兵への一歩
前回の続きです
12話
外に出て気づく。先ほどまでいたのはアヴル帝国の城内、寝室だということに。そして今いるのは裏庭の入り口で、闇の中にも関わらず正面には噴水がハッキリと見える。
手入れされた緑の絨毯は夜風に吹かれて耳に心地良い音を届ける。
ふと、塵払剣はどこにあるのか気になったが、後回しにして庭園を散歩する。
入り口から右手の石畳を歩いていると、招くような羽音が微かに聞こえてくる。
少し歩くと数匹の蝙蝠がおり、数匹の鼠が跳躍して蝙蝠を捕まえ城壁隙間の巣穴に持ち帰っている。
好奇心というものは不思議で、自然と蝙蝠の逃げていった闇へ歩を進めていた。
石が砕ける音。明らかに人為的な不規則で叩きつける音にばらつきがある。
誰がいるのだろうと、息を殺して様子を伺うと知っている女性の姿が見えた。
「お兄様…どうして…」
その場には元国王の妹アヴル・リンナがいた。
城壁に掛けられた僅かな光の下で、鬱憤を晴らすように石を地面に投げる。石は脆く、粉々に砕ける。
動くつもりは無かったが、後退した靴が擦れる音でバレてしまう。
彼女の顔がこちらを向いたので大人しく彼女の前に姿を現す。
「お恥ずかしいところを見せてしまいましたね…」
「すみません、通りがかったもので」
リンナはすぐに体の向きを壁に戻してしまう。
横目で見た彼女の顔は、普段の気品ある整った表情とはかけ離れて、目も当てられないほどだった。
「もう具合はよろしいのですか?」
「はい、おかげさまで」
暫くの沈黙。城内で目覚めるまでの空白の出来事を尋ねるか、その場を立ち去ろうか悩んでいるとリ
ンナが口を開く。
「エッガ村でのあなたの行動を聞いて思い出しました」
「?」
「私は昔から何かに守られ…頼ってばかりです。まだ二十歳にもなりませんが、これまで何不自由なく生きていました。家族が過保護だと言う訳ではありませんが、どこかで甘えていたのかもしれません」
「…」
「こんな自分を殺してしまいたいくらいに!私自身は未熟で誰かの力になることすらできない!」
バハラムの知っている、高潔で落ち着いた雰囲気や、嬉々とした表情豊かなリンナではない。己に憎悪を向けた顔を知ってしまう。
彼女の言葉にバハラムも自責の念に駆られる。
「―――――――――」
己を許すのも兼ねて、思わず口に出す。
「嘘でも嬉しいです。そのように、優しい言葉を言ってくれるのは」
あれ、いま、俺なんて言ったんだ…
「明日、玉座の間までいらしてください。父上を交えて情報の整理をします」
「分かりました」
「夜は冷えます。早めに寝られるのが良いでしょう」
リンナは庭を後にし、俺はその後姿を見送った。
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「英雄にでもなったつもりか」
自分の姿も見えない暗闇の中、そう言ったのはいつの間にか現れたリドゥルだった。
「気づけよ、お前が足を引っ張っているってことに」
意識はあるが何も言い返せないのは夢の中だからか。
ぼんやりと赤く煌めくリドゥルは一方的に言い続ける。
「お前は弱い。塵払剣を使うにしても、知恵も力も足りない。そして何より、その資格がねぇ」
さすがに怒りを覚える単語を聞き、怒りを糧にようやく声を発する。
「じゃあ何故だ、何故俺はこの剣を持っていられる?」
「そりゃあお前、お前を信頼するやつの魂がこの剣に宿っているんだ。俺の許可なくても、この剣がお前を拒む理由がねぇ」
納得する理由だが、やはり彼の言葉はとげとげしく、俺を嫌っているのだろうと再認識する。
「だからよ、俺は仕方なく世話してやってんだよ。お前も、リーサのことも」
「…お前は、何者なんだ?」
「言ったところで答えはない。お前には理解できねぇよ」
「…」
「言いたいことは山ほどあるがな」
ため息をつくように輝きが薄くなり、リドゥルは優しい声色でまた語り出す。
