵払剣の秘め事をすべてお伝え願います。英雄の遺物は…世界を左右する力を有しているため、より詳細に、バハラム殿の知る限り、時間の許す限りお話願います」
その声には疲れがある。昼夜逆転の被害者の一人はメイド長だった。
すっかり忘れていた。確かに言っていた。あの時…
『3つ、塵払剣を携えることとなった経緯。また其方の知る内包する力。兵長より伺った内容より詳細にお聞かせ願う』
約二週間。彼女達と過ごして分かった。話す機会が無かったとは言え、信頼しても良さそうだ。
バハラムは語る。語っている最中、預けていた塵払剣を家来が持ってきたのが横目で見えた。
宝玉内に魂が定着していること。魂は幼馴染の少女のモノ、そしてもう一人宿主がいること。
完全に理解しているわけではないが、見た目を変え、爆発を起こすことも。実際に目にしたコーレルと数人の兵はそれを肯定した。
「なんと魂を…」
一番驚いていたのはオムガだった。そして、ファズが徐に“それ”をバハラムの前に持ちだす。
「我が国の国宝、勇器と呼ぶ英雄の産物。そして私の魂が定着しているモノでもある」
かつての英雄レイガ・メスダが原初である勇器。ミレアラドムに教えられた覚えがある。
あらゆる武器の起源となった遺物。同大陸北西に構えるユラシナ港町で祭られた偉人達の遺物として、世界のあらゆる場所に現れる物体。そのすべては把握されていない。
目の前に出された勇器は人の頭くらいの大きさの盃だった。中心が窪んだ皿状のそれは銀色で美しく、傷一つない。
器に溜まっている水はオムガの魂の鼓動のようで一定間隔で揺れるが、不思議なことに雫の一つも床に落ちることは無かった。寧ろ、底から水が溢れてきているようにも見える。
「素晴らしい!私が亡くなったときもそこに魂を残せるということか!?前国王のように、現世に留まることが叶うのですか!?」
興奮したホルドンがバハラムの声を遮る。一行の視線は彼に向く。
「取り乱して申し訳ない」
咳払いをしたホルドンは首元を直しながら、姿勢を正す。
「…それはわかりかねる。他国の勇器を知らぬ故。そして、英雄の産物全てに魂が定着できるのか。そもそも、なぜ定着できるのかわかっていない。…私自身、いつ消えるか分かっていないのだ」
オムガは冷静に答える。
突然、ノックの音と「失礼します」という声がしてから、玉座裏の扉から家来が現れる。
「ウィーダ様、お客様がお見えです」
「そうだったな」
ウィーダの目元には隈が見える。心の中で「お疲れ様」と呟くとリーサは「ご愁傷様」と言っていた。
彼は「失礼します」とお辞儀をしてその場を後にする。
「…続けるとしよう。見ての通り勇器は魂を現世に留まらせ、国宝になるほどの価値を有する。故にその剣が他国に狙われる可能性が出てくる」
「戦争の火種になるかもしれないと…」
「その通り。そこで、その剣は一度我が国に預けてもらえないだろうか?其方の望む物ならなんでも差し上げようと思っておる。その剣は、それほどの価値があるのだ」
価値など関係ない。それ以上に、3つ目の意識がこの剣には宿るのだろうか?という疑問。
そもそも論点はそこではないのだろうが、俺が塵払剣を持ち歩いていれば他国から狙われる可能性は大いにある。
しかし、トワイライトからの啓示もあって、バハラムは塵払剣を自分が持つ必要がある、それが定めと考えた。
「…と言ってもすぐに答えは出ぬだろう、数日考えてほしい。ファズ、あれを渡しておきなさい」
オムガがそういうと、ファズは風魔法で浮かしたそれを目の前に持ってくる。
手を出さずに見ていると、風が止んでそれはカーペットに落ちる。
「…バハラム殿、どうかされましたか?」
「い、いえ」
オムガ達には衝撃の提案に放心していたように見えるだろう。しかし実際は違う。
今までは自分が浮かされていただけに見ることは無かったために、魔法に見とれていた。なんて言えるわけない。
