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イアースの地にて  作者: 涼原 一生
帝国騒動編
10/22

未来への道

前回の続きです

10話


 村の民が全員入ることが出来る大きさ。地下にある集会所は、襲撃の影響を受けなかった。


 日が昇り始め、照らされたエッガ村の一角。地下階段を降りる村人は火の光に照らされていない。


 木で覆われた地下は土の臭いが強い。部屋の中央にある巨大な机を囲って村人が集まってくる


----------


「…バハラム、集まったぞ」


 地下への階段、その反対側の壁側にいるバハラム。その隣にいるコーレルが告げる。後はバハラムの覚悟が決まれば悲劇的な旅立ちが語られる。


「…今から話すのは二日前の夕方。トワン村で起きた。俺の眼で見た光景、出来事です」


 エッガ村の長、ユキマルやコーレル、老若男女問わずその場の者全員が真剣な眼差しでバハラムを見つめる。それに答えるように、バハラムも真剣な表情で語り出す。


「襲撃の日の前夜、護龍から伝えられました。明日、トワンは滅びると。…その言葉を聞くまで、数時間前の俺はなんてことない一日になると思っていました。幼馴染に呼ばれて学堂に向かって、他愛もない話をして…明日も、同じように平和な一日が過ぎると」


「その口ぶりから察するに…襲撃の前日に何かあったのじゃな?」


 勘が鋭いのか、村長は良いところを突く。


「はい、夕方の出来事です。容姿までは確認していませんが、不気味な色の雲と共に村に魔物が現れました」


 なるほど。と頷く長やコーレル。“不気味な色の雲“というキーワードに思い辺りがあるのか、数名の村人は顎に手を当てて考え事をしているようだ。


「護龍はその魔物と戦闘…そして次の日にも襲撃が起きました」


「トワン村の護龍…鈍灯龍トワイライトじゃったか?」


 長は白髭を撫でながら問いてくる。


「はい、襲撃の日、俺は記憶を失い、鈍光龍の力で断片的に記憶を戻していきました」


「記憶を?なぜ?」


 コーレルが問いかけてくる。


「確か…臭いを消すとか」


「におい…」


 コーレルはその単語を思い出そうと顎に手をあてる。


「そうだ、やつ、ルークが言っていた言葉だ」


「生涯、その身から離れない…とも言っていた覚えがあります」


「単純に考えれば、バハラム殿の記憶…ではないじゃろうか」


 ユキマルが付け足し、長が結論付けた答えを言う。


「確かに、僕もそう考えます」


 同意見なのだろう、ユキマルは長の方へ視線を向ける。


「うむ。世界の記録では…記憶を失った存在は二桁にも届かないと存じます。バハラム殿の《におい》というものが記憶と結びついているのなら、双方が損失したことに何も違和感は抱かぬ。そして、ルークなる者がこのことを知らないのであれば、つじつまが合うじゃろう」


「しかし、記憶を取り戻しているのならば、臭いも戻ってくるのではないでしょうか?」


 水を差すようにコーレルが質問を投げかける。


「恐らく、記憶を戻しているというのは言葉の綾、それは誰かから聞かされた話であるためじゃろう。手帳に書き残すのと同じじゃ、実際に体験したことを抜き取られたのならば、それは記憶から根こそぎ抜き取られ、また1から知ることとなる。新しい手帳に書いたとて、字体までは同じではない…といった具合でしょうかな。バハラム殿、記憶が戻る時はどのような感覚なのですか?」