「あの日からお前とリーサを見ている。…見守っている、の方が正しいか。大方性格と関係は把握したけどよ。お前に一番言いたいことを言うぜ」
怒鳴られるのだろうなと身構える。
「お前、負んぶに抱っこじゃねぇか?」
彼の口からは呆れたような声が出た。
多分、本当に怒っているのだろう。または度し難い、救いようのないバカ。などと見られている。
「筒抜けなの忘れてんじゃねぇぞ?」
「…そんなの、どこが境界かなんて分からない」
彼の言葉を無視して返す。
「知るか!二言目には人の手を借りようとする。それが気に食わねぇって言ってんだ」
そして怒鳴られる。
「質問するなって言っているわけじゃねぇ、ただ、自分の頭で考えてみろ。曲がりなりにもお前は人間で、魔物とは違って考えることが出来る。お前だけの考えを持てる。そうだろ?」
「…でも、拒まれるかもしれない」
「女々しいなぁ!おい!それも人間だから起こるんだろ!」
赤き輝きは消えていった。そして頭の中で響くようにリドゥルは最後に言う。
「その時はその時、お前たちはいつの時代もぶつかり合っていたじゃねぇか」
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鳥のさえずり。草をかき分け跳ぶ兎が見える。
優しい物音に睡眠を妨げられ、悪態をつく赤霧から解放される。
木を背もたれに、いつの間に持っていたのか塵払剣を抱きかかえ、日の出まで一人庭で横に寝そべっているのだった。
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目元が重い。少し頭が痛い。何かが響く。
脳内ではっきり聞こえるのは「女々しいなぁ!」というリドゥルの声。今はリーサが読み取っているのだろうか…いや、多分まだ寝ている。
玉座の間でリーサとオムガの前だというのに、頭の中は前夜での反省会で埋め尽くされていた。
そんな彼を見かねて、魔方陣を出して頭から水をかけたのはリンナの隣に座するファズだった。
外に放り出され、風魔法で浮かされたレッドカーペットと共に干されたバハラムが乾くのはすぐだった。
カーペットを抱える兵と共に、頭を抑えながら南宝石の石畳が露出した玉座の間に再度赴く。
「先ほどは申し訳ないバハラム殿、そして先日の協力感謝する。おかげで国王の所在も確認できた」
「はい」
暫くの沈黙。リンナの隣に座する、変わらず霊体じみたオムガが口を開く。
「兵長から聞いた。国王はサタンなるものと共に行くと」
「はい」
「あれをどうこうするのは難しいだろう。兵長からは自分よりも国王の決意が堅かったと伺った」
「いえ、自分が…至らなかったと考えます」
その言葉には贖罪以外の意味も含んでいる。オムガはそれを見通した上で言葉を続ける。
「君はよくやった。当初の目的とは異なるとはいえエッガ村を魔の手から救ってくれた」
「…」
「同じ大陸の代表として感謝申し上げる」
その言葉の重みは帝国と呼ばれる所以の謎を深めた。
「…さて、話を変えよう」
オムガが目配せし、リンナが語り出す。
「今、あなたには他大陸のスパイの疑いがかけられている。あくまで、小規模で微塵の確立。とはいえ、アヴル帝国王代理として、国を統べるものとして見て見ぬふりはできない」
ファズが資料を手渡し、リンナがそれを読み上げる。
「そこで確認をすることが3点。1つ、冒険者である身分証明。2つ、ルークまたはサタンなる者の配下ではないか」
「俺はあいつらに!」
ルークという名に反射的にカッとなるが、兵の武器に止められる。
食い下がるのを見てからリンナは言葉を続ける。
「3つ、塵払剣を携えることとなった経緯。また其方の知る内包する力。兵長より伺った内容より詳細にお聞かせ願う」
「ルークの事…塵払剣は…」
エッガ村で開口するときよりは震えていない。バハラムはぽつぽつと語り出す。
「俺の故郷、トワン村は、ルークに滅ぼされました」