「バハラム見ていたよね!?風魔法!ファズさんってすごいねー」
突然聞こえたのは約一週間ぶりに聞くリーサの声。
光沢が動く宝玉宿す塵払剣に振り向くとファズもそちらを向く。
「バハラム殿、どうかされましたか?」
先程よりも疑念のこもったオムガの声、その場しのぎ出来そうな言い訳を考える。
「え、あ、その」
「オムガ様、よろしいですか?」
ファズが耳打ちしている間に、気を紛らわすようにカーペットに落ちたそれを拾った。恵集語で【アヴル国家身分保証書】と書かれたものだった。手のひらサイズの手記のようなそれには事細かに色々と綴られていた。
「バハラム殿には声が、聞こえるのでしょうか?」
「ふぇ?」
図星。体格に見合わない素っ頓狂な高い声で返事をしてしまう。
「先ほどおっしゃった、仮に宿魂と呼びましょうか、バハラム殿は幼馴染様の声が聞こえるのでしょうか?」
「え?やっぱりレザリオにしか聞こえないの?」
リーサの宿魂が問いかける。宝玉は明滅し微妙に色を変えるが、俺にしか聞こえて無さそうで、皆反応を示さない。
「…でしょうね」
言ったのはファズだった。
「…ファズさんも聞こえてないのですね」
「なぜ聞こえると思ったのか、小一時間問いただしたいところですね」
今まで宝玉の方を見ていたのはたまたまだったのか…。
そう考えておくしかないが、あとで聞いてみようと頭の中に留めた。
「今さっき、俺にしか聞こえていないのだなと言っていました」
宝玉の方へ目をやりながら言う。その意味は皆理解し、塵払剣の事実証明は叶った。
「今日の所はこれにて終わりにしよう。皆、早朝から集まってくれたこと感謝する」
皆が扉へ向かい始めバハラムも体を向ける。しかし、ファズの魔法を受ける度になるような感覚を脳が通りすぎ、一つの出来事を思い出す。
内容を伝えるべきと判断したオムガとリンナにアイコンタクトを送る。彼らも意味を理解したようで、ファズ含め四人だけになるまで雑談をしていた。
暫くして、玉座は断捨離された倉庫のような密度になる。残された彼らは玉座の近くにかたまる。
「すみません。今さっき思い出したことで」
「一体何を思い出した」
「ルークにも宿魂の、リーサの声は聞こえていました。リーサに確認が取れれば早いのですが…」
塵払剣はファズが抱えている。宝玉に視線を向けるが、光沢が揺らめくことはなく反応は一つも帰ってこない、いつの間にか寝てしまったのかもしれない。と考えるのが妥当だ。
だが一つ、子供らしいがリーサを起こす方法を思いつく。そして、唐突にバハラムは大きな声で言う。
「ファズさんすごい!こんな魔法見たことないです!」
「!?」
「まっ、魔法!?何の魔法!?」
嬉しそうな声で俺が反応すると、それにつられてリーサが起きる。その声は涎を垂らしながら、好物に飛び掛かる犬を彷彿とさせる。
同時に、眼を丸々と見開き、一瞬の間を置いてしかめっ面で「なんだこいつ」と言わんばかりなファズの表情が確実に心を抉ってくる。
しかしリンナとオムガは宝玉が明滅したのを凝視しており、二人のやり取りは眼中になかったようだ。
「…すまないリーサ、確認したいことがあって嘘をついた」
「えーーー!レザリオひどいよー!!」
声には酷く抑揚がある。生前には聞いたことのないほど強弱があり、霧もそれを体現している。
質問をするとリーサは素直に答えてくれた。
「そうだねー、あの蒼いのも動いていたから間違いないよー」
やけに棒読み、だが確認は取れた。
「そうだ!ミラードラ・ルーク・アドラ!!確かアドラって偉大な…」
リドゥルに回収されたのだろう。リーサの声はスイッチが押されたように途絶える。
「…幼馴染様は、魔法に関心があるのですね」
輝きの"か"の字も失せる程に一瞬で消えた宝玉をまじまじと見つめるリンナは、リーサの声を聞きたそうな顔でこちらを覗き込んできた。
「とりあえず確認は取れました。ルークには宿魂の声が聞こえるというのは間違いなさそうです」