 長の説明に関心、わかりやすいと感じたのか、コーレルは納得した様子でバハラムの方に向く。


 長から視線を向けられたバハラムは記憶が戻る時のことを語り始める。


「頭に電撃が走るような感覚で、夢の中で鈍灯龍に話かけられているような…そんな感じです」


「ふむ…私の考えがすべてという訳ではなさそうですが、考えはそう遠くなさそうですな」


 長が白髭を撫でる。


「そんなことより、村の対策を考えてくれ!こんなことしている間にも、また魔物が襲撃してくるかもしれないだろ!」


 しびれを切らした村人が声をあげる。


「よさんか!ガウナ!」


「そうですね、この話題で停滞していても意味が無いので、そちらの話へ切り替えましょう。個人的な話ばかりしてしまい、申し訳ない」


「ちっ、ガキが…」


「ガウナ!!」


「いいんです、村長さん」


 長が村人を止めようとするが、バハラムが長の言葉に割って入る。


「バハラム殿…」


 バハラムは長の方に向き、わざとらしく笑顔を向ける。長はバハラムの行動に呆気にとられる。


 相槌代わりに舌打ちした村人たちの話を中心に襲撃の対策の話を進め、昼前には方針が決まるのであった。


----------


「では、見張り台を造ろう!空を見ていれば、兆しが見えるかもしれん!」


「森より高くしないとだから、木材が大量に必要だな!」


 会議が終わり、村人は地下集会所から出ていこうと出口に向かう。


「バハラム殿、先程の村人の無礼を謝罪いたします。仮にも村を救ってくださった方でありますというのに」


「いいんですよ、村長さんも、話を聞いてくれてありがとうございます」


 長は深く一礼し、村人たちの後を追う。入れ替わるように、数人の子供が花束を持ってバハラムの元に駆け寄る。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」


「あ、ああ…」


 屈託のない笑顔を向けられて言葉が詰まる。同時に、なぜ自分は助けられる側ではなかったのだろう。と、花束を受け取り、俯きながら考えるバハラム。


「バハラム…」


 コーレルの声が小さく響く。


 俯くバハラムの目の前には帝国の途中の民家であった女性、リフィ・ローズの姿があった。


「あなたは…ローズさん?」


「この前ぶりね、バハラム・レザリオ」


「また美人さん…あ、声で決めつけているだけよ?」


 黄緑色の長髪が目立つ。優しい、そして良く響くその声は記憶に新しい。


 そんなことを考えているバハラムの心を読んだリーサが「はぁ…」と呆れ気味に声を放つ。思い出したように、見えていない旨を付け足す。


「知り合いか?」


「はい、数日前に助けてもらって」


「助けたのはあなたでしょう?本当、優しいのね」


 ローズは小さく微笑み、口を開く。


「出発の前に、バハラムさんを案内したい場所があります。お時間の都合はよろしいでしょうか?」


 大人らしさを感じる、声に強弱がついた語り方でコーレルに話すローズ。


 バハラムはコーレルに視線を送る。


「私と兵は復興について長と話し合う。その間バハラムは自由にしていて構わない」


「わかりました」


「ありがとうございます。外で待っていますね」


 ローズが外に向かい、広い集会所にはコーレルとバハラムだけが残る。


「さて…いくつか聞きたいことがある」


 真剣な面持ちで向き直る。


「まずあちらの話だ。トワン村は…リンナ様とミレアラドムが向かっているが、着いた時どうすると思う?」


「今は…野営しかできないと思います」


「だろうな、そして、こちらに向かってくると思うか?」


「周囲の調査をします…かね」


 ふむ、と言うように、顎に手を当てるコーレル。


「まだ少しの期間しか関わっていませんが、二人とも優しい人だと思います。同時に、それを行動に移している」


「そうか、君にはそう見えているのか」


 コーレルは少し誇らしげに微笑む。


「はい、見て見ぬふりをする人たちには思えません。…なぜ帝国などと言われているのか、俺にはわかりません」


「それはまたの機会に話すとしよう。…次の話だ」


 折り合いをつけるように、手を合わせて音を鳴らすコーレル。


「村人に鐘を渡し、勝手に指示を出させたな?」


 指を額に突き付けられる。険しい顔は、嘘偽りすべてを見通していそうだ。


「…すみません」


 ため息をついて、バハラムに向き直るコーレル。


「だが、そのおかげでいくつかの命が救われたのも事実だ、感謝する」


「はい。こちらからも一つ話、お願いがあります」


「どうした?改まって」


 バハラムの様子に、腕を組んで向き直るコーレル。


「先ほども話しましたが、俺はまだ未熟で、この世界で生きていくにはほど遠く、弱い存在です。多分、多くの人に気づかれていますが、出来るだけ他人に話さないで貰いたいです」