エッガ村の人々に話したのと同じ内容。曖昧な日常の記憶の中に新しくも鮮明にあるのは亡き人の友人や母親の死体が転がる情景。
しかしその顔はぼんやりとしか思い出せない。
バハラムの声には感情が重くのしかかり、リンナとオムガはいたたまれない気持ちになる。
最初からスパイなどと考えていないのだろう、バハラムが語り続ける間、皆、眉間にしわを寄せていた。
「…試すような真似をしたこと、謝罪する」
「いえ…公認の方が助かりますし」
「…一つだけ、亡き人の私から先の時代の言葉を送ろう。語るは疑いの兆し、沈黙は安寧。多くを語らずして対等に慎ましくあれ」
その言葉の意味を理解するには少し時間がかかるだろう。バハラムはその言葉を覚え、調べることを記憶する。
少しの間。語らずいたファズが徐に口を開く。
「さてこれからの方針ですが…バハラム殿。其方にはこのアヴル帝国の兵士になっていただく」
思わぬ言葉に歓喜の表情をする。
鈍灯龍のお告げ「帝国の兵士となれ」その言葉を忘れていなかったバハラムは、自身から行動することなく、その上すんなりと受け入れられていることに喜ぶ。
「先程の言葉をもう忘れたのか」そう言うようにオムガが咳払いする。
「まず本日は、既に顔見知りだろうが近衛兵長と親睦を深めてほしく思う」
オムガがそう言うや否や既に顔見知りの近衛兵長、ミレアラドムその人が玉座の入り口とは反対側、小さめの扉より姿を現す。
「さあバハラム!城下町を案内するぞ!」
「おはようレザリオ~…誰の声?」
「早速行こう!」とミレアラドムの大きな声。リーサの耳に届いたその声は歓喜を示している。
「うわぁ…レザリオは好かないタイプの人だろうなぁ」
「はい、お願いします」
「って、ええええええ!?」
「その間に我々は彼の者ルークについて調べる。今晩行われる定例会議で進捗を報告するので、バハラム殿にも同席していただきたい」
「わかりました」
「ちょっとレザリオ!どういうこと!ちょっと!ねぇ!!」
用は済んだ。と言うように彼らはそそくさとその場を後にする。
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ミレアラドムに帝国内を案内されるバハラム。
護衛兵長が王や王女以外と並んで歩くことは少ない。
そのため道行く国民から視線を浴びるバハラムは落ち着かない。
「魔物は自然の一部だ。いつ牙を剥くかわからない」
意図して言ったのか、バハラムの脳裏にはクロウベアが叫びを放った瞬間の情景が浮かぶ。
鼓膜が破れそうな音。あれでも自然の一部に過ぎないので、この世界に生き、旅をするならそれ以上の脅威は避けて通れない道であることは自明の理。
何者も、外へ出れば脅威に晒されるのが摂理である。
「だからこそ、必要なのは知識だと考えるが、お前はどうだ?」
向かう先を伝えられずに歩いていたので、いつの間にか図書館の前に辿り着いていた。
バハラムは流れと空気を読んで、肯定するように小さく微笑みながら首を縦に振る。
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横に長いテーブル前に並ぶ端っこの椅子につき、興味を示したものと今まで遭遇した魔物が載っているだろう書物を机に置く。
それなりの厚さがあるので、堅い木材の机でもギシっと音を鳴らす。
最初に開いたのは【エスティール大陸、鳥類大全】。著者は【アディルード・スンズ】と記されている。
「オラポーネー…ルバル砂丘に多く生息する」
ミレアラドムが覗き込んでそのページに記述されている鳥類の名と、最初の一分を読み上げる。
ふと、本を読んだことが無いバハラムは、ミレアラドムが読み上げた文の次の段落に上の文字とは似つかない文字が連なっていることを気にする。
そこを指でなぞりながら尋ねる。
「これって、何語ですか?」
「ああ、帝道語だね。他大陸はそう多くないが、エスティール大陸では他大陸の言語や文字が記載されていることが多いよ」