情報の共有は完了した。「お時間取って申し訳ない」と告げバハラムは謁見の間を後にした。
その後は当然コーレルの元で、兵士の中に入って汗水を垂らした。
すっかり顔なじみで、数人と仲良くなっていたため、彼らがバハラムを話題にするのは当然だった。
「あいつ、すっかり兵の仲間入りだな」
「ああ、まだ一週間程度なのに体の変化が早いぜ」
小休憩であるのに素振りをするバハラムに目を向ける兵士達は、その肉体の変化の速さに驚いていた。肩幅は言葉を交わす兵士と同じくらい、腕や足にも十分な筋肉がついている。
すると、彼らの声色が変わる。
「おいおい…なんだあの美人…」
「俺、兵長より好みだわ…」
「あ?レイお前裏切ったな?」
「レザリオ!知ってる心臓がある!」
塀にかけている塵払剣が光を反射させる。どっちだ?と尋ねる前に霧はその方向へ伸びていった。
金色の長い前髪左側を上げて、右眼は隠れている。緑色のその目には見覚えがあった。
「カナルド…」
「その声は知っている。バハラム…だっけ」
また会えて嬉しいと伝えると、カナルドも手を出し答えてくれる。
兵たちが光景に唖然していると、その一人、ボットクが眼を見開く。
「あっ!思い出した!」
「あ?お前も知り合いなのか!?」
「ちげぇーよ!オルドー、お前も知っている!行方をくらましていた剣姫だ!」
場所は変わってエッガ村。村を見下ろす太陽に伸びる木材の塊は見張り塔で、村人が建設しているものだ。村の中央には一番高いものを立てるようで、カンカンと木材を固定する金属音が響く。
人が集中している村の中ではなく、入り口の橋でその人達は会話をしている。
「今更、差し出がましいのは承知の上ですが…我が国。アヴル帝国と同盟を組まれませんか?」
ラグが帰還するまでの間、ウィーダを帝国王とし、その補佐としてリンナは活動している。
本日は襲撃によって被害を受けたエッガ村に、護衛兵長のミレアラドムや数人の護衛兵を連れ来訪したようだ。
「彼やこの村の者から教わりました」
話題に出ているのはバハラムやエッガの村人。
村長を相手に交渉する。
数人の村人やローズ老夫妻、また休暇を取ったのか、その姉妹と旦那も様子を見届けている。
「手を取り合って、共に歩むことの意味。そこに気づけました」
少しの間、リンナの眼を見つめた村長は深く頷く。村民も、意味を持って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
リンナも頭を下げ、後ろの兵達も同じように頭を下げる。
言葉を交わす彼らの様子を見て、リンナは空に思いを馳せる。
ーーー
言葉は意図せぬところで拾われる。
「リンナのやつめ!何が手を取り合うだ!」
王室にて、小難しい文字が連なる書類に署名するウィーダ。印鑑でやればよいものだが、彼のペンを動かす速度はそれを上回っている。
山積みの書類は、瞬く間に場所を変える。
水球が場所を変えた頃。少し強めにノックする音は、集中するウィーダに気づいてもらおうと主張しているのだろう。しっかりと耳に届く。
「入れ」
「失礼します。国王様。工業区当主と面会のお時間です」
入って来たのは定例会議にもいた近衛だった。
「時間が足りん!!」
「お時間です」
「一方的過ぎる!!」
怒りではない、男は王になる意味を知り、現実問題を解決していく。
ーーー
「強きものの力は、護るために、弱きものには、意味があると」
「お姉さん。ボクが弱いって言っているの?」
顔を出したユキマルが問いかける。
「そういう意味じゃなくて!村の皆さんみたいに魔法に慣れてない人でも、できることはあって、上手く使えなくちゃいけないなと思いまして…」
焦って弁解するリンナ。からかうユキマルの頭をローズ・リフィの拳がこらしめる。
「こらユキマル!」
「リフィ姉さんいてぇって!」
微笑むリンナの様子を、ミレアラドムは嬉しそうだが怪訝な表情で見ていた。