「なぜなのか、聞いても良いか?」


「思い出すんです。蔑むような目を向けられるとあの日の事と共に心が壊れていきそうで」


「そうか…お前が強くなるその日まで、私からは誰かに言わないようにする。約束しよう。」


 すれ違いざま、コーレルはバハラムに忠告する。


「最後に一つ。今回は問題なかったが、目の前ばかり見ていては大切な物を見失うぞ」


「大切な物…」


 コーレルも外に向かい、一人残されるバハラム。


「家族…村…全部無くなっている…」


「レザリオー!わたしはいるよー!」


 リーサが声をかけてくる。そうだったな。まだいる、リーサと、俺がいる。


「ねぇ、私は塵払剣?みたいなこと言っていたでしょ?教えてよ、どういうことか」


 所々に疑問をつけながら問いかけてくるリーサ。


「そうだったな、できるだけ簡潔に話そう」


 リーサは宝玉と一体化しているように見える事。塵払剣と宝玉などの位置関係。霧の発生など、口に出す方が整理できるのでバハラムはリーサに説明する。


「元の体…トワン村に行くべきか?」


「遠いし…今は良いと思う。落ち着いてからでもいいんじゃない?」


 一通り話し終えたバハラムも地上に向かう。広い集会所で独り言を呟くように見えるバハラム。 


 バハラムからは見えない位置、階段の途中でその様子を伺っていたコーレルは、独り言を呟くバハラムに注意を向けるようにした。


 それも、ただ一人で喋っているようには見えないからだ。「リンナ殿下に伝えるべきだろうか…」などの迷いが生じたが、国王である兄上のことで忙しいだろうと思い、伝える事はやめにしよう。と、念頭に置いた。


----------


 地上に出て背を伸ばす。空に高々と構える日が視界に入り、一日の始まりを彷彿とさせる。


「空気がうまい」


 襲撃の翌日、安堵からか自然と声が出た。


「それは良かった」


 歩み寄りながら声をかけてきたのはローズだった。


「案内したい場所があるって、どこですか?」


「もういいの?朝ごはん、食べない?」


 ローズは手に持っているバスケットを前に出し勧めてくる。同時に、バハラムの腹が鳴る。


「あははっ、歩きながらにしようか?」


「…そうしましょう」


 年の差があるにも関わらず、まるで同い年のように話すローズ。リーサとは違う雰囲気に戸惑い、恥ずかしそうに答えるバハラム。


----------


「こっちこっち」


 村から少し離れた丘の上。天然のクッションになっている草に腰を下ろしているローズが手招く。


「いい景色ですね」


 森や河があり、景色の中央にエッガ村が映る。


「ええ」


 しばらくの間、景色を見つめながらサンドイッチを頬張る二人。


「ところで、なぜこの村に?」


「私の故郷だから、定期的に村に来るのよ」


「そうだったんですね」


 再び、サンドイッチを堪能する二人。


「少し、昔話をしても良いかなレザリオくん?」


「あー!気安く名前で呼んじゃって!」


 ローズの問いかけを遮るように赤い霧が出てきてリーサが怒鳴る。


「はい」


 バハラムは硬い表情のまま返事をするが、ローズは笑顔で返し、やがて語り始める。


「ここの景色、村が真ん中に見えるでしょ?」


 村に視線を戻す。


「小さい頃からこの景色を見ていた。そして、自分の生きている世界が中心って考えていた。けど、実際は全く違った」


「全く…」


 視線を落としたバハラムの眼の先には、草の間で蟻が弱々しく足掻いている。


「外の世界、帝国に支配されそうになったときがあった。当時は幼かったから物凄く怖かった。父と母が私と姉さんを助けようと必死になって…私は何もできなくて、自分の弱さに気が付いた…今は幸せだけどね?」