「…」
文字を改めて見つめる。驚いたことに、読めている言語を何語と言うのか分からない。読むことはできるのに何語かわからない、奇妙な感覚に陥る。
釈然としないまま、次の一文を読み上げる。
「同じく砂丘に潜む鎌蠍ガルムオン、またその成体チェロムオンの死体を啄み、幼少期は群れで、成体になると孤立する。様々な音を発する不思議な作りの弦尾と呼ばれる尻尾の構造は未だに解明されていない。琴鳥と名付けられ、世界各国で確認されている。初めて見つけたのは冒険家カナルド・ジェンダムで、ホーガル大陸の南にある滝壺内の洞窟である。その後は、エスティール大陸が生活に適したのか、多くのオラポーネーが移住した」
「うむ」
読める文を途中まで読み上げる。
聞くは一時の恥じ、聞かぬは一生の恥じ。それに習って何故か少し満足げに頷いているミレアラドムに尋ねる。
「これって何語ですか?」
「どうした?突然だな」
「いえ、確認とでも言いましょうか…」
「今読んだところか?集恵語だ。この大陸で知らない者はいないだろう」
姉が弟に優しく接するように答えるミレアラドム。探りを入れるように尋ねた罪悪感から、勝手に申し訳なさを感じる。
そして、ミレアラドムは色々教えてくれると考え、間で質問することを前置きして知識欲を貪る。
帝国内でバハラムが噂されるようになった発端のガイーツのことや、帝国道中で出会った魔物のこと、またそれに関する魔物の知識を蓄えた。
その中で口酸っぱく「魔物と対峙した際には事後処理をしろ」と言われ、バハラムは神妙な面持ちになる。そしてクロウベアのことを事細かに教えられた。
国を出てすぐ、クロウベアが劈くように叫んだあの高音波。劈叫と称されているあれは、今更ながらバハラムの冒険者人生にトラウマを植え付けた。
「話しすぎたな…」
「悪かったな」と、口酸っぱく言ってしまったことを謝罪されるが、心配してくれているのを感じバハラムは丁寧に返す。
「いえ、そんなことないです。ミレアラドムさんは物知りで、それでいてわかりやすく教えてくれるので楽しいです」
「ああ、学堂の教師だった時期があってな」
なるほど。納得しつつ本に視点を戻す。文を読み始める前にコーレルが口を開いた。
「今更だがその剣。コーレルのやつにしつこく迫られてないか?」
「…」
無言。目で返事をするとミレアラドムは察したようにため息を吐く。
「そういえば、ラグ国王のペットって…」
「大剣黒龍かな?ラグ国お…元国王のペットだ」
聞く前にミレアラドムは続けて解説してくれた。
大剣黒龍。肩を並べる鋭剣黒龍と太刀黒龍の三種は絶滅危惧種で、その個体数は年々減少の一途をたどっているそうだ。
あの時を思い出す。
レーディスと名付けられた彼のペットは巨大で、神々しくはないが、神に値する脅威に見えた。
彼らを超えなくては、サタンには指一本触れることは叶わないだろう。
当面の目標は、ルーク、アヴル元国王を超える力をつけることにした。
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日が沈みだした空をバックにバハラムとミレアラドムは城に戻ってきていた。
「頭が痛いです…」
「一日中図書館に張り付いていたから、そうなるのも無理はない」
城内に続く開かれた扉橋を越えてレッドカーペットを進む。
待っていたのか、脇で佇むファズが2人を確認すると橋として開いていた扉を閉め始めた。
図書館…全世界、国には必ず存在する重要な公共機関。歴史をはじめ、原生生物(魔物)や植物など、様々な情報がまとめられている。
言語…現在世界では3つ。帝道語はホーガル大陸、集恵語はエスティール大陸、地円語はナティア大陸で、それぞれ用いられている。それぞれ発音こそ同じであるが、文字にしたときは表記が異なる。
南宝石…薄ら桃色の鉱石を原料に加工されたもの、また元の鉱石も同じように呼ばれる。この世界で石はステと言い換えられる。