リフィの手から逃れたユキマルに、姉のデチラが話しかける。
「にしてもユキマル。なんか雰囲気変わったね?」
「そうかな?」
「宝を見つけた少年のような、でも少し大人になったように見えるよ」
どっちだよ。と言いたげな疑心を抱いた表情でユキマルは空に思いを馳せる。
「バハラムのおかげかな…」
日が沈み始め、帝国一行はエッガ村を後にする。
ローズ老婦が静かに言う。
「手を取り合って生きる。かけがえのないその尊さに気づいた…」
その視線は太陽と重なっているリンナ達の背を見ている。
「あんたは今の時代に必要な人物さねぇ」
「ばあさん、帰るよ」
老父に連れられ、彼らは帰路につく。
夕刻。この日はミレアラドムが別件を受け持っていたために訓練場で一日を過ごした。兵士達が各々片づけをする中、バハラムは国民の行き交う通りの方へ目をやる。
帝国では目立つ髪色の女性が石レンガの壁に背をかけている。
普段なら兵士の訓練に興味津々な少年が多く群がるのだが、今日は誰一人としていない。
「ママーなんで今日はダメなの?」
「分かるでしょう。一日くらい我慢しなさい」
母親が優しい声で少年を諭し、親子は訓練場から離れていく。
剣姫は一瞬彼女達に視線をやった後、すぐに訓練場の方へ視線を戻す。
「剣姫…」「すっげぇ美人」など、兵士達の言葉には聞く耳持たず、カナルドはコーレルの元へ歩み寄る。
「終わったの?」
コーレルは目で返事をした。
「約束の日だ」
「………」
なぜカナルドからそんな言葉が出たのか、その疑問は口に出さないほうが良いと思った。状況としても、水を差して雰囲気を悪くしかねない。
優しい風が吹き、コーレルは露わになった蒼い右眼を見つめて硬直する。まるで長年追い続けた憧れが現れたように、対照的に恐怖して震える眼で、目の前の女性を見つめる。
しかし、少し怒ったように言葉を発す。
「…約束はまだある」
「わかっているよ」
一瞬の邂逅。金髪の剣姫はその場は後にする。
「コーレルさん、カナルドさんとは知り合いなのですか?」
「ちょっとしたことでね」
軽い気持ちでその時は聞いたが、これが小さな悪夢の前兆であることは知る由もなかった。
「お前こそ、知り合いなのか?」
「はい、ここに来る前、一度お会いして」
そうなのか。と小さく頷く。互いの事情を隠すように日は沈んでいき、兵たちは帰路へ着いた。
お読みいただきありがとうございました。
雪…大陸北側でのみ、冥月から闇月にかけて確認され始める自然現象。読者の皆様なら、想像するに難くないだろう。
アヴル・ウィーダ…前回に続き登場。最初こそバハラムを平民であり弱者と、父と嗤っていたが、努力する彼の姿に考えを改め友好的になろうと試みている。
アヴル・ホルドン…アヴル帝国においては、貴族の中で最高位の権力者であることを偉大であると考えており「アヴルの血筋が世界を支配する!」という漠然とした妄想を夢見ている。そのためとにかく他者を蔑み、嘲笑うことが多く、好かれることは難しい人物像である。
勇器…未だに謎多き物体。多くは人が日常に用いる形であり、ユラシナ港町に墓標を立てた者の遺産としてこの世に発現するとされている。有名なのは《塵払剣》や《覇葬剣》、都市伝説では《時締剣》などが挙げられる。
アヴルの銀盃…勇器を模したレプリカ。アスノロの大魔女とその助手らによって生み出されたもので、少なくともオムガの生前には誕生している。
この情報や銀盃は公に語られておらず、帝国内でもその存在を知る人物は少ない。
宿魂…ファズの呼称、以降作中ではこの表記で記される。勇器に宿る意識体に近い存在で、リーサやリドゥルが当てはまる。彼らは持ち主としか会話ができず、主以外にも特別な存在の声を聞き取ることが出来る。
生物の心臓を実際にではないが感覚的に捉えている。また、それにはそれぞれ色がある。
現段階の作中では、ルークのみ当てはまっている。