「俺も…何もできずにいます。自分勝手に足掻いているだけ…冷静になって、そう思うんです」


「何を言っているんだ少年」


 空気を換えたのは男性の声。


「お父さん、お母さん」


「あの時、あんたが気づかなかったら、あたしゃら今頃狼どもの腹の中じゃ」


 振り返った先には昨夜助けた老夫婦がいた。


「いえ、あれは俺じゃなくて…」


「昨日のおじいちゃんとおばあちゃんだ!」


 ローズに目配せをしてからバハラムに言う老婦。バハラムより先にローズ、リーサとその人物に気づく。


 バハラムは反射的に「リーサが気づいてくれたから」と言いそうになるが、本人に遮られて、言葉が詰まる。


「何か言おうとしたかい?」


「いえ…なんでもないです……」


「そうかい。…教えてほしい。君の考えを、故郷が滅んでから歩んできた君自身の考えを」


「……道は選んだ、最初の一歩も踏み出した。けれど、そこから動かずにいる…。考え始めたのは、数日前ですが、そんな気がするんです」


「選んだ道は引き返せない、あんたはその上でこの道を進んでいる…選んでくれたのだろう?あたしゃらを助ける道を」


「…」


 老婦の方を向くバハラム。


「言っていることは簡単だけどね、簡単にできることじゃないって、私は思うな」


 息を吐きだし、空を見つめながら言うローズ。


「誰かを助けたい。誰かを守りたい。君に助けられた人がいる。君が助けられなかった人がいる。それは仕方の無いこと。…って割り切るのも簡単じゃないよね」


 自身の両親の方に視線を流し、バハラムに言い聞かせるローズ。


「俺は…そんな大層な人じゃないです」


 逃げるように立ち上がり、村に背を向けるバハラム。


「でも事実、現実ではそうなっている。だから、あなたにお礼を言いたい」


 追うようにローズも立ち上がり、笑顔で言う。


「ありがとう、皆を助けてくれて」


「いえ…成り行きでしたし…」


 肯定するバハラムに対し、ローズはふふっと微笑む。


「大層な人間なんてそうおりゃせんて、ならば、助けられたあたしゃらはあんたと手を繋いで共に歩もう」


「少年、わしらは君のことを忘れん。なんてったって村の恩人だからな!」


 名も知らぬ老夫婦に励まされ、気が付けば声を殺して涙を流していた。


「そんなあなたに私からの贈り物」


 バスケットの中から取り出した小包を差し出されてハッとし、涙を拭ってから小包を受け取る。


「これは?」


「あなたの覚悟を後押しする。そんな気持ちを込めて贈るわ」


 小さなお菓子が詰められている。異国に伝わる饅頭に似た形だ。


「何か辛いことがあった時食べて、腐らないものだから安心してね?」


「…今更ですが、色々話してしまって。すみません」


「あははっ、昔からね、人から相談されることが多かったから…ね?」


 コーレルに頼んだ後なのに、自分から短所を話したことを悔やむバハラム。しかし、両親の方に顔を向けるローズの笑顔に救われた気がして、バハラムも微笑む。


「娘に頼る不甲斐ない両親ですまないな」


 後ろめたさがあるのか、互いに頭をかく老夫婦。


「負けちゃだめよ?レザリオくんのこと、応援しているから」


「きぃーーっ!人妻のくせに!私のレザリオにべたべた触るなぁー!」


 人の姿ならハンカチを噛む姿が容易に想像できる。そんな声を発するリーサ。

最後までお読みいただきありがとうございました


あの日の悲劇…トワン村の壊滅。バハラムの人生を大きく変えた日。


におい…ルークが感じ取れるもので、人類以外の生物も記憶と紐づくもの。


ローズ・デチラ…ローズ家はエッガ村が地元で、嫁ぐ前までこの地で住んでいた。昔から相談に乗られることが多く、無力さを嘆いているバハラムに自信を持たせた。


まだ続きます。

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